スイーツのお店たちからちょっと離れたところにある、二階建ての建物の中。飲食OKなのもあってか、たくさんの人がここでスイーツを食べている。
その分席も多くて、私とカズサさんは木の椅子に座って、木の丸いテーブルに手を置くことができた。建物は丸太でできていて、だいだい色の光がここを夕焼けのように照らしていて暖かい。それに、これだけ人がいれば私たちの話を気にする人もいないだろう。
私が建物をじっくり見渡している間に、カズサさんが飲み物を買ってきてくれた。たくさんの色とりどりの指先くらいの大きさのマシュマロが入ったココアだった。湯気が出ていて、とてもおいしそうだった。
「どうぞ。熱いから、ゆっくり飲んでね」
「ありがとうございます」
一口ココアを飲んでみると、湯気が示していた熱さを喉の奥で体感することになった。反射的に紙コップを離して、熱さを和らげようと頭が揺れ動いた。カズサさんの心配そうな声が聞こえた。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫です。思ったより熱かったので……」
カズサさんは何ともないという感じで、ちょっと笑った口をしていた。
「ふふっ、私も初めて飲んだときはそうなったよ」
寒さのせいか、固まっていた体もちょっとずつほぐれてきた。カズサさんの優しそうな声とピンク色の目も、私の顔を和らげてくれた。
「カズサさんと同じですね」
それからしばらく二人でココアを飲みつつ、コップと一緒についてきたプラスチックのフォークでマシュマロを食べていた。もちもちよりふわふわした感じのマシュマロと、ココアのちょっと抑えた甘さが合わさって、ミレニアムのどの自販機でも味わえない楽しさが私の舌で感じられた。
二人ともココアを飲み終わった後で、私はカズサさんに思っていたことを話すことにした。
「……その。なんでわかったんですか?」
カズサさんは机に肘をついて、天井に頭を向けた。さっきもそうだったけど、みんなといたときより声が柔らかい。
「んー……話していいのか迷う秘密を持っているからかな。そういうのを無理に聞き出そうとされる気持ちを人よりも知ってるから」
私も机に肘をついて、右にいるカズサさんの方に少し体を寄せた。
「私も……カズサさんと同じです。そういう気持ちは、よくわかります」
両手の方に視線を寄せる。ノア先輩に問い詰められたときのことが思い出される。
「私たち、結構似てるね」
私はカズサさんの方に顔を向け、椅子を少しカズサさんの方に近づけた。ミネさんと一緒にいるような、でもそれとは違う心地よさがあった。
自分を少しだけ抑えなくてもいいのかも。そう思った。
「……そう、でしょうか」
「もちろん違うところの方が多いと思うけど……お互い同じ気持ちをよく理解してる、ってところでは結構似てるんじゃないかな?」
不思議と、目の星が明るくなっている気がした。
「それなら……そうかもしれないですね」
「うん。……ところでコユキ、近くない?」
「え?」
カズサさんにそう言われて、私はカズサさんの顔がとても大きく見えるところまで顔を近づけていたことに気が付いた。そういえば、カズサさんの頬がちょっぴり赤いような。
カズサさんから離れると、カズサさんの頬も元の色に戻った。私は首をかしげながら口をすぼめて話した。
「うーん……そんなに近かったでしょうか」
カズサさんが私の分のコップとフォークを自分のものとまとめながら言った。
「コユキ、もしかして寂しがり屋? だから無意識に近づいていたのかもよ。あの子たちといるときも結構距離近かったし」
言われてみれば、服と服がくっつく距離にいた気がする。
「んー……」
あごに手を当てて考えようとしたその時、カズサさんのスマホに通知音がきた。
「あ、アイリからだ。モモイたちがそろそろ移動しなきゃいけないから、早く帰ってきてだってさ」
そういえばそんなことを言っていたような。胸の中が軽くなっていくと同時に空っぽになっていく感じがして、私はカズサさんの顔を見つめていた。
「……どうする? 一緒に回る?」
それを聞いたとたん、私はまたカズサさんに一気に近づいて大きな声を出した。
「え、いいんですか!?」
