Fate//////X 10
——そして、決戦の時は迫る。
俺は、セイバーと共に【煉獄】へと走る。
ただ一つ、秘匿されていたであろう情報。その意図を考えながら。
——おそらくは。最後に立ち塞がるのは、その人物なのだろう。
第十話「エリクシール・エルドラゴ」
いつだったか、基盤の術式——いわゆる大聖杯——を破壊したらいいんじゃないかとキレイに提案したことがあった。だが、事象収納を解決せずにそれを行うことのリスクが高すぎるとのことで却下された。
幸い、全ての原因がラプラスにあることだけはわかっていたため、受肉して状態が安定したタイミングこそがもっとも状況解決に適した瞬間なのだと言う。前回は、ほんの少しだけ早すぎた——らしい。
【煉獄】前に到着する。こちらのメンバーは、俺、セイバー、バゼットさん。
ラプラス出現ポイントが確定ではないため、大聖杯の存在する地下空洞へキレイとマスクドカレン、トウコさんが向かっている。
【煉獄】には既に、エルドラゴが侵入しており、入り口はズタズタに引き裂かれていた。
「ご心配なく。やむを得ず、ですが、職員の退避は済んでいます」
バゼットさんは語りながら、俺へ視線を移す。
「——あなたがこれまでラプラスの名を知らされていなかったのは、キレイの判断です。ラプラスは事象を操る力を持つため、聖杯戦争の当事者が縁を深めすぎるのは危険だと、彼は言っていました。ですからその——」
「別に除け者にされたとか思ってないですよ。ラプラスの名前だって、第三次聖杯戦争の記録を読んだら出てきたでしょうし。でもそれをしなかったのは俺の選択だし、あるいはラプラスからの小さな抵抗だったんだろうし。——そういう腹立つ介入を終わらせるのが、今回の戦いなんでしょ?」
「……そこまで理解しているのなら、あなたは大丈夫ですね。エルドラゴが【煉獄】で何をするのかなど、どう考察しても危険ですから、迅速に止めましょう。——隙なら、私がどうにか作りますから」
——そう、隙。エルドラゴを倒すための秘策は、俺と並走するセイバーにあると言う。
彼の持つ剣は、
「セイバー、いけるか?」
「——そうだな。今はやってみせるとしか言いようがない。最悪の場合、令呪を使ってくれ」
彼自身、妙な確信自体はあるが、まだ筋道が立っていないと言う。その剣の解放に、何か条件があるのだろうか。
「お二人とも、次のフロアが中枢です。接敵のお覚悟を」
頷き、そして、決戦の地へと突入する。
——そこは。
世界というテクスチャが剥がれ、無地の地面が表出した異界。一度だけ遠目で見た、異常なる無貌の大地。
その中心に極小サイズのブラックホールじみた空間圧縮現象が固定されており——エルドラゴとイリヤスフィールが、今まさにそこへと到達しようとしていた。
「イリヤスフィール! 何するつもりなんだ!?」
俺の叫びを聞いた彼女は振り向き、そして冷たい笑みを向ける。
「——見てもわからないわよね。でも、教えてあげる。
これはただの事象収納じゃないわ。現界失敗で押し留められたラプラスの片鱗。世界を画一化させる力の奔流。
名を『
それを解き放って、この宇宙を一つの物語として完成させるのよ」
全てを諦めたかのような眼差しで、イリヤスフィールはそう語った。
「なんでだよイリヤスフィール。それでこの宇宙を完成させるとかよくわからねぇけど——なんでそこまで諦めちまったんだよ。教えてくれないか、話せる範囲でも——」
対話は諦めたくなかった。けれど、イリヤスフィールの慟哭は深く。
「お母様もキリツグも、もう『あっち』へ行っちゃったのよッ! あの終局宝具の先に——オメガの先に! そこに行きたいと思うのは間違っているのかしら!?」
