ソード・ワールド2.5 リプレイ 『煌日の姫と冴月の王子』   作:弧埜新月

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TRPGに必要なのは能力値1のRP2のダイス運7だと思うんです
いえ、ダイス運をRPで覆すこともあるんで言い過ぎかも知れませんが


薬(Ⅰ)

 蛮族の襲撃から一夜が明け、早朝。

 

「おはようございます、クルスさん」

 

 逗留先として部屋を貸し出してもらった村の集会所。その外にある井戸で顔を洗っていたクルムオンは、掛けられた柔らかい声に濡れた顔を手拭いで拭うと、後ろを振り返った。

 

「ええ、おはようございます。いい朝ですね」

「そうですね。今日も良く晴れそうです……それはそうと、今日はお早いんですね?」

「ええ、まぁ」

 

 小首を傾げるホリィに、クルムオンは少し気不味気に後ろ頭を掻いた。

 彼の格好はシャツとズボンの上に剣帯と剣だけという大分ラフなものだ。起きたばかりなのだろう、見苦しいという程では無いが、僅かに毛先が跳ねている。冒険者生活を始めてから大分マシになったが、元々本に齧り付いて夜更かしする傾向にあるクルムオンは少し朝が苦手なのだった。

 そんな彼は、野営の日はともかくとして、こうして屋根の下で眠れた朝はもう少し遅くまで寝ている──あるいは、気紛れを起こして突入してきたシャイレーゼに寝床から蹴り出されるか──のが常であるのだが。

 

「成る程、精が出ますね」

 

 クルムオンの視線が腰に佩いたフリッサの柄に向いたことに気付いたホリィがくすくすと微笑う。起き抜けの彼とは対象的に、彼女は既に身支度をきっちりと整え終えているようだった。ソフトレザーやヘビーボウガンカスタムなどの装備は流石に身に付けていないが、エプロンドレス──戦闘を考慮してか、スカートは黒いロングブーツの過半が見える程度の丈しかないが──をかっちりと着込み、手を腹の前で軽く握るように組んで立つその姿は冒険者というよりは完全に使用人のそれである。そちらが本職なので当然だが。後はホワイトブリムを装着すれば完璧なメイドの出来上がりだ。

 

「姉さんはまたトロンベの所ですか?」

 

 見抜かれた気恥ずかしさを誤魔化すように、クルムオンは話題を変える。

 シャイレーゼも大概朝が早い。大体日の出前に起き出しては軽く身支度をし、朝日と共に愛馬の元へ顔を出しては世話を焼くのが常であった。

 しかし、ホリィは首を横に振る。

 

「それが……まだ今日はお見えにならなくて。クルスさんはお姿をご覧になられましたか?」

「いいえ? 変だなぁ……」

 

 クルムオンは眉を顰ひそめた。

 

「昨日は大層お酒をお召しでしたが……」

「ホリィも知っているでしょう。あの人はそんな繊細な人間じゃ無いですよ」

 

 村人達が開いてくれた宴会にいの一番に飛び込んだのは誰あろうシャイレーゼである。

 

『一番! シャル! 国歌歌います!!!』

 

 そう言いながら酒の入った木のジョッキを片手に歌を熱唱していた。ちなみに歌ったのは国歌ではない。どこで覚えてきたのか調子の良い大衆歌だった。

 王族としてその発言はどうかと思うが、一番飲んで騒いで村人に溶け込んでいたのは彼女である。だがそれでも翌朝にはけろりとした顔で、顔を背ける愛馬の世話を甲斐甲斐しく焼くのが彼女でもある。

 

「一応、様子を見てきてもらえますか。何かやらかしているとも限りませんし」

「分かりました。何もないと良いんですけど」

 

 そう苦笑したホリィがシャイレーゼの借りた部屋に向かう。

 その背を見送ったクルムオンは、使った桶を元に戻すと当初の目的を果たそうとフリッサを引き抜いた。相手はいないが、型をなぞるくらいは一人でもできる。一つ一つの動作を噛み締めるようにして剣を振るっていたクルムオンが、五つ目の型を繰り出し終えた、その時だった。

 

「──た、大変です、殿……クルスさん! シャルさんが!」

 

 大層慌てた様子のホリィが、2階の窓から転がり落ちそうな程に身を乗り出して彼を呼んだのだった。

 

   ◇◆◇             ◇◆◇

 

「──飲み過ぎた……」

 

