復讐するは我にあり(ジークアクス与太SS)   作:あやもり6

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ジークアクス時空
宇宙世紀0079年 12月某日
宇宙要塞ア・バオア・クー ギレン・ザビ執務室にて
キシリア来訪後、半日以上経過


第三幕「ギレン・ザビという兄とキシリア・ザビという妹」

―私はただ、其処に居た事に意味がある

 

 私は古くからキシリア・ザビ閣下の副官としてお仕えしている。年を考えれば、一回りより更に下の少女に長く付き従い、立派な淑女になられた……と評しておく。そして今、この場に居る事は私が生まれ存在する意義だと思っている。なにせ、独裁者の長兄と一軍閥を率いる女傑の実妹との会談。そして、内容は当に未来を担う岐路の場に私は居るのだ。

 

「開戦前以来でしょうか。お久しぶりです、ギレン総統」

「構わん、座って楽にしてよい」

「「「はっ!」」」

 

 私、キシリア閣下、セシリア嬢全員が敬礼と背筋を伸ばしてこの男を迎えている。ギレン・ザビ閣下、即ちジオンの、そして現状はスペースノイドと類する宇宙移民全ての未来を担っている人物であり、キシリア閣下の実の兄上でもある。空気はピリつくのはもちろん、誰もが気負う圧をこの人物は纏っている。鍛え、選び抜かれた言葉と態度は、先程までの悪態と女の話で満たされていたのが嘘の様にシリアスな空気へと塗り替えてしまった。

 

「少し待たせた様だな。昔のお前ならもう帰っていただろう。

 兄として成長を喜ばしく思うが……それほどの要件だな」

「はい。宜しければ、早速本題に」

「ドズルの妻子が生き延びたのであろう。その処遇についてだな」

「……よくお解りで。報告を上げる前でしたが」

 

 腰掛けるとほぼ同時に本題へと入り、キシリア閣下の話など当然といった体で話が進む。閣下も顔色は驚きを隠しているがそれでも内心はやはり驚きがある。まだ、報告は上げていない。それほどにキシリア閣下の実弟、ドズル・ザビ閣下の訃報と妻子の救出というのは政治的にもザビ家の将来に関わる大変扱いが重要な話なのだ。公の事実として確定する前に、書類に並ぶ文字を塗り替える為に今、キシリア閣下は此処に居る。

 

「この程度、報告書を読まずとも分かる。

 お前の虎の子の艦隊が無傷で帰って来たのは二人を拾ったのだろう。

 グラナダから、わざわざ体一つで出向き、処遇の確定をを急ぐのは

 秘匿したと誤認される事を防ぐ為、違うか?」

「仰るとおりで」

「父上に報告を上げないのは、もう父上自身に意欲や政治力がない。

 ドズルの戦死すら堪えているからな。

 ガルマの出奔も気苦労がない訳ではない。父も老いた訳だ」

「ええ、父上の前に総統に話すべきかと」

 

 この僅かな言葉のやり取りでこの男の恐ろしさが分かる。日々抱える情報量と采配、それこそ決断の日々であろう中、この僅かな事実だけで此処まで言い当てる。推理力もさることながら、キシリア閣下を落ち着かせる為に、デギン・ザビ公王や弟のガルマ・ザビ様の名前も出して、これは自分たちの話ではなく、家全体の話であるという事を印象付ける会話の持ち込み方。家族故のなせる部分もあるが、あの冷淡な印象の男から此処まで情深い話まで扱う取捨選択する大胆さ。

 

「賢く立ち回れる様になったな。ではお前の考えを言ってみろ」

「はい。では、本来はサイド3のズムシティに避難が妥当です。

 しかし、ソロモンが落とされた次はア・バオア・クーが最後の防衛戦。

 万が一でも此処が落とされてはズムシティに野蛮な連邦の軍人共が流れ込む」

「ありえん話だが、可能性としては当然憂慮すべきだな。

 ザビ家の数少ない生き残りとなれば無事では済むまい」

 

