―ありえない。どうして。なんで。そんなはずがない。
この時期に先輩たちが来れるはずがない。先輩たちはあれの準備で忙しいはずなのに。
先輩たちは何も話さない。ただ目線を私の顔より数十度横の場所へ向けたままだった。
皆は眉を下げて私を見ていたり、あるいは吊り上げて先輩たちとゲーム開発部の皆を見ていた。
そのとき、両手が服に引っ張られたかと思うと、セイアさんの声が横からした。
先ほどとはまるで違う、低く重く、逆らえないような声だった。
「待ちたまえ。今はコユキとゲーム開発部が話すときだ」
「……わかった」
カズサさんの呼吸音と声の後、アリスさんが口を開いた。
他のゲーム開発部もそうなっていたように、気の毒になるほど縮こまっていた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
私はよりカズサさんに近づいて、私の腕とカズサさんの背中をくっつけた。
アリスさんは他の誰とでもなく、私に瞳を合わせた。
私は目をアリスさんから逸らしたけど、アリスさんは話を続けた。
「そんなはずありません。とても怯えているじゃないですか……」
「アリスもモモイも、コユキを怒ったりしません。だから逃げないでください……」
縮こまったような喉から出された声を聞いて、私はアリスさんを見た。アリスさんは両手をお腹の前で丸めていた。
私はしぶしぶ口を開いた。
「二人から逃げてるんじゃないです」
「で、では誰からですか?」
私は二人を横目で見た。このまま言わないでおきたいのに。
アリスさんは私の目線の先を、それから私を、それからまた目線の先を見た。
アリスさんの目が皿のようになりだした。
同時に、カズサさんが体の向きを先輩たちの方へ変えた。皆も同じようにした。
私はカズサさんの背中に視線を落として、口を閉ざした。
「ほ、本当なんですか……?」
「どうしてですか? どうして……逃げるんですか?」
私はカズサさんによりくっついた。すると、カズサさんが横顔を私へ向けた。
少しの間カズサさんの濃いピンク色の瞳を見ていると、胸の締め付けが緩んだ。
それから息を肺の奥に届くように吸った。
「それは」
「先輩たちが、追ってくる……から、です。逃がさないために……」
ゲーム開発部の皆まで先輩たちの方を向いた。
ユズさんとミドリさんは一歩後ずさりをして、モモイさんとアリスさんは穴でも探るように二人を見た。
不気味な静けさとカズサさんの暖かさが喉からお腹へと入ってきた。
それが直視できなくなって横を見ると、ようやく私たち以外の人が誰もいないことに気づいた。
セイアさんが一歩先輩たちの方へ歩き、冷たい声で話した。
その声はとても重々しく、いかなる反論も塞いでしようほどの強さがあった。
「ユウカ、ノア。そしてモモイとアリス」
「私についてくるんだ」
言い終わると、セイアさんはカーペットに足音を響かせながら歩き出した。
ノア先輩に叱られるときに似た握りしめるような圧力が、私とトリニティの皆にまで鳥肌から押し入ってきた。
四人は何も言わずに、セイアさんの後へと追従した。最後に歩き出したのはアリスさんだった。
溶けかけたソーダ味の飴のような瞳をこちらに向けてから、モモイさんについていった。
四人が扉の向こうに消えたとき、全ての音と景色がただの塊のように思えた。
そのせいで、二人のサンタさんの声がしたときに皆より数秒遅れてその方向を向いた。
「皆さん、まだいらしてたんですか?」
二人と目が合うと、すぐさま薄紫色の方のサンタさんがこっちに向かって走ってきた。
そして澄んだ夜空色の瞳を向けて、集中するように口を歪めた。
「あっコユキさん! 顔色が悪いです! 簡単な手術をしましょうか?!」
ええと、と言う暇もなくハナエさんは左右180度ぐらいに頭を体ごと動かした。
「皆さんも顔色が悪いです! 簡単な手術をしましょうか?! あっその前に安静にしててくださいね! 今器具を―」
「ハナエちゃん、手術より話を聞く方が良いと思います」
「―そうですね!」
ハナエさんは一言も話す隙間がなかった私たちを見た。
それからゲームのときに見せたあの笑顔になって、私に右手を差し伸べた。
「コユキさん! お話よろしいですか?」
「はい」
それからカズサさんとのくっつきを解除して、ハナエさんの右手を自分の左手で握った。
ハナエさんの手は暖かく、元気があふれていた。
ハナエさんはしっかりと手を握り返すと、ゴムのようによく弾む声を出した。
「ありがとうございます!」
「皆さんも大丈夫ですか?」
皆がうなずいたり「はい」と言ったりすると、ハナエさんは再びこちらを向いた。
「では話しやすい場所に移動しましょう! 私について来てください! 手を離しちゃだめですよ?」
「はい」
それからしばらくは、暖かい手に導かれた。
会場からセイアさんと通った白い道へ入り、再びあちこち移動して白い部屋へ着いた。
セリナさんとハナエさんの案内で、私と二人だけが白い部屋に入った。
灰色に近い白に囲まれていて、端に折り畳み式のテーブルと椅子が並べられ、壁にホワイトボードが据え付けられていた。
中央に広げられたテーブルと三つのパイプ椅子があり、私と二人が向かい合う形でそれぞれ座った。
最初にセリナさんが話した。
「トリニティに来られる前はどんな生活でしたか?」
「えっ?」
予想外の質問が来て、私は上ずった声になった。
ミネさんに質問されたときのようだった。
「ここに来る前は……」
「ほとんど反省部屋にいました。
たまにゲーム開発部の皆さんがやってきて、本を読んだりゲームをしたり散歩したりしました」
セリナさんが話した。
「ゲーム開発部の皆さんと一緒にいたときは楽しかったですか?」
「はい」
私がうなずくと、セリナさんは小さく、ハナエさんは大きく口を開けて微笑んだ。
「皆、私に優しくしてくれました。ただ……」
セリナさんが口を開いた。
「ただ?」
「先輩たちが来なかったんです。一度も」
二人の上がった口角が元に戻った。
私は唇をぎゅっと結んで、顔を二人からそらした。
二、三回二人と机とを交互に見て、私は再び口を開いた。
「いつもならよく反省部屋に来るんですが、最近はずっと来ませんでした。
だから、ずっとこんなことが頭に残ってたんです。
先輩たちがモモイさんとアリスさんに私を見張らせてるって……」
ハナエさんが息を吸い込む音がしてそちらを見ると、セリナさんの瞳孔が縮んだように見えた。
私はすぐに口を素早く動かした。
「あ、でもアリスさんとモモイさんにそんな感じはなかったんです! ミドリさんとユズさんも!
ただアリスさんとモモイさんは、ノア先輩から私の話を聞かされていて、それで……」
また先輩の名前を言うときに言葉が詰まった。
セリナさんが話した。
「その話は、もしかして……」
「はい。無気力症候群の可能性があるってことを……」