 シャイレーゼの部屋に急行したクルムオンの耳朶を打ったのは、姉のそんな気の抜けたセリフだった。勢いを殺し損ねて危うくすっ転びそうになるのを、扉の枠を掴んで何とか耐える。

 

「ね、姉さん……?」

「冗談よ、冗談……」

 

 思わず声を掛けると、そんな怠そうな声が返ってくる。見れば、シャイレーゼはベッドに寝たままぼんやりと天井を見上げていた。その横で、険しい表情のホリィが掛布を捲っている。どうやらシャイレーゼの脇腹を見据えているようだった。

 

「殿下、こちらを」

 

 ホリィの呼び声に駆け寄れば、捲られた掛布の下、肌着を少しずらされて脇腹が覗いているのが見えた。巻かれていた包帯はホリィがナイフで切ったのか解かれている。昨日の戦闘で負った傷に対し、シャイレーゼは魔法の使用を断って普通の治療による自然治癒を選んだのだった。実際、昨日二人が傷を検めた段階では血は出ているものの浅く、大したことはないと同意したのだが。

 今、その傷口は紫色に染まり、痛々しく腫れ上がっていた。

 

「ッ、これは……!」

「毒です。恐らく、爪に何かしら塗ってあったのではないかと……」

 

 ホリィは言いながらシャイレーゼの頬に目を走らせる。そこにも引っ掻き傷があったが、そちらは少し赤い線が残るだけで毒に侵された様子はない。

 

「症状だけみればあまり毒性は強く無さそうですが……油断はできませんね。殿下、【キュア・ポイズン】をお願いできますでしょうか?」

「ええ、任せてください」

 

 ホリィが一歩退いたそこに、クルムオンは滑り込む。ホリィはシャイレーゼの脇腹に彼が手を翳したのを見届け、扉へ向かった。

 

「私は村の様子を見て参ります。昨日の戦闘で負傷された方が沢山いらっしゃいましたから」

「ええ、何せ姉さんですらこの有様ですからね……」

 

 村人への被害は如何程だろうか。

 頼みましたよ、と言うクルムオンに頷いて、ホリィは部屋を飛び出して行った。その背を今度は見送らず、彼は姉の傷痕に手を翳す。

 

「キルヒアよ……蝕む毒素を除き給え……!」

 

 クルムオンの手に淡い緑の光が灯る。その光に照らし出された傷口からゆっくりと腫れが引いていき、肌が元の白さを取り戻す。

 やがて、元の塞がり掛けた傷痕のみが残ったところで、がばりとシャイレーゼが上体を起こした。

 

「ふっかつ!」

 

 先程までの力の抜け切った顔から一転、キリッとした笑顔で両腕を天井に突き上げるシャイレーゼ。安堵の息を漏らす前に勢いでひっくり返ったクルムオンは代わりに溜め息を吐いた。

 

「姉さん……今し方解毒したばかりなんですから急に動かないでくださいよ。もし解毒が不完全だったらどうするんです? 一気に毒が全身に回ることもあるんですよ」

「貴方が治したんでしょ? だったらそんな心配要らないわよ」

 

 あっけらかんと言いながら、シャイレーゼは大きく伸びをしてストレッチを始める。しかし途中で脇腹の傷が痛んだのか、んっ!? と表情を引き攣らせて固まった。

 

「あぁもう、言わんこっちゃ無い……」

 

 クルムオンは気恥ずかしさを押し隠すように盛大に息を吐きながら、姉の荷物の中から薬と包帯を取り出す。それを見てベッドから生足を投げ出して座り直し、巻けとばかりに肌着を捲り上げるシャイレーゼに、彼は吐く溜め息を一つ増やした。

 

「もうちょっと慎みというものを持ちましょうよ……」

「戦場では要らない概念だわ」

 

 そう斬って捨てる姉に、もう何も言うまいとクルムオンは僅かに血の滲む傷口に薬を塗り、包帯を巻く。

 

「ちょっと、違うわよ。もうちょっとキツめに巻いてくれないと」

「……」

 

 無心で包帯を巻き直す。出来に、まぁいいか、と宣ったシャイレーゼは、扉の方を指差す。

 

「身支度するから。出てって」

「……戦場では要らない概念じゃないんですか?」

 

 流石に苛立った彼がそう言い返すも、その返しは簡潔だった。

 

「ここ戦場じゃ無いから」

「……」

 

 クルムオンは無言で部屋を出る。扉を閉めて、暫し天井を見上げた。

 

