普段通りになったアリスちゃんを見て、私とモモイは扉にかけていた手を離し、壁にもたれかかった。
その少し前、セミナーの部屋に、モモイが「コユキが洗面器に顔を突っ込もうとしてる!!」と扉を蹴飛ばしながら息を荒くして入ってきた。
そのときはあらゆる最悪な予想が頭を体をしばりつけていた。
でも、全部外れてくれて本当に良かった。
モモイも足と体を何度も前に出しては戻していたし。
そのまま反省部屋から離れようとすると、モモイが私に話しかけてきた。
「あれ? ユウカ、二人に会わないの?」
振り向くと、少し首を傾げたモモイが反省部屋に片足を出していた。
私は下に向いた頭をまっすぐに直して返事をした。
「私はいいわ」
「ええっ? あんなに心配してたのに」
モモイの眉が内よりになるのを見て、ポケットに手を突っ込む。握った手を隠すために。
「仕事があるから」
そういいつつ、スマホを取り出してスケジュールを確認する。
「少しくらいなら大丈夫だよ。それに、コユキもユウカに会いたいと思うよ」
スマホを握る手の力が強くなり、背筋が上に引っ張られる。
「そうかもしれないけど、もうすぐ年末で忙しいから。そういうモモイの方も、アリスちゃんが会いたがっているんじゃない?」
「うーん……」
モモイの頭が右往左往に揺れ動く。今のうちに。
「そういうことだから、私は部屋に戻ってるわね。アリスちゃんとコユキのことは頼んだわ」
握った手をスマホごとポケットに突っ込み、すり足で反省部屋から去る。
後ろで「あっ」という声がした気がした。
誰もいないのを確認して、3秒かけて息を吸い4秒かけて吐く。
普段から問題を起こしてばかりなのに、どうしてこういうときは私に気を使ってしまうんだろう。
アリスさんが積み木を手に取って調べ始めたとき、ちょうどモモイさんが入ってきた。
そういえば、いつの間にかいなくなっていたような。
「二人とも、戻ったよー」
アリスさんはたちまちモモイさんの方に駆けていく。
聞いていた通り、落ち着いた髪と目の色に反してよく動く元気な人だ。
モモイさんの目の前まで来たアリスさんは、私とモモイさんを交互に見る。
水色の瞳といいうっすら桃色になった頬といい肌といい、とにかく全部がまぶしい。
「モモイがパーティに帰還しました!」
急に理解が追いつかない言葉が来た。
「って、あれ? いつからモモイはパーティを離脱してたんですか?」
2、3秒たって、やっとアリスさんがパーティを私たちのこととして言っていたのを理解した。
顔を床からモモイさんの方へ戻す。
何一つ動じていないのを見るに、アリスさんはずっとこのしゃべり方なんだろう。
考えを寄り道から戻す。
―あのとき一切モモイさんの声がしなかった。どこに行っていたんだろう?
モモイさんがさっきよりは落ち着いた、それでいて快活な声で話す。
「私? 私はね」
「ユウカに助けてもらおうと、セミナーの部屋に行っていたの」
最初の三文字で私に振動が走り、視線がモモイさんの斜め下に落ちた。
モモイさんの言葉が頭の中で何度も何度も再生される。
ユウカ、ユウカ、助けてもらおうと、セミナーの部屋……。
つまり、さっきの私のことがユウカ先輩に知られた。
ということは、ノア先輩にも先生にも知られる。
私の体がなるべく小さくいようと、肘が体に引っ付く。それに合わせて息もひそめる。
両耳に感覚を寄せて、部屋全体の音を注意深く聞く。
アリスさんが先に話した。モモイさんがこの後なんて言うかで私の罰が決まる。
「ユウカに助けを求めたんですか?」
「うん。それで二人でここに戻ってきたんだけど、けんか中だったから入れなくて。だから外で見てたんだ」
私の目が皿のように開かれた。それと同時に口も開かれた。
「えっ!?」
二人が私の方に振り返ってくる。
私は胸から顎や唇まで震えあがってくる。
「み、見てたんですか? い、いつからですか?」
「え、えっと、『これをすれば』って言っていたところから、だけど……」
聞かれた。よりにもよってそこを。
震えが消えていく。代わりに体が重くなっていく。頭が重みでうなだれる。
それに合わせて、腕から手にかけて力が抜けていく。
「コ、コユキ?」
「大丈夫ですか……?」
ゆっくりと声の方に顔を上げる。しかし、目を合わせることはない。
そのまま首が横へ向き、頭が下がっていった。
どうしてこうなったんだろう。何もしないことすらだめなら、これからどうすればいいんだろう。
誰かが私の肩をたたく。私はビクッとして上を見た。二人が私をのぞきこんでいた。
「もしかして、私がユウカに伝えたのがまずかった……?」
少し口を開く。ろくに話す気になれない。目を見たくない。
下を向いてブツブツと話す。
「……はい」
モモイさんの足がもぞもぞと動いた。アリスさんの足はモモイさんの方を向いている。
そんな二人を無視して冷たくなった頭で考える。
―考えればすぐにわかることだった。
ユウカ先輩が二人のことをよく話すってことは、それだけ仲がいいってこと。
なので、何か起きたときに二人がユウカ先輩に頼るのはよくあること。
だから、二人が私を止めてきた時点で……。私の目論見が全部ばれるのは当然だった。
そしてユウカ先輩とノア先輩にまた怒られることも。
途中でアリスさんの声がした。耳に入らなかった。
こうなることを考えないなんて、あのとき私は何を思ってこれをしたんだろう?
ああ、そうだ。あのときは褒められなかったから。それとミネさんのおかげでいつもより気分がよかったから。
途中でモモイさんの声がした。耳に入らなかった。
何かできると思いあがっていたんだ。そんなわけないのに。私は何をしてもみんなに怒られるのに。
反省部屋の外から音がした。耳に入らなかった。
いつからか、こうなるたびにつぶやいていた言葉があった。こうすると少しは気が楽になるから。だから今回もそうする。
周りを気にすることはしなかった。どうせ怒られて罰を受けるだろうから。
「Vanitas vanitatum et omnia vanitas」
「全ては虚しい」
ペンと手帳の落ちる音がした。
現在は1話当たり2500文字をベースにしているのですが、今のままでもいいでしょうか?
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1000文字以上2000文字未満
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2000文字以上3000文字未満
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3000文字以上4000文字未満
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4000文字以上5000文字未満
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5000文字以上6000文字未満
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6000文字以上7000文字未満
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7000文字以上