無気力になったコユキ   作:ddddd / d5

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03 暖かさと痛み

ミネさんの服にすがりつつ目を閉じる。

この先二人、あるいは先生に捕まるかもしれないから。

でもこの人なら守ってくれるはず。私に寄り添ってくれたから。

 

二人の足音がする。いつも私を追いかけてくる鋭い音。

両膝をきつく押し合わせ、肩を上げて首を隠す。

音がこっちに近づいてくる気がして、私は最悪の事態に備えた。

 

足音が三つに増える。こういうときに限って悪い予想はいつも当たる。

口の中にすっぱい唾がため込まれる。暖かい部屋のはずなのに指が冷たい。

いよいよ私とミネさんを挟んですぐのところまで近づいてきた。

服を掴んでいる手の力を一層強くした。

 

だけど、足音はミネさんから遠ざかっていって、反省部屋の外に出て行ってしまった。

目を細く開けて反省部屋を見る。先輩たちは見当たらない。

出口を見る。先生は見当たらない。

聞き耳を立てると、足音はさらに遠ざかっていったのか、聞こえなくなっていた。

ミネさんに声をかける。

 

「三人とも……外に出て行ったんですか?」

「はい」

 

それを聞いたとたんに、強張っていた肺が一気にほぐれて風のような息が漏れてきた。

 

「ああ……よかったぁ」

 

目の奥にあった星がまた輝く。

ここからミネさんの顔は見えないけど、それでも彼女の輝きは私の目にも届いている。

もっと輝きを見たくなって、私は手を離してミネさんの前に移動した。

ミネさんの瞳、緑色の爽やかで落ち着く瞳が私の星を見ている。

その瞳が私を押してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

自然に口角が柔らかくなる。

心の底にへばりついていた重みが取れていく。

引っ付いていた手はいつのまにか脇から離れて行って、いつもの位置に戻っていた。

気が楽になった日も、ありがとうを言えた日も久しぶりな気がする。いつも退屈で不満ばかりだったから。

 

ミネさんがこちらを見ている。私を包み込んでくれそうな羽と白い服に包まれた腕。

 

すぐに、私はそれらに、ミネさんに包まれていた。私も抱擁を返した。

胸から、頬から、腕から、手から。ミネさんの暖かさと頼もしさが私を受け入れてくれている。

 

腕の力を強くして、より体を押し付ける。ミネさんの匂いがする。

ユウカ先輩が使っている香水と似た、でもそれよりずっと心地よい匂い。

それらが私を温めてくれるまで、全身から受け取っていた。

ミネさんからやっと離れて落ち着いたあと、改めてさっき聞き逃したことを話された。

 

自分が無気力症候群の可能性があること。

改善するには会話とバランスの良い食事、質の良い睡眠。そして好きなことをして過ごすこと。

顎に手を当てて考える。あのときはとても無理だと思った。

でも。

 

「私も出来るだけ協力します」

 

これほど頼りになる人がこの言葉をくれたのだから、もしかしたらどうにかなるかも。

 

ミネさんをもう一度見ると、一枚の紙を渡してきた。電話番号が書いてあった。

 

「救護騎士団への連絡先です。何か話したいことがあれば、いつでもご連絡ください」

「それでは、おやすみなさい」

 

そう言われて時計を見ると、もう9時半を指していた。

眠気を自覚した目で布団に入る。

今日は落ち着いて眠れそうだ。

先輩のことは……明日にしよう。ちょうど一つ方法を思いついたことだし。

 


 

反省部屋を出てからずっと体が重い。

脊髄から末梢神経まで痛みが伝っているせいだ。

この痛みは出てきて当然だ。私があの子に与えたのが返ってきただけだから。

 

そのまま歩いていると、突然頭に別の痛みを感じた。

頭を上げると、目の前は壁だった。

そのまま頭を回すと、隣にいたノアが私を見ていた。

いつもなら絶対しない口の曲げ方と慰めるようなまなざしがあった。

 

ノアが手帳に視線を移す。きっと私に言う言葉を慎重に考えているのだろう。

 

「ユウカちゃん……」

 

きっと思いつめないでと言いたいのだろう。でも。

 

「私は……私は……なんで……」

 

それはとても無理な話だ。

そのまま痛みを感じていると、別の声が横から入ってきた。

先生が連れてきた人の声だった。

 

「思いつめないでください」

 

あまりにもまっすぐに堂々とした声で、思わず背から肩を上げた。

 

彼女―団長は、私とノア、それぞれに手を差し伸べてこう言った。

 

「あの子のために私もできるだけ協力します」

 

私とノアは手を取った。

でも、団長がいてくれるのは心強いけど。

 

「……改善するでしょうか」

 

―あの反応をされた私に。

 

いつの間にかいた先生と団長の声が重なった。

 

「信じましょう」

「信じよう」

 

ノアもそれに続く。

 

「愛していることを伝えていけば……」

「行動と、そして言葉でも」

「私たちで、できる限りのことをしましょう」

「はい……」

 

三人に次々と視線を移す。

この言葉を聞いても、まだ不安が残っている。

でも……私のせいだから。私の責任だから。

私がどうにかしないと。

その日の夜は、ずっと今日のことが頭の中を渦巻いていて、落ち着かなかった。

 


 

翌日の朝。

さすがに頭が限界を迎えたので、顔を上げて息を吸った。

冬の水が冷たいのは手洗いのときに知っていたけど、ここまでとは思っていなかった。

水が髪から頬まで寒さを伝えていき、体がそれを吹き飛ばそうとくしゃみをした。

これではだめだ。3カウントもしてない。少なくとも10はいかないと。

 

もう一度顔を水の中に入れる。すべての水が顔を突きさす。

1カウント。水風呂に入れるんだから、顔を水に突っ込むことくらいできるはずだ。

5カウント。寒さで顔を上げたくなるが、手で頭を押さえつける。

7カウント。顔が震えてきた。くしゃみがでそう。

 

8カウント。

 

「かぼっ」

 

息が苦しくなってきた。くしゃみが出たせいでさらに減った。

 

9カウント。

 

「ごぶっ」

 

のどが暴れそうだけど、あと少し我慢。

 

10カウント。

 

「ごぼぼっ!!」

 

数え終わって頭を振り上げると同時に、わんぱくな声がした。

 

「ちょっ、コユキ!? 洗面器に顔突っ込んでなにしてるのさ!」

現在は1話当たり2500文字をベースにしているのですが、今のままでもいいでしょうか?

  • 1000文字以上2000文字未満
  • 2000文字以上3000文字未満
  • 3000文字以上4000文字未満
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