ソード・ワールド2.5 リプレイ 『煌日の姫と冴月の王子』   作:弧埜新月

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攻撃当たらなすぎ問題


薬(Ⅳ)

 グラントにシャイレーゼの手紙を託した後、三人は早速村を発って森林地帯の捜索を始めた。と言っても、既に蛮族の足跡は捕捉している。後はそれを辿れば良いだけになっていた。

 体格の大きなボルグが雑に踏んだのだろう、乱暴に薮を踏み潰して作られた獣道を辿りながら、少し気の緩んだらしいシャイレーゼが周囲を警戒しつつもクルムオンに声を掛ける。

 

「よく村人達を思い留まらせたわね。流石私の弟」

「あれは。王族という権力を振り翳しただけですよ。あんなの権力さえあれば誰でもできます」

「そんなこと無いわよ。少なくとも私には無理ね」

 

 そうシャイレーゼは肩を竦めるが、決してそんなことはないだろう、とクルムオンは思う。

 姉は頭を使おうとしないだけだ。決して地頭が悪いわけではない。今回も押し付ける先(自分より頭のいい弟)がいたから任せたに過ぎない。もう少し自分で考えてみれば、或いは経験を積みさえすれば、あの程度──

 そこまで考えて、クルムオンは彼女に気付かれぬ程度に顔を(しか)めた。

 この一件でようやく多少は姉の役に立てたと考えていたのだが……もしかすると、自分は姉の成長の機会を奪っただけなのではないか。

 寧ろ姉の足を引っ張っているのでは、と弟の表情が翳るのを目敏く見付け、どうしたの? とシャイレーゼが首を傾げる。クルムオンは直ぐに表情を戻すと、何でもありませんよ、と誤魔化した。

 

「ならいいけど……」

 

 むっすりと唇を尖らせたシャイレーゼはそう呟くと、気を取り直して話を変えた。

 

「そう言えば、クルムオンはこの辺りで怪しい動きがあるって知ってたの?」

「怪しい動き? あぁ」

 

 首を傾げかけたクルムオンはすぐに思い当たって声を漏らす。国内や領内の情報を鑑み、辺りの発言についてだろう。

 

「ここに来るまではなんとも。その辺り、毎日姉さんとも情報共有してたじゃないですか」

「まぁそうなんだけど……ほら、貴方は私より頭いいし、私が気付かないことも気付いてたりするんじゃないかって思って」

「時間が無かったわけでもなし、もし何か気付いてたら真っ先に姉さんに報告してますよ。領主なんですから」

「それはそう」

 

 むぅ、と唸るシャイレーゼに苦笑して、まぁでも、とクルムオンは付け足す。

 

「今回は実際に怪しいところがありますからね」

「……件の奥の集落ね」

 

 村に中毒性の高い麻薬を持ち込んだ集落である。行動そのものもそうだが、その意図もさっぱり読めず怪しさしか感じない。

 

「森の奥の集落が蛮族に加担していて、この村に毒を撒いてから麻薬を使わせて弱体化させる目的だったとか……?」

「うぅん……それは少し影響が限定的過ぎるような……でもそうですね、薬物のテストが目的、というのは辛うじて有り得そうな話ですが」

 

 他の毒を中和する効能のある麻薬を配布しておき、後日中和出来る程度の毒を持たせた蛮族に襲撃させる。少々迂遠に思えるがなくはない話だ。

 薬を置いてから襲撃まで期間が開いているようだが、直ぐに襲撃して関連性を疑がわれるのを避けるためだとか、一向に薬を使わない村に痺れを切らせて、だとか、色々それらしい理由は考えられる。考えられるだけで、合理的であるとはあまり思えないが。

 

「案外このまま蛮族の足跡を追いかけたら、その集落に辿り着いたりして」

「有り得なくはないですね。もしそうだったとしても僕は驚きません」

 

