リオと先生が実験を前に話し合ってるだけです。
時系列なんてねぇよ。
整合性なんてねぇよ。
(Mr.hryk)
ミレニアムサイエンススクールの心臓、ミレニアムタワー。
その地下に存在する、高度機密研究室。
滅多に点くことがない照明が、今日は煌々と輝いていた。
「リオ、呼んでくれたのは嬉しいけど……。」
「私があなたを呼び出すことが不思議かしら。」
ミレニアムの長、調月リオの隣に立つのは、紙の束を抱えている先生。
先生の親指は、表紙に大きく描かれた、極秘の文字を指している。
「ううん、そうじゃなくて。その……。」
「こんな凄い研究、私が一足先に知って良いものなのかなって。」
「問題ないわ。あなたの口が堅い事は分かっているし、これから何が起きても良いように、あなたに予め知っておいて欲しいの。」
「私達が、ミレニアムが何を作ろうとしているのかを。」
先生は資料をパラパラとめくり、難解な文字列を解読しようとするも、1分で脳が茹だって断念する。
リオはちらりを先生を一瞥した後、目線を正面に戻し、静かに深呼吸を1つ。
それを視界の端で見ていた先生は資料を閉じ、リオと同じ場所に目を向けた。
「えっと、あの人形の事、で良いんだよね?」
「ええ。今は、あの人形を作ろうとしているの。」
2人の目線の先にあったのは、球体関節の人形。
薄橙の外装に、所々黒と黄色の丸いマークが描かれている。
車の衝突試験で使われる、ダミー人形そっくりなロボットだった。
ブルーシートが敷かれた手術台の上に横たえられ、4人の生徒から機械の体をまさぐられている。
「う~ん……。ミレニアムだったら、人間そっくりなロボットなんて、簡単に作れると思ってたんだけど……。」
「人間社会に問題なく紛れ込む程度なら十分可能よ。でも、今回は研究目的が違うわ。」
「私達は、私達の科学で、人間を作り直そうとしているのだから。」
リオの答えを受け、先生は再び資料に目を落とす。
Project BisqueMaiden。
正体不明のアンドロイド、AL-1S、天童アリスをリバースエンジニアリングするという、長期研究計画。
それは図らずも、人体に対する多方面からの研究アプローチとなっている。
「その第1号が、あの人形なんだね。」
「そうよ。幻滅したかしら?」
「そんな事無いよ!その、ちょっと期待してたのは、本当だけど……。」
先生が期待していたのは、人と見分けのつかないロボットだ。
そして事実、ミレニアムサイエンススクールがそれを作る事は、造作も無い事。
頭を掻く先生の横で、リオは静かに語り始める。
「まず、アリスは人間が生来持つ機能を、完全に備えている事は分かっているわね。」
「筋肉によって動き、脳によって思考し、食物を食べ、消化吸収し、排出する。」
「そんな人間にとって、哺乳類にとって当たり前の機能を、アンドロイドにスタンドアローンで実装する事は、今の技術ではほぼ不可能なの。」
「聞いたことあるよ。確か、腎臓と肝臓の再現が難しいんだっけ。」
「その通り。でも問題はそれだけじゃない。」
横たえられたロボットの剥き出しの関節からは、束ねられた黒い筋が伸びている。
生徒の1人がパソコンを叩くと、ロボットはキシキシと関節を鳴らしながら、右手の指を動かし始めた。
ロボットが体を動かすたびに、黒い筋が膨らみ、自身を覆う固い皮を押し上げる。
「あのプロトタイプは、人体構造から再現するというアプローチの果てに生まれたものよ。」
「頭部にセンサーと処理部を詰め込み、上半身に動力源を収め、全身に人工筋肉を張り巡らせたら、それで体の容量がいっぱいになったわ。」
「でも、あの動きを見てる感じ、ちゃんと動きはしそうだね。」
「それはどうかしら……。」
そういうリオの表情は、僅かに険しくなっていた。
頭頂部に疑問符を浮かべる先生を余所に、生徒達がロボットから離れ始める。
手術台がゆっくりと立ち上がり、ロボットがリオ達と目が合うように持ち上げられた。
起動します、の掛け声と同時に、ロボットのこめかみに取り付けられたLEDが緑色に輝く。
生徒の1人がロボットの前に立つと、ロボットは首を動かし、確かに彼女を見た。
彼女の手招きに従い、ロボットは1歩、2歩と歩みを進める。
だが、3歩目でロボットはぐらりとバランスを崩し、バタンと大きく音を立てて前に倒れた。
地面に両手を付き、こめかみを黄色に光らせながら、立ち上がろうとするロボットだったが、うまく体を支えられていない。
まるで、筋力の衰えた老人のような動きだった。
「立ち上がろうとはしてるけど……。」
「人工筋肉のパワーが足りなくて、人の手を借りなければ起き上がれないのよ。」
