ヒフミさんは両手を後ろに回してから、頭から体をやや横に曲げて微笑んだ。
私も同じようにして、ヒフミさんと顔の向きを合わせた。そうしたら、ヨシミさんの笑い声が聞こえた。
「ふふっ……」
ナツさんも同じように、頭から体を曲げた。アズサさんまでそれに乗っかると、ヨシミさんとコハルさんが二人に目を向けていた。
「ナツ、あんたまで乗らなくていいから……」
「アズサ、乗らなくてもいいでしょ……」
私とヒフミさんは体を元に戻していた。
「あはは……」
ナツさんはヨシミさんにもやらせようと、ヨシミさんの両手を掴もうとして退けられていた。それからカズサさんの方へ顔を向けていた。
私はヒフミさんを見てから、会場に頭を動かした。右へ左へ上へ下へ動かしていると、宇沢さんがこちらの隣へやってきた。
「探しものですか?」
「はい。ユズさんとミドリさんを探しているんです」
それを聞いたとき、宇沢さんの光彩と口が縮んだ。それを見た私の胸も縮んだ。
表に出ようとしてくる心臓の鼓動は無視することにした。
「ユズさんとミドリさん、ですか?」
「ヒフミさんと一緒にいたんですが、今は姿が見えなくて。どこにいるか知りませんか?」
宇沢さんは唇をぎゅっと結び、両手を絡ませて天井へ視線がそれた。
私は宇沢さんの顔をじっと見つめた。
―多分こんなことを知らせたくないのだろう。それでも知りたい。自分がやりたいことだから。
私は宇沢さんの口が開くのを待った。10秒ほど経って、宇沢さんはこちらと目を合わせた。
「2人は、あっちの席にいるはずです」
そう言うと、宇沢さんは手と腕と指を伸ばしてある方向を指した。ここから歩いてたどり着ける距離で、1分ぐらいで行けそうな場所だった。
私はそちらを見た。すぐに、緑色に光っている猫耳の形を見つけた。
だけど、形は同じだけど色がピンク色の光も、やたらと目立っていたあの大きな武器も一緒に見つけてしまった。
とっさに私は目を逸らして頭を下げた。でも、視界の端から緑色の光を取り除くのは嫌だった。
―ミドリさんとユズさんに、お礼を言いたい。だけど、もし二人を呼べば、間違いなくもう二人もついてくる。
そこまで考えたとき、つい最近一緒にお昼寝した人が話してきた。
『もしあの4人が近づいてきても大丈夫だ。私たちが君を守る』
―でも、どうすればいいんですか?
いつも牛乳パックを持っている人が、目を合わせていた。
『君がやりたいことがあるなら―それに付き合ってあげよう。それがロマンというものさ』
―私がいっても、大丈夫でしょうか。
私が初めてプレゼントを渡した場所が、頭の中に出てきた。
『こんな私でも……また誰かを喜ばせられますか?』
『もちろんです! わからないことがあったら、いつでも私やアイリちゃんや一緒にいた人たちに聞いてください。
みんな優しい人ですから、快く教えてくれるはずです!』
私は顔を上げた。声の震えは抑えられていた。
「宇沢さん」
「ユズさんとミドリさんと、お話ししたいです」
宇沢さんは口を大きく開けて息を思いっきり吸った。他の皆も一斉に私の方を見た。
私がカズサさんの方へ縮こまると、宇沢さんがいつもの顔に戻った。
「分かりました! 今すぐ呼んできます!」
そう言ってミドリさんたちがいる方へ歩き出そうとしたけど、それはセイアさんによって止められた。
「ちょっといいかい?」
セイアさんの方へ素早く首を向けた。
―何か、何か間違えた?
