ソード・ワールド2.5 リプレイ 『煌日の姫と冴月の王子』 作:弧埜新月
クルムオンの神聖魔法により、村人達の毒は綺麗さっぱり無くなった。
村人達は地面に額を擦り付けんばかりに礼を言うと、グラントの指示に従って村中に散らばっていった。昨日の襲撃で破壊された柵の修繕や装備の点検をするらしい。
クルムオンは幾分か気を取り直した顔で集会所まで戻って来た。シャイレーゼの部屋を訪ねれば、入っていいわよ、と姉の声がする。彼女はホリィと今後の方針について話し合っていたようだった。中に入ったクルムオンに振り返ったシャイレーゼが微笑い掛ける。
「おかえり。魔力は大丈夫?」
彼女は首尾について何も訊かなかった。弟が失敗するとは微塵も思っていのだろう。
──その信頼に、自分は応えられているだろうか?
喜びよりも微かな息苦しさを感じつつ、クルムオンは普段通りを装いながら正直に答えた。
「流石にもう限界ですね。完全に底を尽きました」
「そう……まぁ今回は大分頑張ってもらったみたいだし、しょうがないか」
そう言って、お疲れ様と声を掛けてくるシャイレーゼ。少し怖くなったクルムオンは慌てて言い添える。
「でも、魔晶石はまだあります。全く魔法が使えないという訳では」
「魔晶石か……確かに使えば魔法は使えるだろうけど、出来ればいざという時のために温存しときたいわよね」
そこはクルムオンもそうなのだが、意外とシャイレーゼはサンクネックというあまり余裕のない王国で育った所為か、王女という肩書きに似合わず無駄遣いを厭う質だった。自分が本当に必要だと思ったことには──あと自分の趣味にも──遠慮なく金を突っ込むのだが、今回はそれには当たらないと考えたようである。彼女はホリィを振り返った。
「ホリィ、なんとかならない?」
「はい」
頷いたホリィは下ろしていた背嚢から薬草を1束掴み出す。
「魔香草が1回分ございます。2回か3回魔法を使える程度には回復できるかと」
「じゃあそれで行きましょ。それと、私の魔晶石も貸してあげる」
そう言って自分のポーチに手を突っ込んだ姉をクルムオンは慌てて止めた。
「いやいや、僕は自分の分がありますから! それに、それは姉さんがもしもの時に使う用ですよね!?」
「渡すのは半分だけよ。流石にね」
シャイレーゼは指と指の間に直径3cm位の結晶体を2つ挟んでひらひらと振った。研磨などされていない深い紫色をしたその結晶は溜め込んだ魔力により内側から淡い光を放っている。彼女が扱う練技に用いる魔力に丁度見合うサイズの魔晶石だった。
「私はまだ魔力が残ってるし、常用するのを【ビートルスキン】に限ればまだまだ戦えるわ。案外それで何とかなるのも分かってきたしね」
「それで足りなくなったらどうするんですか?」
「その時は何とかするわよ。魔力が無いと戦えないなんて、騎士とは呼べないわ」
本気でそう思っているのだろう、何でもない顔でさらりと言って、クルムオンに向かって魔晶石を放る。落として砕けでもしたら中に蓄えられた魔力が散ってしまう。クルムオンは慌ててそれを受け取らざるを得なかった。
「魔法使いは魔力が切れたら何にも出来ないんだから、私よりもよっぽど深刻よ。いいから取っておきなさい」
続く、貴方の魔法は私達の生命線なんだから、という言葉は聞こえなかった。
その言葉は、自分のことを『魔法使い』としか見ていないと。そう言っているように聞こえた。
──僕だって……剣士なのに!
クルムオンは思わず空いていた左手でフリッサの柄尻を握り締めた。だが、すぐにその手は緩んでしまう。
──姉さんに胸を張って啖呵を切れるだけの力が、僕にあるか?
