Ⅰ
かくして幕は開けた。
闘争には逃走を、集束には終息を。
かつて防がれた破局はそして、十年の時を経て再び目覚める。
受肉するは如何なる魔性か。
そして——ソレを止めるのは、十年前の赤い騎士なのか——
第一話「赤いセイバー」
夕刻。冬木市新都の『煉獄』から出る際、ゲートで身分証の提示を求められた。入る時にも見せただろと言ったのだが、存在の連続性を確認したいと言うものだから、渋々見せる。
——遠坂レン。十七歳。男。
「確認しました。では次に、今日の年月日を教えてください」
「いやまだやんのかよ。……まあいいや。二〇〇四年一月三十一日。これでいい?」
「はい。魔術的にも連続性は確認できました。お気をつけてお帰りください」
——回りくどいセキュリティだこと。心の中でぼやく俺。けどそれぐらい許してほしい。エセ神父——もとい言峰キレイに呼ばれて足を運んでみれば、協会と教会の共同管理で成り立つ封印施設『煉獄』の実情などという、この十年で耳にタコができるほど聞かされたことのおさらいをされただけだったのだから嫌にもなる。
凝縮された極小の事象収納などと言われても、俺が魔術師なのを踏まえても全然全くピンと来ない事柄なわけで。それがどれほど恐ろしい状況なのかなど、施設内部で見ても遠目でしかないのだからどうにも実感が湧かない。ちょっと文句の一つも言ってやりたい。
そう思い立った俺は、背後の神父に声をかける。
「で、キレイ。確かにここへ来たのは初めてだけどよ——俺が御三家の跡取りとして尻拭いするって義務については何一つこれっぽっちも変わりないってことで良いんだよな?」
冷めた目でキレイを射抜くと、彼は静かに頷いた。
「そうだレン。この十年、私がじっくりじっとりたっぷりとっくり話したとおり、お前は冬木式聖杯戦争の御三家にして、この土地のセカンドオーナーなのだから、それらの責務に励んでもらう必要がある。そのためにもだ。そろそろ『煉獄』でフェイタリティ・ゼロの爆心地を見てもらわねばならなかった」
何やら後見人らしいことを言っているが——いやまあ確かにこの男は俺の後見人であるのだが——こいつは性根が捻じ曲がっているので、普通に俺が苦労している様を見てほくそ笑みたい気持ちが溢れ出ておりバレバレである。
——キレイの外道丸出しな人格への文句も言いたかったが、今はグッと堪えて深呼吸。責務とやらの確認が先だった。
「——要はもう始まるんだろ? 第五次聖杯戦争が」
俺は、右手の令呪を見せながら言った。
◇
キレイと別れた後、俺は
となれば善は急げなのだが、果たして聖杯戦争及びマスターとしての参加は正義なのだろうか。そのような気持ちが浮かばないでもなかったが——とはいえ第五次聖杯戦争はこれまでの聖杯戦争とは毛色……というか真の目的が変化しているため、まあなんとかギリギリ正義なのかもしれない——などと思い直した。
——フェイタリティ・ゼロの尻拭い。言い換えれば第四次聖杯戦争での盛大なやらかしのケツ拭き。まあ誰がやらかしたんだって言われると皆目見当もつかないのだが。これ絶対前回どころの騒ぎじゃないだろ。
かと言ってじゃあ前々回か? とか言っていても正直キリがない。マキリ——間桐家が魔術師の家系としては完全に終わった今、召喚術式の改善も叶わない以上、もう残された御三家である
——そう、終わらせないといけない。この儀式は失敗に終わったのだから。
細かい事情を聞かされる前に父——遠坂時臣が死んでしまったため、俺は冬木式聖杯戦争の基盤術式やら成り立ちやらを深くは知らない。それでも、そうであっても俺は御三家の跡取りなのだから、どうにかこうにか事を収めなければいけないのだ。
などと、責任感に呑まれかけたモノローグをしながら坂を登っていると——見知らぬ銀髪の少女が見えた。
紫のコートと帽子を纏う、白い肌に赤い瞳の少女。俺はその子を知らない。知らないが——
「——早く呼び出さないと死んじゃうよ、お兄ちゃん」
「——言われるまでもねぇよ、アインツベルン」
——その少女が何者であるかだけは、よく知っていた。
俺の返答に挑発的な笑みを見せ、少女は、俺とは逆に坂を降りていく。
「……ねぇ、レン。今日は挨拶に来ただけだから、次までにはちゃんと召喚しておいてね。……儀式に釣られた魔術師は、普通に聖杯戦争をするつもりなんだから」
——遠回しな言い方だったが、もしかすると俺は心配されたのかもしれない。無視も悪いなと思ったので、左手をヒラヒラ振ってすれ違った。
◇
——家の近くに来る頃には、季節も相まってすっかり暗くなっており、張り詰めた冷気と、高名な霊地特有の霊気が俺の肌を触っては通り過ぎていく。