「ここからだと合奏が始まるまでに間に合わない」
すっかりそのことを忘れていた。
頭を落とした私に、セイアさんが近づいた。
「大丈夫だ。合奏が終わった後なら、時間はいくらでもある」
再び頭を上げて、セイアさんを見た。
「今は合奏を聞くとしよう」
私はうなずいた。
「はい」
それから席について、皆と暗くなっていく会場と共に、ミネさんたちと鈴の音を待った。
ステージのみが照らされた会場。
両側の黒い道から図書館より高潔さを感じる木の色の床へと、濃いこげ茶の服に身を包んだ人たちがやってきた。
先頭に、とても安心する青っぽい水色の長い髪の人がいた。その後に鈴をくれた桜のような髪の人と、うさぎさんをくれた薄紫の髪の人が続いた。
それ以外にも広場で見たことあるような気がする人たちが数名か十数名かやってきた。皆、私がもらった鈴と同じような鈴を両手に持っていた。
最初の一音が鳴ったときから、私の五官は全てそこに集中した。
腕の動きは滑らかで力強く、清流の流れのよう。鈴が出す音は私のそのほか一切の思考を出すこともなく、耳から私の体中に沁みわたっていく。
ふと、ステージの人たちの周りに雪が降っているのが見えた。
雪だけではない。床は石畳のようになり、その上に雪のカーペットが敷かれていた。
その上に街灯が生えて、街灯同士がオーナメントに飾り付けられた黒い線で繋げられてゆく。
そうしてできた道の横に、リースで飾り付けられた家とクリスマスツリーが見えてきた。
その場所がクレヨンで描かれたようになっていき、続いて赤と緑のリボン付きの金色の鈴が浮かんできた。
その次は雪のように白いうさぎさん。色とりどりのマシュマロが入ったココア。モモフレンズたちのぬいぐるみ。シマエナガ。
私の前にやって来たそれらは、やがて空へと昇って行った。
目でそれを追うと、それらは一列になって光の軌跡の列に加わった。
その列の先頭にはトナカイがそりを引いていて、そりには袋と一緒に帽子をかぶった人がいて―。
そこで鈴の音が止み、気が付くと私は元の席に戻っていた。
周りにいた皆が立ち上がって、しばらくの間ステージを手を叩く音と高らかな喝采で染め上げた。
私も染め上げる集団の一員になって、瞳に輝く星の明かりと共に三人へ届け続けた。
三人は何度もお辞儀をしていた。一度だけ、三人がこちらを向いたような気がした。
輝きが和らいできたころ、カズサさんがこちらの肩に腕を回して早口で熱くなった声で話しかけてきた。
「コユキ! 凄かったね!」
私はたまらずカズサさんに抱き着いて、自分の体と共に揺さぶりながら話した。
「はい! すっごくすっごく凄かったです!」
揺さぶられたカズサさんに代わって、私の後ろの席だったヨシミさんが話した。
「私も、あんな合奏聞いたの本当に久しぶり!」
「私もです! にははっ!」
他の皆も両腕を大きく振っていたり、とても柔らかい微笑みを浮かべたりしていた。
宇沢さんは両腕を大きく振り回して、危うく別の人に当たりそうになっていた。
その宇沢さんの奥にとても大きい武器が見えた。それはゆっくりと、しかし確実に近づいてきた。
私はすぐさまカズサさんの後ろに隠れて、両手でカズサさんの服の背中側を掴んだ。
さっきまでの熱気はすぐに喉の奥へ飲み込まれていった。
皆が私を囲むようにして集まるような足音がした。
モモイさんの尖った速い声が聞こえた。
「待って、せめてミドリとユズだけで……!」
アリスさんの硬さが出ている大きい声も聞こえた。
「モモイ、気持ちはわかりますが……」
ミドリさんの落ち着いた声も、ユズさんのとぎれとぎれの声も。
「そうだよ、私とユズちゃんだけは……」
「み、皆もいた方が落ち着くと思うよ……?」
ユズさんが息を吞む音がして、私はカズサさんの肩越しに後ろを覗いた。
モモイさんに腕を掴まれているアリスさん、その後ろにいたミドリさんとユズさんがいた。
でも、私の視線はそのさらに奥から動かせなかった。
締め付けられた肺の動きがぎこちなくなり、声も同じように震えた。
「ユウカ先輩、ノア先輩……!?」