無気力になったコユキ   作:ddddd / d5

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11 準備

 手をパンパンと二回たたいた音がして、音の主の方を見た。モモイさんがいつの間にかソファから立ち上がっていた。

 その前に「あっ」って声が聞こえた気がした。

 

「みんな、クリスマスイベントのことはどうする? あと一週間くらいだけど、今のうちから決めておかないと当日迷いそうだし」

 

 手に持っているスマホを何回も確認していたことには、気づかなかったことにした。隣でミドリさんがため息が出そうな目をしていたことにはスルーした。

 

 言われてみると、何も考えていなかった。調べようともしていなかったし。私なんかが口を出すのもあれだったので、誰かが言ってくれるのを待った。待つまでもなくミドリさんが話してくれた。

 

「お姉ちゃん、まず調べないと何も決められないよ」

 

 モモイさんは口を丸く開けて、すぐさま早口で話し始めた。

 

「そ、そう! まだよく知らないからみんなで調べようって思ったの!」

 

誰が見ても説得力はなかったけど、何か言ったら怒られそうなので黙っておくことにした。

 

 各々がスマホを取り出して調べ始める。私のスマホは没収されていたので、何もしないで座ってることにした。一人だけ指示を聞いていないようになるのはどうしようもない。

 誰かが私の服の裾を引っ張ってきた。振り返ると、ユズさんがスマホをこちらに伸ばしてきた。

 

「あの……よかったら、一緒に見ますか?」

「はい」

 

 ユズさんの隣でスマホを見る。ミネさんが言っていた音楽堂のことやスタンプラリーのことを探す。二十秒もたたないうちに見つかった。

 

「あっ」

 

 ユズさんの指が止まる。

 

「何か、気になるものがありましたか……?」

 

 私はお目当ての物を指で指す。

 

 思った通り、スタンプラリーの時間と場所が書かれていた。メモをしないと忘れそうだったけど、メモすら持っていなかった。ペンもなかった。

 気づかないうちに頭が下に向かって行く。ユズさんは何かつぶやいている。ぴったり隣にいたので、その声は筒抜けだった。

 

「トリニティ大聖堂、トリニティ・スクエア、美術館前、部室会館前、中央図書館前、音楽堂」

 

 そうつぶやくと、メモ帳アプリに書き込んでいった。スマホを見たまま、私はつぶやいた。

 

「……ありがとうございます」

 

 私の声が聞こえたかは分からなかった。

 

 続けてユズさんは、地図アプリでトリニティ・スクエアを検索する。それから、メモ帳に書いていた場所を一つ一つピンで打ち込んでいく。

 さらにルート機能を使って、所要時間と経路までもをメモ帳に書き込んでいる。

 

 ―こういうイベントには参加したことがないけど、ここまでして参加する人はけっこう珍しいんじゃ……

 

 そんなことが頭の中で繰り返された。

 

「……よし」

 

 ユズさんがそうつぶやくと、さっそくモモイさんが話しかけてきた。まるで聞こえていたかのようだった。

 

「ユズ、そっちも終わった?」

「うん。いい感じのルートが見つかったよ」

 

 そう言って、スマホから地図のホログラムを映し出す。……ホログラム機能が付いてたんだ、このスマホ。

 トリニティ・スクエア(噴水広場前)を出発して、トリニティ大聖堂、美術館前、部室会館前、中央図書館前をめぐり、最後に音楽堂にたどり着く。

 ユズさんが説明を続ける。

 

「時間はかかるけど、これならトリニティ・スクエア全体を回りつつイベントもこなせると思う」

 

 私はユズさんの方を口を縦長にして見つめた。単純な説明とスライドだったけど、身を乗り出すほどわかりやすかった。

 

 そこに三人が情報を付け加えていく。モモイさんは栗見たいな口を世話しなく動かし、ミドリさんははにかみながら、アリスさんは体ごと長い髪を動かしつつ。

 

「ここらへんはお菓子の屋台が並んでるんだって! 食べながら回るのはどうかな?」

「この辺はクリスマスのグッズが多く並んでいるみたい。ゼリーズやモモフレンズのグッズもあるって」

「お菓子以外の屋台もたくさんあります! 夕ご飯はここがいいです!」

 

 そうして、四人が書きこんでいった特製の地図が完成した。私の出番はないかと思っていたら、急にモモイさんが話しかけてきた。

 

「コユキはどう? 何か気になるところはあった?」

 

 体が急に固くなって声が出にくくなったが、それでも指示は指示だったので話した。ぎこちなく聞こえてないといいんだけど。

 

「えっと、これだと間に合わなさそうで……お昼からなら、余裕があるかなって。音楽堂での演奏は夜ですけど……ここはとても広そうだし、じっくり回るとなったら結構時間がかかるかなって……」

 

 三人ははっとした顔をした。まずいことを聞いたのかもしれない。

 けど、答えは予想外の物だった。

 

「確かに! コユキ、やるじゃん!」

 

 誰かに褒められたのは……とても久しぶりだった。瞳の星が三人によって照らされた。セミナーでは秒単位まで決めないといけなかったけど、これだけ曖昧でも喜んでくれるなんて。

 


 

 団長は、口に入れている紅茶で私の話を整理しているようだった。ティーカップがソーサーに置かれると、団長が口を開いた。

 

「……なるほど。当日コユキさんに渡すお金についてですか」

「少々話がずれてしまいますが、電子マネーでもクレジットカードでもなく、キャッシュカードで渡すのは何か理由があってのことですか?」

「はい。電子マネーやクレジットカードだと、コユキは際限なくお金を使ってしまうので」

 

