反省部屋の入り口を見る。
ノア先輩がペンと手帳を拾いつつ私の方を見ていた。
昨日と違ってミネさんがいないから、逃げられない。
言い訳をしようと思ったけど、ノア先輩の前では絶対に通用しない。
大人しく先輩の動きを待った。
何も音がしない。
ノア先輩は口を開けたまま、瞬きをしている。
アリスさんに目を逸らすと、私とノア先輩を何度も振り向いている。
モモイさんは一、二歩後戻りしてノア先輩を見ている。
今日一番の疲れが全身に届いた後で、やっとノア先輩が口を開いた。
「コユキちゃん……その、どこでその言葉を……?」
私は黙っていた。そのうち、それにすら耐えられなくなったので口を開いた。
いつものような声は出ない。
穴の開いた胸のせいで、力も元気も抜けていくから。
「前にシャーレの当番に行ったときです」
少しの間話すだけで疲れる。昨日ユウカ先輩に話したときのように。
「先生からトリニティの歴史についての本を借りました」
息をして胸にあるちくちくをごまかす。
「その本に挟んであったメモ用紙に書いてありました」
アリスさんが話しに入ってくる。
普段はもっと明るいらしいけど、今はその真逆だ。
「で、では、どうして、今、それを……」
「これを言うと、少しは、楽になれるからです」
いつの間にか頭は床を向いていた。
向きを正そうと、疲れた顎を上げて三人を見て話す。
「だって、私にぴったりじゃないですか」
真っ先に叫んだのはモモイさんだった。間近で叫ばれたせいで耳が痛い。
「そんなことないよっ!!」
続いてアリスさんも私を見る。
四つの目がこちらを見て、二つの口から焦った声が出る。
「そ、そうです! この世界には嬉しいことも楽しいこともたくさんあるんです! だから、すべてが虚しいことな―」
アリスさんからうんざりしそうな言葉が出そうだったので、私はそれを遮った。
「虚しいですよ」
これ以上話すと問い詰められそうな気がした。でも、まだ二人は食い下がる。
ノア先輩は何も話さない。
「で、でも、コユキにも何かあると思うよ! ゲームとか……えっと、ボードゲームとか!」
「ユウカ先輩やノア先輩と楽しく話したことだってあるはずです! ……たとえ、二人から怒られてばかりだったとしても!」
こっちに顔を詰めて必死で見つめてきても、そんな言葉は私の頭に入ってこない。だって。
「ないですよ。全部」
ノア先輩の方を見る。先輩なら全部知ってる。だってこうしたのは先輩たちだから。
「疑うならノア先輩に聞いてみたらどうですか。先輩なら全部知ってますよ」
「全部覚えてますから」
曲がった口を閉じる。これ以上開けてられない。
私は下を向いて三人が立ち去るのを待つことにした。
三人の声は耳から追い出した。
どれだけたったかわからなくなったとき、モモイさんの声がした。
「コユキ……」
ああ、ついに怒られる時間か。今日はいったい何を言われるのだろうか。
悪い予想が頭の中で出てきてはたまっていく。
そのせいで重くなった頭を上げてモモイさんの方を見た。
モモイさんは奇妙な顔をしていた。ユウカ先輩に怒られているときかそれ以上に青くなっていた。
アリスさんは、私と目が合ったとたんにおなかに両手を押しつけて視線を足元に向けた。
ノア先輩は……。いや、今さら見る必要もない。どうせいつもの怖い笑みをしているんだろう。
それに、ユウカ先輩に怒られるより二人のような顔を見る方がつらいから。
誰も視線を合わさなくなったから、頭ごと下げて次の言葉を待ち構えた。
―これ以上苦しめるなら、早く終わらせて。
そう思ったのに、なかなか来ない。
―どうして? 怒るか悲しみをぶつけるかしたいならそうすればいいじゃないですか、モモイさん、アリスさん。
―いつものように圧のある言葉で迫ればいいじゃないですか、ノア先輩。
―そうしに来たんでしょう?
心の中でつぶやいても、来ない。
耐えきれなくなって頭を上げたとき、ようやくモモイさんが口を開けた。
「「「ごめんなさい!!」」」
「……え?」
私の口と目はふさがらなかった。
頭の中でさっきの言葉が反響している。
ごめんなさい?
ごめんなさい?
それに押されて、開いたままの口が勝手に話す。
「どうしてですか……?」
うまく伝わらなかったのか、三人は固まったままだった。
「どうして謝るんですか……?」
謝るのは私の方なのに。
私に返してきたのはモモイさんだった。
一瞬お互いの顔があったけど、私はまた頭を斜め下に下げて、相手の顔を隠した。
「その、私たちがコユキに……迷惑をかけていたから……」
「迷惑……? それは私が皆さんに……」
「違うよ」
私の目がそれに引き付けられ、ふさがっていく喉からかろうじて声が出てきた。
「な、なんでですか? なんで違うんですか?」
「私もアリスも、コユキの気持ちを知らないで、コユキのやろうとしていたことを邪魔したから……」
「そんな理由で……?」
アリスさんを見ても、何も言ってくれない。ノア先輩ですら何も言わない。どうして?
私の頬が、口が、ゆがんでいく感じがする。そんな私のことなんて関係なしに、モモイさんは話してくる。
「……私、アリスちゃんと一緒に、ノア先輩に聞いたんだ。コユキのこと」
私の喉が完全にふさがれ、声が出なくなった。
それから、モモイさんが言葉を投げ込んできた。
普段の私のこと、無気力症候群のこと、昨日のこと、そして……今日のこと。
その目はどこかミネさんと似ていた。追い詰めるのではなく、慰めるような。
「私、ノア先輩から聞くまで何も知らなかったんだ。コユキがそんなことになっているなんて」
「だから、その……すっごく悪いことしちゃったなって思って」
「それで、アリスちゃんと一緒に相談したの。コユキの無気力症候群を治すのに協力させてって」
「そしたら、ノア先輩もOKしてくれたの」
「だから、コユキ……私たちに何かできることはない? さっきのお詫びもかねて……」
話を聞いても、なんで謝ったのかを理解したくない、悪いのは自分だと決めたい自分がいる。今までそうだったから。
でも、ノア先輩までいるこの三人は、もう引き下がりそうにない。
ここで悪いのは自分と言ったら、さっきの決意を無駄にしてしまう。
だから楽になりたい気持ちを沈めて、三人にできることを探す。
……とはいっても、できることなんてない。これがミネさんなら、私が何もしなくてもすぐに動いていたのに。
首を振って部屋の物を見渡す。積み木や本に目が行く。
ふと、ミネさんが言っていたことを思い出した。
私はモモイさんの方に顔を向ける。目まで合わせることまではできなかった。
「……あの」
腕を動かす。腕は若干迷ったけど、指が本棚の方に向かって伸びていった。
「えーと、ミネさんが、好きなことをして過ごすといいと言っていたので……本を、読むのは、どう、でしょう、か……」
「うん。みんなで本を読めば、少しは気分がよくなるはず」
「知恵のクエストを受注しました。アリス、行きます!」
ノア先輩は話さなかったけど、その目はアリスさんやモモイさんと同じものを持っているようだった。
私が予想していたものとは真逆の反応だった。
現在は1話当たり2500文字をベースにしているのですが、今のままでもいいでしょうか?
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1000文字以上2000文字未満
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2000文字以上3000文字未満
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3000文字以上4000文字未満
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4000文字以上5000文字未満
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5000文字以上6000文字未満
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6000文字以上7000文字未満
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7000文字以上