モモイは上着のはしを閉じた口と同じぐらいぎゅっと掴んでせわしなく動かしながら話した。
「こ、これは、その……」
話にならなくなったモモイからアリスへと睨み先を変えた。
アリスは両手で上着の心臓あたりをぎゅっと掴んで、白く小さい息をいくつも吐き出した。
「コユキと、はぐれてしまったので……探しに……」
私はモモイの方へ一歩踏み出した。雪を踏みしめる粗い音が響いた。
「『コユキを頼める?』って言ってたのに?」
モモイはようやく私と目を合わせたが、すぐにまた道へと目を落とした。
そのとき、私の後ろからいつものやかましい声がより鋭く響いた。
「嘘をついてたんですか!? どうしてそんなことをしたんですか!」
左で服が押される感触と雪を踏む音がした。
振り向くと、宇沢が胸を突き出し、両腕を腰に当てて自警団活動時の鋭い目つきになって四人を見ていた。
「ちゃんと話を聞かせてもらいますよ! 杏山カズサに嘘をついたことも、コユキさんが嫌がっているのに追いかけていることも!」
私は雪を融かしていた両手を握りしめた。
いまだに口を割らない四人を見て、私の心臓が全身へ振動を運んで体がじっとしていられなくなってきた。
「ふーん。何も言わないつもりなんだ」
私は紐で肩にぶら下げていた銃を両手で持った。これにはさすがにモモイとアリスも口を開いた。
「えっ、ま、待って……!」
「……!」
そのとき、左腕を掴まれる感触がした。振り向くと、宇沢が四人に向けたときよりも柔らかい目線でこちらを見ていた。
「落ち着いてください、杏山カズサ! 無理矢理聞き出すのはよくありません!」
私が銃を手から離すと、後ろから落ち着きつつも調子がわずかに乱れた声がした。
「ああ。ここは落ち着いて話し合おう」
アズサがみんなを連れて後ろにいた。
顔と体を背けたアイリ、尖った目をしたヨシミ。口を一文字にしたナツ。しかめ面をして真っすぐ見ているコハル。
そして作られたような微笑みを浮かべているハナコが、さっきと変わったトーンで口を開いた。
「では、理由を聞かせてもらいましょうか。コユキさんを追いかけている理由を―」
続きを聞く前に、誰かのスマホから着信音が鳴った。
全員がポケットからスマホを取り出した。私と宇沢とアズサ以外の全員が画面を確認した。この隙に逃げられては困るから。
アイリのスマホから鳴っていたらしく、アイリがスマホを耳に当てて話した。
「あっ、ヒフミちゃん! 今どこにいるの?」
その言葉に、全員が耳をスマホに集中させた。
電話の向こうから爽やかでちょっと酸っぱいヒフミの声がする。
「私は……」
雪がこすれる音だけがこの場でしばらく聞こえた。私はアイリに目線を送ってスマホのボリュームを大きくさせた。
「あれ? ここってどこでしょうか……」
電話の向こうで足音がした。音はだんだんと小さくなっていたので、その主は徐々に離れていっているようだった。
―ヒフミのほかに誰かがいる。まさか……。
私の予想は当たっていた。
「コユキちゃん?」
私は口を開けてしまったけど、その後に出てきそうな声を何とか飲み込んだ。
そのとき、周りで足音が鳴って周囲を見渡した。
あの二人が声を出そうとしたらしく、アリスが白い人に、モモイが菫色の人に口をふさがれていた。
二人とも両手で抑えている腕をつかんでいた。四人は数歩ほど遠ざかっていた。
こういうとき私以外に声を出しそうだった宇沢はアズサに、ヨシミはナツに口をふさがれていた。
ハナコとコハルは電話の声を聞こうと、頭を電話の方へと出していた。
私も口を堅く閉じて、簡単には開かないようにした。しかし、次の言葉で危うく声を出しそうになった。
「あ、ご、ごめんなさい……!」
震えのせいなのか、さっきの言葉が何度も頭の中で跳ね返っていた。
聞き間違いであってほしかった。でもあの声はコユキの声だった。ぎこちなくて低いトーンだったけど、コユキの声だった。
視線が不安定になって視界の全てがぼやけていたことに気づいたのは、とっさに足を一歩後ろに動かしたときだった。
―落ち着いて。落ち着いて、私。
何度もそう言い聞かせたところで、ユズの慰めるような声がした。
「大丈夫だよ、コユキ。謝らなくてもいいから……」
その声で多少は周りを見られるようになったので、頭を動かして見渡した。
真っ先にアイリと目が合った。スマホを耳に押し付けて素早く床と私を交互に見ているアイリへ、私はうなずいた。
私の気持ちが十分に伝わったのか、アイリは声を出した。隠してはいたけど震えがある声だった。
「どうしたの、ヒフミちゃん? 何かあったの?」
それを聞いて、抑えられていたあの二人が爆発した。
「コユキに何かあったんですか!?」
「コユキ、大丈夫なの!?」
私は二人の方を睨みつけた。さっきよりさらに離れていたにもかかわらず、宇沢に負けらず劣らずの大声を出したせいで完全に向こうにも聞こえていた。
なぜなら電話の向こうからヒフミとミドリの声がしたからだ。
「「コユキちゃん!?」」
そして、わずかに聞こえてくる、すすり泣くような声。
それを聞いて私も限界のラインを超えた。こっちに何も言わないくせして余計なことばかりするのなら、無理やりにでも聞き出すしかない。
奴らはすでに全速力でこの場を離れていた。菫色の奴と白い奴が叫んだ二人を引っ張って走っていた。
私は全速力でそいつらを追った。
MGを構えてアリスの足を狙おうと頭を動かしたとき、右足に何か当たる感覚がした。
街灯の白い光に照らされたそれは、マンゴーのようなレモンのような形でくすんだ色をしていた。
それを見た私は今すぐにでもバックしようとして、慣性で動きが鈍った。
直後に真っ白な光が視界を覆って、しばらくの間チカチカする世界しか映らなくなった。
私はすり足で一歩二歩下がって、持っていた銃を何とか離さないようにした。
しばらくして普段の視界が戻ってきた。奴らはもうその場にいなかった。足音も聞こえなかった。
ここは雪のない道だったため、足跡を辿って追うこともできなかった。
私は歯を押し付けるように口を結んだ。頭の中で暴れまわる考えが口から誰もいない道へ吐き出されていく。
「あいつら……コユキに何をしたの。どうしてあんなことを言ったのさ……」
モモイとアリスと話していたあの二人がよりくっきりと浮かび上がった。
「あの二人……」
私はよりはっきりとあの二人の顔を脳裏に刻んだ。
それから私はモモトークを開いて、スイーツ部のグループチャットにメッセージを送った。指に込める力で危うくスマホが飛びそうだった。
『アイリ、突然いなくなってごめん』
『そっちに合流したいから、場所を教えてくれる?』
約20秒後、アイリからマップ画像が送られてきた。私は奴らへの黒いもやもやを地面へとぶつけながら、そこへ走っていった。