宇宙世紀0079年 12月某日
月面都市グラナダ キシリア・ザビ執務室にて
―憂鬱だ。こんな気分は何年振りだろうか。
策を弄し、計画を進め、結果に対して修正を行い、自分の満足する結果を常に導き出す。それは全てにおいて私のスタンスだった。利を誰よりも多く、アクシデントは最小限に抑え、常に自身の価値を続ける。そんな私が今にも消え入りそうなため息と共にうなだれている。
「……ぇえぇい!」
「あのぅ。大丈夫ですか、マ大佐」
「失礼、ゼナ夫人。申し訳ないがその言葉を聞いた時点で大丈夫ではありませんな」
「……その」
「賽は投げられました。後は壷を開いて見える出目を見守りましょう」
「はい? ええと、壷ですか?」
「……いえ、忘れて下さい」
まさか、傷心のゼナ夫人の前で気丈に振る舞う事すら出来んのか、今の私は。宇宙生まれ、宇宙育ちの夫人にこの例えは解りづらいだろうが! 本来ならば、キシリア様への謁見の機会など心して挑まねばならんのに。何故だ、何故、私はあの時“勘”などと言うモノに頼った!? これでは赤い彗星や木星帰りをバカに出来んぞ。
「待たせたてしまったな、マ」
「はっ、ゼナ・ラオ・ザビ夫人とその息女ミネバ様をお連れしました」
「ゼナ。ドズルの披露宴以来か」
「お久しぶりにございます、キシリアさm―」
「呼び捨てで良いと前も言った筈だ。
嫁入りの身とは言え、お前もザビ家に列なす女だ」
「申し訳在りません、キシリア……さん」
「……逆に気疲れるか。それでは長く持たんぞ?」
ゼナ夫人同様に私にも緊張が走る。まさか新兵でもあるまいし、キシリア様の面前でこうも心が強張るとは。その様子を察したか否か、ヘルメットを外し、マスクを下へと下げる。僅かに鼻先を鳴らし、眉間にシワを寄せるがそれもすぐに振り払う様に普段あまり見せぬ笑顔を見せる。それでも、流石の圧と迫力ではあるが。
「よく顔を見せておくれ。その年では覚えてられんだろうが
流石に最期に見た記憶がマスク姿というのでは笑えん話だ」
「キシリアさ……ん。どうぞ」
「将来は分からんがドズルには顔は似なさそうで何よりだ」
「女の子ですので……ただ、夫の様に優しい子にはなって欲しいと願っております」
「願うだけではダメだ。学ばせ、育てなければな」
「それは気が早いかと」
「それもそうか。……許せ。見ての通り、私は独り身だ」
「私の目には立派な淑女に見えます」
「ほぅ? こんな気分の良い世辞は初めてだ」
まだ、赤子で何か分からぬであろう不思議な視線をミネバ様は向ける。こんな話を私が聞いて良いのか迷うほどの和やかさを感じる。流石と言わざるおえない。あの気風と格でまたたく間に傷心のゼナ夫人と歓談なされている。ううむ、女というのは本当によく分からんが、此処は黙って見届ける程度に私も空気は読める。
「あのキシリアさ……ん。その宜しければ抱いて頂いても」
「気持ちだけ頂いておこう。赤子を抱くには私の手は血に濡れ過ぎた」
「……夫、ドズル・ザビは時折言っておりました。
自分は40億人のミネバを殺してしまったと。
それでも優しい夫であり、父ではありました」
「分かっている。ああ……分かっていた筈だ。
戦争だ。死と隣合わせ、それはザビ家とて変わりない」
夢か幻か、蹲りすすり泣きそうになるキシリア様を見る日が来るとは思わなかった。なんなんだ、あの“勘”は。私の計画にこんな展開は描いた事など一度もない。キシリア様は情の深いお方なのは理解していたが、まさかドズル閣下の死に此処まで弱った姿をお見せになるとは。
「公には立派な男だったと言ってはおく。
が、私はこんな赤子を遺して逝く愚弟を赦すことは出来ない。すまないな」
「いえ、お気遣い……ありがとうござい……ます」
「良い。ミネバをしっかり抱いていてくれ。
そして、此処から先は戦の話だ。聞きたくなければ、席を外しても良いが」
「大丈夫です。私もザビ家の女ですので」
「その調子だ。母は強くなければならん」
そういって、再びマスクをつけて、私の方へと視線を向けるキシリア様。そう、歓談の時と私の仕事が始まった事を否が応でも感じ入る。当然、私も麾下に加わる身。全身全霊でお応えせねば……それでもアレを報告せねばならんのか。
「マよ。お前は賢い男だ」
「はっ」
「ソロモンの救援は即ち、私の身を危険に晒すに等しい行為。
