ソード・ワールド2.5 リプレイ 『煌日の姫と冴月の王子』 作:弧埜新月
脅威への道(Ⅰ)
「──ダメよこんなの。遅過ぎるわ」
ダンッ!
シャイレーゼの振り落とした拳が、粗雑な作りのテーブルの天板を叩く。結合部の処置が適当だったためか大きく撓んだその4人掛けの長机は、その扱いの悪さに抗議するように勢いよく元に跳ね戻ると乗っていた白墨を叩き落として粉砕した。
「姉さん、落ち着いて……」
宥めに掛かるクルムオンの隣から立ったホリィが手早く白墨を片付ける。その様を見てシャイレーゼは前髪をくしゃりと握り潰すと、苦り切った顔で小さくごめん、と呟いた。
今3人が居るのはブルシャを捕らえた建物の一室だ。ブルシャ曰く応接室であるというそこは、褪色し擦り切れた布が絨毯のように敷かれ、粗末なテーブルセットが据えてあるという、この建物の中では最も居住性に優れた部屋である。少し傾いた棚はスカスカで、古ぼけたキャビネットの上には例の畑に生えていた花が植った鉢が無造作に置かれていた。世話する者は居ないのか、土は乾燥し、花は既に萎れている。尤も、窓のない部屋だ。太陽の恵みのないここでは元より育ちようがなさそうではある。粗悪で臭い獣脂の蝋燭が放つ光の揺らめきに浮かび上がる乾涸びた花芯が、まるで墓地から迷い出た
時刻は既に夜。夜更けも近い。ブルシャを縛り上げて尋問し、使役されていたスケルトンなどの遺体を弔い、集落や住民達の状況を確認して食事を配り……息吐く間もなく動いている内にあっという間に日は暮れてしまっていた。
だが休むことはできない。そんな暇は無かったし、そんな気分にもなれなかった。
「このまま煮詰まってても埒が開きませんよ。ここは一旦視線を離して、現状の整理をしませんか?」
「……。そうね。その方が良いかも」
自分でも相当近視眼的になっている自覚はあったのか、シャイレーゼが1つ息を吐いて弟に頷くと、ホリィへ視線を向ける。双子の視線を受けた彼女は頷くと、新たな白墨を取り出して長机に文字を書き始めた。躊躇する様子はない。既に長机には簡略化された周辺の地図が大きく描き出され、記号に矢印、数字等が所狭しと並んでいるのだ。今更である。
「幾つか決めねばならないことややらねばならないことはありますが、細かい物は一旦置いておきましょう。今早急に方針を定めて今後の動きを詰めねばならない事項は大きく分けて2つございます」
ホリィが間隔を開けて少し大きめの点を打ち、そこに続けて『集落』と『組織』と書いた。
「それぞれ、この集落とここに住まう者達の処遇についてと、ブルシャの後ろで糸を引いていた者達についてでございます」
この場では既に自明のことではあったが、ホリィは整理と共通認識の確認のために敢えてそう口に出した。理解しているので2人も口を挟まない。黙って頷く。
「前者については更に3つ。1つは住人の治療です」
ホリィが『集落』の後ろに3本の線を引っ張り、1番上の線の横に『治療』と書いた。
「この集落の住民達は皆重度の薬物中毒に侵されており、完全に薬物に依存しています。このままではまともな生活すら成り立ちません」
実際に集落を回って確認した限り、住民はとっくに限界を迎えている。ホリィの言う通り全員が重度の薬物依存に陥っており、薬を与えねば薬への渇望でまともな思考能力すら消え失せてしまう程だ。その渇きは飢えや睡眠欲といった本能的な欲求すらも上回る程で、ブルシャは畑作業に従事する労働者には仕事後に1度、多少判断力が必要な見張り役には前後に1度ずつ労働の対価として薬を少量与え、食事や睡眠はその直後の多少理性が戻って来ている間に与えて管理していたという。
胸糞の悪くなるような話だが、それはつまりここの住民は管理する者がいなければ生存出来ないということだ。
薬がなければ自ら食べ物を口にしようともしないが、必要最低限にすら届かない食事しか与えられていない彼等には絶望的に栄養が足りていない。1日食事を抜いただけでも餓死しかねない程だ。
かといって彼等に薬を管理させて最低限の薬を自分で摂取するようにするのは無理だ。そんなことができるならば依存性とは呼ばないのである。そうなったが最後、彼等は際限無く薬を得ようとするだろう。そして一気に中毒症状を起こして死ぬのだ。
