ソード・ワールド2.5 リプレイ 『煌日の姫と冴月の王子』   作:弧埜新月

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次は06月中には出したいですね(白目)


脅威への道(Ⅱ)

「はぁ!?」

 

 弟の発言に勢い込んで立ち上がろうとしたシャイレーゼだったが、手を叩き付けたテーブルの脚がバキャリと砕け、頭から突っ込むようにして盛大にひっくり返った。額で天板を圧し割った彼女を2人が心配そうに覗き込む。

 

「だ、大丈夫ですか、姉さん?」

「だいじょばない……けど、それよりも!」

 

 がばりと立ち上がった彼女は額を真っ赤にしたままびしりと弟に指を突き付けた。

 

「ここを捨てるってどういうこと!? あの人達を見捨てる気!?」

「そんなわけないじゃないですか。落ち着いて。机からも足を下ろして」

 

 いきり立つ姉をどうどうと鎮めながらクルムオンは苦笑する。

 

「僕が提案したのはこの集落自体を放棄することです。この集落で重要なのは住民達と治療薬の生産設備、それから薬の材料くらいなもの。それらさえ運び出せばこの集落は無価値──とまでは言いませんが、重要度はかなり下がる。焼き討ちされてしまってもそう惜しくはありません」

「運び出す……ここの人達全員連れ出すってこと? 無理よ! 何人いると思ってるの。それに連れて行く先だって……」

 

 そこまで言って、彼女も気付いたようだった。その考えを肯定するようにクルムオンは頷く。

 

「ええ。グラントの村です。場所は集会所を貸して貰いましょう。少し手狭ですが、詰めれば彼等を寝かせる位は出来る筈だ。彼等や設備の運搬はグラント達に人手を借りれば何とかなります」

「そんな、それじゃ──」

「ええ、あの村が襲撃に遭うリスクはあるでしょう」

 

 ですが、とクルムオンは首を横に振って潰れた長机を見やる。

 

「民に累が及ばないよう、姉さんがご自分の配下(兵と代官)だけで済ませようとしていたのは僕もホリィも分かっていましたし、その考えを尊重したいと思っていました。ですが、こうして改めて整理すればよく分かります。このやり方じゃどう足掻いても無理だ」

 

 姉さんも分かっているでしょう。そう問われれば、先程まで頭を抱えていたシャイレーゼとしては黙って唇を噛み締める他ない。

 そんな姉を励ますように、クルムオンは笑って見せた。

 

「大丈夫。僕に考えがあります」

 

 そう言って、クルムオンは割れた天板を指し示す。その先には素早くホリィが描き足していたグラントの村を示す丸があった。

 

「まずは僕とホリィで村に向かいます。彼等の説得後、僕は村に残って受け入れ等の段取りを始めるので、ホリィは村人達を連れて搬出の指揮をお願いします」

「承りました」

「必要な物の搬出が終わったら、ホリィはそのまま付近の詰所……こことこことここ、それとここですか」

 

 屈み込んだクルムオンは地図上に指を滑らせて詰所を示す円に触れていく。どれもこの集落から一日二日で到達できる場所だ。

 

「これらを巡って兵を出させてください。この付近の兵なら村の名を出せば自力で来れるでしょう。その代わり、強行軍になると思いますが……」

「その程度、なんのことはございません。お任せください。それと、この詰所よりはこちらの方がよいかと存じます。この詰所はこの集落からの距離は同様ですが、今示された他の詰所との連絡は良くありません。逆にこちらの詰所であれば、少し足を伸ばしてこの詰所にも行けるかと」

「ではそれでいきましょう。回り終わったらこの街に戻り、物資の手配をお願いします。流石に村にある備蓄では足りないでしょうから」

 

 クルムオンはとんとん拍子にホリィと話を詰めて行く。詰所の印に付された抽出可能な兵の数を指折り数えていたシャイレーゼは焦れたように声を上げる。

 

「ちょっと、その程度の数じゃ到底監視網なんか敷けないわよ」

「確かに、領兵で村の周囲一帯を監視するには足りないでしょう。でも今回はこの人数で十分だ」

 

