復讐するは我にあり(ジークアクス与太SS)   作:あやもり6

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ジークアクス時空
宇宙世紀0088年
サイド1 シャングリラコロニー


最終幕「ミネバ・ラオ・ザビだった娘」

―逃げ続けなければならない人生、選択権は限りなく少ない

 

 夕暮れは無く、夜は一瞬で告げるコロニーの午後。此処、ブッホ・ジャンク・シャングリラ支社の社長室の応接スペースで過ごす時間は、今の私にとって一番の楽しみになっている。学校は流石に危険という事で未だに家庭教師による教育しか受けていない私にとって、歳の近い学友と呼べる人、それは隣で宿題を一緒にしているリィナ・アーシタさんなど数えるほどしかいない。

 

「えー。もう解いちゃったの? はやーい」

「リィナさんの教え方がうまいいからですよ」

「そこまで成績はよくないけどね!」

「なんならあたしより頭いいよね、リィナちゃん」

「エル、其処はもっとアナタもちゃんとしなさい」

「ちぇー、ルー先生は今日も厳しいわぁー」

 

 このシャングリラ・コロニーではジオン独立戦争の戦災孤児や出稼ぎで両親が傍に居ない子供達の中にかつてミネバ・ラオ・ザビを名乗っていた私が居る。貧困とまではいかないが、生活は大分慎ましくはなった……と言えば良いのだろうか? ずっと、お屋敷に居たからよくわからない。ただ、他の子と話すと今の状態でも恵まれているらしい。それでいて日々が楽しいのなら、多少の貧富など気にならないというのはやっぱり贅沢かも?

 

「しかし、此処の学童保育っぷりも馴染んできたものですね、社長」

「人材に恵まれてますからね。現場の子達もよく働いてくれるし

 ルー君やリィナ君を始め、みんな聞き分けのいい子で助かりますよ」

「いやー、しっかし社長も凄いよねぇ。

 あたし達みたいなのをまとめて雇うってんだから、しかも学校まで面倒見るなんて」

「“勘”ですよ。君たちはちゃんと真面目にやってくれると見て解りました」

「うへー、社長も大博打したもんね」

 

 リィナさんも日中は丘の上の学校に通っているので、放課後にならないとこうやって顔を合わせる事は出来ないのだ。彼女なんてまだ良いほうで、此処では子供でも大人と一緒になって働いている。児童労働って言うらしい。それだけ戦争で人が多く死んだ事と、外の世界ではギレン叔父様も、キシリア叔母様もあまり好かれていない事を私は知れた。ちょっと悲しいけれど、それで暗くなるのはお二人が望んでいないと思う。

 

「乗った私達も体外よ、エル」

「しかもこれが“あの”キシリア・ザビの支援ってのもね」

「ねー、でかい戦争始めたおっ始めたヤバい人たちでしょ?」

「人気取りなんて言われてるけど、実は優しかったとか?」

「もう殆ど死んだらしいけど、ありがたく貰えるものは貰っておけばいいのよ」

「はいはい、ジークジオン、じーくじおーんっと」

 

 キシリア叔母様が生前から続けていた難民支援活動の名目で此処に身を寄せている。特に新型ソーラ・レイ、イオマグヌッソ事故から半年ほど前からは、まるでそうなる事を知っていたかの様に私財の多くを投じていたらしい……思惑はあったのかも知れないが、私が今こうして暮らしているのもやはり、キシリア叔母様のおかげだ。だから、この敬愛は今も変わらず、そっと胸の奥にしまっている。

 

「おーい、ロナのおっさん」

「ジュドー君。入る前はノックする事」

「お兄ちゃん、ロナ社長ね。特にお客様の前では」

「やーい、妹に怒られてやんのー」

「エル、アナタも怒られておく?」

 

 ノックもせずにドアを開けて入ってくるリィナの兄、ジョドーお兄さん。エルさんやルーさん達を始めに孤児を纏めていた若いのに立派なオトナをしているお兄さんだ。私は後から入った身だが、出自を明かさなくても優しくしてくれるこのグループが大好き。だから、出来るだけ、本当に出来るだけ長く、この時間が続いて欲しいのだけど、ちょっとそれも危ういかも知れない。今、波乱が起きる“勘”が来てしまった。

