ソード・ワールド2.5 リプレイ 『煌日の姫と冴月の王子』 作:弧埜新月
大体の情報の整理が終わり、まもなく村に差し掛かろうかという頃。不意に硬質なものが打ち合う音と雄叫びのような声が微かに届いた。
全員がほぼ同時に反応して身構える中、真っ先に行動を起こしたのはホリィだった。
「少々お待ちを!」
言うなり、彼女はまだ動いている馬車を飛び出すと全力で前方に駆けていく。あっという間に小さくなる背中を見送り、クルムオンは姉の背に問い掛けた。
「どうします?」
「勿論、前進するわ」
シャイレーゼは毅然とそう言い切ると手綱を持って御者台に跳び乗ってきた。そう来ると予想して脇に避けていたクルムオンに代わってその場に納まると、慣れた様子で手綱を馬達の背に打ち付ける。騎馬と馬車は勝手が違う筈だが、馬達は御者の意を汲んでシャイレーゼの意図した通りに駆け始めた。
弾かれたように走り始める馬車から転げ落ちないように身体を支えたクルムオンは、追加の指示を出さずにただ真っ直ぐ前を睨む姉に声を掛ける。
「馬車の操縦も出来たんですね?」
「こんなもん適当よ適当! 馬を解れば馬も解ってくれるから!」
超感覚的な言葉が返って来たことにクルムオンは閉口する。つまり、やったことは無いということだった。
いつものことだと諦めたクルムオンは問い掛けを変える。
「ホリィからは待つように言われましたけど?」
「音からして村が襲われてるのは間違いないわ。悠長に構えてる時間はない!」
勿論ホリィの考えは分かる。この先で戦闘が起きているのは間違いない。従者として、そんな危険な所にその程度も分からず王族をいきなり突っ込ませる訳にはいかなかったのだろう。
ホリィの行動が間違っているとは思わないし、自分達の行動が王族として正しいかよく考えろと言われれば、首を縦には振りにくい。
だが、自分達の望みはそうではない。そうでは無いのだ。
姉の意志を確認したクルムオンは素早く荷台へ移った。これからを考えると御者台の端にいるのは邪魔でしかない。
ホリィは大型のクロスボウを抱えているにしてはかなりの俊足だった。密偵として鍛えているのだろう。だが、それでも走る馬程ではない。先行していた分のリードは見る間に詰まり、馬車の走行音で接近に気付いたホリィが速度を維持したまま諦めた表情で振り返る。
シャイレーゼはそれにただ後ろを指で示した。それだけで心得たホリィはクロスボウを素早く背負い、追い越されざま馬車の後ろから伸ばされていたクルムオンの手を取って危なげなく馬車に乗り込む。
「もう! お待ち下さいと申し上げましたのに!」
ぷりぷりと怒った振りをしながらホリィが御者台に顔を出した。
「悪いわね。少しでも救いたかったのよ」
全く反省の色の見えない顔でシャイレーゼが突き出した手綱を受け取り、ホリィが御者台に腰を据える。曲がりなりにも御者の経験があるのは彼女だけだ。しょうがないですね、と小さく微笑った彼女が手綱で馬に叱咤を入れると、馬車がまた一段と加速した。慣性に負けないように腰を落としつつ、シャイレーゼもまた後ろへと移動する。
次第に大きくなる争いの音。そこに交じるのは雄叫びだ。野太かったり甲高かったり様々だが、そこに悲痛や怯えの色はない。あるのは怒りや苛立ちばかりだ。それは戦闘が膠着していることを意味していた。
「──見えました! 蛮族、数はフッド6、ボルグ3、フーグル1! 弓持ち、魔法使いは確認出来ず!」
敵を視認したホリィが馬車を操りながら叫ぶ。
「村人が柵を使って防戦中! 戦況は膠着!」
「フーグルは不味いですね……姉さん!」
「ええ。ホリィ、馬車をお願い!」
言うなり、シャイレーゼは全力疾走していた馬車から飛び降りた。かなりの速度だったが、彼女は上手く数回転がって勢いを殺し、跳ね起きる。
