Fate//////X 2
Ⅱ ランサー
——その槍は死の槍。
——その槍は彼女の運命。
——だが、その上で。ある種の誉れでもあった。
——刺されるほどの存在であったと。
——王自らに討たれるだけの存在足り得たと。
——彼女は願い、その上で、そうではないと否定する。
彼女が目指したのは、王の敵ではなかったのだから。
第二話「震える槍(前編)」
——セイバーを召喚した俺は、とりあえず家へ戻ることにした。状況整理も大事だからだ。
遠坂邸。かつては大きな洋館だったのだが、十年前の聖杯戦争で全壊したため、今は平屋建ての3LDKとなっている。
で、そのキッチンで紅茶を淹れながら、俺はセイバーと諸々話をしたかったのだが——
「マスター。来客のようだぞ」
その男——セイバー——真名『無銘』——どういうこと?——に促され、俺はキッチンにいながら玄関に設置した遠見の術式を起動させる。
壁に映った玄関には、ノースリーブのジャケットを羽織りサングラスをかけた、橙髪の女性が立っていた。傍には、異常な量の魔力を帯びた、金髪の筋骨隆々な男が並んでいる。——どう考えてもマスターとサーヴァントだ。
「——どちら様ですか?」
どういう意図でここに来たのかも判然としない以上、とりあえずは要件を聞くのが無難。ゆえに質問を投げると——
「蒼崎トウコと言う。こっちはバーサーカー。少し、相談がある」
——やってきた人物が、魔術世界ではかなりの有名人であることが判明した。
「——お茶です」
「いい紅茶ね、ありがとう」
紅茶を出すと、サングラスを外したトウコ氏は穏やかな口調で返答した。
——この人確か、希少な術式持ってるからって魔術協会から封印指定されてたよな……。
「ふふ、表情でわかるわよ遠坂くん。私が協会にホルマリン漬けにされないか心配してくれているのね?」
「有体に言えばそうなります」
そうではあるが、その上でピンピンしているこの人が怖すぎるからあまり長居してほしくないなぁというのが本音であった。
「恩赦で封印指定を解除されたり、再指定されたりしているのよ」
「あっそうだったんですね。それで今は解除されてて」
「絶賛指定中よ」
彼女は笑顔でそう言った。
「なんかな、俺のマスターは聖杯戦争をどうにかしたら指定解除されるってんだよ」
彼女のバーサーカーが普通に理性的に話しかけてきた。おかしいな、バーサーカーって理性や消費魔力コスパを犠牲にしてサーヴァントを強化/狂化するクラスのはずなんですけどね。
「おいマスター。今度は俺のことで顔に出てそうだぜそこの兄さん」
「バーサーカーとしては異色だものね」
「俺そのもののバトルスタイルがバーサーカーっぽいからこうなったんだろうしな。はっはっは!」
などと快活に笑うバーサーカー氏。話が通じるのも時として恐怖だなと思いSOSの視線をセイバーへ向ける。セイバーは気づき息を吐く。
「——で、君たちは何用でここに来たのかね?」
セイバーの問いに対して、トウコ氏は再びサングラスをかけて答える。
「——ここにオートマタが大挙していただろう。あれを私の工房から持ち去った奴を探している」
サングラス越しでもわかる冷たい双眸。嘘をつけばこの場で殺す——そう言われているかのようだった。
「——嘘つく必要もないでしょ。そもそも俺、そいつらに襲われたんですよ。犯人探しなら是非とも協力したいですね」
とりあえずトウコ氏は犯人からは外す。そういう駆け引きを選択したので、手を差し出して握手を促した。
「その右手。令呪側だろ」
「狙うならもう狙ってるでしょ」
「——いいなキミ。聖杯戦争後も互いに無事なら顔を合わせることもありそうだ」
こうして、暫定的にだが、バーサーカー陣営との激突は免れた。
◇
翌日。俺はセイバーを霊体化させて穂村原学園へ登校した。調べ物をしたかったので七時半には昇降口に到着。俺はそのまま図書室へと歩を進めようとして——