思い起こされるのは、昨日のフーグルの猛攻を前に一歩も引かずに斬り合う姉の姿。自分は及ばないと自覚させられたあの背中だった。
「……分かりました」
結局、気概の萎んでしまったクルムオンは姉の言葉を受け入れて魔晶石を自分のポーチに片付けた。その様子にシャイレーゼは首を傾げたものの、今は置いておくことにしたのか首を戻す。
「さて、クルムオンも戻って来た訳だし、今後どうするか決めちゃいましょ。ホリィ」
「我々が取り得る方針としては、大きく2つあります。すなわち、村に直接手を貸すか、村のことは一旦村人に任せてしまうかです」
既にシャイレーゼとはある程度話をしていたのだろう、ホリィはクルムオンの方を向いて顔の横に両手の指を1本ずつ立てる。そしてそれぞれを1本ずつ増やし、まず右手の指を軽く振った。
「村に直接手を貸す方は単純です。村人と共に村の防備を固めて襲撃に備えるか、蛮族の残した痕跡を追って拠点を見つけるかです」
ただし、まず前者はお勧め致しかねます、と片方の指を折る。
「敵の規模や襲撃のタイミングが把握出来ているならばまだしも、現状では完全な悪手です。もし昨日の倍の規模の群れが襲って来ようものならもうどうしようもありません。精々が混乱に乗じて我が身を盾にお2人を逃がすのが関の山でしょう」
ホリィの説明にクルムオンは村の様子を思い出して頷く。村の防備と戦力では昨日の1.5倍の敵を撃退するのがやっとというところだろう。それも犠牲を大量に出してなんとかというレベルだ。2倍もいれば姉がいても防ぎ切れまい。
「もう片方は村人にこのまま防備を固めてもらい、私達で拠点を探索。可能なら襲撃、撃破します。幸い、昨日の蛮族がどちらの方面から来たかは痕跡がはっきりと残っています。探索は容易でしょう」
1つ目の案よりも余程自由度のありそうな案だ。如何にも姉が好きそうな案だと思ってそちらを盗み見れば案の定うんうんと頷いている。クルムオンからしても問題のないプランに思えた。
「一応聞きましょう。村のことは村人に任せるというのは?」
「言葉のまま、蛮族の対処は一旦村人に全て任せるパターンです」
ホリィは左手の指を左右に振る。
「こちらであればお二人は自由に動くことができます。1つは森の奥にあるという集落の調査をする選択。今回の襲撃との関連性は分かりかねますが、少なくともあのような薬をばら撒いているような村を放置するわけには参りません」
それは確かにそうだ。あんな物の存在を許していては必ず国は蝕まれる。
急いで対処しなければならないが、だがそれはこの村を放置してまで優先すべきかどうか。クルムオンには疑問だった。
「2つ目は全力で山を降りて兵を動かすことです。準備に時間は掛かりますが、最も安全で確実でしょう」
一応この村はまだハイゼン公領だ。自領であればシャイレーゼが相応の権力を振るうことが出来る。兵を出せれば蛮族の集団の規模が大きくても対処出来るし、森の奥の集落の方も公領内にあるかは分からないが、麻薬と関わりのある集落だと証明出来ればある程度の横紙破りも通せる筈だ。いざとなれば兄上に口添えしてもらうことも可能だろう。
但し、ネックとなるのは動き出しの遅さだ。準備には相応の時間が掛かるし、その移動も一朝一夕にとはいかない。その間に村が滅ぼされたり、兵の動員が集落側に露呈して逃亡や証拠の隠滅をされたりしては意味がないのだ。
また、規模をどうするかの問題もある。少ないなら無意味だし、過剰であればそれは失態になる。だがその必要な兵力を図る為の材料が手元に無いのが現状だ。
「これが2人で話し合っていた方針ね。クルムオンはどれがいいと思う? 勿論もっといい案があれば遠慮なく出してもらって構わないわ」
シャイレーゼがそうクルムオンに問い掛ける。自分の中に確固とした意見を持った顔だった。
こんな顔をしていても、より明確な理を示れば翻意してくれる姉だと知っている。だが、今回はその必要性を感じなかった。
「僕は蛮族の拠点の探索に向かうのがベストだと思います。僕達に一番足りないのは情報だ。敵の規模感を調べられるのは大きい」
「そうよね!」
我が意を得たりとばかりにシャイレーゼは頷く。
「拠点を探して、大したこと無ければ叩き潰せばいいのよ。そうすれば村人達も早く安心して元の生活に戻れるわ」
「というか、元々そのつもりだったんでしょう? だから僕の魔力を確認したり、魔晶石を押し付けてきたりしたんでしょうに」
「まぁそうなんだけど。でもほら、別のもっといい方針もあるかもしれないじゃない? クルムオンの方が頭いいんだし」