 その集落と蛮族が繋がっていてもおかしくは無い状況だ。少なくとも、最悪の状況として想定していた侵攻の先触れよりも余程現実味がある。

 

「その場合、問題は幾つの村をテストの対象にしていたか、ですが。ホリィ、近辺に候補になりそうな村は幾つありますか?」

「……可能性があるとすれば2箇所ですね。どちらもこの山の麓にある村ですが、地理的にはこの2つでもやや距離があります。蛮族を使って襲撃させるならこれ以上遠方の村は厳しいでしょう」

 

 蛮族の痕跡から目を離さないまま、地図も広げずにホリィが答える。それを受けたクルムオンは腕を組んだ。

 

「そうなると、昨日の倍の数がいてもおかしくはない、ということですか。可能性は低そうですが」

 

 そうなれば勿論即撤退である。元より昨日と同数を相手取るのも自分達だけでは厳しい。

 憶測で話は出来ないから、撤退は最低限相手を視認してからになるが。

 

「いずれにしろやることは変わらないわよ。元々もっと多い可能性も考えてたわけだし」

「それもそうですね……ただ、周辺の村落には件の集落が置いて行った薬を廃棄するように連絡すべきでしょうね。ホリィ、後でリストを作ってください」

「承りました……そろそろ近そうですね」

 

 痕跡を追っていたホリィが声を潜めて言う。双子も即座に表情を引き締めると武器の柄に手を伸ばした。

 いつしか辺りは深い薮に覆われている。足場もかなり悪く、村人達も殆ど立ち寄らないのだろう。蛮族が通ったと思わしき真新しい跡だけが真っ直ぐに伸びている。

 時折顔を出す蛇などを冒険者の必需品(3フィートの棒)で音も無く処理しながらそのまま息を殺して進むことしばし、3人の目に木々の間から覗く苔生した石造りの建造物の先端が見えて来る。その彫刻が施された痕が随所に見られる建築様式から、300年以上前に滅んだ魔動機文明の遺構であろうと予測が付く。頑丈な石で建造された遺跡は文明が滅びた後も形を保っているケースが多く、蛮族やら山賊やらの潜伏先によく選ばれるのだ。ここもその中の1つなのだろう。

 遺跡の全貌が見えるところまで慎重に近づいて手近な木に身を潜め、そっと遺跡の方を窺う。どうやらこの遺跡は大半が倒壊してしまっているようだが、前室付近は完全な形を残している。その入り口と思わしき部分の日陰に3体のボルグが屯していた。

 ボルグ達はそれぞれが粗雑なハンドアックスで武装しているが、装備がどうにも見窄らしい。恐らくトループと呼ばれるボルグ最下層の兵士であろうとクルムオンは目星を付ける。

 

「……見る限り、他に真新しい大きな移動の痕跡はありません。少なくとも襲撃部隊と入れ違いにはなっていないようです」

 

 遺跡周辺を密かに偵察してきたホリィが声を忍ばせて報告を入れる。

 

「ということは、あの遺跡の中に残りの蛮族がいるわけね……」

「あの3体は見張り、という訳ですか。大分緊張感の足りない見張りですけれど」

 

 ボルグ達はどれも望洋とした有様で、時折船を漕ぎだす者もいる。

 

「蛮族は本来夜行性ですから。今なら不意を突けるかもしれません」

 

 ホリィの言う通り、ボルグ達はどう見ても注意力散漫で隙だらけに見える。

 

「そういうことなら作戦はこうよ。まず二人が私に防護魔法を掛けて、私がこっそり近づいて不意打ち」

「それでしたら、念の為彼等の死角になる位置で掛けた方がいいと思います。魔力光で存在がバレますから」

「分かったわ。その後ホリィは適宜援護をお願い。魔法の判断は任せるから」

「僕は何をすれば?」

 

 堅い表情をするクルムオンに、シャイレーゼは考えることなく返事を返す。

 