馬車が転ばないギリギリの軌道で曲がりながら減速する先、シャイレーゼの視界にも村の様子が見えた。何処にでもある平凡な山村なのだろう、粗末な木製の柵を挟んで村の男衆と蛮族が戦闘を繰り広げている。
戦況は一進一退だ。斧を持ったボルグが柵を破壊しようとするのを、鋤を持った村人数人で牽制し、振り上げた鍬や斧で威嚇して阻止している。ボルグは負傷を嫌ってか後退するものの、その隙を突いて接近してくるのがフッドという小柄な最下級の蛮族達だ。彼等は人型だがかなり醜悪な見た目をしており、とにかく人族への殺意が高い。他の蛮族には一山幾らの捨て駒として使われることが多いが、それでも構わずに人族へ襲い掛かってくるのだ。今も彼等はボロボロの短剣を手に、背の高いボルグ相手に視線の上がった村人の足元を狙っている。柵の隙間から狙うのであまり勢いは無く、リーチも然程ないとはいえ足を斬られては堪らない。村人がそちらにも対処する間に再びボルグが仕掛けるという状況が繰り返されていた。
反撃を受けて頭をかち割られたフッドが数体見受けられるものの、村人側も無傷ではないようで後方に下げられて呻いている者が数人見受けられる。死者はいないようだがそれも時間の問題であるように思えた。
それでも男達は二十人以上が戦っており、このまま状況が推移すれば何とか撃退できそうではある。であるが、
──そう言うわけには、いかないでしょうが!
でなければホリィの
シャイレーゼは全力で村へ向かって走り出す。視界の端で、僅かばかり減速した馬車からクルムオンが彼女と同じように飛び出したのが見えた。残念ながら着地まで同じようにはいかなかったが、土埃に塗れたまま顔を上げた彼は伏したまま立ち上がるのも惜しいとばかりに聖印を掲げる。
「キルヒアよ、守護を! ──フーグルは翼からの攻撃にも気を付けてください!」
「了解ッ!」
姉の向かう先を見て声を上げる弟に、シャイレーゼは鋭く返事を返す。視線の先にいるのは茶色い鱗の上から人のように革鎧を着込んだ翼持つ蜥蜴だ。フーグルと呼ばれるその蛮族は、人よりも小柄ながら易々と子供や家畜を掴んで飛び去る膂力を持つ侮れない存在である。どうやらこの場を統率している個体であるのか、後方にいて戦闘には参加していない。ただ苛立たしげに尾を繰り返し地面に叩き付けているあたり、遅々として進まない戦局に焦れ始めているようだった。
焦れたフーグルが飛んで村人の後背を突けば戦線が瓦解する。それだけは防がねばならぬとシャイレーゼは剣を抜こうとしたが、フーグルに斬り掛かる前に近くにいたボルグが彼女に気が付いた。
「ウシロ! テキダ!」
警告だろうか、ボルグが短く叫ぶ。こちらを振り向くフーグルにシャイレーゼは舌打ちした。村人に注視している間にあわよくば奇襲を、と考えていた彼女はすぐさま切り替えて腰に手を伸ばす。
その指先に触れたのは四角いホルダー。そこから緑色のカードを一枚抜き、グシャリと握り潰すと素早くその破片を鎧に振り掛けた。
それは賦術、或いは錬金術と呼ばれる技法。素材からエッセンスを抽出したカードを消費して自身を強化する技術だった。【バークメイル】という
──実戦で使うのは初めてだけど……頼むわよ。
欠片を撒き終えたシャイレーゼが剣を抜くと、蛮族側はボルグとフーグルがそれを迎え撃つ構えを見せた。睨み合う形になるが、前後を挟まれることになった蛮族達は浮き足立ち、反対に救援の到来を知った村人達は勢い付く。圧力が弱まったことを好機とばかりに打って出ようとする様子も見えた。少なくともシャイレーゼの決断は村人達に希望を与えたのだ。
そこへ、更に軽い足音が駆け寄ってくるのが聞こえる。
「ザス・ヴァスト・レ・アレ……!」