 緑色の瞳が力強くなった。両膝に置いた手に力を入れ、ずれた視線を合わせる。

 

「その理由について説明していただけますか?」

「はい。それには……コユキの性格と才能が深く関係しています」

 

「コユキは活発で人懐っこい性格ではあるんですが、いたずら心が強いのと……倫理観が絶望的に欠如しているんです」

 

 団長の眉が動く。ここが正念場だ。

 

「どのように欠如していますか?」

「それについて説明するには、コユキの才能をまず話さなければなりません」

 

「コユキの才能……それは、『直感で電子暗号を解除してしまう』摩訶不思議な演算能力です。パスワードだろうと暗号文だろうと、それがいかなるものであれ、電子的障壁であればコユキの前では意味を成しません」

「具体的には、ミレニアムの超高性能演算機でも解読に時間がかかるような暗号を、数秒以内に解読してしまうほどです」

 

 緑色の目が完全に開かれ、眉がそれにつられて上がる。ヒュッ、と息が吸い込まれた音がした。

 水色の両翼が前後に動き、若干の風がこちらにきた。

 

「……」

 

 沈黙が二人を巻き付けるかのように部屋に満たされる。それによってかはわからないが、お互いの肘が体の両脇に密着された。

 

「……なるほど。これは手を打たないといけませんね」

 

 実際にコユキはセミナーのお金を何度も横領しているし、時にはミレニアムの財政が傾くほどのお金をギャンブルに突っ込んでいたこともある。

 ましてや今回はトリニティ、それも一大イベント。何かやらかそうものなら外交問題どころでは済まない。

 

 お互いの視線が目の前にある問題を探る。先に団長が口を開いた。

 

「今まではどのように対処してきましたか?」

「今までは、反省部屋に収容していました。電子的なロックではすぐに突破されてしまうので、仕方なく物理的なロックをかけられる銀行の金庫室を反省部屋にしていました」

 

 団長が首を傾げたあとに、こちらを落ち着かせるような声で話してきた。疑いの光彩が、緑色の目に入っていた。

 

「……反省部屋に収容したのは、コユキさんがお金のことで大きな問題を起こしたときだけですか?」

 

 左の手を顎に当て、右の手で左の肘を支える。頭から過去の記録を引き出す。

 

「最初は確かにそうでした」

 

 団長の視線が鋭くなる。こちらの奥を透かすように。

 

「重要な場所から大量のお金を盗んだり、電子暗号を勝手に書き換えたり……」

 

 重要な場所がどこかは言わないことにした。幸いにも、団長はそこを聞くことはしなかった。

 

「そのたびに反省部屋に収容していました。ただ、そのときは今のような部屋ではなく、電子的なロックを使った部屋だったので……」

「何度も脱走と収容を繰り返していました。……それを続けていったからかもしれません」

「ある事件の後に、コユキは反省部屋に引きこもりたがるようになってしまいました」

「その時の私たちは、すでに反省部屋に収容するのが常識になっていて……」

 

 声が詰まってしまい、無理やりにでも肺を動かす。そのせいで目線が外れた。

 

「それほど大きくない問題でも、コユキは反省部屋に収容されることを望んで……」

 

 自分の言葉が、自分を刺していく。心の一番深い場所まで、貫くように。

 

「私たちは、それを肯定的にとらえて……」

 

 喉が締め付けられていく。周りがぼやけてよく見えない。

 

「反省部屋にいる間は、問題が、少なくなるから……」

「だんだんと……それほどでもない問題でも……反省部屋に……それで……その、せいで……」

 

 これ以上言葉を出すことはできなかった。

 

 私の手にふんわりとした手触りのよい物が乗っかる。私は何も考えずに、それでくしゃくしゃになっている顔を拭いた。

 

「……ハンカチ、ありがとうございます」

「いえ、救護の一環ですから」

 

 団長に濡れたハンカチを渡した。私の目元が少し燃えているような感覚がした。

 

 紅茶をもう一口飲んだ団長が話し始めた。

 

「……話を戻しますと、今のコユキさんが自分からお金を使うことはないでしょう」

「一方で、誰かに言われたときはすぐさまお金を使おうとするはずです。今のコユキさんは、誰かに言われたことだけで動いているようですので」

「……はい」

 

 ノアから聞いた話を思い出す。コユキが誰にも言われず自分から動いたことがなかったと言っていたから、団長の推測は正しいだろう。

 

「加えて、コユキさんは誰かに怒られることを非常に恐れているように見えます」

 

 反射的に頭ごと視線を床に逸らしてしまい、すぐさま団長と目を合わせる。手が強く握られた。

 

「特にお金に関しては、非常に敏感になっているでしょう」

「ということは、私がお金を渡しても絶対に使おうとしませんよね……渡したうえで『気になったものを買って』と言わないと……あ、でも曖昧なものだとコユキが困ってしまうから……でもそれってほとんど命令……」

 

 袋小路に入った私に、団長が助け舟を出してくれた。

 

「ユウカさん。今のコユキさんが自分で動くには、誰かの手助けが必要です。ユウカさんの行動は悪いことでは決してありません」

「それに、何も一人で全て解決しようとする必要はないのです。私やノアさん、先生、そしてモモイさんとアリスさん。皆で解決すべきことですから」

「……ありがとうございます」

 

 私やノア、団長ができるのはこうしてお金や物を贈ることぐらいだ。先生はシャーレの仕事で忙しいから力になりにくい。

 

 ―モモイ、アリスちゃん。どうか……コユキに寄り添ってあげて。

試験的に一文ごとの行間を変えてみましたが、前の方が良かったでしょうか?

  • 前(1~10話)の方がいい
  • 今(11話)の方がいい
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