「なるべく魔力は温存してもらった方がいいわ。まだまだ戦う可能性はあるんだし。そのまま隠れて待機してて」

「そんな、僕だって──」

「大丈夫よ、あれ位。かったーい姉を信用しなさい」

 

 そう言って片目を瞑る姉に、クルムオンは言葉を飲み込んだ。

 ──僕の剣士としての腕は信用してくれないのか。

 握り締められたフリッサの柄がぎしりと微かな音を立てる。だが二人はそれに気付かず、蛮族達の死角となる位置へ移動を開始した。置いていかれるわけにもいかず、クルムオンは心を押し殺してついて行く。

 特に問題なく崩れた遺跡の陰に身を潜めた三人は、手早くシャイレーゼに防護を施して行く。小声で詠唱された二重(【プロテクション】と)の防護魔法(【フィールド・プロテクション】)賦術(【バークメイル】)。準備の完了した彼女はそろそろと物陰から離れると、ある程度進んだ所で一気に駆け出した。金属鎧を着て、専門の知識もない彼女では敵の間近まで密かに忍び寄るなど不可能だからだ。

 彼女が走り出したのを見てクロスボウを構えたホリィも物陰を飛び出す。一瞬遅れてクルムオンもそれに続いた。

 

ナンダ!? ニンゲンダト!?

テキシュウ テキシュウ

クソッオレタチシカイネェッテノニ ツーカアイツライツカエッテクンダヨ!?

 

 流石に気付いて混乱状態に陥ったボルグトループ達に、【マッスルベアー】を発動したシャイレーゼが声も無く切り掛かる。ここからは時間との勝負だ。表の騒ぎに感づいた蛮族達が加勢に現れるまでに始末を付けなければならない。

 しかし混乱していたからか、狙われた右端のボルグは足をもつれさせてその場で転倒した。その所為で目算の狂ったシャイレーゼの斬撃が空を切る。

 

アッブナ!? オマエフザケンナヨ

 

 転倒したボルグが斧を振り回してくるが、所詮は苦し紛れだ。全力で剣を振って体勢をやや崩したシャイレーゼでも余裕を持って躱せる。

 だが、体勢十分だった二体の分はそうは行かない。

 

ヤンノカコラ

ヤッテヤル ヤッテヤルゾ

「ッくぅ……!?」

 

 片方は何とか楯で受けるが、続けて横から振るわれた斧に左の二の腕を叩かれた。衝撃に楯を取り落とし掛け、顔を顰めつつ後退する。魔力を温存しようと【ビートルスキン】を使い渋ったのが裏目に出た。弟程ではないが、彼女もそう余裕がある訳ではなかったのだ。

 同様に【キャッツアイ】も使っていないのでどうしても狙いが僅かに甘くなる。彼女は腰のポーチにある魔晶石を砕くべきか思案した。

 効果はそう大きなものではない。だが、戦いの場ではその僅かな差が勝敗に、命に関わることもあるのだ。

 しかし、魔晶石は切り札でもある。こんな序盤で使って、この先の戦いを戦い抜けられるのか。

 

「──【ファナティシズム】!」

 

 その葛藤を読んだのか、ホリィの魔法がシャイレーゼに掛かる。視野が狭まり、代わりに注視したボルグの動きがよりはっきりと捉えられるようになった。

 これなら練技を使わなくても行ける。シャイレーゼは内心の焦りに背中を押されるようにして再びボルグに切り掛かった。

 ──転倒から立ち上がり、斧を構えて待ち構えていたボルグに、正面から。

 

ウオッ!? アブネェ

 

 最も体勢を崩していなかったそのボルグは鋭さを増したシャイレーゼの斬撃を、胸の体毛を削られつつも何とか躱す。もう少し冷静であれば、思い切り楯を叩いてしまってまだ体勢の整っていなかった左のボルグを狙えただろうに。魔法によって助長された焦りが彼女の判断を誤らせたのだ。