 本心からか分からないがキシリア閣下から話を引き出す為に第一声に賛辞を与え、考えは全面否定せずに、慮っている事も同じ最悪の事態を共有していると敢えて口に出す。アレほどまで嫌悪と苛立ちを募らせていた閣下が、もう何事も無かったかの様に考えを出し合っている。セシリア嬢はどこまでコレを理解しているか分からないが、会談が進んでいる事態には喜んでいる。若さ故の浅慮だが、今の彼女はコレくらいで良いのだろう。

 

「となると今、預かっているグラナダに戦争締結まで保護するのが妥当」

「うむ、だろうn――」

「と思いましたが、此処は例の別荘があるコロニーに

 避難させるのが良いと進言致します」

「………ほぅ?」

 

 此処で始めて、ギレン総統の読みが外れる。眉を剃り、表情が出来るだけ分からぬ様にしたスタイルで読み取るのは難しいが僅かに口元と眉がある位置の筋肉が動く。私も正直、聞かされるまではグラナダでの保護が妥当と思っていた。月面都市は表立っては中立を標榜しており、あくまでキシリア閣下に占領されているという体を取っている。内情は蜜月であると言うのは公然の秘密。

 

「何ゆえ、そう思い至った?」

「はい。グラナダも安全である自負はありますが

 あくまで私と繋がりが深いだけの占領地。

 ズムシティすら戦争の流れによっては安全とも言えないのが現状」

「お前にしては随分と心を配っているな」

「姪のミネバは赤子ですが、夫を亡くしたばかりのゼナを

 戦争の喧騒や戦後の政争から遠ざけたいのです。

 ならば、あの“亡き母上との思い出もある別荘”に住まわせるのが良いかと」

「……ふむ、少し待て。今考える」

 

 意外だと感じたのは私も同じだ。戦後の権力闘争を見据えた動き、ズムシティへの移住という本来は最も妥当な方針を覆す為にグラナダでの避難を続けさせて、自分の派閥への求心力を高める。これがベストであると誰もが思っており、その折衷の話だろうと私もギレン総統も思っていた。流石に予想外だった故か、僅かにセシリア嬢の胸元に一瞥をくれたあと、瞼を閉じて考え込む。この光景は貴重だ。ギレン総統の即断即決、それは膨大な根回しもあるが、先程までの様な圧倒的な推察力にある。それが押し黙り、策を練り直している。

 

「コレは公式の声明と受け取ってもよい。ボイスメモで録音を」

「はい」

「故ドズル・ラオ・ザビの血縁、ゼナ・ラオ・ザビ及びミネバ・ラオ・ザビに対し

 ギレン・ザビ、キシリア・ザビ両名からの庇護の元

 ザビ家所有の別荘宅への避難及び護送を総統の勅命として発する」

「おぉ」

「……総統閣下」

 

 驚きは続く。何の反論も訂正もなく、あるがままにキシリア閣下の意見を呑んだのだ。あくまで要望、進言の類であり、持ち帰り回答を伸ばす事や調整する事、覆す事、この男にはなんでも出来て、多少反発はあろうものも押し通す事事態は容易かった筈。思わず、私も感嘆の声が漏れ、セシリア嬢も言葉が漏れる。それほどまでにこの回答は誰もが息を呑むものであった。

 

「私のシークレット・サービスの一部を護衛として付ける。

 キシリア。お前からも人を派遣する事を許可し、互いの人選は他言無用とする」

「ご配慮に感謝を」

「もし、彼の地で事が起きること即ち、両名の逆鱗に触れると覚えよ。

 こんな所だろう。異論はあるまいな?」

「はい。寛大な処置感謝致します」

「ドズルの無念はもちろんな上に、私にとっても可愛い姪になる娘だ。

 健やかに育って欲しいと考えれば、この程度の事は煩わしくも思わん」

 