「設計段階で分かっていた問題だけど、今回は物を作り、課題を洗い出すことに意味があるから、あえてそのまま作ったの。」
生徒の1人がパソコンを叩くと、ロボットのこめかみから光が消え、手足を地面に投げ出した。
生徒4人が動かなくなったロボットを手術台へと戻し、再び横に寝かせる。
それをじっと見ていた先生の横で、リオは小さくため息をついた。
「上手く行かなかった、みたいだね……。」
「そうね。あの様子では、モーターや油圧を利用した方が、まだ性能の良い物が出来るでしょうね。」
「けれど、それでは意味が無い。私達は、人を作らなければならないのだから。」
「少なくとも、問題はハッキリしたはずよ。この失敗は、必ず進歩になる。」
「あの子達も、そう信じてるみたいだね。」
ロボットの外装が手早く取り外され、首筋にケーブルが突き刺さる。
転倒した時に切れたのか、全身の黒い筋が所々毛羽立っていた。
4人の生徒達はロボットを取り囲み、バランスの調整、歩行動作の変更、人工筋肉のパワーの引き上げなど、改善案をぶつけ合う。
抱えていたタブレットを、真剣な表情で叩くリオ。
先生は僅かに思案した後、リオに顔を向けた。
「ねえ。変な言い方かもしれないけどさ。」
「何かしら。」
「もしかしてあの子達は、フランケンシュタインの怪物を、作ろうとしてるんじゃないかな。」
そう問われたリオは少し目を伏せ、考えを巡らせた。
2人の間に僅かな静寂が漂った後、リオは先生の問いを肯定した。
「……そうね。いずれ私達は、怪物を作る事になるわ。」
「人と見分けがつかない何かを、言うなれば、新たな人種を生み出すことになるかもしれない。」
先生の手元の資料には、研究のこれからの展望が描かれている。
人体の構造と機能を科学的アプローチによって完全に再現し、それによって得られた技術を、多方面の分野に応用する。
高性能な義肢に人工臓器。脳機能を補うサブコンピューター。有機物を燃焼することなく動力源とするジェネレーター。
もし本当にこれらの技術が実現すれば、人間と人造人間の違いは、体の構造のみになるだろう。
「先生。あなたは、人と機械の違いを、どう定義するのかしら?」
「と、言うと?」
「どこまでが人間で、どこからが機械なのか。そもそも、人間を人間と定義するものは何なのか。」
それを理解しているからこそ、リオはこれを問うた。
生物学的に問うのなら、人間とはホモ・サピエンスである、と定義するほか無いだろう。
だがきっと、リオが聞きたいのはそうではない。
そう考えた先生は、リオの目を見つめて、ただ聞き返した。
「リオはどう思う?」
「分からないわ。私の分野では無いの。」
「ヒマリであれば、考える心と、生きている体を持つのなら、それは人だと定義するでしょうけど。」
「……なるほどね。これからあのロボットが進化して、人と変わらない見た目と心を得た時、ロボットは人間と呼べるのかって事か。」
リオはただ、頷いた。
ただ、先生の答えを聞きたかったのだ。
先生はロボットに目線を戻し、ある生徒を思い出しながら、口を開いた。
「それなら私は、人間だと答えるよ。現にアリスがいるしね。」
「私から見たら、機械の体のキヴォトス人も、アリスも、これから生まれるであろうあの子も、そう変わらないよ。」
「自分の人間だと思い、他の誰かを思いやる心があるのなら、その子は人間だよ。」
「あなたなら、そう言うと思っていたわ。」
「フランケンシュタインと、同じ末路を辿る心配はしなくて良さそうね。」
フランケンシュタイン。
完璧な人間を創ろうとした結果、怪物を生み出し、生涯その過ちに追い立てられた男。
だが怪物は、創造主たる男を害したかったわけではない。
ただ、己を認めて欲しかっただけだった。
調整を終えたロボットが再び大地に立ち、1人の手招きに従って、1歩を踏み出した。
2歩、3歩と、多少フラつきながらも歩き続け、ついに10歩歩くことに成功した。
4人の生徒が大きな歓声を上げ、両腕を高くつき上げ、互いの掌を打ち合わせる。
それを見ていたロボットは、自分の両腕をじっと見た後、生徒達と同じように両腕を突き上げた。
先生とリオ、2人の前にあるロボットも、いずれ怪物のようになるのだろう。
言葉を学び、自我を得て、自分を認めろと叫ぶかもしれない。
少なくとも先生は、怪物を認めるだろう。
ミレニアムタワーの地下に存在する、高度機密研究室。
ここで行われる研究から、ミレニアム生からしばしばこう呼ばれる。
「神との闘技場」と。
ミレニアムも先生に言えない機密色々抱えてそうだから、考えりゃネタはいっくらでも出てくるんでしょうがね。
それを美味しく調理できるかはまた別問題でしてね。
色々見てアイデア貯めてきます。