確認の際にブルシャが溜め込んでいた食料の分配を行ったが、あばら屋のような家の中で亡者の如き呻き声で薬を求めて譫言を呟き続ける骨と皮ばかりの人々を見るのも、そんな彼等に麻薬を与えて正気を取り戻させるのも、正気を取り戻した彼等が虚な表情で涙を流しながら粗末な食事を食べるのも、そのまま泥のように眠るのも……いずれも酷く精神を削る光景だったことは間違いない。既に事切れている者もいて、3人の心に暗い影を落としていた。
「僕が唱えられる程度の神聖魔法ではどうにもなりません。せめて神殿長か、それに近いクラスの高位の神官が必要でしょう」
「で、そのクラスの神官を派遣してもらうのは無理、と」
溜め息混じりのシャイレーゼの声にクルムオンが頷く。双子の発言を受けてホリィは『治療』から更に線を伸ばすと、まず上の方に『魔法』と書いてから『・高位神官』と書き、その後ろに小さくバツを書いた。
だが3人の顔に悲壮感は無かった。
「つくづく、ここにあの設備があって助かったわね」
そう、この集落には中毒物質を中和し、治療するための薬とその生産設備が存在していたのである。
この治療薬は麻薬と同じ花の実から作られるが、その精製方法が異なるのだ。誤って解毒薬を摂取しまうなどで使用に迫られた時にブルシャ本人が使うために用意していたもので在庫はごく小数しかなく、再生産するための設備も生産効率が劣悪な最低限の物ではあるが、材料だけは沢山ある。重篤な患者を優先して根気強く治療を続ければ今いる人々を救うことは何とかできそうだった。
ホリィは『治療』に一本線を付け足し、『薬』と書き入れる。
「問題は人手ね。生産だけなら1人でも何とか行けるけど、あの設備を最大限に使いたいなら3人欲しいわ」
「不足に備え、可能であれば薬学に明るい人物も欲しいところです」
ホリィは『・1〜3人』と『薬師』と『薬学持ち』を『薬』の後ろに付け足す。彼女は必須となる項目の頭に点を打っているようだった。
そこからも3人は現状の整理を続けたが、それらは既知の問題である。あっという間に専門知識のある人間が足りない、現場の指揮が取れる人間もいない、そもそも人手が足りない、人手がいてもその人手が休息できる十分な住環境がない、勿論病人が満足に療養できる環境もない、それ以前の問題で食糧その他の物資が全く足りない、と問題点が長机に列記されることとなった。
抜けが無いかを再確認した後、3人は揃って溜め息を吐く。
「……要は必要な物が何にも無いってことね」
「分かってはいましたが、こうして改めて並べてみると酷い惨状ですね……」
「足りている物は薬の材料と生産設備だけでございますからね……」
「足りてるって言っても、設備は最低限のものしか無いじゃないの。十分とは言えないわ」
ホリィの言葉に、眉間に皺を寄せたシャイレーゼがそう言う。その様子に
「申し訳ございません」
「いいわ。無いものねだりしても仕方ないし。早く次に行きましょ」
自分の発言が八つ当たりに近いものという認識はあるのか、それとも気が急いてるだけか。シャイレーゼはすぐに流して先を急かした。ホリィは気を悪くした風もなく頷いて白墨を持ち上げる。
「では、今一つの『組織』の方についてに移ります」
「ブルシャの言ってた連中と、ゲナントカとかいう奴のことね」
「はい。それと姫様、ゲナンサスでございますよ」
「そうそれ」
憎々しげに頷くシャイレーゼにホリィは苦笑しながら『組織』の後ろに『顧客』と『ゲナンサス』と書き入れた。
前者は不定期にブルシャから薬を買い上げ、代わりに必要な物資を置いていく連中のことで、言わばブルシャのスポンサーに当たる。何せこの集落と人々を用意したのも彼等だというのだから、その力はかなりのものだ。
後者は北方の山岳を越えた先にある涸れ谷に棲まう、人語を解す幻獣の名だ。かの幻獣はかつて行商人をしていたブルシャが誤って荷馬車ごと崖から転落した時に、負傷した彼を魔法で救ったのだそうだ。
そこまでだったら美談だったのだが……ゲナンサスは行商人としての全てを失ったブルシャを憐みでもしたのか、はたまた何らかの利用価値でも見出したのか、麻薬の製法と人からスケルトンを作り出し操るための呪具を与えたというのだ。『顧客』がブルシャに接触してきたのはそのすぐ後だというので、十中八九後者であろうが。どちらが主かは分からないが、『顧客』とも何らかの繋がりがあるのは間違いないだろう。
「最後に連中がやって来たのは半月前って言ってたわね」
「はい。ですが、次回の来訪がいつになるかは……『顧客』の来訪は全くの不定期で、
「次回の予告も先触れなどもなし、と……態とであれば相当用心深い連中だ」