ホリィだ。馬車を何とかし終えて駆け付けたのだろう。魔法文明語で詠唱しながら走ってくる。その発声の意味こそシャイレーゼには分からなかったが、朗々と響くその声にこれまで無かった独特の節回しが入っているのは分かる。
それは、シャイレーゼが賦術を学ぶのと同時期にホリィが会得した技術。指示や詠唱に独特の発声法を取り混ぜることで味方を鼓舞し、強化する咆鼓と呼ばれる支援術だった。
ホリィが操る咆鼓は【鉄壁の防陣】。彼女が認知する味方全ての護りを強化する咆鼓である。
だがそれは蛮族達には分からない。分かるのは、突然大声で何かを唱い出した女が来たこと、それがどうやら魔法の詠唱らしいということだけだ。
「シルド・ディフェイン── プロティクト!」
魔法の脅威は知っているのだろう。ボルグとフーグルの注意がそちらへ逸れる。そう認識した瞬間にはシャイレーゼは地面を蹴っていた。
「【プロテクション】!」
ホリィの防護魔法に重ねて【ビートルスキン】を発動。魔法の完成に一瞬身構える蛮族の懐に飛び込み、全力で剣を振る。
「グォオ!?」
狙われたボルグはざっくりと胸を斬られながらも、怯む事なく素早く斧をシャイレーゼに振り下ろす。回避する間も盾で受ける隙もない。僅かに身を捻ったシャイレーゼの肩に、筋骨隆々とした蛮族渾身の一撃が叩き込まれる。
それは、見る者に人の腕程度易々と飛ばせると確信させるに十分な一撃で、
がゴンッ!!
「いったぁ……!」
「ウ、ウソダロ!?」
それを肩部の鎧で受け止め切ったシャイレーゼに、ボルグは驚愕を通り越し、恐怖を浮かべて後退った。
代わりにフーグルが地面を滑るように突進してくる。
「ナニヤッテル、ウスノロメ!」
叫びながらフーグルは我武者羅に鉤爪の付いた腕と翼を振り回す。シャイレーゼは後退しながら振るわれた右の鉤爪を手甲で受け止め、掬い上げるように振られた左を持ち上げたグリーブで弾き、ダメ押しとばかりに突き込まれた翼を剣でいなした。
「カタクネ?」
まるで自身の攻撃が通らなかったことに怯んだフーグルが下がる。一息吐いたシャイレーゼはにやりと笑った。
「ふふん……どう? 硬いでしょ」
彼女を強敵と判断したか、蛮族達は堅い表情で斧を、鉤爪を、それぞれ構え直す。だが相対するシャイレーゼも少し冷や汗をかいていた。斧を弾いた右肩が痺れるように痛むのだ。
──こんなに硬くなったのに!
これまでのボルグとの戦闘の経験から余裕で弾けると思っていたのだが、中々どうして侮れない。
気を引き締め直して剣を振るのに少し支障が出るかと慎重に間合いを測っていると、再びホリィの魔法がシャイレーゼを強化する。
「──【ファナティシズム】!」
瞬間、ふっ、と右肩の違和感が無くなったのを彼女は感じた。周囲の雑音が消え、意識が目の前の敵に強くフォーカスする。これなら斬れそうだ。そう感じた瞬間、シャイレーゼは地面を強く蹴っていた。
「うぉりゃあぁぁぁあああ──ッ!?」
ボルグに向かって剣をいつも通りに振り上げる。その瞬間、彼女の右肩に引き攣ったような激痛が走った。集中し、痛みを感じにくくなっただけで、傷は癒えていないのだ。【ファナティシズム】によって先鋭化した思考はその事実を忘却して攻撃に全ての意識を振り分けてしまった。
だから、突然の痛みに鈍った剣閃はあっさりとボルグに躱される。
「くぅッ!?」
しかも攻撃することだけに意識が割かれすぎていつもと同じように攻撃を捌けなかった。好機とばかりに蛮族達がシャイレーゼに襲い掛かる。
「姉さん!? キルヒアよ……!」
クルムオンが咄嗟に【フォース】を放とうとするも、焦りからか力が形になる前に霧散してしまう。妨害の入らなかった凶刃はそのままシャイレーゼに殺到した。何とか頭部だけは守ろうと翳した楯に蛮族の爪が叩き込まれ、
ガッきンッ!