普段以上の緊迫感。あるいはプレッシャー。そういったものが辺りに立ち込めているのがよくわかる。
——緩んでいた気を引き締める。聖杯戦争は既に始まっていると言っても過言ではないのだろう。もう前哨戦が行われていてもおかしくない状況下であることを認識し、右手の令呪に力を込める。
「——召喚、今晩だな」
自身にとって、魔力がよく馴染む時間というものが魔術師にはある。朝型人間夜型人間と言ったカテゴライズにも近い、タイプ別の魔力活性タイミングというものだ。この時期であれば、俺にとってのベストタイミングは深夜帯。俺の場合は一時前後か。それぐらいに召喚を始めれば万事滞りなく進むだろう。幸い、最優とされるクラス・セイバーはまだ呼び出されていない。ならばやはり、これ以上の遅滞は望ましくないだろう。そう思い、早々と工房に篭ろうと歩を進める俺。だが——
——ぎち。
聴こえた。何が? 鉄の擦れる音だ。——自転車か? いや、音の間隔が散漫的すぎる。ていうか意図的に遅くしているのならそれはそれで怪しい。
——ぎちぎち。……ぎり。
音の感覚が早まり、何かを絞るような音すら聴こえてくる。——これはもう、来る。
視線の先——点滅する街灯の下に、人の形をした異形が立っている。いや、
それは既に走り出しており、それはつまり俺を標的と見定めたということであり、何より、迫り来る異形は両腕がチェーンソーの
「——“
俺は瞬時に——俺とオートマタの間に——ルビーの宝石を投げ込み、そしてそれめがけて魔力の指弾めいたガンドを撃ち込む!
俺の右人差し指から放たれた魔力弾は、それ単体ではパチンコ玉大の鉄球を撃ち込んだ
ガンドがルビーを通過する、その時。宝石に蓄積された魔力と混ざり合い、そして石内部で超反射・超加速を行ったことで——ガンドは極細の凝縮魔力レーザーへと変質し————
——一閃——
オートマタは、俺へと到達することなくコアを貫かれて機能停止した。
「——クソ。召喚前にこれとか先が思いやられるぜ」
誰にでもなく独りごつ。これはうかうかしていられない。早く家に帰らないと——
——がちゃり。がちゃり。がちゃり。
——がちゃり。がちゃり。がちゃり。
——がちゃり。がちゃり。がちゃり。
繰り返すつどに何? 今の迎撃が不味かったのか? 俺の周りには、無数——は言い過ぎにしても、十数体ものオートマタが現れていた。
ああ——これは、不味い。不味すぎる。
既に俺の家の近辺なため、一般人の邸宅は少なくなっており、つまり、俺が帰宅するまでにであれば、電源オフのオートマタを忍ばせておくことは不可能ではなく——これだけのオートマタを用意できる魔術師であれば言わずもがなで——……
——ああ、終わった。そんな思いが脳裏を過ぎる。
俺とてそれなりに魔術回路の本数はあり、遠坂家の秘伝である魔術刻印の継承も済んでいる。だとしても、その上でこの敵は俺より格上だ。
——このままでは、勝てない。
聖杯戦争に参加する以前に、殺されかねない。
ならば、俺が今できる最善の手は何だ。
そうこうしている内にも、機械人形の一個部隊は距離を詰めてきている。接敵は既に。そして接近を許せばそれで一巻の終わり。だとしたら、取れる手は一つしかない。
「——告げる。いや告げてる場合か!」
召喚陣もなく、なんなら切迫した状況ゆえに詠唱もままならない。それでもなお、俺ができることは生き足掻くことに他ならず。
——
強制的に魔力を活性化させて令呪の機能を起動。聖杯からの補佐と思しき超魔力を呼び水に召喚詠唱を超絶圧縮!
頼む来てくれいやむしろ来い!! そんな思いと共に俺は叫んだ。絶叫した。
「令呪が宿った以上、とにかく来やがれ! 天秤の守り手よ————……ッ!!!」
刹那、爆風。
魔力塵で視界が遮られる中、それでも俺は見た。
——その剣士の姿を。
「——『
真名解放と共に撃ち出される黒い極光めいた刃。それが周囲の機械兵士を殲滅する。
おそらく威力をセーブしたはずの一振りでさえこの火力。コンクリートの道は、恐ろしいことに焼けこげている。
——そして晴れる視界。
そこには、無造作の銀髪に褐色の男がいた。
「——サーヴァント、セイバー。召喚に従い参上した」
その男は赤い外套を身に纏っていた。
「えらく強引な召喚だったが、手繰り寄せるだけの実力はよくわかった。君がオレのマスターなのだろう」
黒い極光を抑え込んだ、黄金の剣を携えたその男は、
「——あんたが、俺のセイバーなんだな?」
「——ああ。誰でもない、無銘のセイバーだよ」
赤いセイバーだった。
第二話「震える槍」に続く。