 またしても空振ってしまった彼女の両脇をボルグが取り囲む。その顔は馬鹿を見下すように歪んだ嗤いが浮いていた。シャイレーゼは歯噛みするも、最早どうにもならない。自分の体勢は崩れ切っている。無傷で攻撃を捌くのは無理だ。

 何とか致命傷だけは受けないように立ち回らなくては。そう彼女が覚悟を決めて振り上げられた斧を睨み据えた時だった。

 

「──姉さん!!」

 

 絶叫。鋭い銀閃が走った。振り下ろされようとした手斧の腹を剣先が弾き、驚いたボルグ小さく呻いて二歩下がる。

 お手本のような突きを見せ、己を庇うように立ち塞がるクルムオン。蛮族達を威嚇するように剣を斜に構える彼に、シャイレーゼは思わず声を荒げた。

 

「クルムオン!? 何で──」

「僕だって! 剣で戦えます!」

 

 姉の言葉を叩き斬るようにクルムオンは叫ぶ。

 

「僕だって剣士なんだ! 姉さんの窮地を救うくらい……!」

 

 そのまま歯を食い縛り、バックラーを翳してボルグへ突っ込んでいく。

 それは誰が見ても無謀にしか見えない突進だった。

 普段の冷静さをかなぐり捨てたそれを、ボルグ達は苛立たしげに見据えて迎撃する。技量はクルムオンの方が上だろう。しかし、彼の余裕の無さは彼我の実力差を簡単に覆した。

 結果、彼が目の前のボルグに向けて剣を引く。全神経が標的に向いたその隙に、その横にいたボルグが振り下ろした手斧が突き出していた彼の左腕を捉えた。

 

「ぐぁっ!?」

 

 ざっくりと斬られた左腕から血が噴き出す。骨まで行かなかったのは、自身にも掛かっていた防護魔法(【フィールド・プロテクション】)のお陰だろう。

 意識外から突然受けた痛みに短い悲鳴をあげて肩を抑えたクルムオンは、直後に振り下ろされてきた斧に気付いて飛び退いた。一切余裕の無い不恰好な動きで辛くも逃れた弟の姿にシャイレーゼは舌打ちする。

 

「っの馬鹿ッ!」

 

 楯を構え、シャイレーゼはクルムオンと入れ替わるように前に出る。その動きに、クルムオンを追撃しようとしていたボルグが彼女へ狙いを変えた。

 振るわれる斧を、しっかりと楯で受け止める。刃に合わせて角度を付けて構えられた楯は衝撃を彼女に伝えることなく受け流した。

 

「はぁぁぁあああッ!」

グワッ!?

 

 体勢の崩れたボルグに向けて、すかさずシャイレーゼは右手の剣を振り下ろす。剣は今度こそ蛮族の身体をまともに捉え、その身体に深い傷を残した。

 そこで一旦仕切り直そう。そう決めた彼女は後ろに下がろうとした。負傷したクルムオンの容体を確かめねばならない。時間はあまり無いが、後退させてホリィに任せる隙くらいはまだある筈だ。

 

「──うぉぁぁあああああッ!」

 

 だから、彼らしくない雄叫びをあげて手負いのボルグへ剣を突き刺したクルムオンの様子に一瞬思考が停止した。蛮族の左目を正確に穿った細剣を引き抜いたクルムオンが、肩で息をしながらゆらりと残りの蛮族の方を振り返る。その危機迫る様子に、ボルグ達は呑まれたように武器を握り直した。

 

「……あぁもう!」

 

 これではクルムオンを後退させるどころではない。無理だと切り替えたシャイレーゼはせめてとばかりにホルダーから抜き出した緑のカードを一枚クルムオンに投げ付ける。上手いことカードが砕けて【バークメイル】が彼に掛かるのを横目で確認し、彼女も剣を蛮族へ向け直した。