そのあまりの硬さに再び弾かれた。無様を晒しても、その偏執的にまで高めた防御力は彼女を救ったのだ。続く爪も、斧も全て装甲で弾き返した彼女は無理やり後ろに跳んで距離を取る。
「カタクネ? ゼッペキ?」
上手く隙を突けたのに、全く攻撃が通用しない。蛮族達は困惑したように顔を見合わせる。これ程硬い敵に遭遇したことが無かったのだろう。
一方、彼女の動き方で何が起きたのか察したのだろう、援護のつもりで隙を作らせてしまったホリィは謝罪を述べていた。
「申し訳ございません! 余計なことをしました!」
「いいのよ。これは私の油断で、貴女は悪くない。もし負目に思うなら謝るより矢でも撃ってもらった方が助かるわ」
「……分かりました!」
ホリィがボウガンを装填する。完全に気持ちを切り替えた様子の従者に笑みを見せ、それに、ともう一度強く地面を踏み切る。
「大丈夫よ。もう慣れたから」
痛むと分かっていれば対処はできる。痛みの出難い振り方だってある。後はそれを織り込んで動けばいいだけだ。
先程よりも無理のない動きで滑らかに走った剣がボルグの腹を深く割る。蹈鞴を踏む蛮族の喉にすかさず矢が突き立ち止めを刺した。
一方のフーグルにもクルムオンの【フォース】が炸裂するが、衝撃で少し吹き飛んだもののすぐさま蜻蛉を切って空中で体勢を立て直すとシャイレーゼに向かって襲い掛かる。
「ふっ、この……っつぅッ!」
楯で爪の二撃を受け切ったシャイレーゼだったが、その楯の横を掻い潜る様に振るわれた翼が浅く彼女の頬を切った。
「やってくれるじゃない……のッ!」
シャイレーゼは怯むことなく前に出、退がろうとしたフーグルに剣を叩き込む。一撃はフーグルの革鎧の胸に深い傷を作った。その隙間からじわりと血が滲む。
自分がこれだけ攻めているのに、敵には殆どダメージを与えられず──少なくとも傍目にはほぼ無傷に見える──自分ばかりダメージを負わされる現状。そのことにフーグルが覚えたのは恐怖ではなく怒りだった。
「ヤッタナコノヤロウ! ヤッテヤロウジャネェカヨコノヤロウ!」
叫びながら遮二無二フーグルがシャイレーゼに飛び掛かる。両手両翼の鉤爪に加え、足の鉤爪と尻尾まで動員して攻撃を仕掛けるが、そんな冷静さを欠いた攻撃など怖くはない。冷静に攻撃を弾くと、魔法によって高められた集中力によって隙を探る。
振り下ろされる右の爪。バスタードソードの刀身で受け、いなす。
流される勢いを乗せて放たれる横薙ぎの尾。右太腿のタセットの防御力に物を言わせて弾く。
サマーソルト気味に落とされる左脚。大振りの一撃。これに温存した楯を力の限り叩き付け、吹き飛ばす!
