無気力になったコユキ   作:ddddd / d5

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第二章 トリニティ・クリスマス
12 食堂


「ん……」

 ベッドから起き上がった私が真っ先に目を移したのは、人をだめにするソファの上に置かれていた一枚のカードと、水色の布で包まれたお弁当箱と、手紙だった。

 ―手紙? どうして? 

 どうせろくなことじゃないだろうと思いつつ、無機物の前に向かって行く。頭が下がってくるのは寝起きだからのはず。

 包み紙には「開けてください」と書かれていた。指示通りに丁寧に包み紙を開いていく。もし開き破っているところを見られたらきまり悪くなるから。

 開いた包み紙から手紙を取り出す。

「コユキへ。キャッシュカードを渡しておきます。クリスマスイベントで気になった物を自由に買ってください。ユウカより」

「……ユウカ先輩らしくないですね」

 私にお金なんかを渡して、自由に使っていいというなんて。何か裏でもあるのだろうか。その考えは一行下でもっと強くなった。

「……これ、クリスマスイベントで使い切れる額じゃないですよね……」

 カードを覗き込む。ユウカ先輩のことだから、手紙通りのものであることは間違いないだろうけど……それでも何かないか探ってしまう。

 

 五回ほど表裏を確認したところ、もはや驚かなくなった快活な声が聞こえてきた。

「コユキ、おはよう!」

「おはようございます、コユキ!」

「おはよう、コユキちゃん」

「お、おはよう、コユキ」

 ……さすがに四人同時は予想外だったけど。

 

 ミレニアムの食堂に来るのはずいぶん久しぶりだったから、その広さと色に物珍しさを覚えた。

 どこかの誰かが言っていた「水色は二百色ある」という言葉を思い出すぐらいの微妙に色の違う水色。最低限の直線と長方形でのっぺり感を無くしている壁床天井は、ミレニアムではどこにでもある普通のものだ。

 

 私以外の四人には珍しいものでもないらしく、むしろお弁当箱の方に興味が向いていた。

 真っ先に反応したのはやっぱりモモイさんだった。左隣で桃色のカチューシャが動く。

「コユキのお弁当箱、関数電卓のシールが貼ってない?」

 続いてアリスさんがお弁当箱に顔を近づける。右隣から長い髪が私に近づいてくる。

「ユウカの関数電卓と似ています。これはユウカのアイテムです!」

 机を挟んで反対側にいたミドリさんが話した。モモイさんと色違いの緑色のカチューシャが左奥で動く。

「ユウカ先輩って、料理できるんだ……」

 最後に、ユズさんがやや震えた声で話した。右奥の赤い髪とおでこがこちらに近づいた。

「な、中身を見てみようよ」

 そう言われたので、布を外してふたを取る。一段目はご飯が大部分を占め、煮豆が余ったところに入っている。二段目は卵焼きとウインナーが半分で、人参れんこんジャガイモの煮物がもう半分。三段目はヨーグルトにつかったイチゴが半分で、もう半分には半月切りのトマト。ちょうど食品群別摂取量にある食べ物があらかた入っている。栄養バランスを重視するユウカ先輩らしい、いつものお弁当だ。ただ、今日は運がいいのか、ウインナーがたこさんウインナーだった。

 

 確認が終わったので箸を取ろうとしたところで、他の四人が食券を買っていたのを思い出し、手を引っ込めた。

 そこで気になったことが出てきた。さっきから四人とも一言も発さないのだ。すぐさま悪い予感が頭の中を走ったので、四人の目を見た。

 四人とも目を輝かせていたし、モモイさんとアリスさんは口を閉じるのも忘れていた。

 

 モモイさんがじっとこちらを見つめる。すごく何か言いたそうな栗みたいな口で。

「コユキ……毎日これを食べてるの……?」

「はい。反省部屋にいるときは毎日ユウカ先輩かノア先輩のお弁当です」

 四方からの声が私の耳に入ってきた。

「「「「毎日!?」」」」

 一瞬耳が痛くなった。モモイさんが急に早口になって話し始めた。

「えーいいなあ! 毎日こんなおいしそうなもの食べられるなんて!」

 続いてミドリさんがお弁当と私を交互に見つめつつ話した。モモイさんより柔らかい笑顔だった。

「おかずのバリエーションが豊富だし、味もいろいろありそう……食べてて飽きなさそうだね、これ」

 アリスさんはこちらに顔を押し付けるように近づいて話した。ちょっと距離が近い。

「ユウカのお弁当、とてもおいしそうです! アリスは料理でステータスが上がるゲームを知っています。コユキもきっとすごく強いはずです!」

 ユズさんは震えが無くなっていて、軽いさわやかな調子の声で話した。

「こんなおいしそうなお弁当を毎日……コユキ、二人から大切に思われてるんだね」

 当の私はというと、慣れない体験のせいで前髪をなでつつちらりちらりと四人を見ていた。熱くなっていた頬と上がっていた口角を戻そうとしたけど、なかなかうまくいかなかった。