 こうなった以上は早急に戦闘を終わらせなければクルムオンも治療を受けようとしないだろう。だが、ここで焦れば先程の二の舞だ。

 【ファナティシズム】の効果か逸る心を懸命に抑えてどっしりと構えるようにすれば、同じような判断をしたのか、双子と少し距離が離れた為に射線の通った蛮族へホリィの放った牽制射が突き刺さる。

 そこで初めてホリィの存在を認識したのだろう。新手、それも横合いから一方的に自分達を攻撃できる敵の出現に、ボルグ達は大きく動揺した。

 一度こうなってしまうと彼等が崩れるのは早かった。元々、彼等はボルグ最下層の兵士。いわば落ち零れである。冷静さを欠きさえしなければ決して負ける相手ではないのだ。

 ホリィの射撃で体勢を崩された蛮族達をそれぞれ斬り伏せ、双子は大きく息を吐いた。

 そうしてから、まずクルムオンが血振りをしたフリッサを鞘に納めると、まだ荒れた息のまま小さくキルヒア神に奇跡を願い、左腕の治療を始める。すぐ横に立つ姉の顔を見ようともしない。

 シャイレーゼはその様子を見ると、神妙な顔をして近付いて来たホリィに目を向け、黙って廃墟の出入り口を指す。伝わったのだろう、足を揃えて頷いたホリィは廃墟の入り口の前に陣取ると奥へ向けてクロスボウを構えた。廃墟内にはひび割れから微かに漏れる光の他に光源は無かったが、暗視能力のあるルーンフォークにとっては充分なのだろう。ひたりと奥を見据えて動かなくなった。

 指示を出し終えた彼女が視線を戻すと、丁度癒しの光が収まろうというところだった。シャイレーゼはもう一つ、意識をして息を吐き出すと、剣を仕舞ってツカツカと大仰に足音を立てながらクルムオンの前に回り込んだ。

 目の前で足を止めても、クルムオンは姉の顔を見ない。じっ、と塞がった傷のあった場所を見詰めている。シャイレーゼは無言で右手を振り上げた。

 ぱン、と乾いた音が鳴る。頬を打たれたクルムオンがのろのろと視線を上げ、シャイレーゼの瞳を見た。

 

「……どうしてあんな真似をしたの」

 

 静かに、シャイレーゼは問うた。平坦な声だった。抑えつけたようなその声色に、クルムオンは再び視線を外し、だが口を開いた。

 

「……姉さんを、助けられると思ったんです」

 

 小さく、クルムオンは答えた。今にも沈みそうな声だった。それでも沈まないように、クルムオンは言葉を絞り続けた。

 

「僕だって、毎日神殿で剣を振って来ました。流石に、先達方には敵いませんが……それなりの腕にはなったと、自負していたんです」

 

 無意識にか、左手がフリッサの柄を包むように握り込む。そのまま、手が白くなる程に強く握り締めた。

 

「でも、姉さんは僕に後方での待機を指示した。悔しかったんです。僕のこれまでの研鑽が、全く通用しないことが。僕の努力が、姉さんに認めてもらえなかったことが……本当は、先の戦いで分かっていたんです。僕では、あのフーグルには勝てない」

 

 握り締めていた手が緩む。深く、深く息を吐き、そうしてクルムオンはやるせない笑みを浮かべた。

 

「分かっていたのに……姉さんの窮地を見て、つい手を出してしまった。姉さんを助け出せれば、認めて貰えるかもしれないと……姉さんの隣に、並び立つ剣士になれると……挙げ句、貴重な魔力を無駄にした」

 

 本当に、愚かだ。

 そう言って肩を落としたクルムオンの独白を黙って聞いていたシャイレーゼは、徐ろに眉間に手をやると、皺を伸ばすように軽く揉んだ。そうして、小さく溜め息を吐く。

 

「なんというか……やっぱり男の子だったのね、クルムオンも」

「ええと……それは、どういう……?」

 

 突然の姉の発言に、意味を掴み損ねたクルムオンが首を傾げる。シャイレーゼはどうもこうもないわ、と肩を竦めた。

 

