お皿が空っぽになった後、セイアさんがこちらを向いた。
「そろそろ時間だ。移動しよう」
それを聞いた私は口を開けたまま固まった。
―どうして移動する必要があるんだろう?
さっきのサンドイッチがお腹の中で動かされて落ち着かないでいた。
セイアさんは口を閉じて瞬きをすると、ゆったりと口を開いた。
「もうすぐ救護騎士団による鈴の合奏が始まる。だから会場に移動したいのだが、構わないか?」
それを聞いたとき、落ち着かなさがお腹を出てきて私の体が固まった。
―どうしよう。
視線が定まらなくなって、何度も感じたあの締め付けてくる感覚が心臓辺りに這ってきた。
―先輩たちもモモイさんもアリスさんも間違いなく会場にいるはず。放課後スイーツ部や補習授業部や宇沢さんはいるかどうかわからない。
―でもミネさんやセリナさんやハナエさんの姿は見たい。どうすればいいんだろう?
セイアさんがさっきと変わらない落ち着いた声で話してきた。
「あの四人が来ることが怖いのかい?」
そよ風のような声に撫でられて、私はうなずいた。
「それなら大丈夫だ。君の友人たちが君を囲むようにして席を取れるようにしておいたから」
私の口は意識するより前に動いていた。
「本当ですか?」
「ああ」
心臓に這っていたものが消えて緩んだとき、セイアさんの上がっていた眉がやや下がった。
「もしあの四人が近づいてきても大丈夫だ。私たちが君を守る」
その言葉は私の星が安心して輝けるほどに頼もしく聞こえた。それに押されるように私はゆったりと話した。
「にはは、ありがとうございます! ……誰かに守られているって、すごく安心しますね」
セイアさんが深くうなずいた。
「ああ」
それから私たちは部屋を出た。
しばらくの間白い廊下を移動して、セイアさんが扉を開けた先はとんでもなく広かった。
明るい茶色の木でできた屋根に柱はなく、中央のステージをどこからでも見渡せた。
ステージまでは歩いて10歩とも200歩とも言えそうなほどで、遠いはずなのに近いように見えた。
そんなステージを赤い床が取り囲んでいた。何階かに分かれており、それぞれの床には数百席ぐらいに見える黒い椅子が敷き詰められていた。
これだけ広いと座るべき椅子を探すだけでも大変そうだった。
でも、セイアさんの足取りは遅くなることもなく私の手を引いて向かって行った。
見たことのある黒い猫耳の形が見つかったとき、私は手の先から吸い寄せられるようにそちらへ体を傾けた。
セイアさんが手を繋いでくれたおかげで、私ははぐれることなくその人の元へたどり着けた。
その人―カズサさんは私を見つけると、立ち上がってこちらへ向かって来た。
「コユキ!」
私も足取りを早めて、両腕を開いていたカズサさんへくっついた。カズサさんも両腕を私の背中に回してくれた。
しばらく背中を撫でられる感覚と、カズサさんの体温で、心と体を緩めた後、お互い笑顔で見つめ合った。
「いつものコユキに戻ってよかった」
「ミネさんとセイアさんのおかげです」
「セイアさん?」
カズサさんがセイアさんの方へ体を向けて、私は左腕をカズサさんの右腕に絡めて手を繋いだ。
「ミネさんがセイアさんの部屋へと案内してくれて、そこで休んでました」
「そっか。その人が一緒にいてくれたんだ」
「ところで、その名前をどこかで聞いたような気がするんだけど……」
カズサさんは口を閉じて天井の方を見つめた。
すると、カズサさんの後ろにいたアイリさんがカズサさんの隣にやってきた。
それからカズサさんの耳元で唇を小さく動かした。
「セイアさんは、ティーパーティーのセイア様だよ」
「へー、ティーパーティー……」
私はどこかで聞いたような気がした。
するとカズサさんの口が閉じて、少し動いたかと思えばいきなり全開になった。
「ティーパーティー!?」
私は思わず握る手の力と腕の絡みつく力を急に強くしてしまった。すぐにカズサさんがこちらへ振り向いて、瞬きを繰り返す顔を見せた。
「あっ、ごめん! 驚かせちゃったね」
「だ、大丈夫です」
カズサさんの揺れ動く目へ視線を固めてしまったけど、カズサさんは息をひと吐きしていつもの顔に戻った。
「セイアさん、いやセイア様がいたなんて思わなくて。セイア様はティーパーティーの中でも最もえらい人だから」
「あ、ティーパーティーって言うのはトリニティの生徒会組織のことだよ」
さっきのカズサさんほどではないけど、私も大きく口を開けて声を出した。
「ええっ!?」
セイアさんの方を見ると、皆と話している中で私の方を向いて左目でウインクをした。
「すごい人だったんですね」
セイアさんの肩にいたシマエナガがこっちを見てうなずいた。私の気持ちに共感したのかな?
続いてアイリさんが私と目を合わせた。
「ミネ団長も、セイア様と同じぐらいえらい人なんだよ」
私の目がまた皿のようになった。
セイアさんの周りには皆もいた。気軽に話しているのは一人ぐらいで、それ以外の人は口や体の動きがぎこちなくなっていた。
視線をセイアさんへ送ると、セイアさんの代わりにシマエナガが飛び出してきた。
シマエナガは私とセイアさんの周りを8の字で飛び、セイアさんがこちらを向くと私の肩へ止まった。
「どうしたんだい?」
私は一度つばを飲み込んで口を開いた。今は大丈夫だから。
「なんの話をしていたのか気になったんです」
「いや何、お互いのことを話していただけさ。自己紹介というものだ」
「改めて自己紹介をしよう。私は百合園セイア、ティーパーティーに所属している。よろしく頼む」
セイアさんはそう言うと、両手で上着のすそをつまみ、軽く上げてお辞儀をした。
「私はミレニアムのセミナーに所属しています、黒崎コユキと言います。改めてよろしくお願いします」
私もお辞儀をした。ミレニアムとセミナーを言う時に口がつっかえたけど、何とか口を動かした。
すると、皆のいる方から、誰かの声がした。
「セミナー……」
私は体を前に出して、一人一人を順に見た。
すると、気軽に話していた人がこちらへ近づいてきた。
桜のようなピンク色のストレートロングヘアと、黄緑色の目を持ったその人は、穏やかな笑顔で私と目を合わせた。
その人は、グッズ売り場でヒフミさんと一緒にいた人だった。ゆっくりと穏やかな声で私に話しかけてきた。
「こんにちは、コユキさん。グッズ売り場でお会いしたとき以来ですね」
「こんにちは」
お互いお辞儀をした後、その人が先に口を開いた。
「私は浦和ハナコと言います。あちらの銀髪の子は白洲アズサちゃん、ピンク髪の子は下江コハルちゃんです」
ハナコさんが向いた方向を見ると、アズサさんがこちらに向かって緩やかにうなずいた。コハルさんもアズサの後にぎこちなくうなずいた。
「あなたのことは先ほどセイアちゃんからお聞きしました。ご無事でよかったです」
ハナコさんの顔は、さっきよりも自然な笑顔に見えた。
つられて私も頬が自然な感じになった。
「ヒフミさんとユズさんとミドリさんのおかげです」