 

「ジュドー君。用件を」

「えーと、なんか年食った痩せたおっさんと

 金髪のズラ被った圧の強いねーちゃんがロナ社長に用事だってさ」

「アポの予定はありませんね。ジュドー、名前は聞かなかったの?」

「ジオンの処刑人(サンソン)って言えば解るってよ」

「ロナ……私は大丈夫ですが巻き込むのは」

 

 やっぱり“勘”は当たってしまう。ロナさんも私もすぐに視線を合わせて、言葉にならない何かを交わしていく。片方は想像がつくがもう一人が良くわからない。そして、ジュドーお兄さんの後ろに突き刺さる様なプレッシャーは確かに感じる。なにか失礼をしたかと言われると、此処の子達があの気難しいあの人に顔を合わせたという時点で、絶対に失礼はしているなという信頼がある。故に一緒に居るのはまずい、収集がつかなくなる、本当に。

 

「ふむ、すまないね。今日は早仕舞いだ。君たちはもう上がって良い」

「おー、大丈夫かい? まぁ、急ぎの仕事は今はないけれど」

「ジュドー君はちゃんと夜間学校にみんなを連れてってくれ。 

 その後はこれでなにか食べると良い」

「ひゅー、しゃちょー太っ腹!」

「お!? ごっそさまっです!」

 

 ロナさんがお金を出すとびしっとした頭を下げて感謝を示すジュドーお兄さん。こういうところが本当にしっかりしているなぁ。エルさんもそれに乗って騒がしくはしゃいでいる。ううん、これはそのちょっと羨ましい。あまり、外に出れないのでこういった経験は私もしてみたい。……なんだかこれから一生できないみたいな“勘”が巡る前に一度位はね。

 

「社長、私は少し残ります。片付けとお茶出しくらいはしないと。

 ジュドー、サボっちゃ駄目よ」

「わーってるって! じゃ、お客さんに声掛けてくらぁ。お先あがりまーす」

「気を付けて下さいね」

「「「はーい」」」

 

 社長室を出て、現場の他の子達に声を掛けては他の若い子達とぞろぞろと出ていっては帰っていくのをロナさんと私が窓越しで見送る。ううん、此の人も結構“勘”が強いほうだから、やっぱり勘付かれちゃったのだろうか。入れ替わる様にルーお姉さんから案内される二人の大人。1人は忘れられない見知った人、もうひとりは見覚えがないが……緊張しているのか、確かに圧が強い。

 

「お久しぶりですね、マ殿」

「うむ、そちらも落ちぶれたかと思ったが……楽しくやっている様だな」

「グラナダやア・バオア・クーに比べれば、手狭ですが」

「何、肩身の狭さは私も負けてはおらんよ」

「そういえば、軍は退役なされたと」

「今はピスト財団の副理事、まぁ実質は私が取り仕切っている」

「あそこは結構な組織だったのでは?」

 

 マ・クベ殿……私と母の命の恩人。正直、良い噂は聞かない。流れ者が多いこのシャングリラ・コロニーには彼に職場を、戦場を追われた人も少なからず居る。何よりも愛想がないのは本当に変わらない。ああ、普通の大人はこういう顔をするんだという気付きにもなった。それでも、丸くなったのだと思う。ロナさんと逢う度に楽しげに話すのは……もはや、キシリア様を慕える数少ない人になっているからだろう。

 

「崇高な理念と事業と思って少し探ったら連邦連中と癒着した所でな。

 片っ端から首を切り落として、今は情けで生かしている創業者一族と

 本来の仕事の為のスタッフだけだ」

「よく生きてられましたな」

「今は亡きギレン総統閣下のおかげだな。

 あのお方が興味を持ち、執り成しがなければ、私は此処にはおらんよ。

 キシリア様ほど恩義はないが、理性的で死ぬには惜しい御方だった」

 