いつ露見してもいいようにしていたみたいですね、とクルムオンは肩を竦める。
「彼等自身のことを示すものは何も見つからなかったんですよね?」
「はい。残された書類や物資は一通り流し見ましたが、特には。今のところ有力なのは彼等がみな頭から血を被ったようなローブを着用していること位です」
「その情報も作為的に残されたミスリードでなければいいんですが……やはり彼等について現段階で確定出来そうなことはなさそうですね」
クルムオンの言葉に頷いて、ホリィは『顧客』の後ろに書いてあった『正体』と『目的』にバツを付けた。
「そこは今気にしなくてもいいわ。今問題なのはこの集落をどう守るかってことよ」
シャイレーゼの強い言葉に2人も頷いた。直前まで彼女達が頭を悩ませていた問題がまさにそれだったからだ。
シャイレーゼがクルムオンを鋭く見据える。
「連中が来たらこの村に火を掛けるというのは間違いないのよね?」
「ええ。少なくとも僕ならそうします。この集落には彼等に繋がる重要な証拠こそありませんが、
「簡単に言ってくれるわね……人の命を何だと思ってるのかしら」
「何とも思ってないからこの集落があるんですよ、姉さん」
吐き捨てるシャイレーゼに、クルムオンは多少投げやりに聞こえる調子でそう返した。彼とて連中に思うところが無いわけではない。むしろあり過ぎる程にはあるが、見るからに殺気立っている姉を見て落ち着いた振る舞いと思考を心掛けているだけである。
「住人達をこれまで通り働かせれば、直ぐには露見しないでしょうが」
「そんなの出来るわけないでしょ。ただでさえ限界なのに」
「ですよね。僕だって嫌です」
だが、働く住民達の姿が無ければ集落に異変が起こったことは一目瞭然だ。こっそりと接近して火を付けるなりなり火矢や【ファイアボール】*1の魔法を撃ち込まれるなりされてしまえば満足に動けない住人達を逃すことなどとても出来ない。被害は相当なものになるだろう。
「幸い、と言うと語弊がありますが、連中にとってこの集落の重要性は然程高くない筈です」
クルムオンはそう推察を口にする。そうでなければあまりに警備体制が杜撰すぎるからだ。であればここは重要な情報の少ない末端の生産拠点と考えるのが自然で、他にも似たような拠点があるのだろうし、なくてもまた作れば良い程度の価値でしかない筈である。
そう考えたからこそ彼は相手が集落を奪還するのではなく最初から焼こうとすると考えたのだ。この推察を2人も支持していた。
「それなりの警備体制が敷かれているのを見れば、リスクを取って諦めると思いますが」
「その警備体制を敷けるのがいつかって話よ」
言ってシャイレーゼは地図へ目を向ける。地図に書き込まれた数字は各地に配置された領兵から抽出できる人数とここに到着するまでの日数を示すものだ。
各地の警邏を疎かにするわけにもいかないため、1拠点あたりの数字は微々たるもの。近隣からすぐに引っ張ってこれるのが恐らく数人。それ以上は離れれば離れる程連絡に日数が掛かるようになるため、間に合わせに無理のある警備体制を築くのでも7日は掛かる試算となっていた。
しかもこれは領兵を警備に専念させる場合で、実際には物資の輸送やその護衛にも兵力を割かねばなるまいし、集落での薬の製造や患者の世話などにも人手が必要だ。それを考えれば、『それなりの警備体制』が整うまでには倍以上の時間が掛かると思われた。
「……体制が整うまで連中が待っててくれると思う?」
「それは現状では何とも言えません。ですが、この計画ですと体制が整う頃には前回の来訪から1月が過ぎることになります。楽観視は出来ないかと」
ここまでの状況を長机上に纏めたホリィは、また、と追加の問題点を上げる。
「現在の計画上では兵を指揮出来る者の確保が出来ません。姫様か殿下が直接指揮を取られるのであれば問題ありませんが」
「却下よ。私達は急いでゲナントカを追わないとなんだから」
即座に意志を示したシャイレーゼに、ホリィがあの、と控えめに異議を挟もうとする。
「やはり、討伐隊を組織して差し向けるのは……」
「ダメに決まってるでしょ」
が、シャイレーゼはじろりと侍女に目を向けて言葉を呑ませると、いい、とその柳眉を立てた。