よろけたフーグルとの間に出来る空隙。シャイレーゼは自ら作ったその隙間を使って全力の一撃を叩き込む。
「チョッ、オマフザケンナ!?」
だが先の斬撃と合わせて大きくX状に鎧を裂かれたフーグルは、退がるどころか更にいきり立つと負けじと再び彼女の懐へ飛び込んできた。
「コノヤロウバカヤロウ! スッゾコラ! ヤンノカコラ!」
だがそうなると困るのは援護する二人である。揉み合いに近い状態なので誤射が怖くて攻撃出来ない。
【ファナティシズム】を自分にも掛けたホリィが牽制に矢を放つも、シャイレーゼを巻き込まないように放った矢では牽制にすらならない。
クルムオンに至っては全く手が出せない状況だった。鎧の防御力が全く意味を為さない【フォース】は姉に当たりでもしたら事であるし、剣を持って前に出ようにもフーグルの攻撃を避け続ける自信が自分にはない。姉があの猛攻を凌げるのは鎧とその実戦で培った防御技術があるからだ。回避主体の軽戦士であり、修行ばかりで実践経験の乏しい自分にはどちらもない。
クルムオンは初めて自分が戦士として積み上げたものの薄さに気付き、自身に強い憤りを覚えた。
「殿下、援護は私が受け持ちます。殿下は村人のサポートを!」
そんな様子を見かねたのか、ホリィがそう提案してくる。
確かに、シャイレーゼの登場で混乱はしているが、大半の蛮族はまだ村を攻撃している。ボルグもまだ二体が現在だ。それと戦う彼等にしてやれることは多いだろう。
「ッ……分かりました……!」
舌打ちを飲み込んで、クルムオンは村人の方へ向かう。せめて自分に出来ることを、とフリッサの柄を強く握り締めながら。
「オレハヤルゼ! オレハヤルゼ! オレハヤルゼ!」
フーグルは己を奮い立たせるように叫びながら乱撃を繰り返す。それは巧くはないが、速く、鋭い。シャイレーゼの全身をくまなく叩こうとでもするかのようなその動きは、まるでその城砦が如き防御から瑕を探しだそうとするかのようであった。いや、実際そのつもりなのだろう。雑に見えて、高低取り混ぜた上下左右変幻自在に振るわれる爪撃は全て違う場所に撃ち込まれている。このフーグル、知能は低く頭に血が昇っていようとも、戦士としてはクレバーであるようだ。
だがそれならば。
「そこォッ!」
シャイレーゼは敢えて防御を捨てた。高い位置から引っ掛けるように振られた左翼に、剣を合わせるのではなく、叩き込む。
勿論全力で、だ。
「グギャァッ!?」
完全なカウンターとなった一撃が、ズバん! とフーグルの左翼を半ばから斬り飛ばす。斬り飛ばされた左翼の爪が先程とは反対の頬に傷を付けるが、些細なことだ。
一方で、堪らず悲鳴を上げて飛び離れたフーグルだったが、空中で乱れた体勢を立て直すべく無意識に翼を動そうとした。先程と同じように。だが、片翼は既にない。健在な片翼が産んだ偏った揚力によって、フーグルは血を撒き散らしながら錐揉みして墜落する。その頭上をボルトが掠めていった。
「くっ……」
放ったホリィは小さく歯噛みしながら次弾を装填する。フーグルがシャイレーゼから離れたと見るや引き金を絞ったのだが、変な挙動で墜ちるものだから予測を外してしまったのだ。しかも今のでホリィのボウガンを完全に認識したのか、フーグルの目が一瞬彼女を向いた。素早く跳ね起きると、フーグルは再びシャイレーゼへ向かって行く。接近すれば撃たれないと分かっているのだろう。
「まだ向かって来るかッ!」
「オット、ココハキラレタツバサデガードダイッテェ!」
シャイレーゼが迎撃に振り下ろした剣を、フーグルは断たれた翼で強引に弾く。そこには技術もへったくれもない。当然血が飛沫くが、元よりもう使い物にはならないのだ。どれだけ傷付こうが構わんと割り切ったのだろう。