 マ殿はキシリア叔母様の元を離れて、ギレン叔父様の元で仕事をしていた。故にイオマグヌッソの事故のときは巻き込まれたか心配だった。何も聞かされていなかったのだと話だが……少なくとも命の無事と共に色々と疑われてしまっている。ギレン叔父様を慕っているのも本当だからこそ、あの事故の後もずっと仕事を続けていたらしい。そんなお互いの事情を話し合う、ただの旧友の再会の様な空気もすぐに終わってしまった。

 

「社長、応接間の準備終わりましたー」

「っと、旧交を温めるのに時間を割き過ぎました。

 私も歳を取ったものです。レディを待たせるなぞ、大変な失礼を」

「いえ、気になさらず。数年ぶりですし、私ももうただの娘です。

 マ殿もお元気そうで何よりで」

「お心遣い痛み入ります。ええと、今はなんとお呼びしたら良いか」

「オードリー・ロn「マリア・ザンスカールとお呼びしております」

「ふむ」

 

 応接間のソファーへと促されれば、マ殿が少し慌てた様子で私へと頭を下げる。忘れていた訳ではないのだろうが、私がじっとしていた所為で随分と話が弾んでていたらしい。とてもそんな楽しそうな顔には見えなかったが、昔からそういう人ではあった。

そして、名前! 今になっても私の新しい名前は決められていない。うっかり本名がバレない様に練習はしているのだが、私の偽名案はロナさんにはことごとく却下されている。

 

「ロナ。私はその名は」

「ロナの家名も私で最期です。ブッホ家との契約ですので」

「それでも」

「オードリーは流石に、勘づくものはおりますので」

「中世期の映画か。ローマの休日とは中々趣き深い」

「古い映像データがジャンクの中から出て来ましてね。

 すっかり、はまってしまって」

 

 そう、折角の偽名位好きに名乗らせて欲しい。映画の中の自由で楽しげな姿、デバイスもコロニーの事情も何もなく、ただただかつての地球の都市で出会い愛を育む素敵な映画。ロナさんの事情も知っている。だが、折角なら養父なり後見人ということで同じ苗字の方が楽だろうし、どうにもこのザンスカールというのは良い印象がない。私の“勘”が全力で止めるのだ。

 

「しかし、ザンスカールとはどこかで聞いた様な、随分仰々しいな」

「大昔に滅んだ王国の名ですよ。どうしても育ちの良さが出ますから

 インパクトのある国名で打ち消そうと思いまして」

「マリアも古典的だし、なんか響きが嫌なのよ。そこの貴女どう思う?」

「私ですか?」

「ええ」

 

 そうして、マ殿の斜め後ろでSPの様に張り詰めた様子のスーツ姿の女性へと話を振って援軍を求める。確かにちょっと髪色が不自然に見えるが、このコロニーでは滅多に突っ込まれることはないだろう。なにせ、戦傷軍人でまともに治療が受けられなかったなんて人も町中ではちらほらと見かける。逆に言うとこれを突っ込んだろうなと、予想が出来る程度にジュドーお兄さんの動きは見てきた様に解る。本当に早く帰らせたのは正解だったみたい。

 

「っと、紹介が遅れたな。カーン家のご令嬢で今は私の下で勉強している。

 こちらが話した通り、かつてのキシリア様の参謀長であり

 今は此処の社長のロナ氏だ」

「ご紹介に預かったハマーン・カーンです。突然の来訪で失礼を」

「そのうち私を顎で使う様になるだろう才女だ。お互い顔を良く覚えておいて欲しい」

「その評に恥じぬ様に努めているつもりですが、些か早計です。

 で、名前に関してですが私はオードリーの方が良いかと」

「私はマリア派の方だが当人の希望と同性の感性は捨て置けんな。

 ま、此処で決める話でもあるまい」

 