 そう言ってクルムオンはグラントの村を示す円へ指を向け、囲うようになぞった。

 

「歩哨は村人にも手伝ってもらい、その中に領兵を分散して加えます。そうすれば見張りとしては十分でしょうし、その中に領兵がいればハイゼン公がこの件に関わっていると知れる。連中に手出しを諦めさせるには十分でしょう」

 

 ホリィが呼びに行った兵士が最初にグラントの村へ到着するのは2日後。その更に翌日かその次の日には増援や交代要員も追加される。患者の世話は村人に頼めば良いので、領兵達は警備にのみ力を入れればよい算段だ。

 

「領兵が到着するまでが勝負ですが、グラント達がいるので全く無防備というわけではありません。それに、連中はまずこの村を狙う」

 

 言いながら、クルムオンはこの集落を示す円を指で叩いた。

 

「グラント達の村に向かうのはここが無人であることに気付いた、その後です。直ぐに周辺を探りにいくのか、それとも撤退するかは分かりませんが……ここに留まるよりかは時間が稼げる筈です。どうです、現状よりも余程現実的なプランでしょう?」

 

 クルムオンが言えば、シャイレーゼは腕を組んで難しい顔で暫く唸り込んだ。民に大きな負担を掛けることに深く葛藤しているようだったが、否と言うだけで代案が出せないなら何も解決しない。結局他の案のない彼女は渋々と頷いた。

 

「……分かったわ。でも、協力してもらう以上グラント達には十分報いないとね。何をするかはグラントと話してからだけど……ホリィ、出立前にグラントから欲しいものを聞き出して、物資と一緒に調達してきて。裁量は貴女に一任するけど、基本全部叶える方向でいいわ。(ハイゼン公)が許可する」

「承りました」

 

 恭しく一礼する従者に頷きを返し、シャイレーゼは弟を振り返る。

 

「でも、それだけじゃ解決してない問題があるでしょ。全体の統括者とか、薬学関係の知識持ちとか。それに、私の仕事は?」

「勿論、そっちも考えてあります。姉さん、王国軍第二軍と話を付けて来てくれませんか?」

 

 クルムオンの提案に、シャイレーゼは目を見開いた。

 王国軍とは文字通り王国が組織、統率している軍である。

 王が指揮権を持ち、諸侯軍と共に外敵と立ち向かう為に存在するが……その平時の役割は諸侯に勝手を起こさせないための監視と威嚇、そして反乱があった場合の鎮圧である。

 そんなわけなので、一般的に王国軍の諸侯からの受けは悪い。

 諸侯なんてものは大概が日々法の抜け道を探したり法にギリギリ触れるかどうかの所を攻めたりして私腹を肥そうとするものだ、というのは大分穿った見方だが、実際王国軍が自領に立ち入ることを歓迎する貴族はほぼ居ない。

 自領に拠点を置かせるなどもっての外で、敵国との国境付近に監視のための小規模な詰所が点在する他は王国から打診があっても何やかんやと理由を付けてやんわりと拒否するのが常だった。

 では、シャイレーゼ(ハイゼン公爵)はどうかというと──

 

「そうか、国軍。確かに相手を考えたら国軍が関わってもおかしくはないか」

 

 その手があったかとばかりにぽん、と手を打つ。その顔に拒否感などは微塵も感じられない。彼女は領主である以前に王族なのだから当然の話である。指揮権こそないが、王国軍は家臣のようなものだ。

 更に言えば彼女の気質が気質である。まるで後ろ暗いところのない(私腹を肥やすどころか擲っている)シャイレーゼには王国軍を疎む理由は欠片もないのであった。

 

「はい。兄上も反対はなさらない筈です」

 

 同様に軍へ含むところを持たないクルムオンも自信を持って姉に頷きを返す。そこへお待ちを、と待ったを掛けたのはホリィだった。

 