それでもドズルの為にと、なんとか捻出した艦隊だ。
軍を、人を動かすには莫大な金が掛かるのは、誰よりも理解しているな」
「……重々承知しております」
「それを……お前は! おめおめと脱出艇を迎え入れただけで
身奇麗なまま帰って来た!」
「……申し訳……ありません!!!」
私は判断を見誤った。連邦に傾きつつあるソロモン防衛戦。ギレン総統すら既に見限り、退くことを暗に示唆していた要塞をドズル閣下はそれと心中するかの様に命を落とされてしまった。キシリア様はそれを見越しての救出部隊として、それなりの数の艦隊をお出しになられた。途中でこのゼナ夫人とミネバ様を回収する。ザビ家の夫人と愛娘に相応の待遇、即ち旗艦での受け入れは艦隊の進行停止に等しい。当然、間に合わなくなる……なってしまった。
「お前らしからぬ判断だ。バロム辺りが騒いだのは想像出来るが
本来は、ドズルに感化されている士気の手綱を握る為にお前を参謀付きにした」
「ご期待に応える事が出来ず」
当然、嫌な予感はしていた。ドズル閣下は軍内でも派閥内外問わずに人望のある方だ。今回も救援に向かうという熱量はキシリア様だけではなく、現場の人間にも伝播していた。とても危険だ。ただでさえ、猪武者なドズル派閥の軍に勢いに任せた救援部隊。全滅に等しい損耗になるだろう。だからこその私の参加だった筈。
「これが、ゼナやミネバが居なければ、お前が敗戦に導いたに等しい愚行」
「返す言葉もございません」
「口答えや弁明などさせるものか。何のための任務と心得る!」
だが、それでも私は今回の判断を是としてしまった。司令のバロムに全ての責を追わせる算段もあった。だが、任務を遂行するとなれば、それを振り切ってでも、最悪は殺してでも進めるべきだった。何故だ。普段の私ならそれくらいはやってのけた筈だ。それをあんな愚鈍な男の口車に……何より“勘”に頼ってしまった。
「だが、よくやった。これは学びだ、お前にとっても、私にとっても」
「……キシリア様?」
「今は戦時だ、マよ。容易く人は死ぬ。
派閥だ、貸しだの言っては勝てぬものも勝てぬ」
「……はい、私も今回を機に痛感致しました」
「次は無い。肝に銘じよ」
空気が変わった。そして、キシリア様が仰りたい事が……分かる!? 解ってしまった。なんだ、これは? ニュータイプとかいうやつか? いや、違う! そんな大層なモノではない。再びマスクを下ろして、今にも泣きそうなミネバをあやすキシリア様と同じく私も向き直る。傍から見れば、滑稽な動作であろう。だが、私はそんな貴方様がとても立派に思えるのです。
「ゼナ・ラオ・ザビ。
キシリア・ザビの名で義姉として改めて貴女に謝罪したい。
マ、お前も頭を下げよ」
「はっ!」
「キシリアさ……ん」
「我々の行動が遅かった為、ドズルを死なせてしまった。
最初から、全力で救援を出すべきだった。これは私が死なせたも同義」
「そんな、私はただ、傍に居ただけの女でございます」
「大義である。私やマには到底出来ぬ事だ。
だからこそ、私は言葉にせねばならぬ」
私とて、謝罪をした事がない訳ではない。それでも懐かしい気分だ。いつだったか?なぞもう覚えても居ない。失敗は行動で、結果で補えば良い。それは甘えだったと解ってしまった。キシリア様と同じく深々と頭を下げる。心から謝る。こんな気にさせたのは本当に……本当に久しい。
「間に合わず、真に申し訳在りませんでした」
「ドズルを見殺しにしてすまなかった」
「キシリア……さん」
「そして、弟を愛してくれていてありがとう」
泣く。ミネバ様が泣き始めてしまった。それに釣られる形だろう。その場に居た、誰もが泣いていた。まさか私も泣くとは思わなかった。いい年した大人達が……みっともない事だ。戦争中の、軍人の、その妻と子が、皆泣いてしまった。こんな姿、誰にも見せる事は出来ない。
「さて……では務めを果たす。ザビ家の女として」
「如何なさるおつもりで」
「……ギレン兄と話を付ける。私が直々に逢ってな」
「キシリア様!?」
「マ.追ってお前には任を与えるが、今はこれを最優先とする。支度をせよ」
「はっ!」
その後の任。それは私の長い長い、それは途方もない務めではあったが、それはまた未来の話だ。
次回
「キシリア・ザビという女」