剣の間合いの内側に飛び込んだフーグルは、抉り込むように鉤爪を振り上げた。先程の探るような乱撃ではない。諦めたのか、もうそんな余裕はないと悟ったのか。腰を入れ、体重を十全に乗せた打ち上げがシャイレーゼを襲う。しかも、一撃で終わりでは無い。
身体を回し、踵から生えたスパイクの如き爪を叩き付ける次撃。
弾かれるに任せて身を捻り、全くの反対側から襲い掛かる翼爪の三撃。
だが。
「軽いのよッ!」
それでもシャイレーゼには届かない。寧ろ威力を重視したがために一撃の速度が低下し、彼女が十全に対処する余裕すら与えている。
籠手で翼を弾き、間髪入れずバスタードソードを叩き込む。姿勢を崩すことを目論んだ行動だったが、敵もさるもの、尾で強く地面を叩いて転がり脱出した。離れたところをホリィが狙うが、地面に突いた腕の力だけで横に跳び、躱してしまう。
着地したその目には、強い執念が宿っていた。
「クソッ! クソクソクソクソクソクソォッ!」
喚くような吠え声と共に、フーグルは殴り掛かって来た。最早何度目か分からない。その姿は最早満身創痍で、絶えず流れる血が地面に無軌道な線を描いていたが、その勢いは衰えることを知らなかった。
その戦いぶりは、まさに奮闘と呼べるもの。
だが、それはシャイレーゼとの圧倒的な防御力差を覆すものでは到底無い。最早趨勢は既に決していると言えた。
だのに、蛮族は諦めなかった。傷付いた身体で必死に喰らい付いてくる。勝ち目は無いと理解出来ていない筈はないだろうに、何が彼を突き動かすというのだろう。
「このッ! いい加減に……!」
突っ込んで来るフーグルに、シャイレーゼは真っ直ぐ剣を振る。
が、中々倒れない蛮族の姿に焦りが出てきたのか、その振りは些か正直過ぎた。
「ソイツァモウミタンダヨッ!
フーグルは残った右翼の先端を地面に突き刺し、手繰るようにして己の走る軌道を変え、回避する。その瞬間に放たれたホリィの矢が翼膜を裂いたが、最早飛べぬ身。抵抗が減って好都合とばかりに加速して、隙を晒してしまったシャイレーゼの左側へ回り込む。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
ラッシュ。嵐のような乱打がシャイレーゼの左脇腹を襲う。当然、鎧はそこもガードしている。ダメージはない。だが懐に潜り込まれたままは不味い。シャイレーゼはナイトシールドの先端で頭蓋を砕こうとするが、フーグルはダッキングで躱した。
そして更に一歩、前に出る。
「オラァッ!」
「ぐぁッ……!」
咆哮と共に放った執念の一撃が、ついにシャイレーゼの鎧の隙間に滑り込む。振り払うように振られた剣を低く跳び退いて躱す蛮族の爪の先は、僅かだが確かに紅く濡れていた。
「ゲハハハハハハハ!」
蛮族の汚い哄笑が辺りに響き渡った。高らかに掲げた鉤爪を、見せ付けるようにベロリと舐め上げる。一矢報いただけだと言うのに、相手を血の海に沈めでもしたかのような煽りようだった。
「姫様!?」
「掠り傷よ、これくらい」
一方でシャイレーゼはというと、傷付けられた脇腹を庇う素振りすら見せずにそうホリィへ吐き捨てていた。
実際、傷はそう深くない。感覚からして応急処置で何とかなる程度。痛いは痛いが、動けなくなる程のものでもない。二重の防護魔法と【
だが痛みは痛み。頭を冷やしたシャイレーゼは、息を深く吸い直して練気を纏い直すと、唇を引き結んで剣を構え直す。僅かに浮き足立っていた気配は完全に落ち着いたものになっていた。
しかしそうなると気に食わないのは蛮族の方である。
「アァン!? ヤセガマンシヤガッテヨォ!?」
血走った目を見開くと、激昂したフーグルは猛獣のようにシャイレーゼへ飛び掛かった。その動きは素早い。実際、その身体はシャイレーゼとは比べ物にならない位傷付いているが、それをまるで感じさせない速度で彼女に迫る。