そこまで言ってから、シャイレーゼはむっ、と眉根を寄せた。
「というか、押し付けたって何よ。私は純粋に貴方を心配して──」
「はいはい、そうですね。そういうことにしておきます」
クルムオンは姉の文句を煩わしげに遮ると、さっさと話題を変えるに限るとばかりに別のことを口にする。
「ですがそういうことであれば、逆の場合もしっかりと想定しておくべきでしょう。つまり、昨日の蛮族が本当に大規模な侵攻の先触れだった場合です」
自分達の手に負えないとした場合どうするか。その場合は早急に山を下りて討伐隊を組織する必要がある。
「その場合はそうですね。姉さんに馬で山を下りてもらい、討伐隊を組織して貰いましょう。兄上にも早急に伝えた方がいいでしょうから、そちらはホリィに任せましょうか」
「ちょっと、それクルムオンはどうするのよ」
「僕は村に残って住人の避難をします。身分を明かせば比較的速やかに従って貰えるでしょうし」
自分が単独で馬に乗れない以上、この割り振りが最適だろう。村は捨てる、という判断になるだろうが、避難の指揮を王族である自分が摂れば民を見捨てなかったと言うには十二分だろう。加えて自分ならば回復魔法も使える。不安と恐怖に駆られた移動になると予想されるから、増えるだろう怪我などのトラブルに対処しやすい自分が最適の筈だ。
と思うのだが、シャイレーゼは途端に眦を釣り上げた。
「何言ってるの。クルムオンじゃ大軍に襲われたりでもしたら対処出来ないじゃない。そこは私が避難の為に残ってクルムオンが討伐隊を組織するべきよ」
「姉さんこそ何言ってるんですか。ここはハイゼン公領なんですからハイゼン公である姉さんが向かった方がスムーズに決まってるでしょう。僕は馬に乗れないんですからそもそもの到着までにも時間が掛かる。第一、大軍に襲われたりしたら姉さんだってひとたまりもないじゃないですか」
「クルムオンよりは硬いから多少はマシよ!」
「多少って姉さんも認めてるじゃないですか! そんな差あってないようなものですよ! ここは僕が残る方が全体的に無駄がない!」
「いいえ! 私が残る!」
「僕です!」
「──いい加減にしてください!」
意見の対立した双子がヒートアップしてきたところで、ホリィが甲高い怒声を上げる。肩を震わせた2人がそちらを見れば、普段は穏和な従者が肩を怒らせて睨み付けるところだった。
「何を言ってるんですかは私の台詞です。本当に何を仰っているんですか? 特に姫様!」
「私!?」
ホリィの噴き上がる炎のような真紅の瞳に射竦められたシャイレーゼが圧されて一歩後退る。
「意見としては概ね殿下が正しいです! 大体、姫様も残るのが危険と分かっていらっしゃるのでしょう!? 道理を曲げてまで無謀をしないでください!」
「だ……だって、そうじゃないとクルムオンが残るって言うから」
「だっても何もありません!」
ぼそぼそと漏れるシャイレーゼの反論をホリィはぴしゃりと叩き潰した。
「殿下も殿下です! 私達の役割は適切に振れるのに、どうしてご自身をそんな危険な場所に置こうとするんです!?」
「それは……僕が役に立てそうな場所はあとこれくらいしか」
「その考え方がそもそも間違っているのですよ!」
俯きがちになりながらも控えめに言い訳を述べるクルムオンを斬って捨てる。
「お2人は御自分の命を余りにも軽く考え過ぎています! 国の為にも、御身は安全を第一に考えねばならないのです! 誰かの代わりにとか役に立つとかは二の次、明らかな死地に残るなど以ての外です! どうしても誰かが残らねばならぬと言うのなら、殿下を馬の背に縛り付けて私が残ります!」
そこまで一気に言い切ると、ホリィは1つ深呼吸をした。気を鎮めた彼女は、すっかりしおしおになってしまった双子に小さく微笑み掛けた。
「一臣民として、民草のことに気を砕くその心根を嬉しく思います」
ですが、とホリィは再び笑顔を仕舞う。
「どうか御身の命の重さを忘れないでいただきたい。御身の命は百の民草に勝るのです。例え千の民悉くを犠牲にしてでも、御二方は永らえねばならないのですよ」
ホリィの言葉に、双子は互いに視線を合わせた。その表情は、承服しかねるというよりは、そこまでされる価値が自分にあるだろうか、と疑問を抱く者のそれだ。ホリィは2人の前に片膝を突いて首を垂れた。
「御納得頂けないのであれば、どうか王におなりください。そして、万の民を良き方に御導きくださいませ。御身にはその資格があり、御身にはその責務があるのですから。その為に、必要ならば喜んでこの身を捧げましょう」