「男の子って、ほら、負けず嫌いというか……やたらと腕っ節の強さに拘るじゃない? 剣の腕だとか、それこそ単純な腕力だとかさ」

 

 騎士団にもよくいたわ、と彼女は僅かに顔を(しか)めてみせた。あまりいい思い出ではないのかも知れない。

 

「結局大事なのは誰に何が出来て、何が出来ないかってことでしかないのにね」

「僕は……」

「貴方の剣の腕、認めてないわけじゃないのよ」

 

 俯き掛けた弟に、シャイレーゼは小さく微笑ってみせた。そうしてから、小さく首を横に振る。

 

「貴方の剣は、そうね、お行儀が良すぎるのよ。きっと、人間との一対一の果たし合いとかなら十分だわ。でも、昨日のフーグルみたいな人外丸出しの滅茶苦茶な攻撃を仕掛けてくる相手とか、今日みたいな乱戦とかには向いてない」

「ですが……敵は選べないじゃないですか。向かないからと避けるわけにはいかないでしょう」

 

 そう反論したクルムオンの額を、馬鹿ね、と軽く小突く。

 

「そう言うのは私が相手すればいのよ。折角一緒にいるんだもの。もうちょっと姉を頼りなさい」

 

 まぁ、さっきはちょっと無様を見せちゃったけど、とシャイレーゼはバツが悪そうに頸を掻いた。

 

「貴方が私と同じことが出来なくてもいいの。むしろ同じだったら困るわ。お馬鹿な猪武者が二人になっちゃうじゃないの」

「姉さんは馬鹿じゃないですよ。馬鹿なのは僕の方です」

「そんなことないわよ。私とクルムオンを比べたら、私の方が馬鹿だって誰もが言うわ。ねぇ、ホリィ」

「ノーコメントでお願いします。どう答えても不敬となるような質問はなされないでいただけますか」

 

 全く視線を動かさないままホリィがそう返してくる。はぁい、と小さく舌を出したシャイレーゼは、そこで少しだけ表情を改めると、ねぇ、クルムオン、とその身体をそっと抱き寄せた。

 

「貴方が何と言おうと、私は貴方の方が頭がいいと思ってるわ。魔法だって使えるし、色んなことを識っている。私に出来ないことを、貴方は沢山出来るの……本当に、頼りにしてるんだから」

「……姉さん」

「私達は双子なのよ。片方が出来ないことを、もう片方が補うの。それでいいじゃない」

 

 穏やかな声で言いながら優しく後頭部を撫でるシャイレーゼ。クルムオンはぎゅっ、と一度強く目を瞑ると、憑き物の落ちた顔で苦笑を浮かべ、はい、と小さく頷いた。

 

「……よし。もう大丈夫ね?」

「はい。ご心配をお掛けしました」

 

 抱擁を解いたシャイレーゼに、クルムオンはしっかりと芯の通った顔でもう一度頷く。

 いいのよ、とシャイレーゼは笑顔で首を横に振った。

 

「そっちはこれからやるから」

「へ? ──いッ!?」

 

 ごンッ! と拳骨がクルムオンの頭頂部に振り落とされる。目から火花が飛んだクルムオンは思わず頭を抱えて蹲った。

 

「全く無茶をして! 私が後ろで待機してろって言ったんだから大人しくしてなさいよ! 腕が飛んだかと思って肝が冷えたじゃないの! 結果的にあれ以降大した攻撃を受けなかったから良かったものの!」

「ね、姉さん……」

「言い訳無用! むしろもう全部聞いた! 今度はこっちが鬱憤を晴らす番!」

 

 そうして堰を切ったように文句を垂れ流し始めるシャイレーゼ。

 一体さっきまでの優しい姉はどこへ行ったというのか。

 

「理不尽だ……」

「何か言った!?」

「何でもないです……」

 

 そのまま怒鳴られ続けながら、クルムオンは深々と溜め息を落としたのだった。

 