「……理不尽だ」

 

   ◇◆◇             ◇◆◇

 

「どうやら、村人にも姫様と同じような症状を訴えている者がいるようで、混乱が広がっています。全て、昨日の戦闘で蛮族から傷を受けた方達でした」

 

 村で軽く情報収集して戻ってきたホリィとシャイレーゼの部屋の前で合流し、中で報告を聞く。その頃にはシャイレーゼもクルムオンも身支度を完璧に終えていた。

 

「……そういえば」

 

 報告を聞く間じっとベッドに腰掛けて何かを考えていたシャイレーゼがふと何か思い出したように呟いた。

 

「こんな感じの効果の毒、何かで読んだことがあったような気がするのよね……」

「……姉さんがですか?」

「ええ。蛮族が使う毒の一種なんだけど……体内に毒が入ってから、半日位で身体が凄く怠くなるというか……酷い場合だと麻痺したように身体を動かせなくなっちゃうのよ」

「確かに、そんな症状の方もいらっしゃいました……」

 

 ホリィも目を丸くしてシャイレーゼの発言を裏付ける。やっぱりね、と彼女は頷いた。

 

「だとしたら、多分数日もすれば自然に回復する筈よ。確か解毒薬もあったと思うけど……作り方までは流石に覚えてないわ」

 

 そこまで言って、ぽかんとした顔で自分を見る二人に気付いてシャイレーゼは眉根を寄せる。

 

「……どうしたの、二人とも」

「いえ……どこでそんな知識を仕入れてきたんです?」

「多分、あの錬金術の本だと思う」

「あぁ……あの」

 

 それはシャイレーゼが怪しげな露店で買ってきた本だった。古臭くていかにも眉唾物な装丁をしていた故にクルムオンは中身を見てはいなかったのだが……姉の使っていた【バークメイル】を見るに、案外ちゃんとしたものだったようである。

 

「えっと……その本は今どこに……?」

「あー……」

 

 彼女は露骨に視線を横に逸らした。

 

「あれは、ほら。循環の輪の中に還ったというか」

「無くしたんですね」

 

 訳の分からない言い訳を始めた姉へ半眼を向けながらばっさりと斬るクルムオン。そのまま視線が帰ってこないのでその通りであるようだ。

 

「全く……昔から興味の無くなった物の扱いがすぐぞんざいになるんだなから……どうせ読み終わった次の日にはどこに行ったか分からなくなったんでしょう」

「そっ、そんな訳無いでしょうっ? 私のこと何だと思ってるのよ?」

「だらしない姉です。で、実際の所何日だったんです?」

「……三日」

 

 シャイレーゼは頬を膨らませてそっぽを向く。二人は顔を見合わせて溜め息を吐いた。

 

「とにかく、この情報を村人達に伝えましょう。数日動けなくなるのは痛手でしょうが、先が見えれば一先ず混乱も納まる筈です」

「……本当にそうかしら」

「? どういうことです、姉さん?」

 

 自分の提案を遮るように呟いたシャイレーゼにクルムオンは問い返す。が、弟の言葉には答えず彼女はホリィの方を見た。

 

「そう言えば、グラントは? 確か彼も昨日怪我をしていたわよね?」

「先程村を回った時には見かけませんでした」

 

 表情を引き締めて答えるホリィに、シャイレーゼはそう、と返すと剣を掴んでベッドから立ち上がる。

 

「様子を見に行きましょう。あの性格ならこの状況で姿を見ないなんてことは無い筈よ。きっと彼も毒を受けたんだわ」

 

 言って、彼女はクルムオンへ振り返る。

 

「クルムオン、魔力は大丈夫? 昨日は大分魔法を使ったと思うけど」

「ぐっすり眠れたので、殆ど全快まで回復していますよ。村長に【キュア・ポイズン】を施す位なら全然問題ありません」

「そう……ならいいけど」

 

 ただ、と。

 

「多分、グラントに掛けるだけじゃすまないと思うわ」

 

   ◇◆◇             ◇◆◇

 

 彼女達三人が借りた集会所から村長宅は目と鼻の先にあった。村の中心施設なので当然の話ではあるのだが。

 ともあれ、駆け付けた三人は時間も惜しいとばかりに戸口を叩いた。

 

「グラント! 居る!?」

 