だが。冷静さを欠いた以上、それは無意味だった。
「はぁぁぁぁあッ!」
裂帛の咆声と共に放たれた一閃が、フーグルの身体を捉える。気付いて咄嗟にクロスさせた両腕を叩き斬り、血と脂で切れ味の鈍った剣先が革鎧の胸を叩いて吹き飛ばす。
「ガァァァアアッ!? マダダ、マダオワラン──」
「──キルヒアよ!」
重症を負いながらも何とか着地したフーグルの身体を、鋭い発声と共に飛んだ光弾が再び弾き飛ばす。
「クルムオン!?」
「こちらは粗方何とかなりました! 大物はそいつだけです!」
ちらりとそちらを見れば、既にボルグは斃れ、村人達が柵から出て少数のフッドを囲んでいる。もう心配は無さそうだった。抜き身のフリッサを携えて近寄って来たクルムオンにも怪我は無いように見える。
「クソガ、ヨケイナヨコヤリイレヤガッ」
「ならば、これで終いですね」
【フォース】によって大きく吹き飛んだことでまともな射線の通ったホリィがヘビーボウガンの引き金を引き絞る。
そのまま起き上がる様子が無いのを見て、シャイレーゼは大きく息を吐く。
「今回は大分梃子摺ったわ……」
高めた防御力に胡座を掻いて慢心していたかも知れない。軽く振り返ってみても余りに反省点が多いことにシャイレーゼは肩を落とした。
「姉さん」
落ち込むシャイレーゼにクルムオンが神妙に声を掛ける。
「戦ってみて、少し妙だとは思いませんでしたか?」
「妙? 妙って?」
「……確かに、不利になっても全く逃げませんでしたね。それどころか、全然痛みを感じていないかのように向かって来ました」
ホリィの言葉にシャイレーゼもああ、と納得の声を上げる。普通は圧倒的に不利な状況となれば、ボルグなんかの余程交戦的な種族でない限り逃げ出すのが普通だった。しかし、現実にはフッド達は最後の一体になっても──囲まれているので逃げられないだけなのかも知れないが──抵抗を続けているし、今のフーグルだってあれだけ斬られたのにも関わらず、負傷をまるで意に介さず攻撃を続けていた。
単にそう言う性格だっただけかも知れないが、確かに妙と言って差し支えない状況である。
しかし、三人がそれについて深く考える時間は与えられなかった。
「そこのアンタ達! 誰だか知らんが助かった!」
どうやら蛮族を片付け終わったらしい、村人達の中から一人の大柄な男性が進み出てきて声を掛けてきたのだ。防衛戦にも当然参加していたのだろう、幾らか傷を負っているがその立ち振る舞いはしっかりとしていて特に支障があるようには見えない。血がべったりと付いたままの斧を携えたその壮年の男は、良く日に焼けた顔に満面の笑みを浮かべて言った。
「正直、俺達だけだと勝てないかと思っていたところだったんだ。特にフーグルが飛んで入ってきたらもうどうしようも無くてな……アンタ達が来てくれて本当に助かった」
「いいえ、そちらも無事で何よりだわ。村の被害は?」
「犠牲になった奴はいない。大怪我をした奴は何人かいるが、寝かせとけば治る範囲だろう」
男の言葉に、シャイレーゼは胸を撫で下ろす。自分達の行動は無駄ではなかったようだ。
「そうしたら、怪我人のところに案内してもらえないかしら。弟は回復魔法が使えるから」
「何!? そいつぁ有難いが……」
「構いませんよ。乗り掛かった船という奴です。もちろん、お代も頂きませんよ。お金が無いからと渋られて、それで万が一が起きたら寝覚めも悪いですしね」
神殿で神官がそれなりの治療費を貰って回復魔法を施しているのを良く知るクルムオンがそう少し茶目っ気を見せて言うと、男は勢い込んで恩に着る! と頭を下げた。
「こっちだ。案内する」
