でも観客の治安がだいぶ悪そうだよね。
という事でラリーレースに出場する、2人の生徒のお話です。
ビジュアルは好きに想像してくださいませ。
ラリーってレース、知ってるか?
普通レースって聞いたら、サーキットで車をグルグル走らせるのを想像するだろ?
ピットと連携取りながら、いかに速く走るか突き詰めて、ライバルの脇すり抜けて、最初にゴールに付いた奴が勝ちのレースだ。
でもな、ラリーは違う。
公道を締めきってコースにして、そこをどれだけ早く走れるのか競う、タイムトライアル。
舗装路はもちろん、砂利道や泥まみれの場所、ドデカイ岩が転がってる山道を、全速力で走る。
横転やクラッシュはもちろん、何か1つミスっただけで谷底へ真っ逆さまなんてのも、珍しくねぇ。
そんなレースをするラリードライバーは、こう言われる。
“頭のネジを挿す穴が開いてない。”
ここはスリルとスピードに頭を焼かれた、イカれた奴らの、イカれた遊び場だ。
かくいうアタシも、ネジ穴が開いてないタイプの人間だ。
アタシが今いるのは、これから走るステージのスタートライン。
ロールケージとか消火器とか、最小限の安全装備を積んだだけの、後輪駆動のスポーツカーの運転席に座ってる。
助手席に座って腕時計を見つめてるのが、アタシの
ラリーは道案内をしてくれる相方が居ないと、とてもじゃないが走れたもんじゃない。
アタシがラリーを始めたのは、この相方が原因。
同じ整備工場でバイトしてた時、ラリードライバーをやる気はないかと誘ってきたのだ。
その時のアタシは、レースなんて面白そうだと、深く考えずに引き受けた。
直後に判明したラリーと相方のイカレ具合に、何度もバカじゃねぇのかと悪態をつきまくった。
その後2ヶ月ぐらいで、アタシもラリーから抜け出せなくなってたけど。
『1分前。』
『直前でクラッシュの報告があった。もう掃けてるらしいけど、注意して。』
「了解。」
ヘルメットの無線から伝わってくる報告を、首を軽く回しながら聞き流す。
目の前にあるのは、コンパクトカーが何とかすれ違えるくらいの幅しかない、少し荒れたアスファルト。
それを挟む沢山の観客が、旗を振り、指笛を吹いて、アタシ達の出走を今か今かと待ちわびている。
普段だったら、バーンアウトでもしてファンサービスをするとこだけど、レース前のアタシの頭にその考えはない。
『
『
(スタートから100m直線。長くて少し緩い右コーナー。その後80m直線。緩い左がさらに緩くなった後、キツイ左。)
『
相方の言葉が英語に切り替わり、直後に先の道がどうなっているのかが、呪文みたいに読み上げられた。
それに親指を立てて答え、事前の試走で把握しておいたステージの特徴を思い出す。
高低差の少ない、アスファルト路面の高速ステージ。
長い直線や緩いコーナーの後に、いきなり急なコーナーが現れるのが特徴。
減速しきれず壁に激突するやつが、後を絶たないステージだ。
『
車の横にいたマーシャルが、アタシの前に手をかざした。
ギアをニュートラルから1速に入れて、サイドブレーキのリリースボタンを握ったまま、レバーを引く。
『5、4、3、2、1。』
アクセルを途中まで踏んで、タコメーターの針を5000回転に合わせる。
クラッチを踏みしめ、ハンドルをグッと握りしめる。
左足から、エンジンの振動がビリビリと伝わってくる。
カウントが減っていくたび、アタシの視界から余計なものが消えていく。
マーシャルの手も、歓声を上げる観客も、うなりを上げるエンジンも、アタシの世界から消えていく。
『GO!』
マーシャルの手が振り上がるのと一緒に、アクセルを底まで踏み、クラッチを繋ぐ。
エンジンは咆哮を上げ、タイヤをギャリギャリと削りながら、車を前に押し出す。
アタシ達の背中がシートへ押し付けられ、道路の両脇にいた観客は、一気に後ろへと引っ張られた。
『100 4Rlg 80 6L<+2L』
左足をフロアまで思いっきり蹴飛ばし、左手を左後ろ、真ん中上へと動かす。
コーナーに差し掛かったら、左足をブレーキへ。
アクセルを戻して、ブレーキを一瞬だけ踏んで、重心を前に動かし、ハンドルを右に切る。
マシンのケツが左に動いて、後輪がギリギリと鳴き始める。