 シャイレーゼはそう大声で呼び掛けるも、先程の自分の有様を振り返ればまともな返事が返ってくる可能性は低い。そう考えて戸に手を掛けていたのだが、予想に反してごそごそと音がした。驚いて手を離すと、扉を開けて屈強な大男が姿を見せる。よく日焼けした肌は褐色が良く、元気そうだ。

 

「おう、アンタ達か」

「おう、アンタ達だ」

 

 そのグラントの様子に内心で安堵しつつ、シャイレーゼはそうフランクに返した。彼とは昨日の宴会で大分打ち解けている。グラントも、シャイレーゼのその返しににやりと笑った。

 

「その様子じゃ何とも無いみたいだな。実は、村の連中が何人か毒でやられたみたいでな……思えば昨日アンタもバカスカ殴られてたから危ないんじゃないかと心配してたんだが、大丈夫そうだな」

「いいえ、実はだいじょばなかったわ」

「ああ?」

 

 シャイレーゼの答えにグラントは眉根を寄せる。

 

「……元気そうに見えるが」

「気合で何とかしたわ」

 

 言いながら、彼女は不敵な笑みを浮かべて力瘤を作るように腕を持ち上げて見せた。その後ろでクルムオンとホリィが何言ってるんだこの女、とばかりに露骨な白眼を向けていたが、グラントはそれに気付いたのか気付かなかったのか、引き攣った顔で頬を掻いた。

 

「き、気合いか……そうか。まぁ、大丈夫ならいいが」

「待って!? スルーしないで突っ込んで!」

 

 村の連中もアンタ位の気合いがあればな、などと言いながら奥に引っ込もうとしたグラントを、シャイレーゼは必死の形相で引き留める。

 

「クルスの解毒魔法のおかげだから!」

「解毒魔法……そうか、アンタ、神官様だもんな。そういう魔法も使えるのか」

「ええ。これくらいの毒なら何とか」

 

 話を振られたクルムオンは姉へ白眼視を向けるのを止めて真面目な顔で頷いた。

 

「今回の毒は大して強い毒ではないようです。数日は動けなくなるそうですが……その後は自然と回復する筈です」

「死ぬような毒じゃ無いってことか?」

「はい」

「そいつは朗報だが……数日か」

 

 グラントは渋い顔をした。クルムオンが首を傾げる。

 

「何かありましたか? いえ、確かに数日も動けなくなるのは大変だとは思いますが……まさか、村の運営に支障が出る程倒れた人がいるんですか?」

「いや、流石に村自体が回せなくなる程じゃない。問題なのは防衛の方さ」

「蛮族を警戒してるのね」

 

 やはり、という顔でシャイレーゼが口を挟んでくる。グラントは頷いた。

 

「昨日来た蛮族達はアンタ達のお陰で全滅させることが出来たが……あれで全部とは思えねぇ」

「そうね。あの規模の集団で、しかも種族も単一じゃなかった。そう遠くない所に巣があってもおかしくないわ」

「ああ。そうなると、今の戦力じゃ心許ねぇんだ。倒れたのは腕っ節の強ぇ奴らばかりでな」

 

 戦える者から傷付いていくのは当然の話である。グラントは一つ大きな溜め息を吐いた。

 

「まぁ、薬があるのが幸いだな」

「え、あるの、薬」

 

 シャイレーゼは目を見開く。何せ、本の虫で知識量の多いクルムオンや野外で活動するレンジャーとして薬草や自然毒の知識を持つホリィが知らなかった毒だ。今回は偶々記載のある専門書を読んでいたからシャイレーゼが知っていただけで、あまり一般的な毒ではない筈なのである。普通の解毒薬はその毒専用に調合しないと満足な効果は得られない。そんなマイナーな毒の解毒薬がこんな山村にあるとはとても思えなかった。

 一応、様々な毒に効くとされるアンチドーテポーションも存在はする。しかし、最も低級な物でもかなり高価*1だ。余程緊急時への備えをしっかり考えている村なら確保しているかも知れないが、それでも精々1本が関の山だろう。

 しかし、グラントはちょっと待ってな、と言うと奥へ引っ込んでしまった。そのタイミングを見計らって、クルムオンは姉に声を掛ける。

 

「姉さんも、蛮族が来ると思っているんですね」

「まぁね。あぁいった混成の集団は何処かに簡易的にでも拠点を作ってから周囲を探して、それから襲い掛かって来ることの方が多いわ。まぁ、拠点から全員でやって来た可能性がないでも無いけど」

 