彼女の思いは本物で、その悲しみを否定することはできない。だが、それでも——
「——それでも、だ。イリヤスフィール。その願いのために、他の人——生命を巻き込ませるわけにはいかない。例えキミが小聖杯を使おうとも、だ」
俺の答えと同時に、セイバーが剣を構え、そして、エルドラゴもまた、二本のバルムンク再現剣を出現させる。
「——イリヤ、我がマスターよ。竜ならぬ杯となったワタシだが——それでもお前の
「——魔力を回せ、マスター。アレは間違いなく聖杯に近しい存在だ。
オレの心が、霊核が叫んでいる。
——
「セイバー……。
——ああ、そうだな。やるしか、ない」
バゼットさんも戦闘準備に入ったのが見える。
「——遠坂レン。いざとなれば、宝具の決断を。とにかくヤツに大きな隙を作らせてください」
「ああ。それはセイバーに任せる。そして俺はイリヤスフィールをどうにかする。だからバゼットさんは見極めてくれ、タイミングを」
「はい。では——健闘を!」
その言葉がトリガーとなり、かくして戦闘が開始された。残された猶予はあまりない。可及的速やかな攻撃を行うべく、俺はありったけの宝石を既に上空へ投擲していた。
「させないわ! ——『
再びイリヤスフィールの背後より大量展開されるオールレンジ攻撃礼装! だがその攻撃は二度目だ!
「手はある——『
直後、周囲に展開した宝石たちが輝き、魔力放出を行う。それは一種のスタングレネード、あるいはチャフグレネードと化して魔術礼装の動きを縛り付ける!
長くは保たない。だが、距離を詰めることは可能——!
「イリヤスフィール……!」
「くっ!」
俺がイリヤスフィールへ接近することに、エルドラゴは一瞬反応を見せるも、当然ながらセイバーの猛攻が既に始まっており、俺の元へは辿り着けない。
その隙に俺は——俺と同じぐらいの年齢であろう少女——イリヤスフィールへ馬乗りになる。
「このッ、離しなさいレン!」
「離せるか! 俺はまだ何も見つけられてないんだよ!」
「何をよ!」
「夢をだよッ!」
「そんな半端な覚悟で!」
「半端なまま終われるかって言ってんだよ……ッ!」
そのまま掴み合いながら俺たちは、無貌の大地を転がっていく。
「セイバー! こっちは任せろッ!」
俺の叫びが聴こえたようで、セイバーは『
だがそれでは届かない。ファヴニールの鱗はもうなくとも、英霊の魂を利用した反発障壁が立ち塞がっていた。
名を、『
トウコさんから開示された情報はここまで。これ以上は——やはりもう、宝具の展開しかないのだろう。
「フン、その程度かセイバー。我が力を振るうに値せん——などと、失望させてくれるなよ」
エルドラゴの腕が四本に増え、その全てに再現バルムンクが握られている。そればかりか——
「——やはり、小聖杯の力を!」
「然り。イリヤの願いは叶えねばならん。それがたとて彼女ではなくアインツベルンの宿願であろうとも。
——ワタシは、この六本の再現宝具を束ね重ね、聖槍の血濡れを解除する」
再現宝具による錬成——それによる膨大な魔力により、エルドラゴの中で眠るランサーの宝具——その真の姿を具現化する。
「それって——」
「そうよレン。かの騎士王が携えていたという聖槍にして、世界のテクスチャを維持する楔。その力を以て——あなたのセイバーごと、凝り固まったラプラスの封印を破壊してやるのよ」
それで終わり、と。イリヤスフィールは吐き捨てる。そこには、迷うの色は見られなかった。
「——待てよイリヤスフィール。アインツベルンは、証を残したいだけだろ。
イリヤスフィールの目線が、冷たく俺を射抜いた。