カウンターは大きく当てずに、右足を細かく動かして今の姿勢を保つ。
ガードレールギリギリまで寄せながら、コーナーを脱出。
またアクセルを底まで踏んで、左手を真ん中下へ。
ほぼ減速せずコーナーに突入。タイヤの限界ギリギリまでアクセルを踏みしめる。
コーナーの右側に張られたロープが見えたら、カウンターを当てながら減速。
右足のつま先でブレーキを踏みつつ、踵でアクセルを煽ってシフトダウン。
一緒にクラッチを2回蹴飛ばして、2速まで落とす。
左に傾いた姿勢をそのまま使い、角度を抑えたドリフトでコーナーを攻略。
壁に鼻先を掠めながら、悲鳴を上げるタイヤを押さえつける。
『200 SqrLDCT 40/C 5Rvlg>2 100/dip』
(200m直線。左直角コーナー、ショートカット禁止。40m直線、途中に先の見えない起伏。とても長い緩い右、先できつくなる。100m直線、途中で起伏。)
直線の間はフルスロットル。ここは度胸勝負。
ビビッて減速したらアウトだ。
直角コーナーをギリギリまで引き付けてからブレーキを踏み、ハンドルをコーナーとは反対の右に切る。
マシンの重心が左フロントタイヤに乗ったら、そこを軸に急旋回。
悲鳴を上げる後輪をアクセルでなだめながら脱出。
起伏を越える瞬間にブレーキを踏んで、車の頭を軽く右に向ける。
右コーナーの途中でシフトアップ。長さを利用してギリギリまで加速し続ける。
左の壁が右へ曲がる前に減速開始。ここで調子に乗ると壁と思いっきりキスすることになる。
マシンを軽くスライドさせながらコーナーを攻略。
脱出した先の直線で車が上下に振られるが、構わずアクセルを踏んでアスファルトを蹴飛ばす。
今日は調子がいい。マシンが素直に言う事を聞く。
タイヤはちゃんと暖まって食いついてるし、アタシも相方の指示をしっかり聞けてる。
観客が焚く発煙筒に照らされながら、ステージの序盤を問題なくクリア。
中盤の途中で、白煙を上げてノロノロ走ってるライバルを追い抜き、ゴールに向かってひた走る。
『6RKIN~HpnL flatRExlg 80 !jumpKM』
(緩い右コーナー、内側に寄せて。その後すぐ左ヘアピン。ほぼ直線のかなり長い右コーナー。80m直線の後ジャンプ、道の中央にいて。)
右コーナーを少しスピードを緩めて攻略。アウト側には崖が広がってるからだ。
いくらガードレールがあると言ったって、100km/h出てる車を崖に落とさないのは無理だろう。
ヘアピン直前で急ブレーキ。重心を左フロントに乗せ、サイドブレーキを引いて180度ターン。
1速に落としてからクラッチを繋いで脱出。長いコーナーの途中で2速、3速とシフトアップする。
コーナーを抜けた先に見えたのは、先の見えない小さな丘。
あそこがこのステージの見せ場。あの丘から全速力でジャンプする。
5速に入れてアクセルをベタ踏み。スピードはとっくに100km/hを越えてる。
マシンが丘に入って、頭がグッと持ち上がる。視界の上の辺りがアスファルトの灰色から空の青に塗り替わる。
タイヤが地面から離れる直前に、アクセルを踏み込んだままブレーキを一瞬だけ踏む。
頭から着地するための、重心を前に動かす細工だ。
全部のタイヤが地面から離れ、マシンは完全に離陸。
車が空を飛ぶとかいう、ラリーじゃなきゃ事故以外で見られない景色。
アタシ達が何メートル飛んだのか、後でネットから探してみるか。
ほんの一瞬だけ、そんな雑念が混じった。
フロントガラスに大きなヒビが入ったのは、その一瞬だった。
何が起きたのか把握する前に着地。
着地する前に何かが光った。狙撃?アタシ達に向かって?
訳が分からないが、ここで足を止めても良いことは無い。
見えている右コーナーに向けてハンドルを切る。
ここで、アタシはやっと違和感に気づいた。
ペースノートの読み上げが来ていない。これじゃ道の先が分からない。
何かおかしい。無線の故障か?
目線だけを助手席に向けると、相方はノートを握ったまま、ぐったりとうなだれていた。
「オイ!しっかりしろ!?オイッ!?」
狙撃にやられたのか?一番近い医療班はどこだ?リタイアするべきか?