 驚きの度合いは驚愕に変わる。キシリア閣下すらも驚きがマスク越しに伝わってくる。誰もがあのギレン・ザビがこんな言葉を?という視線を向けてしまい、目を疑いたくなってしまう。言い終わったと、少し思考に耽っていたギレン総統も空気と視線に一拍置いてから気付き、軽く咳払いをして言葉を仕切り直す。

 

「ふむ、私ももう若くはないな。色々と緩むものだ。詳細を話す」

「「はっ」」

『勘違いするなキシリア、そしてセシリアもよく聞いておけ』

「はい。総統閣下」

「ミネバは未来のザビ家、ひいてはスペースノイドの未来を

 担う現状、最適の逸材である。ジオンは、ザビ家は必ず勝つ。

 しかし、戦勝の血濡れの家系は再び血を求められる。

 一度勝てた人間が、また勝つ事を求められる、当然だな?』

「……理解しております」

 

 再び空気は変わる。ああ、これは、演説の、味方を鼓舞するための声の使い方だ。静かで、重く、しかして心の奥底にまで突き立てる楔の言葉。キシリア閣下もその空気を敏感に感じ取る。今、ギレン・ザビは実の妹の前で政(まつりごと)をしているのだ。もはや、これが始まってはキシリア閣下に流れを覆せるだけの力も、言葉も持ち得ない。

 

『ガルマにも担う予定ではあったが、流石に戦時中の出奔は受けが悪い。

 土壇場に逃げる指導者というのは信頼を得られん。

 平時の安定期は良いが緊迫した情勢ではとてもではないが任せられない』

「それでミネバを……ですか」

『左様。ドズルは撤退せずソロモンと共に散った不退転の英傑。

 その血を引きつつも戦争を知らぬ身奇麗な存在。

 だが、父の仇敵たる地球連邦にただ黙っているとは思えん……と民草は見る』

 

 頭に最悪と最善が刷り込まれていく。実弟のガルマ・ザビ閣下を推す声もあるが、実際には出奔の行方知れずから動揺を隠せていない。マ・クベ大佐が後始末に大わらわになったのがオデッサ戦、引いては地球からの撤退に繋がらなかったと誰が言えるだろうか。そして、戦後の国民感情すらも当然感情に入る。見ている未来が遥か先の様に錯覚させられる視座。キシリア閣下も段々と声色が苦しくなるのは当然であった。

 

「しかし、ミネバが育つまではまだ時を要します」

『そこで私達二人が庇護するという物語が必要なのだ。

 未来がどう転ぼうとジオンが、スペースノイドが一丸となるには

 過去の悲劇の自負、平和への願い、戦勝する気概、全てを持たねばならん』

「……ッ、総統。まだ、赤子ですよ、ミネバは」

『赤子だろうとザビ家の女だ。その血と事実は変えられん。

 我々は、ザビ家は勝ち続けなければならんのだ。そのために手段は選ばん!』

 

 何故ならその未来の先はミネバ・ラオ・ザビ、二人の姪にして、現状、ただ一人の公式に出せるザビ家の正統後継者に向けられる。それの道筋が丁寧に、政治と、正義と、利害で舗装されていく。キシリア閣下も当然良い顔をしない。自分と同じかそれ以上に酷い、清濁併せ呑む道を歩むのだ。実の父親は亡く、老いたデギン公王もいずれ居なくなると、寄る辺となるはキシリア・ザビ閣下かギレン・ザビ総統閣下になる。故に力強く、誰よりも正しく、ギレン総統はミネバ様を運用、活用する。誰もがそうすべきだと思うだろう。当人や親の感情など勘定には入れず。

 

「総統の考えは……よく解りました。仰せのままに」

「キシリア。お前も自らの名を冠する派閥を持つなら心得よ。

 人の上に立つとは想いと考えを押し付けるものだけではない。

 誰が何を求め、未来をどう望むかというのに対して、適量を差配する。

 その決断を独りで決め、責任と希望を担うのだ。

 これは兄として、ザビ家の未来を担う男の言葉だ。お前も努々忘れるな」

「お言葉、痛み入ります」

「話は以上だ。お前もグラナダに戻るが良い。……勝つぞ?