   ◇◆◇             ◇◆◇

 

「いやぁ……ちょっと白熱し過ぎたわね」

「ちょっとじゃないですよ、もう……殿下、お気を確かに」

「あぁ、うん、大丈夫……今回は甘んじて受け入れることにしました」

 

 すっきりとした顔のシャイレーゼに文句を言って、ホリィはクルムオンを気遣った。

 時間にして数分と短い間ではあったものの、怒涛のように流し込まれる説教に彼はすっかり燃え尽きてしまったようである。まるで仏のような顔をしていた。

 

「それにしても、変ね。結構煩くしてしまった自覚はあるんだけど……何も出てこないわ」

「はい。全く動きはありませんでした」

 

 入り口で戦闘し、それ以上の勢いで説教までかましたというのに、廃墟の中からこれといった反応は無かった。

 

「僕達の思い過ごしだったのでしょうか……それならそれで結果としては良いのですが」

「そうね……とりあえず中を見てみましょうか。一応待ち伏せされてるかもしれないから、警戒して」

 

 シャイレーゼの言葉に二人は頷き、一行は【フラッシュライト】を起動したホリィを先頭に慎重に中に踏み込んだ。

 中は埃っぽく黴臭い、まさに廃墟といった趣である。所々崩れて足場が悪くなったところを避けながら三人は進んだが、特に語るべきところもなくあっさりと探索は終わってしまった。外から見る分には無事に見えた前室部分だったが、実際は入って通路を三回曲がったところにあるエントランスで天井部分が上層階の床を巻き込んで崩落。それ以上奥に立ち入れなくなってしまっていたのだ。建物として生きている部分は想定の3割もなかった。

 

「どうやら、蛮族達はここに一日逗留していたようですね。数は昨日の集団と表にいた見張りで全部のようです」

 

 エントランスの隅に無造作に積み上げられた動物、恐らく猪の残骸を確認しながらホリィがそう推察を口にした。全ての骨に齧り残しだろう肉が付着しており、食べてからそう時間が経っていないことが分かる。消費された肉の量と、付近に点在する寝るためにか雑に瓦礫を払ったような空間の数や大きさから見て、集団の規模も推察を大きく外れはしないだろう。

 ここに来るまでに幾らかあった小部屋にはそういった痕跡は無かったし、もし発見出来ていない地下への入り口などがあるとするならばここに三人が存在を確認した蛮族と丁度合うような痕跡が残っているのは不自然だ。他に有力な生き残りはいないと見ていいだろう。

 

「沢山居ると思ってたから、何だか拍子抜けね」

「すいません、僕が最悪の想定をしておこうと言ったばかりに……」

「良いのよ。統治する側としてはあって然るべき視点だわ」

 

 申し訳無さそうに眉尻を下げたクルムオンに、シャイレーゼは気にするなとばかりに首を振って見せた。

 

「私だけならそう言うの考えないで突っ込んじゃいそうだし。今回は笑い話で済むけど、逆に考えなしに敵の大軍に突っ込んだとしたら目も当てられないわ」

「……そうですね。今回は純粋に、杞憂で済んだことを喜んでおきましょう」

 

 微苦笑し、クルムオンは頷く。シャイレーゼは話題と空気を切り替えるべく一つ手を叩いた。

 

「さってと。とりあえずもう危険は無いようだし、後はこれを検分するだけね」

 

 そう言って彼女はエントランス入り口に置いてある小さな壺と瓶へ足を向けた。小部屋の一つで回収し、ここまで運んできたものである。

 シャイレーゼはまず壺に手を掛けた。粗末な栓を抜き、慎重に地面へ垂らす。口からとろりと垂れた黒い液体が、ぺちょりと粘く不快な音を立てて広がった。

 

「これは……蛮族達が使ってた例の毒かしらね」

「状況的に見てその可能性は高そうですね……先程攻撃を受けた僕と姉さんには【キュア・ポイズン】を使った方が良いでしょうね」

 

