コユキの歩幅にみんなで合わせて、ゆっくりと美術館の周りを周る。道幅が広いとはいえ、美術館の前よりも人は少なくて静かだ。
コユキは私の右腕を両手で持って、寄り添うように頬を肩に当てながら歩いていた。やたらと距離が近くてこっちまで体温が伝わってくる。
素早くナツの方を見ると、口角をそのままにしようとして上げているのを隠せていない。こちらの生暖かい視線といい、いつもなら大声を出しているところだけど…今回はそうはいかない。ナツもそれを分かってやってるんだ。
それからしばらくの間、五人とも話さずに歩いていた。乾いた空気とまだともっていない街灯、コンクリートの上にある雪と時々混じる氷を踏みしめる音、夜の蒼さが入り込み始めた空。普段は感心を向けないものでも、こうしてみると私を満たしてくれるんだ。
ナツが前を向いて話した。
「いつも食べているケーキでも、注意深く味わえば新たな味が見つかる…これもまた、スイーツに込められた哲学」
コユキが首を動かしてこちらに頭を上げた。まばたきをしてもこっちが答えるのには困ってしまう。それからコユキが反対の方向にいたアイリに頭を向けると、アイリがしばし目をつむった後に話した。
「周りに注意深く目を向ければ、新たな発見がある、ってことだと思うよ」
三人一緒にナツの方を向くと、親指を立てて「ぐ~」のポーズをとっていた。ヨシミがナツと私たちの方を交互に向いてきたので、なんとなくうなずいておいた。
またコユキの方を見ると、瞳にあった星がさっきより輝いていた。やるじゃん、ナツ。
そうして美術館の前に戻ってくると、遠くから聞き取れない声がこだましてきた。
「~!」
いや、この声は聞いたことがある。とても大きくて乾いているようで少しだけ湿った…鬱陶しくも感じるけど耳をふさぎたくはない声。
「~サ!」
声が近づいてくる。若干右腕にかかる力が強くなったので、普段通りの声でコユキに話しかける。
「大丈夫。知り合いだけど、怖くなったら隠れて」
コユキは私の方に体をさらに寄せた。コユキの頭が私の肩とくっついて髪を頬で感じられる。
「~ズサ!」
前方から雪煙を後に残しながら、薄紫色と青に近い薄藍色が混じった髪をポニテにした生徒がダッシュしてくる。ぶら下げている銃は星だらけで、地味な色のコートと比較すると大変目立つ。
その主は、コユキが私の後ろに隠れると同時に急停止して、両手を大きく広げ頭を上半身ごとこちらに倒して思いっきり大声を出した。
「杏山カズサこんにちわあ!!!」
全員、一歩後ずさった。私とコユキはちょっと転びそうになった。
周りにいる人のうち、トリニティ生でない人が5歩ぐらい、それ以外の人が3歩ぐらい引いた。
私は乱れた眉と口を直して、目の前のやかましい友人に話した。
「宇沢、今日は私たちだけじゃないからいつもより声抑えて」
私はまたカズサさんの後ろに移動して、カズサさんの右腕と左の背中をつかんだ。
すると、宇沢さんが急に腕と足を縮めて、さっきよりずっと小さい声で話した。
「あっ、ご、ごめんなさい…えっと、うるさかった、ですよね…?」
私はユズさんが思い浮かんだ。ユズさんとは違って誰にもおびえてないけど、似ている。
私は宇沢さんに話しかけた。
「も、もう大丈夫です、宇沢さん」
宇沢さんは目を下の方に向けて揺れ動かしていたので、私の方も視線が揺れ動く。
「い、いえ、私が不注意だったばかりに…」
それからそろって目を合わせず口をもごもごさせた。今すぐにでも逃げ出したくなったときに、ヨシミさんが口を開いた。
「はいはい、その話はここまで!で、レイサは何をしにここに来たの?」
宇沢さんの縮んだ腕が伸びて、ヨシミさんに目を合わせた。
「杏山カズサを見つけたので飛んできました!そしたら知らない人がいたので驚きました」
それを聞いたカズサさんが話した。
「紹介するね、この子がコユキ。大人しいけど、寂しがり屋なところもあるいい子だよ」
その言葉を聞いて、私は思わず声が出た。
「いい子? 私が…ですか?」
カズサさんが私の方を向いて、にっこりと笑う。私はそれを見ると、なんだか落ち着くのが難しくなった。
「うん。練習に熱心に取り組んでるから」
それを聞いた宇沢さんが首をかしげた。
「練習? もしかしてその鈴ですか?」
私がうなずくと、右隣にいたアイリさんが宇沢さんと私の方を見て話した。
「うん。コユキちゃん、すっごく頑張ってるの」
それを聞いて私の頬が自然と口を緩ませた。
「そ、それほどでもないですよ…ただセリナさんに『いいことがあるかもしれない』と言われたからやってるだけで…」
「ううん。例え言われたことでも、熱心に頑張ってるコユキちゃんはすごいよ」
宇沢さんの声が再び大きくなった。その明るい声にこっちまで影響されてしまいそうだ。
「そうですよ!それに、頑張る気持ちは本物のはずです!」
ナツさんの左隣から私の左前に移動していたヨシミさんも私に話してきた。
「やりたくなかったら、そんな熱心に頑張ってないでしょ?」
「はい」
「コユキがやりたいから、それだけ頑張ってるのよ」
「私がやりたいから…」
胸の奥が寒くなくなってくる。それに合わせて、体にあった重さが無くなっていくような感じがした。
ナツさんが私の前に歩み出てくる。
「コユキ」
ふわふわした感じとは真逆の真剣な目線に、私は釘付けにされた。
「私は君が何を抱えているのか知らない。それでも、分かることがある」
「君は、自分を抑えつけていないかい?」
私は目を見開いた。どうして?
「君が自分から何かを言い出したことも、何かをしたことも、私たちは一度も見ていない」
「だけど、君が何かをしたい気持ちがあることはわかった」
「だから私は、コユキが自分を抑えつけているのではないかと考えた。どう? 当たってる?」
私はゆっくり首を縦に振った。
ナツさんが話を続ける。
「コユキ。私はその原因が何かはわからないから、それを治すこともできない」
「でも、君がやりたいことがあるなら―それに付き合ってあげよう。それがロマンというものさ」
手足がゾクゾクして、目線が一か所に固定できなくなってきた。
「…いいんですか?」
「もちろん」
カズサさんの方を見る。
「うん、大丈夫だよ」
ヨシミさん、アイリさん、宇沢さんの方を見る。
「当然でしょ? だって友達だから!」
「コユキちゃんも、やりたいことをやっていいんだよ」
「ご安心ください!私、宇沢レイサがついていますから!」
胸が熱くなり、まるで飛んでいけそうな気分になった。
すると、カズサさんの声が小さくなった。
「…!モモイたちが美術館から出ようとしてる」
それを聞いた私は、とっさにカズサさんの腕をつかんだ。
それから、放課後スイーツ部の皆と宇沢さんと一緒に、早歩きでどこかへと向かった。