 ハマーンさん名乗る女性。幼少の時に逢った事があったのかも知れないが、流石に覚えてはいない。どうにも、緊張しているというか張り詰めている理由はなんなんだろうと疑問には浮かぶが、話題を振ったのにその糸口も掴めない。まぁ、此処はオードリー派が1人増えた事に喜んでおきたいと思う。ただ、マ殿はマリア派になってしまったので形勢はイーブンのままなのがちょっと残念。

 

「社長、お茶のおかわりをお持ちしました」

「っとルー君。片付けは私がしておくから君も上がってくれ。

 まぁ、君は聡いから解るだろうがくれぐれも他言無用に」

「はい。ではお先失礼しますね」

 

 そういって、新しくお茶を淹れ直して、頭を下げてはルーお姉さんは社長室を後にする。マ殿もハマーンさんもそれをじっと見つめていたが、流石に客人としての一線は超えて居なかったが当然警戒もする。それに気付かない振りをしたまま、去った様子へと視線を向けると、ロナさんへと視線は戻っていく。

 

「まだ誰か残っていたのか」

「大丈夫ですか。さっきまでの話を聞かれて居たのでは?」

「逆です。あまり隠し事をするのは良くないですからな」

「あんな若いのを随分と信頼しているのだな」

 

 今にも発砲しそうな程の圧をハマーンさんから感じる。どうにも、真面目というか前のめりな印象が最初からあるが、これは筋金入りでそうなのかも知れない。マ殿も視線で制している。そんな空気を打ち破る様にロナさんの破顔した表情と明るい声が応接間に響く。

 

「若い力を引き伸ばして、周りを囲むのはキシリア派の本領ですよ」

「なるほど、そう言われると懐かしさも覚えんでもない。

 黒い三連星だののごろつき紛いよりはよっぽど良さそうだ」

「破天荒さは負けていませんがね」

「軍事法廷の代名詞とも言われた男も哀愁には勝てませんか」

「ふ、ロナよ。中々言うであろうこの娘」

「ああ、なるほど」

 

 ロナさんの一言でマ殿も我に返ったかの様にしみじみとその言葉を噛みしめる。その様子に少し刺々しい視線と共に吐く言葉は鋭利に突き刺さるがそれも嬉しそうで、ロナへと視線を返せば、納得の頷きを返す。私とハマーンさんはきょとんっとした顔をしているが、二人の中の経験、おそらくキシリア叔母様との思い出が瞼裏に駆け巡っているのだろう。

 

「さて、本題を。正直、そろそろ来る頃合いだとは思っておりました」

「ジオン内外のミネバ様を担ぎそうな連中はだいたい排した。

 一番やっかいそうなデラーズがイオマグヌッソと共に消えたのは大きいな」

「そのようですね。そして、次に動きそうな家が」

 

 そういって、ハマーンさんへの視線を男二人が向けていくがそれすらも怖気付く事もなく、瞼を閉じて少しの深呼吸。かっと目を見開いて圧の強い言葉を返していく。溜めが凄いのも後に続く言葉を考えれば当然、彼女も名家の名を背負う女傑だ。

 

「我がカーン家ですが、野心や意欲はあった様ですが連邦が力を付ける前に

 内部分裂出来る程、余裕もないと判断します。

 何より灰色の幽霊に目を付けられながら事を為せるヴィジョンはありません」

「アレも中々働きまわっているな。即位から2年の間の彼の働きも大きい」

「そろそろ、軋みや綻びが出る頃合いですね」

 

 灰色の幽霊の噂はこっちにも入ってくる。なんでもジオン内の内紛や連邦の動きを秘密裏につぶしている。スパイ映画の人物の様だが、確かに実在しているらしい。私は逢った事も無い事から根っからのダイクン派、すなわちアルテイシア公女王陛下の懐刀だったのだろうか。それでも、やはり限界。そう、こんな場末のコロニーですら公女王陛下への不満が燻っている。私があまり外に出れない一因……らしいのだが、逆に体の良い理由付けにされている気も最近してきた。そもそも本当に居るのかしら、幽霊なんて。

 

「そうだ。更に今度の木星帰りは連邦側になびきそうでな」

「確かシロッコとか言う男でしたか?」

「独立戦後に調子に乗っていた連中のノリに才を付けた様な奴らしい。

 また戦乱が起こるだろうな」

「となると本題は」

 