「う、うん。近い近い……ちょっと待ってて。アイリとモモイと話すから」
再びさっきまでの距離に戻って、カズサさんがスマホをいじる様子を見守った。多分アイリさんだろう。
それからしばらくして、カズサさんがほほえみを持った笑顔を向けてきた。
「みんな大丈夫だってさ。私たちもカップのゲームを終わらせたところだったから」
それを聞いて、私は今日一番の明るい声が出た。
「やったあ!」
冷たかった星が、この建物と同じように明るく輝いた気がした。
ついさっきまで空の高い場所にいたと思った太陽が、もう建物に近づいている。
太陽とその前の建物の下に見えるゲーム開発部の皆を眺めながら、私は「冬だなあ」と息を吸いながらたわいのないことを思っていた。
すぐ横ではクリスマスベルがある歌のフレーズを繰り返している。ときどきフレーズがつながりメロディになって、それが聞こえるたびに私の心が弾む。
ベルの演奏者は、私が右手で持った楽譜と鈴以外、一切の物に視線を向けていない。それはプロというより、発表会を前に猛練習する子供の様に見えた。
私の右腕を、自身の左手でずっと離さないで持っていることからも。
「……ふふっ」
演奏者―コユキが、ベルの音を止めてすぐに私に顔を向けた。この子はずいぶん人の声に敏感だ。
「ああ、気にしないで。コユキが熱心に練習していたのがかわいいからつい」
コユキの瞳孔が小さくなったかと思いきや、たちまち顔を逸らして地面を向いてしまった。
頬が赤くなっているのは、寒さのせいだけじゃないだろう。
―褒められ慣れていないのかな。
そう思いながら若干足が速くなったコユキに合わせて、歩くスピードを上げた。
それからしばらく歩いていると、前を歩いていたゲーム開発部の動きが止まった。
私たちも止まった。ゲーム開発部の奥の方を見ると、美術館があった。
すると、右腕にかかる力がちょっと強くなった。コユキの方を向くと、先ほどまで振っていた腕を止めて脇にぴったり寄せていた。
モモイが一番にこちらに向かって来た。モモイの足音に紛れて、すぐ近くで別の足音がした。
コユキの右足が一歩後ろに下がっていた。
私はコユキの方にそっと話しかけた。
「後ろに隠れる?」
コユキはすぐに小さくうなずいて、私の真後ろに移動した。
私の服の裾が奥に引っ張られて、首の後ろから息が伝わってくる。
私は目を細めて、足を開いた。
モモイの足が止まって、そのまま口を開いた。
「あ……」
口を開けたまま、左手でネコのカチューシャをいじっている。
3から5秒ほどたってから、また声を出した。ややぎこちない声だった。
「カズサ、コユキを頼める?」
少し私の声は尖っていたかもしれない。
「任せて」
「ありがとう!」
そう言うとモモイは、置いてきぼりにしていたゲーム開発部と一緒に美術館へ入っていった。
コユキはゲーム開発部が完全に入っていった後で、私の背中から出てきて大きく息を吐いた。
後ろにいた三人の方を見ると、ヨシミが空中に向かって話した。
「どういうこと? コユキとあの四人は仲良しじゃなかったの?」
アイリは足をその場で忙しく動かしながら、コユキに向かって口をパクパクさせていた。
ナツは腕を組んでパックの牛乳から口を外し、口を横一文字にしてゲーム開発部の方を見ていた。
コユキは私の右腕を両手で縋り付こうとするように持っていた。頭を肩ごと落としていて、指先がせわしなく動いて私の肌をくすぐる。
それが私の口を渇かせて、代わりに悪い予想が舌を潤した。なら、私にできることはこれぐらいだろう。
「コユキ、ここを一周しない?」
コユキはこちらを見てうなずいた。ぎこちない速さだった。
ナツがポケットから飴を取り出して、包み紙を外してコユキに手を伸ばした。
「……飴ちゃん食べる?」
コユキは手を伸ばして飴を口に入れた。すると、少しだけコユキの頭が上がった。
「あふぃふぁふぉうふぉふぁいふぁふ」
「どういたしまして」
その間にヨシミが私の左隣に、アイリがコユキの右隣に、ナツがヨシミの左隣に移動した。
なんとなく号令は私がした方がいいと思ったので、私が号令をした。
「それじゃ、出発」
今あのことを考えていてもしょうがないから、コユキの調子を取り戻す方が重要だろう。コユキにとっても触れてほしくないことだろうから。