「絶対にゲナントカに逃げられるわけにはいかないのよ。奴の棲家だっていう洞窟を隈なく捜索する気なら、確かに討伐隊も有効かも知れないけど。そんな大人数の、しかも明らかに兵隊と分かるような一団なんて目立つに決まってるじゃないの。そんなのが近づいてきたら余程の馬鹿でもない限り絶対逃げ出す。ましてや出入り口が1つだけと決まった訳でもないし。だったら冒険者を装った私達が迷い込んだフリなりをして侵入する方がよっぽど確実だわ」
ぐぅの音も出ない様子のホリィにそもそも、と、
「さっき指揮する人間がいないって言ったのはホリィじゃないの。指揮できる人間を確保して討伐隊を組むには時間が掛かりすぎるし、そもそももしそんな人間がいるなら先にこっちに回すわ」
「……はい」
反論の出せないホリィは小さく肩を落として頷いた。その様子に、シャイレーゼはひりついていた表情を僅かに緩める。
「私達の身を案じてくれるのは嬉しいわ。確かにリスクが高い選択なのは分かる。でも、これは必要なことよ。私達の身を危険に晒してでもね」
そう、言ってしまえばかの幻獣と件の組織は今回の事件を引き起こしてくれた黒幕であるのだ。特にその組織はブルシャを使って麻薬を大量に仕入れており、その麻薬で解毒できる──ように見える──毒を武器に仕込んだ蛮族が近隣の村を襲っている。これで蛮族が使っていた毒に偶々麻薬が効いただけ、などと考える程、3人の頭はおめでたく出来ていない。蛮族を引き入れて操り、麻薬を広めようとする連中など国どころか人族の敵だ。一刻も早く捕らえてその企みを叩き潰さねばならなかった。
そして『顧客』の情報が無さすぎる現状、手が届く唯一の手掛かりが棲家が割れているゲナンサスである。これが棲家に迫る軍隊を見て危機感を覚えるなり、時間を掛け過ぎて集落が落ちたことを察知した『顧客』から情報が伝わるなりで逃げられでもしようものならば、王国は巨悪に繋がる大きな手掛かりを失うことになるのだ。
「申し訳ございません、姫様。出過ぎたことを申しました」
「いいのよ。それが貴女の役目なんでしょうし。今はそれよりもこの現状を何とかしないと」
国益を考えれば、今すぐにゲナンサスを追うべく出立すべきだった。
ゲナンサスへの対処に数日。その後の処理や移動を考えればこの集落に戻って来られるのは1週間後といったところか。
その間
為政者としてはそうすべきだ、と双子にも分かっていた。
だが、ここまで短い間ではあるが冒険者として人々の生活を垣間見てきた彼女達にとって、それはまるで選ぶ価値のない選択肢に思えてならなかった。脳裏に過ぎるのは全てに疲れ切った様子の門番や泣きながら集落の悲惨さを訴えて息を引き取った老人、そして薬が産む渇きから逃れられず、呻きながら明日をも知れぬ眠りに就く人々の顔。彼等は確かに王国民全体に対しては極少数で、ゲナンサスを取り逃がせばその何倍もの人がこの集落の人々と同じように苦しむことも分かっている。さりとて、今ここで苦しむ人々を見捨てることが正しいことだとは、双子はどうしても思うことが出来なかった。
集落の人々は救う。ゲナンサスは捕らえて情報を吐かせる。綺麗事かも知れない。だがその両方を成すことこそが、王族としての真の責務であると双子は固く信じていた。
とはいえ、信念だけでそれを成す知恵が浮かべば苦労はない。
「あーもう、これどうすりゃいいのよ……」
呻いたシャイレーゼが頭を抱えて机に突っ伏した。情報を整理する中で多少気は落ち着いたらしいのだが、冷えた頭で再度状況を勘案し、改めてどうしようもないということを理解したらしい。
あまりに何も無いのだ。人手も、物資も、時間も。情報を書き出した机のどこを見渡してもリソースが足りていなさすぎる。足りないものを補おうにもその元となるものがどこにも無いのではどうしようもない。
手詰まりな状況に頭を掻きむしった彼女に声を掛けたのは整理された情報の末端を再確認していたクルムオンだった。
「姉さん」
「何? いい案でも見つかった?」
「はい」
顔を上げ、悩みで頭痛が極まったようなしかめ面で自分を見上げる姉に、クルムオンはいっそ爽やかな笑みを浮かべてみせた。
「──思い切って、ここを捨ててみるのはどうでしょうか」
いや、申し訳ありません……思ったように書けなくて2回程書き直ししてました。
しかも話自体は進んでないというか、前回の事後処理というか……
今回、実際のログだと選択肢提示して選んでいっただけであんまりロールプレイしてない部分なんですよね……今回書くに当たって改めて読んで、いやそうはならんやろ、となったので自分なりにおかしくならないようその過程を埋めていったら文字数が……もっと文章構成力が欲しい……