 どっちにしろ拠点は確認しないとね、と彼女は肩を竦めた。

 

「昨日の集団だけでは判断がつけられませんね……ある程度組織立っているようでしたので、一定以上の規模であるのは間違いないのですが」

 

 最悪の場合、大規模な侵攻の尖兵である可能性も、と難しい顔をしたホリィが小声で言い添える。

 

「ホリィ、そっち(諜報部)はそういった兆候を掴んでたりするのかしら? ちなみにこっち(騎士団)はないわ」

「最新の情報は一月前ですが……その時には何も」

「そう。ならまぁ、その可能性はかなり低い位に考えときましょうか」

 

 シャイレーゼがそう言ったところで、グラントが戻って来た気配がした。二人は口を閉じる。

 

「コイツだ」

 

 戻ってきたグラントの手には小さな木箱があった。そっと地面に置かれたそれから、ガチャリと陶器のようなものがぶつかり合う音が小さく響く。彼が蓋を開けると、そこには陶製の薬瓶が丁寧に詰められているのが見えた。6本あったのだろう。その内の1本がない。

 

「これは以前森の奥の集落からもらったもんだ。どんな病気や毒にも効くっていう触れ込みで、タダで置いてってくれてな」

 

 彼が1本取り上げて振ってみるが、余程とろみが強いのか水音はしない。

 

「正直怪しかったから今まで手を出してなかったんだが……こうなったら背に腹は変えられん。まずは試しと俺が飲んでみた」

「よくご自分で飲まれましたね……?」

「まさか村の連中で試す訳にゃいかねぇだろ。俺が一番軽症だったしな。で、試しに飲んでみたら、体のしびれは取れたし、気分もいい」

 

 そう言うと、彼は先程シャイレーゼがして見せたように力瘤を作って笑う。

 

「コイツを飲ませれば何とかなるだろう。実際効果があると分かったんだ、ちと勿体ない気もするがそうも言ってられねぇ。幸い数は足りそうだしな」

 

 先程、クルムオンが解毒出来ると知った筈だったが、グラントはそれを言わなかった。その高潔さに感銘を受けつつ、クルムオンは薬瓶を指差した。

 

「その薬、調べさせて貰ってもいいですか?」

「うん? あぁ、それは構わんが……待て、さっき俺が飲んだ奴がある。そっちを調べてくれ。薬一本丸ごと必要な訳じゃないんだろ?」

 

 言うなりグラントは再び奥に引っ込むと、封の開いた瓶を持って来た。その野太い眉は若干不安そうに寄せられている。

 

「何かヤバい心当たりでもあんのか?」

「いえ、そういうわけでは。ただ、幾ら何でも怪し過ぎるので」

 

 高価な筈の薬を無償で置いていく。しかも6本もだ。これで怪しまない方がどうかしている。

 瓶を受け取ったクルムオンに、ホリィがすり潰した薬草──レンジャーでもある彼女には簡単な調薬の技能もある──を一時的に移すのに使っている小皿を裏返して渡す。クルムオンは皿の高台の内側に向けて瓶を傾けると、ややしてドロリとした濃緑色の液体が垂れてきた。それと共に、甘い芳香が──それも、甘ったるいを通り越して匂いだけで胸焼けがしそうな香りが漂う。

 

「これは……何らかの植物から作ったものだと思うのですが」

 

 それ以上のことは分からないのだろう、ホリィが眉尻を落とす。

 彼女がそう言うということは、少なくとも一般的な薬草で作られた物ではないということだ。

 クルムオンも、慎重に指先に薬を取る。ぬちゃり、という感触に眉を(ひそ)めつつ検分するも、薬の特定は出来なかった。幾つか似たような特徴の薬に覚えはあるが、絞りきれないのだ。自分の全く知らない薬物である可能性すらある。いや、その可能性の方が高いだろう。

 クルムオンが眉根を寄せて自分の思考に沈み込んでいた、その時だ。

 ひょい、と伸びた指が薬を掬う。

 ギョッとしたクルムオンの視線が追った先、シャイレーゼがぱくりと無造作に薬の付いた指を咥えた。

 

「姉さん!?」

 

 シャイレーゼは顔を(しか)めると、ぷっ、とすぐ口の中のものを地面に吐き捨てた。すぐさまホリィが手渡した水筒から水を含むと、口をよく濯ぐ。2回それを繰り返した後、シャイレーゼはグラントへ振り返った。その行動から察したのだろう、少し顔を青ざめさせている彼に告げる。

