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ワイ←泡を吹いて気絶
少女はカッターを手に持ち、慣れた手つきで自分の手首へ動かし―――
「……ッ!!」
―――己の手首を切り裂いた。
手首からドクドクと血が流れている。痛くない訳ではない。だが、少女は何処か満足そうであった。
少女がもう一度、今度は逆の手首を切らんとカッターを持ち替えようとしたとき、僅かに耳に届く軽い足音がした。
静寂な部屋には音が良く響く上、己の部屋に近づく聞き慣れた足音に少女が気が付かないわけもなかった。
昔は隠していた自分のリストカットという行為を今となってはもはや取り繕うことすらしない。少女は淡々と、この先の痛みを受け入れる。
「―――ミサキ…!!お前、また!」
「どうしてなんだ……何故こんな事をする!?」
「………。」
ミサキには分からない。何故姉は自分を生きさせようとするのか。
ミサキには分からない。何故姉は
死にたい。何故かといえば希望がないから。この先の人生という物に対して期待というものができなかったから。もっとも、そんなものに縋ろうとそれを探す事ことなど、とっくに辞めたのだが。
「うるせえな。さっきから何だよ、捨てるぞ?」
面倒なのが来てしまった。コイツのような本能で生きているような人間にはきっと自分の苦痛に対する答えなど知っているはずもないし、そもそも理解されないのだろう。
「うげ…あーこれまた盛大にやったな。床が血で汚れてるじゃねえかよ。ハァ……この家結構気に入ってたんだがなぁ……。」
「お前……この状況でまず出る一言目が床の心配か!!」
「そりゃそうさ。正直コイツがどうなろうと俺個人としてはどうでもいい。あくまでもお前らはアツコのおまけだ。」
激昂するサオリに対してどこまでも冷淡なキヨ。その対応によってサオリの怒りのボルテージが上がる。
「お前……命をなんだと!!」
「俺からしたらお前らの方が何倍も命の何たるかをわかってないように見えるがな。ハァ……ミサキ、勝手にすればいいが満足したら掃除はきっちりしておけ、腐ったら敵わん。ある程度やるまでお前に食わせる飯はない。」
キヨは踵を返してどうでもよさそうに出ていく、その姿が丁度サオリ達の死角に入りきりかけたとき、
「そうだ、サオリ。」
急にピタリと足を止め、サオリに呼びかけた。
「煩い…!今日はもうお前の話は聞きたく「間違ってもソイツに対して『生きろ』なんて言うなよ。」―――!?」
「結局最後にそれを選ぶのか決めるのは本人だ。『生きろ』なんて言葉ほど、ここで
「お前の身勝手で残酷な事を言うな。可哀想だ。」
普段の飄々とした声とは異なり、底冷えするような声でそう言い、また歩みを始めたキヨを、サオリとミサキはただ呆然と見るしか出来なかった。
■□□
正直、意外だった。キヨも自分に対して『アツコが悲しむ』等と理由をつけて止めるものだと思っていたから、存外雑に扱われたことがありがたかった。
キヨは冷酷だ。良くも悪くも基本的に自分の事しか考えない。本当に私の事など綺麗な石についてきた土程度にしか考えておらず、できれば落としたいのだろう。
だが、動機など関係無い。私のすることを否定しないということがただ、楽だった。
しかし、
なぜなのだろうか、やはり、実感というものが湧かない。ミサキから見たキヨという人間は屑だった。ただ生きる為だけでなく、自分が楽しく生きる為に他者がどうなろうと構わないという屑だった。
きっと生まれたときからそんな人間なのだろうと思った。自分が不快に感じたことはあっても、辛いと感じた事はあまり無いのだろうと思っていた。
『お前の身勝手で残酷な事を言うな。可哀想だ。』
だからこそ、そんな人間から、あれ程の『重み』を感じる発言が出るとは思わなかったのだ。
アツコの言っていたことがほんの少しだけ理解できたような気がした。
■■□
ギコギコギコギコ―――
「キヨ、サオリ姉さんは私が自殺しようとしたり、自傷するだけでも怒ってくるわけだけどさ、なんで生き続けなきゃいけないんだと思う?」
ギコギコギコギコ―――
少しだけ、知りたいと思った。もしかしたらキヨから自分の生きる意味を見つけるヒントになるような気がしたから。
ギコギコギコギコ―――
「いきなりだな。俺はな、今お前が適当に血の後処理をやったせいで案の定色と臭いが染み付いた床の張り替えをやってるんだ。消えろ、ぶっ飛ばされんうちにな。」
「サオリ姉さんに聞いても答えてくれないの。ねえ、どうしてだと思う?」
「殺すぞ?」
キヨは一つため息をつき、さっさと終わらせたいと言う気持ちが滲み出ている声で気怠げに話しだした。