「——朝早いんだね、遠坂」
——その、見知った/よく知らない、赤髪の女生徒に声をかけられた。
衛宮ツカサ。同級生だがクラスは違う。しかし有名人——いわゆるマドンナというやつであった。
◇
結局延々と雑談を仕掛けられたため、図書室へ向かう余裕もなく八時二十分。ホームルーム前の予鈴間近なため、俺は渋々そのまま教室に入り——
「おい遠坂オマエッ! 衛宮と仲良く喋ってたってマジかよ……!!」
クラスの男子どもに囲まれた。
特に最前線にいたのが、それなりに絡みのある
「シンジにイッセイ。言っておくが向こうからなんか話しかけてきただけだからな」
「聞いたかよ柳洞。コイツ余計にギルティだよな」
「俺は遠坂が幸せなら一向に構わんが……しかしどうにも気にかかる……騙されてはおらんか遠坂!?」
もはや掴みかかってきそうなダチの二人。二人の息がピッタリすぎてこれもうマブだろって言いたくなっている。
「本当に何もなかったからな。ほら、もうすぐ藤村先生くるぞ。席座らせろ」
そう言って野郎どもの壁をかき分けて自席へ向かおうとする俺。その間際——シンジが俺に耳打ちしてきた。
「——サクラが用事あるってよ。
それが不良に呼び出しを喰らったわけではないことぐらい、魔術師同士の会話であることぐらい、すぐに理解した。
◇
シンジの家は間桐——マキリ。かつて冬木式聖杯戦争を始めた御三家の一つ。だがマキリは、前回の聖杯戦争で当主である間桐臓硯が死亡した上、血筋から魔術師の才覚が薄れてしまったため——魔術師の家系としては完全に終わっていた。
だがここに——一つだけ例外があった。
マキリには今も一人だけ、魔術師が存在する。今はもう継ぐ気はないにせよ——かつて養子として迎え入れられた少女が——シンジの義理の妹が。
十九時三十分。俺が体育館裏に来た時、彼女は——間桐サクラは既に俺を待っていた。
「……遠坂先輩。来てくれたんですね」
制服のまま、サクラは体育館の壁にもたれかかっている。
「一人じゃ危ないだろサクラ。うちかサクラの家かじゃダメだったのか?」
「その前に、一つ聞きたいことがあるんです、先輩」
俺の問いを遮るように、サクラは俺の目を見て質問を返す。
「——この聖杯戦争は、願いなんて叶わないのに。どうして先輩は戦うんですか?」
——サクラは全てわかっている。もう冬木式聖杯戦争が破綻していることを。そして、俺が事象収納を解決するために参戦したことを。
「願いってさ、サクラ。俺の場合は結果じゃないんだよ。今回の場合は、ただ善を成す。そういう過程が俺のやりたいことなんだ。このまま聖杯戦争を達成させたらどうなるか——それを部分的にでも知っている以上、俺は破局を食い止めたい。ただそれだけだよ」
「——せん、ぱい」
俺の答えに、サクラは息を呑む。俺の言葉への返答があるのか。止まらない俺に、サクラはただ俯くのか。その答えは——
「——ふふ、ふふふふふふっ」
その答えは——笑いだった。
「サクラ……?」
問いの投げ合いはもはや終局。サクラは笑いながら周囲の影を
「——じゃあもういいです。先輩が聞かん坊なのはわかっていましたから。だからもう——説得はやめます。
——ランサー、来て」
捻じ曲がった影の中から、巨大な槍が姿を見せる。霊体化では隠しきれない微量な魔力もろとも、槍兵のサーヴァントが、影の内部——虚数の海から姿を現す。
それは血濡れの巨槍を引き摺る騎士。赤いラインの甲冑を纏った槍の担い手。
「——オラ、さっさと剣を抜けよセイバー。
テメェの剣は気にくわねぇ。オレが父上より賜りしこの槍で——叩き割ってやるよ」
剣を取る——あるいは死。
望まぬ形で、聖杯戦争の初戦が幕を開けた。
第三話「震える槍(後編)」に続く。
ちなみにトウコさんは、久々にあった妹から「ウッソ、この宇宙歪みすぎて草!」などと二〇〇四年時点では聞き慣れないスラングで爆笑されており、それこそが聖杯戦争参加の真の理由です。