 

「これ、結構ヤバい奴よ」

「そ、そうなのか……?」

「ええ。確かにこれには薬を中和させる作用があるわ。単純な毒程度なら無毒化出来るでしょう。でも、これの本質はそこじゃない」

 

 シャイレーゼは小箱に残る薬に嫌悪の視線を向け、吐き捨てる。

 

「この薬には依存性がある。毒物の効果を弱める他に、一時的に気分を高揚させる効果もあるけど……半日程でどうにもやる気が出なくなったり、幻覚が見えるようになったりするわ。麻薬よ、これは」

「……マジかよ」

 

 グラントは腰から力から抜けたように一歩後ろへ退がった。倒れ込みはしなかったが、悪かった顔色が更に悪くなっている。彼は頭を抱えた。

 

「だったら村の連中には飲ませられねぇ……でも、また連中が来やがったら……」

「大丈夫よ。魔法で回復させればいいわ」

「……いいのか?」

 

 垂らされた糸に縋るような弱々しい目で自分を見上げるグラントに、彼女ははっきりと頷いた。

 

「クルス、出来るわね?」

 

 クルムオンは応えなかった。呆然とした顔で己を見る姉を見つめている。

 

「……クルス?」

「っ……はい、問題ありません、姉さん」

 

 訝しげに呼び直すシャイレーゼの声に、我に返ったクルムオンが少し強張った表情で頷く。グラントはそれに気付かずがばりと頭を下げた。

 

「すまねぇ! 蛮族追い払ってもらって、怪我まで直してもらってんのに、その上毒まで」

「気にしないでください。困っている人達は見捨てられませんので……これくらいはさせてください」

「感謝する! この恩は一体どう返したらいいか……!」

「本当気にしないでって。私達がやりたくてやってるんだから」

 

 シャイレーゼが雰囲気を明るく崩す。それに、と笑顔でクルムオンを引き寄せるとその肩をばしりと叩いた。

 

「うちの弟は凄いのよ! なんとこの弟、薬草1本焚く*2*3に60人に回復魔法を使うことができます」

「いや、5人でいいんだが……」

「そもそもそんなに魔力が持ちませんから……」

「やっと突っ込んでもらえた!」

 

 げんなりとした顔で言うグラントとホリィに、シャイレーゼはぐっ、と拳を握って喜んだ。その無邪気な姿に毒気を抜かれたように──或いは、雰囲気に流されたように、グラントは苦笑を浮かべる。

 そうして小さく息を吐き、改めてクルムオンへ向けられた表情は、真剣ではあったが落ち着いたものになっていた。

 

「そうしたら、早速で悪いがついて来て貰えるか? 毒を喰らった奴の所へ案内したい」

「はい、分かりました」

 

 グラントはクルムオンを連れて歩き出す。まだ幾らも離れないその背に、思い出したようにシャイレーゼが声を掛けた。

 

「そうそう。さっき言ったこの薬の効果も、【キュア・ポイズン】で治せるんじゃないかしら? これも薬とは言うけどぶっちゃけ毒みたいなものだし」

「ホントか!? それで幻覚とかに怯えなくても済むようになんのか!?」

「多分ね。後で試してもらいなさい」

 

 そう言ったシャイレーゼはホリィに呼びかけられてそちらを向く。

 安堵に胸を撫で下ろしたグラントは、にかりと笑って隣を歩くクルムオンに小声で声を掛けた。

 

「すげぇ女だな、アンタの姉ちゃん」

「ええ」

 

 心から賞賛した様子の彼に、クルムオンはただ頷く。

 努めて暗い表情にならないようにしたつもりだったが、上手くいった自信は持てなかった。

 

「本当に……凄い人ですよ、姉さんは」

*1
携帯食料10週間分

*2
救命草や魔香草といった薬草を使用する際、この卓ではすり潰したりした後に火を付けて、その煙を浴びたり吸ったりして使用すると解釈してます

*3
訳10分




薬学判定2回振って、成功したのがどっちも技能レベルも知力も一番低いシャイレーゼだけって言うね……お前はおバカ枠だろ。そういうことするから弟が曇るんだぞ
こういうことがまぁまぁ起こるのがTRPGの面白い所ではあるんですけどねぇ
一応言い添えておくと、今回のダイスの結果クルムオンが曇ってるように見えるだけで、この作品は曇らせ系のジャンルではないので悪しからず。
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