無気力になったコユキ   作:ddddd / d5

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21 隠れる

 ヒフミさんの服を濡らしても、ヒフミさんに包まれても、ヒフミさんの暖かさを感じても。

 私の喉の中を塞さぎ、胸を外から抑えつけてくる感覚は消えようとしない。

 あの声。電話から聞こえてきた……とても怖い声たち。

 私を逃がすはずがないと、最初からわかっていた。

 

 ―でも……。

 ヒフミさんの顔を見る。ヒフミさんが目線を合わせようとしたけど、私は目線を逸らした。

 ―放課後スイーツ部の皆さんやレイサさん、ヒフミさんは、私の味方をしてくれた。

 ミドリさんとユズさんの方に、視線をさまよわせる。二人の目線をかわしながら。

 ―ミドリさんとユズさんも、味方……だと思う。

 ヒフミさんに回していた腕を、少し揺らす。ヒフミさんがそれに反応して、私に声をかけた。

「コユキちゃん」

 ヒフミさんが背中をぽんぽんと叩くと、閉じていた私の口が開いた。

「……その」

 ―まだ、味方でいてくれますか? 

 私はそこまで話せず、ヒフミさんの方に顔を上げた。

「ゆっくりでも、大丈夫ですよ。私はコユキちゃんの助けになりたいんです」

 後ろの方から、二人の声がした。優しくも、力強い、ヒフミさんと同じような気持ちがこもった声に聞こえた。

「私も、コユキちゃんを助けたい!」

「私もだよ、コユキ。私たちは、どうすればいいかな?」

 

 それを聞いて、私にある考えが浮かんだ。絶対にできないと思っていた、唯一の救い。

 私はヒフミさんを、次にミドリさんを、最後にユズさんを見て、またヒフミさんの方に顔を向けた。

 そして、途切れ途切れになっていた呼吸をやめるために、深く息を吸った。

「私は……」

 動きたがらない声帯を無理やりにでも動かす。

「ミネさんに」

 今度は……言いたいことを言うために。

「会いたいです」

 

 私は三人に視線を回した。すると、ユズさんが一番に口を開いた。

 落ち着いた、低い口調の声だった。目線も鋭かったけど、全然怖くなかった。

「なら、音楽堂に行こう。セリナさんが音楽堂について言っていたし、ミネさんも音楽堂で演奏するって言っていたから」

 続いてミドリさんがポケットからスマホを取り出して、指を何度も動かした。

 それから10秒もしないうちに、ミドリさんが話した。

「道は私が案内するよ。全速力で走れば、追いつかれずに先に音楽堂につくはず」

 それを聞いたヒフミさんが、まだ抱き着いていた私を離して、手をつないだ。

「出発しましょう!」

 その言葉を合図に、私たちはまた全速力で冬のトリニティ・スクエアを走り出した。

 

 四人分の足音に混じって、ミドリさんの声が前から聞こえる。

「こっち!」

「次は右!」

「次は左!」

「次はそのまま!」

 それに従って、私たちは人気の少ない道をひた走る。

 暖かくて雪が解けて湿った石畳の上を、まだ解け切っていないで水と混ざったぐしゃぐしょの雪の上を。

 冷たい道の上で人に踏まれまくった固い雪の上を、足元を覆いつくす踏まれていない雪の上を。

 道路の方に斜めになった氷道の上を走ったときは、何回か転びそうになった。

 それでも、信号機以外で一度も止まらずに走り続けて、息を切らしながら音楽堂の前にたどり着いた。

 すでに頭が酸欠を訴えてて、視界からの情報収集もできなかった。

 だけど、いつでも私を安心させてくれる、凛とした固い声ははっきりと聞こえた。

 

「コユキさん、何かあったのですか?」

 

 それを聞いた私は、疲れた足に力を入れて、声のする方にまた走って。

 頭から体に飛びついて、両腕をその人の脇から背中の上に回して、絶対に離さないようにした。

 その人は最初と同じように、必死で呼吸をする私を包み込んでくれた。

 私は頭を上げてその人の方を見た。最初と同じように、緑から黄緑のグラデーションの目は私が私を締め付けるものを緩めてくれた。

 大きく息を吸い込んでから吐き出して、静かな声で話した。

「ミネさん……」

 

 ミネさんは何も言わずに私をハグしたまま、待っていた。私の背中に撫でられたような感覚がした。

「先輩たちが、もうすぐここに……」

 私は唾を飲み込んだ。ミネさんは眉をひそめると、自身の左手で私の左手を握った。

 私は左腕から肩をミネさんの左腕にくっつけて、ミネさんの手を握り返した。

 それからミネさんは私の背中に回していた右腕を離して、私に話した。

「分かりました。私についてきてください」

 

 そう言うとミネさんは歩き出して、私もそれに続いた。

 ミネさんの手と腕は、誰よりも暖かく感じた。

 こげ茶色の床に赤いカーペットが敷かれた床の上を、私とミネさんは歩く。

 赤いカーペットの先にはこげ茶色の受付と思われる台と、かつては赤い紐が通せんぼしていた道がある。

 その道の左横には「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた扉がある。ミネさんは受付の人と何か話すと、受付の人が関係者以外立ち入り禁止の扉を開けた。私とミネさんはその中に入っていった。

 

 白いなんの装飾もない壁と床。天井の蛍光灯によってわずかな色の違いがあるのみで、カーペットのあった場所とは真逆の印象を感じた。

 いくつか道を曲がったり階段を下りたり上がったりして、灰色に近い白の扉の前で止まった。それからポケットから鍵を取り出して、扉を開けた。

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