 思い浮かべる。あのソロモン落とし阻止からのジオン本国の浮かれっぷりは本当にすごかった。お祭りが半年は続いていたと思う。私は幼い頃だったので街の喧騒を羨ましそうに見るしか出来なかったが、後から映像で見た熱狂は確かに人を狂わせるに値する。正直、見ていて怖かった。そう、こんな人達をギレン叔父様は一身にまとめ上げて、戦争を為していたのだ。

 

「丁度、ドゥガチ氏相手にいい手土産か見つかってな。

 ピスト財団の厄物を運ぶついでに火星開拓、木星船団に縁をつなぐので

 お前の所で若いのを何人か寄越して欲しい」

「最終的には亡命ですか」

「左様。どの道、私達では庇護や隠遁にも限界がある」

「此処を離れるのは……少し」

「だからこそです。此処で馴染のある連中を送り込んで

 亡命の下準備を済ませる先遣隊です」

 

 私がギレン叔父様への思い出にわずかに意識を向けている間に話は私の方へとまた飛んできた。……理解は出来る。そして、いつかは来るかと思ったこともある。此処、サイド1のコロニーですらまだ危険も多い。となると行き先は火星か、木星か。下手したら水星開拓なんて話もでてくるかも知れない。どのみち私はまだまだ逃げ続けなければならない人生なのだろう。この歳でわかってしまうのはちょっと気が滅入る。

 

「まぁ、難色は解りますが、コレがないと」

「ドゥガチ氏に嫁入りというあまり私達にも喜ばしくないルートしか

 なくなってしまいます」

「……手としては有効なんでしょうが、絶対あの御方は拗れるでしょうね」

「イオマグヌッソの事故の段階でかなりキテいたからな。

 連邦が下手に動く前にこちらで釘を刺しておきたい」

「どの道、人身御供をミネバ様を捧げるのは好みませんが」

「それを言ったら、アルテイシア公女王陛下の時点でだ。

 ヴァージン・クイーンを続けるか誰を婿に入れるか。

 揉める上に、当人の選択権は限りなく少ない」

 

 ドゥガチ氏は映像で見たこともある。木星開拓を一身に続けてきたまさに彼も人身御供?という奴だったのだろう。結構な年齢で……下手すると私は親子位の年の差になる。貴族の嫁入りの政略結婚なんてまるで絵物語の様な話だが、ドゥガチ氏の人格面はわからないが少なくともいい顔はされないだろう。そして、それを言ってしまうとアルテイシア公女王も一緒ということ……大人も子供も女も男もその場に居た全員が深い溜め息が漏れる。

 

「わかりました。私はその話に乗ります」

「よくご決断していただきました」

「いえ、マ殿がよく考えていただいたということは解ります。

 また、私は命を救われるのですね」

「とんでもない。ジオン軍人……否。

 これは私の宿命と心得ております。何としてでもミネバ様には

 幸せになって頂かないと私が生き残った意味が……くっ」

「歳を取りましたな。私もまさか釣られる程に涙脆くなるとは」

 

 マ殿が感極まってまた涙目になっている。軍に居た頃は冷静冷血な印象で近寄りがたい感じもあったが、本当に涙腺が弱いという印象しか私の記憶にはない。キシリア叔母様に恋慕があったとも聞くのでそういう意味で私と一緒で戦争から取り残されてしまった人なのだろう。今の私にはわからないが少なくとも此処で解ることがあり、その対象ハマーンさんへと視線を向ける。

 

「……大分、このパターンに飽きてますね、ハマーンさん。

 普段もこんな感じなんですね」

「はい。……中年老年の男というのはこうも泣きが入りやすい様で」

「そして、そのキツイ物言いにまた感じ入る」

「これで真面目にやっているんだから、始末にが悪いです本当に」

 

 真面目な話、考え抜いた結論、勇気ある決断、そういった流れなのだが、やはり男達の泣きで終わるというのはどうにも締まらない。それでも、私はこの先の未来をこのコロニーの外、宇宙の先に賭けてみたいと思えた。