 

 先ほどの興奮が収まって、四人の食券が料理と交換されるのを待っている間、モモイさんが私に尋ねてきた。

「そういえば、あのときにあったカードと手紙もユウカ先輩が出したもの?」

「はい」

 私はカードと手紙をポケットから出して、四人に見せた。アリスさんは首をかしげたが、それ以外の三人はこれが反省部屋にあった理由を理解しているようだった。

 私もアリスさんと同じように首をかしげると、ミドリさんが説明してくれた。

「コユキちゃんはお金を持っていなかったからじゃないかな。反省部屋から出ていなかったんでしょ?」

 私はうなずく。

「だからユウカ先輩がそのカードをコユキちゃんに送ってくれたんじゃないかな」

 私は深くうなずいた。アリスさんも納得した様子だった。

 

 と思っていたら、アリスさんが話し始めた。

「ということは、これはユウカからのクリスマスプレゼントということですか?」

 ミドリさんはもちろん、私たちにも予想外な答えだった。

「えっ?」

 ミドリさんがそれに返した。

「い、いや、さすがにユウカ先輩はそのつもりで送ってはないと思うよ……?」

「でも今日はクリスマスイブですから、クリスマスプレゼントになるのでは?」

 そういわれるとそうな気もするけど、私もモモイさんも納得がいかなかった。

「いやいや、クリスマスプレゼントがお金は……夢がなさすぎない!?」

 アリスさんは虚をつかれたのか、口を開けたままでいた。

「……それもそうですね。ユウカがお金をクリスマスプレゼントにするはずがありません!」

 そこにユズさんも入ってきた。

「うん。ユウカ先輩なら、もっといいプレゼントを贈るはずだよ」

 アリスさんが私の方を見てくる。

「アリス、ユウカがコユキに何をプレゼントするのか気になります! コユキは何がプレゼントされたら嬉しいですか?」

 急に予測していなかった質問がきてしまい、私は固まってしまった。すかさずモモイさんがフォローを入れてくれた。

 

「あまり深く考えなくても大丈夫だよ、コユキ。コユキが嬉しいと思うもので、思い浮かんだものを話せばいいんだよ」

 あまりフォローになっていなかった。そもそも、どういう物ならうれしいと思うのかがよくわからないのに。

 中身の開かれたままのお弁当箱を眺めつつ、記憶の中を手探りで進む。私が好きなものならうれしいと思うはず。私が好きだったものは何だっけ? 

 一番最近のものがクリスマスのこと。その前がミネさん。その前は脱出か運試しだけど、もうやっていない。その前は……

「!」

 嫌な記憶がよみがえって、思わず両脇を両手で丸め込む。船上のバニーチェイサー。バニー姿のC&Cから鬼のように追い回された、バニー姿の私。

 モモイさんが声をかけてきた。

「コ、コユキ? そこまで悩まなくても……」

 アリスさんもユズさんもミドリさんも、心配そうな目で見つめてくる。そのせいで胸がちくちくする。

 なんでこれを思い出したんだろう? ああ、そうだ。追い回される前はなんだかんだ楽しかったんだっけ。バニー服も気に入っていたことを覚えている。

 バニーというより、ウサギが。そこまで考えたときに、クリスマスの絵本の子供を思い出した。パジャマ姿で寝ていた子供。……そういえば、パジャマが反省部屋にはなかったんだった。

「……ウサギ」

 アリスさんが真っ先に反応した。

「ウサギ?」

「ウサギの着ぐるみパジャマ。黄色いもの。……それが、欲しいです。もらえはしないでしょうけど」

 

 アリスさんの眉が落ちる。声がさっきより固くなった。

「そんなことはありません! ユウカはコユキを大切にしています。絶対にもらえるはずです!」

 むちゃなことを言ったアリスさんを見つめる。きっと私の口はへの字になっているだろう。私の声はさっきより低く、重くなった。

「……無理ですよ。私なんかのような悪い子にプレゼントは来ませんから」

 アリスさんの声がより強くなる。それと同時にこっちに近づいてくる。水色の目がまぶしい。

「コユキは悪い子じゃありません! 人付き合いの苦手なユズとお話ししてくれるいい子です!」

 ユズさんもそれに乗ってきた。

「アリスちゃんの言う通りだよ。それに……私がページをめくるまで待ってくれたし……」

 ミドリさんまで加わってきた。

「計画でもアドバイスしてくれたし」

 最後にモモイさんがとどめをさした。

「何より、私たちの話をちゃんと聞いてくれるしね!」

 またしても私の頬が赤くなった。いや、頬だけでなく顔全体が赤くなっていたかもしれない。

「み、皆さんが言うなら……そうかもしれません、ね……」

 誰かに褒められたときの感覚なんてここ最近一度もなかった。慣れない感じをごまかそうと、私はまた髪をなでた。

「には、は……」

 よく話していた口癖も久しぶりに出てきた。ここにいるときの息苦しさが、少しだけ減った気がする。

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