 何があっても勝たねばならんのだ、キシリア。この戦争は、絶対にだ」

 

 力強い鼓舞、それは政治家として、独裁者として、一人の男が20年の生涯を賭した集大成への意気込みにその場の誰もが圧倒され、半日以上待たされた会談はものの15分もかからずに終わってしまった。

 

―時は進み、連邦のソロモン落とし作戦中

 ソドン率いる殴り込み艦隊を眺める月面都市グラナダにて

 

「今から戯言を言う。最期の言葉になるかも知れん。付き合え」

「はっ、喜んで」

「コレは兄上が仕組んだと思うか?」

 

 モニターでは巨大な岩の塊、ソロモン要塞が徐々に画面の占有率を高めていく。かつてのドズル閣下の居城が月面都市グラナダへと落とされている真っ最中であった。現在、僅かに残る艦隊、赤い彗星のシャア率いるジオン軍唯一の強襲揚陸艦ソドンを旗艦とする艦隊が決死の作戦を行っている。わずか数隻の戦艦と数は圧倒的に少ないMSであの大岩を砕き割るという荒唐無稽で、唯一我々が助かる未来を示すに作戦(きぼう)。

 

「そうですね。ア・バオア・クーからも艦隊は出払い。

 グラナダすらも、もぬけの殻。攻め入るなら絶好の好機」

「ゼナとミネバの退避も終わった頃合い。

 あの二人は戦後の連邦にも話が通しやすいだろう」

「ザビ家ではあるが、間違いなく戦争の被害者。

 尚且つ、当人達は何もしてないただの未亡人と遺児ですね」

 

 事実だけを淡々と述べる。地球連邦の最後の悪あがきの様な狂気の作戦。それがギレン・ザビというジオンの中枢から漏れ出た内通情報によって完璧なタイミングで合わされていたのか。誰もが懸念し、想起する。この機にグラナダと共にキシリア・ザビが死ぬことで得をするのは敵軍の地球連邦ですらない。傀儡としてちょうどよいコマが手に入れば、後は内部の粛清に出るのは独裁者かつ戦傷者としての動きとしては妥当過ぎる。

 

「全てが上手く行き過ぎているな」

「はい。事実だけを見ればそう思います」

「……が、私はまだ兄上を信じてしまいたい。甘いか、私は?」

「その答えは既に行動で示しております」

「ふっ……そうか」

 

 その後、シャア・アズナブルが自らの消息の引き換えに後に語られる大規模爆破ゼクノヴァを引き起こし、結果的にソロモン落としは未遂に終わる。それからキシリア・ザビ閣下は5年ほど兄、ギレン・ザビ総統と逢う事はなかった。口々に皆、政治的な対立や暗殺の懸念を予想している。だが、私はどれもそれが当てはまると思えなかった。そう、二人の仲は特段悪くは見えない。では、何故か? 私は最後の引き継ぎを終わるとこんな話を若人にしていた。

 

「キシリア様は怖かったんですよ。

 実の兄ギレン・ザビの本音

 幼き日と同じ様に兄を信じてしまいたい御心

 そして、何もせず道を歩まされるミネバ様を止められない自分がね」

「そんなにセンチメンタルなものなのでしょうか?」

「マリガン君、これは私の長年勤めた“勘”に過ぎません。

 君は君の答えを見出すと良い。私にも長い任務を仰せつかっている」

 

 私はただ、其処に存在した事に意味がある。そして、これから新しい任務においてもその本質は変わらない。

 




次回予定
「アルテイシア・シム・ダイクンという女」
あるいは
「ギレン・ザビという男」
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