善は急げとばかりに踵を返す男の後を追い掛ける三人。遠巻きに様子を見ていた村人達が道を開けると、柵に程近い掘立小屋のような民家の軒先に三人の男が寝かされて苦しげに呻いているのが見えた。何れも深い傷を負っていて、治っても後遺症が残りそうな有様だ。
クルムオンは彼等に近づくと、傷の様子を確かめて小さな安堵の息を漏らした。充分彼の能力で対処出来る範囲なのだろう。
「キルヒアよ、この者たちに癒しを……」
厳かに紡がれた言葉と共に、暖かな光が村人達の傷を癒していく。目に見えて傷の癒えていくその様子に、男は感嘆の息を漏らすと再び彼女達に頭を下げた。
「本当にアンタ達には感謝してもし切れない! 改めて礼を言わせてくれ!」
「そんな、私達は出来ることをやったまでで」
「その、出来ることを実際やってくれるって奴がどれ程いるか……」
男は頭を振ると、そう言えば自己紹介もまだだったな、と苦笑する。
「俺はこの村の村長をしているグラントだ」
その言葉に、シャイレーゼは少し目を見張った。肩書きの割に、グラントは大分若い。三十代の半ばといったところか。村の様子を見ても開拓村のような若い者しかいない村ではないようだ。
グラントも自覚があるのかバツが悪そうに頭を掻いた。
「死んだ親父が村長でな。柄じゃないってのに、皆押し付けやがるから……」
そうは言うが、彼を見る村民の目には確かな信頼が垣間見える。実際、村の危機を救ったとはいえこうして村に入ってきた余所者を警戒する様子が殆どない。それだけ彼の人を見る目の確かさを信じているのだろう。
「えっと、それで、アンタらはなんて呼べばいいんだ?」
問われたシャイレーゼは一瞬クルムオンへ視線を向けた。あちらも同じようで、他の怪我人への治療を続けながら目配せをしてくる。
どうやら思いは同じようだと感じたシャイレーゼは返事を返した。
「私はシャル。見ての通りの冒険者で、得物は剣よ。あっちが弟、神官戦士のクルスで、こっちはスカウトのホリィ」
シャイレーゼは身分を偽ることにした。幸いにして先程の戦闘中のやり取りは聞かれていなかったのか、誰も疑う者はいない。
「シャルにクルス、ホリィだな。アンタ達はこの村の恩人だ。もう時間も時間だし、是非ここで身体を休めていって欲しい。精一杯もてなしをさせて貰おう」
彼の言う通り、日は少し傾き始めている。今すぐに暗くなるという程ではないが、日没までに山を越えるのは不可能だろう。
「それじゃあ、お言葉に甘えようかしら」
「そうしてくれ──よし、テメェら、宴だ! 昨日仕留めた鹿があっただろ、全部出せ! 酒もだ!」
グラントの掛け声に村人達は歓声を上げ、散っていく。その活気溢れる様子に、三人は自分達が守れた物の素晴らしさを実感したのだった。
えー……今回の戦闘ですが……
盛 大 に グ ダ リ ま し た。
10ラウンド掛かった戦闘は過去最長だと思います。
要因としては、多分二つあって、
・とにかく攻撃が当たらない
→あるあるだと思うのですが、PCサイドの出目は腐るのにエネミーサイドの出目は冴え渡るんですよね。この戦闘はそれが顕著でしたね……
・クルムオンが戦闘に積極的に参加しなかった
→MP温存もありますが、我々があまりクルムオンの近接戦闘能力に信頼が置けなかったのが大きいです。回避メインになりがちなフェンサーレベル4で回避6はちょっと……。普段、回避11とか12とか18(全部レベルは5)とかに慣れ切って毒されてる所為だとは思うんですがね……せめて防護点は4も要らないのであと2は回避が欲しかった。
それと、咆鼓の説明については微妙にルルブと違うと思うのですが……実際は軍師として味方を指揮する技能ですが、詠唱や演奏にどうやってか指示を混ぜることが出来るというのでこんな形にしました。