あの日は酷く寒い一日だった。この冬一番の寒波がキヴォトスを襲った日。生憎その日は久しぶりの『デート』だった。
お気に入りの喫茶店でエスプレッソを啜る。オーナーの趣味で流れているピアノジャズの繊細なメロディはヘヴィメタルとは全然違う物だけど、不思議と嫌いには成れない優しさがあった。
店内の時計を見やる。そろそろ何時来てもおかしくない頃合いだが、生憎『彼女』はまだ来ない。
此方から出向こうかとダウンのコートに手を伸ばした時だった。チリンチリンとドアのベルが鳴る。
其方を見やればトレンチコートに身を包んだ『彼女』が其処に居た。ぜいぜいと息を荒くして。
「随分と遅い到着だね、『シンデレラ?』」
「生憎、カボチャの馬車だなんて便利な物はありませんでしたから。『王子様』」
軽口を叩き合い、近付く。私達の関係なんて何時もこんな物。
「風紀委員会は何時も忙しいみたいだね、デートの1つも満足に始められないくらい」
「文句なら万魔殿にお願いします。あの議長には心底ウンザリさせられて…」
その時ふと少女は気付く。『彼女』の唇が寒さに震えている事に。
「ん、ちょっと」
「何ですかもう」
顔を近付ければ、ちゅむ…と唇に唇を重ねた。『彼女』の思考回路は一瞬停止し、次の瞬間には頬を真っ赤に染めた。
「んむっ…何するんですかいきなり!」
「唇が寒そうだったから暖めてあげただけ。ほら、出掛けるよ」
「カヨコさん、何時も貴女はそうやって自分勝手なんだから!」
「隙塗れのアコが悪い」
そう言って一足先に喫茶店を出る『王子様』を見詰めながら、唇に仄かに感じるエスプレッソの味に『シンデレラ』は胸のトキメキが止まらなかった。
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雨の降りしきる深夜。
仄かに明るいルームライトが重なり合った影を映す。
影が身動ぐ。カヨコが俄に目を覚ます。
目の前にはすぅ、すぅ、と穏やかな寝息を立てるアコの顔があった。
カヨコはそっとアコの頬を撫でた。些細な喧嘩で別れて、またくっ付いて、また喧嘩で別れて。そんな歪な関係。
頬を撫でられたアコは「んっ…」と甘い声を零す。
初めて別れた後、アコの傍に居る風紀委員長のヒナの顔を見て苦笑が零れた。
自分の顔のパーツと似ていたから。白い肌。白い髪、冷たげな表情。
元々そう言う顔の女の子が好きなのか、それとも未練タラタラなのか。
「…カヨコさん」
「ん、起こしちゃった…? まだ真夜中だよ」
「ん…」
カヨコは優しくアコを抱き締め、アコは甘えるように体を寄せる。
「歪だな…本当に、歪…」
アコが聞き取る事が出来ないくらいか細いか細い声でポソリと呟く。
あなたが私に未練があると言うのであれば、私もきっと未練がましいのだ。
賑やかな赤い髪の社長の背中を思い浮かべて。それはきっと、賑やかなアコの背中に似ていたから…