言われ、双子はホリィに見えていないことを幸いとばかりにますます眉尻を落とした。
ホリィの言いたいことは分かる。王とは民を導くものだ。王が死ねば国も死ぬ。次代の、それも遠くない未来の王として定められた自分達が死ぬことは許されないと、何を犠牲にしてでも生き残らねばならぬと分かってはいるのだ。
だが、同時に思ってしまう。
この弟/姉さえ残るならば、自分は居なくなっても良いのではないかと。
重い沈黙が落ちる中、始めに動きがあったのはシャイレーゼだった。一つ、溜め込んだ感情もこんがらがる思考も全てを吐き出すかのように大きく溜め息を吐く。
「ホリィ、貴女の考えは分かったわ。もう無謀なことはしないから」
「僕も考えを改めます。顔を上げてください」
「そうね。大丈夫よ、首を落としたりしないから」
言われて、身体を起こしたホリィは出会ったばかりの頃を思い出したのか苦笑いを浮かべる。
「一応、覚悟はしていたのですが」
「まぁ、一従者が王族に言うなら確かに無礼かも知れないけど」
ホリィの発言は王族とはかくあるべき、とその王族に説いたに等しい。教育係でもない
でもね、とシャイレーゼは首を横に振った。
「ホリィは従者以前に大切な仲間だと思っているわ。だから私は貴女が死ぬことも許さないわよ。貴女がクルムオンを馬に縛り付けるなら、私がホリィをトロンベに括り付けてやるから」
「冷静になって考えると、それ僕だけ危険じゃありませんか? ホリィの方は姉さんが騎手をしますけど、僕は無人でしょう? 正直死ぬと思うんですけど」
シャイレーゼの発言にクルムオンが茶々を入れ、場の空気が明確に緩んだ。ホリィは再び苦笑を浮かべる。
「私個人としては、ありがとうございます、と言っておきます。従者としては少し複雑ですが」
「あら、どうして?」
「いざ、という時は来る時は来てしまうものですから。換えの効く私と姫様とでは、どうしたって重みが違います。王族は臣下に情を持つべきではないのですよ」
そう言うホリィの微笑は何処か淋しさの滲むものであった。シャイレーゼは遠慮無くその頭に拳を落とす。
「みぎゃっ!?」
「ホリィに換えなんか効かないわよ。いいわ。そんな状況に陥らないように立ち回れば良いわけでしょう?」
頭を抱えて涙目になりながらも頷くホリィに、ただし! とシャイレーゼは指を突き付ける。
「勝算があるならリスクを取らせてもらうわよ。逃げるだけの王族には誰も付いてこないと思うし」
「それは……はい。それでも不要なリスクは避けて欲しいところですが」
「それはまた別の話よ。リスクがあろうが勝算が無かろうが、必要ならやらないといけないんだから」
そう言い切ったシャイレーゼに、ホリィは曖昧な笑みだけを返した。確かにそうせねばならぬ時はある、と理解しているからだった。
「……話が大分逸れてしまいましたね。拠点を見つけて万一僕達の手に負えないようであれば撤退。姉さんは兵を纏めて討伐隊を編成、ホリィは兄上に報告へ向かうということで。僕は姉さんに付いてフォローに回ります」
「ええ、それでいいと思うわ。でも山を降りる前にここには戻って来るわよ。村人に危機を伝えないと」
姉の言葉にクルムオンは頷き、ホリィは何もアクションを返さないことで無言の肯定とした。シャイレーゼは1つ手を叩く。
「よし、じゃあ準備が終わったら早速出るわよ。ホリィ、魔香草をよろしく」
「はい、分かりました」
「あぁ、ホリィ、それでしたら救命草も持ってませんか?」
「ございますよ」
薬研を準備していたホリィが先程とは別の薬草を掴んで見せる。シャイレーゼが訝しげにクルムオンを見た。
「それ、怪我の治療に使う奴じゃない。何に使うの?」
「それはもちろん、姉さんにですよ」
「私? 私は必要無いって言ってるじゃないの」
「先程伸びようとして痛みで呻いていたのはどこの誰ですか。万全を期す為にも治療を受けるべきです。これは姉さんを心配して言ってるんですよ」
「……むむむむぅ」
先程の発言を返されたシャイレーゼは頬を膨らませてその場にどかりと腰を下ろす。ホリィは微苦笑を浮かべると、救命草の1束を
SW2.5において、魔力とは本来知力と魔法系技能レベルから決まる魔法の行使判定や魔法の威力にボーナスを与える数値を指しますが、今回はMPの意味合いで使っております。
ステータスが見れる世界*1ならともかく、自分の生命力や魔力を『ポイント』なんていうデジタルな値として認識できるか? というのが理由です。アリアンロッドとかと違ってポーション名にもそういうの使ってないですし。