「まずサオリの奴が生きる意味をお前に教えられない訳だが……アイツはあれだ、『家族を守る事』が自分の存在理由になってるのさ。」
「俺は詳しい事は知らねぇけど、恐らくだがお前らの事が大切で、守りたくて、それ以外の事を考えられず必死になっちまってるんじゃねぇか?」
「そりゃ言えない。お前が求めている様な答えはサオリ見たいな真面目な奴には絶対に答えられないからな。」
「じゃあ、キヨはどうなの?どうして生き続けようとするの?」
「そりゃ簡単な事だ、『幸せに生きたいから』。それ以上でもそれ以下でもねぇよ。」
「貴女にとっての『幸せ』って何なの?」
「金をばら撒いて下々の民に拾わせたり気に入らない奴を殴って黙らせたり面のいい奴とヤること。」
やっぱり聞いたのは間違いだったかもしれない。
「あのな、お前はそうやって人に答えを求めるが、結局は自分で見つけなきゃならないんだ。」
「サオリの奴だって自分が生きる意味を自信を持って言えるわけじゃあない。でも、一応は生きる目的を決めて今を生きている。皆何か生きる理由があるかそいつが欲しくて生きてるのさ。見つける気もないんだったらさっさと死ね。人類にとって迷惑だ。」
……人類にとってというのは流石に言い過ぎではないだろうか?僅かに生じたその疑問はすぐに解消されることになる。
「俺は人間全体が感じる幸せには限界があると思っている。」
「つまりお前が死ねはお前が今まで無意味に消耗してた『生きるのに必要な幸せ』が誰かに再分配されるのさ。それが1にすら満たないやつの為に使われるのか、99を100にするために使われるのかはわからねぇけどな。」
やっと床の修繕を終えて立ち上がったキヨはミサキに工具を押し付け、片付けるように促してから続ける。
「お前の一番気に入らない所はもう既にあるお前自身の生きる理由から目を背けていることだ。」
「は?それが無いからアンタにまで聞いたんだけど?」
「あるだろ。」
「だからあったら私も姉さんも苦労してないんだよ。」
「そうそれだ。その『姉さん』だ。」
言ってることが分からない。コイツの話が正しいとすれば姉さんは私達に依存しているけど、私は―――。
「今までお前の自傷自殺を止めてきたのは主に誰なんだ?サオリだろう?」
「今までお前がこの瞬間までズルズルと生きてきたのは主に誰のせいだ?サオリだろう?」
「単刀直入に聞く、死にたいならばなんで何度も止められているのにアイツの近くでやるんだ?」
「………。」
答えることが、出来なかった。
「確かにお前のその願望は本物だろうが、そうしているうちはまだお前にとっての『生きる意味』が『死にたい理由』に勝っているか最低でも同等ということだ。」
「今のお前は『求められているから』生きている。そして、今まで通りそれで良いじゃねえか。」
「もしこれだけの理由じゃ耐えられなくなって、お前が本当に死を選ぶのなら、俺だけでも現場に連れて行け。」
その現場で何をするつもりなのだろうか、寂しくないように側にいてやるとでも言い出すのだろうか。
まあ、最後を誰かに看取ってもらえるのは…確かにあんまり悪い気は……―――「お前の死にたてほやほやの新鮮な内臓売って酒に変えるからよ!!」←満面の笑みを浮かべているキヨ
「―――死ね!!!!!!!!」
工具箱をキヨの顔面めがけて全力で投げる。
「ハッ、多少は元気になったようだな。そしてさっきまでの辛気臭い面からマシにもなった。」
だがしかしその行動も虚しく工具箱は片手で普通に受け止められてしまった。化け物め。
■■■
「あっそう言えば……。」
怒りですっかり忘れていたが、あの時のキヨが飄々としておらず、底冷えするような声で話していた理由を聞くことを忘れていた。
でもまあ、いいだろう。一瞬だけキヨに昔なにかあったのかと思ったがもうどうでもいい。あんな奴は知らない。
それに、過去に何があったとしても、当の本人の現状ががアレなのだ。キヨもキヨなりに、何とかしようとしているのだろう。
否、キヨのことだ。既に自己解決したのかも知れない。
そんなことよりも今は一応とは言え自分の生きる理由を見つけられた事を少しは喜ぶべきだろう。
死んだ後、きっとある程度悪い事もしてきた私達はもし死後世界なんてものがあるとすれば地獄に落ちるだろう。
地獄での私はただの罪人の一人でしかない。
だが、こちらの生地獄の方の私は確かに存在を求められているのだ。
どちらも地獄なら、せめてより良い地獄を選ぼう。
ただただ憂鬱なだけだったこの世界の景色が心なしか、昨日までよりも綺麗に見えるようになった気がした。
この世界ではまだアツコがロイヤルブラッドということが知られていないのでミサキも『姫』ではなく『アツコ』と呼びます。
それはそうと閲覧者様方、結構屑が好きですね。どうか変な人には騙されないでくださいよ?