雑念が頭を一気に埋め尽くし、マシンが急激にグリップを失い始める。
無駄にタイヤを削り、コーナースピードも落ちていく。
どうすればいい。どうすればこいつを一番早く医療班に預けられる。
3つ目のコーナーを抜けて、アタシが出した答えは、完走する事。
立ち止まって医療班を待った所で、来るまで相当時間が掛かる。
ゴールまで走り切ってしまうのが、一番早いはず。
ヒビで真っ白の視界の中、アタシは腹をくくってアクセルを踏みしめる。
記憶の中の、試走で見た景色を頼りに、ステージを駆け抜ける。
緩い右の後に直線。確か途中で起伏。その後はキツイ左。
タイヤは常に悲鳴を上げ、マシンは余計な角度が付く。
何とか走れてはいるが、やっぱり記憶と目視で走るのは限界がある。
報道陣のカメラを横切り、ステージは終盤に差し掛かった。ここからさらにペースが上がる。
サッサと起きてくれデコ助。アタシを導いてくれ。
文句を思っても相方が起きる訳じゃ無い。それは分かってる。
それでも、そう思わずにはいられない。
長い直線に入るのと一緒に、壁に囲まれていた視界が開けた。
ここからは、確か、どうだったか。
道筋の記憶が引き出せない。どう走るべきか分からない。
目線があっちこっちに飛ぶ。冷汗が止まらない。
このまま走り続けたら、マシンと一緒に2人ともスクラップ行きだ。
ペースを落とすしかない。
今見えている左コーナーに備えてアクセルを緩め、ブレーキに足を乗せた時、無線がアタシの耳を震わせた。
『――3Ls 60/Brg 4R+5Llg!』
(短くキツイ左。60m直線、途中で橋を越える。右コーナーの後緩くて長い左。)
声が聞こえた瞬間、反射的にブレーキを踏んで減速。
左にハンドルを切ってコーナーに進入。左のタイヤを縁石に掠めながら攻略する。
脱出の勢いを乗せ、橋を挟んだ直線を、アクセル全開で突破。
多少マシンが跳ねるが、知った事か。
キツ目の右コーナーに入る前に、軽くブレーキを踏んで重心を前に。
鼻先をインに摺り寄せ、左コーナーが見えた瞬間にマシンを反対に向ける。
突入した長い左コーナーを、出来るだけアクセルを踏みながら突破。
ナビが上がった区間を走り抜けた後、視界の端でノートがめくられているのが見えた。
『
起きるのが遅いんだよバカ野郎。
そんな悪態をぐっと飲み込み、クラッチを蹴飛ばして5速へシフトアップ。
ここからラストスパートだ。絶対に、2人で走り切ってやる。
『flatL~flatRlg/bmp 100 kinxRCUT 80WallR』
(緩い左のすぐ後、長く緩い右、途中で起伏。100m直線。右向きに始まるS字コーナー、$字に抜けて。80m直線、右に壁有り。)
コーナーに入る直前で6速にシフトアップ。アクセルはもちろんフルスロットル。
ほぼ直線だから、ハンドルの動きも最小限に。
マシンが軽く沈んだ後、さらに直線。その先に見えるのは、縁石の無いS字コーナー。
エンジンは7000回転。速度は150km/hオーバー。
その状態で、ブレーキを一切踏まずS字に突入。
マシンの半分以上を道からはみ出させて、無理矢理直線状に走る。
コーナー出口の右側の壁に寄り過ぎないよう注意しつつ、フルスロットルで突っ走る。
『2Rlg 40 Gate 60 Fin flatR+STOP』
(長くキツイ右コーナー。40m直線。ゲートを通過して60m直線。ゴールを通って、かなり緩い右コーナーのすぐ先で停車。)
4速から2速へシフトを飛ばし、大きく角度をつけながら進入。
あらかじめマシンの向きをゴールに合わせておく。
門が見えたらアクセルを踏み込んで脱出。サイドミラーを掠めながら門をすり抜ける。
直線を抜け、フィニッシュラインを越える直前で急ブレーキ。
スピードを大きく緩めて、マーシャルが手を振っている場所でマシンを止める。
「オイ!!医療班呼んで来い!!相方が撃たれた!!」
『大丈夫、大丈夫だから……。アンタの声の方が頭に響く……。』
大声で救護班を呼ぶアタシの肩を、相方が黙れと言わんばかりに強く叩く。
取り合えず、悪態をつくだけの元気が残ってるのは何より。
マシンを降りて、頭がふらついてる相方に肩を貸す。
マーシャルから話を聞いて駆けつけてきた医療班の所まで相方を送り届けた後、アタシはリタイアを宣言。
狙撃を受けながらも、こうしてステージを走り切ったんだ。十分表彰台ものだろう。
運転席に戻って、助手席が空になったマシンを、ステージから動かす。
生きてるなら、また走れる。また走るためにも、相方には元気でいてもらわないと。
病室に持っていく見舞いの品を考えながら、クラッチをそっと繋げた。
この後、2人はクロノスから「狙撃に負けない!不屈のレーサー」と囃し立てられました。
それをネタにバ先でしばらくいじられます。
良かったね。有名人だよ。
そして、狙撃事件のきっかけは、犯人の推しドライバーが勝てなくなってきたことの腹いせだったりします。
うーんキヴォトス。