リアの目の前には執事が居た。
ふわっと綺麗な着地を決めてこちらの様子を伺ってきた彼は、主人であるリアの言葉を待っている様子である。
「流石、私の執事ね。腕を上げたんじゃない?」
「そのような言葉を賜り光栄です。これからも精進していく所存でございます」
この執事が軽業師の真似事を始めたのは、リアが気まぐれに街で見かけた道化の真似をしてみろと命令を下したからだった。
その言葉を受けて猛練習したのか、命の危険があるようなものごとをケロリとやってみせる執事が誕生した。
勝手に死んだら許さないから、と言いながら曲芸ではなく軽業をやれと言った自分の事を棚に上げて、リアはよく投げ出していないなと執事の動きを見守る。
「っと、こんなものです。如何でしょうか」
綺麗なフィニッシュを決めた執事に対して、ふとリアはある疑問に気が付いた。
いや、それは疑問というより、違和感に近かったのかもしれない。
だからだろう。いつもの彼女なら飲み込むであろうその言葉を、目の前の執事に対してぶつけてしまう。
「あなた、さっきから音がしないわ。気持ち悪いわね」
「お嬢様のために練習した成果なのですが、それを気持ち悪いと言われてしまうと少々傷つきますね」
「嘘をおっしゃい。あなたにそんなことができるわけがないでしょう。だってあなたは――あれ?」
リアの脳裏に、ありえないはずの光景が思い浮かんだ。
それは、生気を失った目でこちらを見る、血塗れの執事の姿。そのまま自分の許へ戻ってくることなく、土の中に消えていった葬式の記憶。
リアは思い出す。そうだ。自分の執事は自分が下した戯言で――。
そこで彼女は目を降ろして地面しか映っていない自分の視界に、影だけ伸びている『それ』の存在を思い出した。
「ああ、思い出してしまわれましたか。ええ、私はあなたのせいで、何をしても音が出せなくなってしまったのです」
「ち、違う。私は、そんなつもりじゃ……」
「そうでしょうとも。お嬢様はただ、私が華麗に軽業を成功させる姿を見たかっただけでしょうとも。……一介の執事が、そんなことできようもないというのに」
『それ』の右足が彼女の視界に入る。先程まで土汚れだけだったはずの靴に、赤黒い何かがまとわりついているのが目に入った。
影の動きから『それ』が自分を見下ろしているのが分かる。どんな顔をこちらに向けているのか想像してしまって、リアは自分の呼吸が浅くなっていくのを感じた。
「ねえ、お嬢様」
もう一歩踏み込まれる。
手が届く位置に近付かれてしまった。リアにできることは、『それ』の温情を祈るのみ。
「目を逸らさないでくださいよ」
耳元で囁かれた言葉に悲鳴を上げそうになって、目を覚ます。
気が付けば、庭にいたはずの自分は自室のベッドで体を起こしていた。嫌な夢だったからか、着ていたものが汗でべったりと肌に密着して気持ちが悪い。
人を呼んでいる間に、リアは記憶の整理をする。執事は死んでないし、自分はあんな横暴な女ではないと。
自分はあんな理不尽な命令を下さないように気を付けないと。そう思いながら、リアは音もなく顔を出した自身の執事に時折感じている恐怖が先の夢に出てきたのだと悟って、思わずもうちょっと音を立てろと理不尽な命令を下すのだった。
簡単プロット
リアは執事の夢を見た。軽業師のような芸当を危なげなくやってみせた執事の夢だ。
彼はリアの無茶ぶりを遂行しようとして死んだのだが、彼女の夢の中では足音もせずに成功させてみせた。リアは執事に詰められて、恐怖のあまり飛び起きる。そこに生きている執事を見つけて、彼女は安堵の息をついた。
若干ニュアンスが違いますが概ねプロット通り。こんなものかなという印象です。
タイムは25分弱。文字数を考えても悪くないぐらいでしょう。
明日はコメディを書きたい。無理やりコメディ変換する技術の練習をしてもいいかも。