 

―数週間後 支社の社屋裏、駐車場にて

 

 話し合いの結果、ジュドーお兄さん達の未成年組の半分が開拓船団に参加することになった。難民支援もいつまで続く変わらないし、情勢の悪化はそもそも存命に関わる。ロナさんが彼らと築いた信頼により快諾を得られたのは良かった……良かったという事にしている。なにせ、私も人のことを言えないが、彼らの決断もかなりのライヴ感で行われていた。

 

「本日より君たちの長期恒星間航宙船団訓練隊の隊長になる

 ジオン軍所属のマシュマー・セロである」

「えー、あたし達軍に入った事になってんの? ルー良いの?」

「エル、聞いてなかったの? 軍属とは別だけど、似たようなものなのよ」

「そうだ。連携、連帯を取らねば月と地球、コロニー間ですら命取りになる。

 それが恒星間となれば、古代の航海以上の危険となるぞ」

「まぁ、宇宙生まれの俺達は古代どころか海すら知らないんですけどね」

 

 マシュマーさんは軍から派遣された訓練部隊の隊長になる。見るからに好青年、背筋も伸びていて声もはっきりとしている。確かジオン若手のイケメンランキングみたいのでエグザべ・オリベと上位争いをしていたのを放映番組で見た記憶がある。ただ、実際に逢ってみるとその……思ったより頼りない。なんか、濃さだけで軽い。絶対、ハプニングが起きてワチャワチャしてノリで切り抜けるタイプだ。

 

「これもお前達全員を送り届ける為だ。

 確かにカリキュラムとしては軍に近しいが別に人殺しをさせる訳ではない」

「ああ、この前のヅラのねーさんか。今日は被ってないんだな」

「航宙艦長候補のハマーン・カーンだ。……この赤髪は目立つのでな」

「いや、アレもアレでがっつり目立ってたよ。なぁ?」

「……お前。んぅっ、まぁ良い、マシュマー……君の言うことをよく聞く様に」

「ハマーン様、その君付けは。私も軍人ですので」

「私も今は軍属ではない。様付けも不要だ」

「では、なんと。呼び捨てはダメですし

 階級もないし、まだ艦長ではないですし」

 

 凄い、あの圧が強かったハマーンさんが既に仕切れていない。恐らく、平和になった事でキャリア自体を積めていないのか、圧だけで指示がなんだかふわふわしている。しかもこのマシュマーさん、そのふわふわ具合をものすごく真面目に真正面から受け止めて突き進んでいる。ルーお姉さんがもう目頭を抑えて、選択を後悔している。これから惑星を渡る大航宙の為の集まりだというのにもういつもの応接スペースみたいな空気になっている。

 

「おいおい、段取り位ちゃんとやっといてくれよ。

 俺達はたくましくやってるけど、全員ガキには変わりねぇんだから」

「わかっている! ええと、なんだったかガトーさんに聞いたのは

 ……そう、一蓮托生!」

「何ぃそれ?」

「知らん! とりあえず、だ! 皆で頑張るぞ!」

「ハマーン艦長候補。その、せめて最初の挨拶位は事前に考えさせた方が」

「……そうだな。いや、もう副官を誰かつけよう。任せておけん」

「ハマーン様!?」

「様付けは不要だと言っている!」

「この笑えるトークショーを見るのも訓練なのかい隊長さんと艦長予定さん?」

「「違う!」」

 

 まぁ、これはこれで面白くなりそうな“勘”がする。何年後か、私は此の人たちと一緒に行くのは木星か、それとも火星か、もっと遠くの宇宙の彼方に飛んでいくのか。それもそれで楽しそうだ。私が行くのは後になるがこの喧騒も大切な思い出に取っておこう。

 

――それから数年後、私も彼らを追う様にピスト財団の創始者一族のお坊ちゃんと一緒にコロニーを離れる事になるのだが、それはまた別のお話という事で。

 

 

―終幕

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