「……気付いたのね。ええそうよ。私は世界に絶望しているの。欲しいものなんてもう何もないの。なら——みんなで終われば、もう苦しみもない。私が誰かを妬むこともない。願いなんて、もうそれだけなのよ」
——イリヤスフィールの絶望は計り知れず、だが、だとしてもそれを認めて良いはずもなく。
だから俺は——思わず叫んでいた。
「ざっけんな……ッ! そんな独りよがりの感情で! 世界を終わらせんじゃねぇ! 情けねぇけど、それでも俺は頼るぞ——見てろイリヤスフィール。
——
その言葉の直後、セイバーの剣が輝きを増す。
令呪は使っておらず、それはただ純粋に——時が来たということ。
「——ああ、思い出した。思い出したよマスター。
……そうだ。オレは奇跡を起こしたんだ。様々な因果が絡まり、オレの手に聖剣が握られ、そして——
「——業腹だが、成ったかセイバー。
ならば、諸共吹き飛ばす。
——六砲錬成。全てを光へと還す聖なる槍よ、今この瞬間だけ我が元で輝け——」
エルドラゴの六本の腕の中で、超巨大な槍が生成されていく。凄まじき極光、騎士王の持つ聖槍。その再現体。
だがそれは——こちらも同じだ。
「——プレースホルダーを変換。変数
其は星が鍛えた聖剣。輝ける命の奔流——その偉業の再現。その名は——」
セイバーの腕の中で、Xカリバーが黒い極光を解き放っていく。剣の形はそのままに、その光を覆っていた鉄の拘束具は塵と消え、輝ける巨大な光の剣へと変換されていく——。
「——食らうが良い、セイバー。
——『
「——誓いをここに。聖剣・抜刀!
——『
今、二つの極光がぶつかり合い、世界をつんざく音が轟く。
本来であれば、二つの宝具の規模は互角であったのかもしれない。魔力出力の差により、エルドラゴが圧倒的に有利だったのかもしれない。だが——
だが——
セイバーは、未だ来歴に欠落があるものの——確かに第四次聖杯戦争で
であればこそ、
小聖杯を取り込んだエルドラゴに、セイバーは勝てるのだ。
「——ぬ、セイバー、
ロンゴミニアド再現体が押し負けていく。セイバーの聖剣によって、砕け散っていく。セイバーの勝利が、肉薄していく——!
——その、寸前。
「——聖杯だけで勝てぬのならば、【竜の炉心】【ラインの黄金】【錬金術】残る要素を束ねて穿つ——イリヤの願いを遂行する——!
——最終宝具!
『
エルドラゴ、最後の足掻きは、鮮烈にして壮烈であった。大聖杯と接続した超規模魔力放出は、ロンゴミニアド再現体を屠ったエクスカリバーの残存出力では削りきれない——いやむしろ
あんなものを食らえば、事象収納ごとセイバーは——いや世界は吹き飛ぶ。ラプラスの受肉を待たずに、人理は崩壊する。
何か、何か打つ手は——
令呪——いや、足りない。あちらは自爆覚悟の放出だ。令呪の起動すらもう遅い。この思考は一瞬の内なれど、もはや脊髄反射ですら間に合わない。それこそ、時が巻き戻りでもしなければ————
そんな、そんなあり得ない仮定は。
「——よく耐えました、お二人とも。
二つ目の切り札は、
なんだ? 何が起こっている……?
既に、バゼットさんの掲げられた拳の上には、筒の中に入っていたと思しき球体が浮遊している。
「——“
その球体より刃が出でて、時は逆行していく——
——『
そして——バゼットの腕より、ついにその宝具は放たれた。
「あいつ——
イリヤスフィールの言葉が間近で聴こえる中、その刃は——
『——『
フラガラックは、エルドラゴを撃ち抜いた。
「——グ、がッ! 貴様ら、そこまでとは——すまん、イリヤ————」
そして、エルドラゴは、イリヤスフィールの守護者のまま——世界の破壊者とはならないまま——止める術を失ったエクスカリバーの光の中へと、消えていった。
次回「ラプラスの子どもたち」へ続く
後二話予定です!!