 魔力が回復した後になりますけど、とクルムオンが肩を落とすと、シャイレーゼは魔晶石を使えと言った。

 

「村へ戻る最中に行動不能になったら目も当てられないし。必要経費よ」

「……分かりました」

 

 先程のことをまだ多少引き摺っているのだろう、やや沈んだ表情で頷いたクルムオンは自身のポーチから5cm大の魔晶石を取り出すと、バックラーに叩き付けて砕いた。そこまで強い力で叩いた訳では無いのに粉々に砕け散った魔晶石の破片は大気に溶けるように消えてその場に魔力を残す。クルムオンは魔力が霧散する前にそれを使い、解毒の奇跡を願った。

 神聖魔法の行使を見届け、シャイレーゼはよし、と頷く。

 

「これでもう心配は要らないわね。後はこっちの小瓶だけど……凄く見覚えのある瓶よね」

 

 彼女の持ち上げた小瓶は、まさにグラントが持っていた麻薬の瓶と同様のものであった。無造作に開封したシャイレーゼがその口を仰いで匂いを嗅ぎ、同じね、と確信を持った表情で呟く。

 

「あのフーグルも飲んでたりしたのかしら」

「確かに、あの様相と攻撃性は異常なものでした。毒を爪に仕込んでいたのだとしたら、誤って体内に入ってしまった場合の保険として服用していてもおかしくはありませんね」

「思いっきり舐めてたしね、爪」

 

 昨日の戦いを思い出してか、シャイレーゼはうんざりと瓶を見詰めた。

 

「ともあれ、いよいよもって森の奥の集落とやらが怪しくなってきたわね」

「そうですね……」

 

 蛮族の襲撃に対する件の集落の関与の疑いは濃厚なものとなった。少なくとも全くの無関係ということはあり得まい。

 

「すぐにでも確認に行きたいところだけど……流石に無謀か」

 

 シャイレーゼもクルムオンも魔力は殆ど残っていない。まともに戦える余力があるのはホリィ位だろう。

 流石に正面から踏み込むつもりはないが、蛮族と関係のある集落である。備えるに越したことは無い。

 

「一旦村に戻って体勢を整えましょう。グラントにも一先ず危機が去ったことを伝えなきゃいけないし」

「そうですね。先程言った他の村への触書も出さないといけませんし」

 

 クルムオンがそう言うと、シャイレーゼはうげ、と露骨に面倒くさそうな顔をした。

 

「……ホリィ?」

「高々数枚の手紙くらい彼女に代筆させないで自分で書いてください。領主なんですから」

「……字の綺麗な部下に代筆させてサインだけ書くのが領主の仕事! 直筆よりも読めることが大事!」

 

 全くの間違いではないがそんなに胸を張って主張しないで欲しいクルムオンである。呆れている彼に、ホリィが私のことはお気になさらず、と苦笑する。

 

「そうだ! いっそ文面もクルムオンに考えて貰った方がより分かりやすい文章になる筈!」

「僕は兄上に出す報告書を作らないといけませんので。流石に今回の件を無報告、というわけにはいかないでしょうから。それとも、姉さんが代わりに報告書を書きますか?」

 

 間違いなく触書よりも文章の作成難易度は高いし、親族とはいえ国の最高責任者代理に提出する文書であるからホリィに代筆させるわけにもいかない。

 

「……触書の方をやります」

 

 それが理解出来たからか、シャイレーゼはぺそぺそとした顔でそう絞り出した。クルムオンはやれやれと首を振る。

 

「そうやってすぐ面倒になって雑務を人に押し付けようとするのは姉さんの悪い癖ですよ……役に立ちたいとは思いますし、頼って貰えるのも嬉しいですが、だからといって姉さんのためにならないことはしませんから」

 

 クルムオンがそう言うと、シャイレーゼは二、三目を瞬かせ、ちぇー、と態とらしく口を尖らせてから屈託ない笑みを見せたのだった。

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