よくわからないものができました。
加藤は台所で一人、真剣な面持ちで考え込んでいた。
彼の視線の先にあるのはどこにでもあるスーパーの卵のパック。衝撃から身を守るには少々心許ないプラスチックのパックに放り込まれている、六個の無精卵である。
加藤は今日、シュレディンガーの猫を大学で学習した。そして彼の頭の中には今、有精卵・無精卵という言葉が渦巻いている。
「スーパーの卵の中にはたまに有精卵が混じっていると聞く。つまり、俺が観測するまで分からないということなのでは?」
ちなみにスーパーで売っている卵だとして、有精卵が混じるのは
だから加藤が今鶏の卵たち向き合って考察を繰り広げているのは的外れなのである。
とはいえ、半分聞きかじっただけの加藤はそんなことを度外視して、自分の考えを深めていこうと思考の沼に足を踏み入れる。
「この六つの卵の中にもしかすると有精卵があるかもしれない。なら、俺が調理した時がこいつらの命日ということになってしまうのか?」
加藤は知らないが、もし彼の懸念通り有精卵が混じっていたとしよう。だがしかし、スーパーで売っている卵は基本的に冷蔵されていることが多いため、温度的な問題で有精卵であった場合でも死んでいる可能性が高い。
すなわち、加藤の戦慄は前提からして何もかも間違っているのである。
彼の懸念通りの事態が起こるとすれば、それは生産者直売の有精卵を買った場合程度だろう。それであれば処置が甘く孵化してしまうということも可能性は低いとはいえゼロではなくなる。
しかし繰り返すが現状彼は向き合っているのはスーパーの鶏の無精卵のパックである。彼の想像している可能性は言葉通り万に一つもあり得ない事柄なのだ。
「そう思うと、このパックもなんか檻みたいに思える。可哀そうに見えてきた」
実験を行う時は全体条件を揃えろと言うが、加藤の場合も同じだった。
前提条件の部分の調べが甘く、周囲から見ればただの変人が馬鹿を言っているようにしか見えない。今は自室の台所だから良いが、それを大学で少しでも話してしまえば、彼は笑いものになってもおかしくはないだろう。
だって、彼の結論はこうなったのだ。
「そうだ。命を奪うなら感謝を忘れないよう、一つ一つの卵に名前を付けることにしよう」
食べることが決まっているのに名づけるという行いに些かサイコパスの気を感じる部分はあるが、いたって本人は真面目である。
そして彼は六個の卵に名前を振って食べ始め、たまに名前を呼び間違えてそのまま食したりしながら、約一週間でそのパックを空にした。
食べきった一週間後に意気揚々とサークルの面々にそれを話して加藤は間違いを指摘され、約一か月後には六個の卵に付けた名前の大半を忘れてしまった。
加藤に残ったのは、ひどく恥ずかしい勘違いをしていたという黒歴史と、最初に食べた卵に「ドドンゴ」という一風変わった名前を付けたという、どうでもいい記憶だけであった。
簡単プロット
加藤は台所で卵について考えていた。パックという檻に入れられる窮屈さと、自分が食べることで僅かばかりの可能性を途絶えさせてしまうことについて。
思い悩んだ末、加藤は卵一つ一つに名前を付けて感謝することに決めた。つけた名前は一カ月後にはほとんど忘れた。
プロットが全て。それ以上でもそれ以下でもない。30分かけて色々調べながら書いたので楽しかったです。うずらの話とか有精卵無精卵の話とか結構面白かったです。こういう風に調べながら書くのも楽しいのでまたやってみたいですね。続けていれば機会もあるでしょう。