「確かに反対はなさらないでしょうし、指揮官や医官も派遣して貰えれば解決策の無かった問題も諸々解決しますが……その場合、姫様の領兵とは協働して、いえ、国軍が指揮官を出すなら国軍の指揮下に置かれることになります。衝突が起きませんか?」

 

 ホリィは密偵として幾つもの領地を見、国軍と領兵の対立を見てきたのだろう。心配顔でそう言うが、シャイレーゼは大丈夫よ、と笑い飛ばした。

 

「うち、国軍とは仲が良いのよ。この間だって協力して困難な捜索任務に当たったって報告書貰ったし」

「困難な捜索任務? それって……」

「ええ。住民から陳情があって対応したみたいよ。迷子の猫ちゃんを捜してって」

「あぁ、ルークス様が目頭をお押さえになられていたやつ……」

 

 関係が良いことは結構なことだが、と主が溜め息を吐いていたことを思い出し、ホリィは乾いた笑いを浮かべる。王太子の頭痛の種の所在の1つはここだったらしかった。

 

「そうすると場所はこの図でいうと……」

「こちらですね」

 

 気を取り直したホリィが丸を書き込む。そこは領都と他領──王都とは別の方向、つまり今3人がいる辺りだ──を結ぶ街道の途中を示していた。そこに、王国軍第二軍が駐留する駐屯地が存在するのである。

 

「姫様の馬ならここから2日と掛からず到達できるかと」

「そんなも要らないわ。街道に出さえすれば後は知った道だし」

 

 自身満々にシャイレーゼは胸を叩くと、弟を振り返る。ようやく取るべき道の定まった(何とかなりそうな道が見えた)彼女の金緑石(アレキサンドライト)の瞳は鮮やかな輝きを取り戻しているように見えた。

 

「じゃあ私は、今すぐトロンベと山を降りて駐屯地に行けばいいのね!」

「いや、それは困ります」

 

 だから、首を横に振ったクルムオンにシャイレーゼはえっ、と目を丸くする。

 

「こういうのは善は急げっていうもんじゃないの?」

「もう日が落ちてます。土地感もない夜の山道を駆け下るのは無謀だってことくらい、馬に乗れない僕にも分かりますよ」

「それはそう」

 

 いくら松明などで照らそうにも限度がある。だが明るくなってから出発するよりは夜間に常歩(なみあし)ででも進んだ方が早く着く筈だった。

 

「それに、姉さんには出立前にやってもらわないといけないことがあります」

「やってもらわないといけないこと?」

 

 鸚鵡返しに首を傾げるシャイレーゼ。彼女にクルムオンははい、と頷きを返し、話の先を読んだホリィがすっ、と羊皮紙の束を差し出す。

 

「ホリィが回る詰所への命令書と、僕とホリィが姉さんの名代であることを示す委任状を書いてください」

「ゑっ」

「今の声どこから出したんですか……当たり前でしょう。ここは姉さんの領地で、領兵は姉さんの兵であり、グランド達は姉さんの民だ。そこに来て、僕やホリィが姉さんからの命令書や委任状なしに好き勝手できる筈ないでしょう」

 

 少なくとも領兵は間違いなく動かない。最悪ホリィは王族の命を騙る者として捕縛から処刑待った無しである。クルムオンも身の証は立てられるにしろ、姉の領地で勝手に兵や民に命を下すのはかなり外聞が悪いことだろう。

 

「大した文量じゃありません。書いてください。それとも、兄上に渡す報告書も一緒に書きたいですか?」

「……やります」

 

 一気に萎びた根菜染みた様子になったシャイレーゼがしおしおとホリィから羊皮紙の束を受け取る。余程昨日の触書が堪えたのだろうか。

 それでもやらなければならないと理解はしているらしく、萎びた顔のまま手早く椅子を掴むと半壊した長机をさっくり見捨ててキャビネットの前に据え付けた。

 

「これも民のためですよ」

「分かってるわよ……」

 

 そう答えてインク壺を取り出すと、ペンを執って一枚目に手を付ける。情け無い表情とは裏腹に、その動きには一切の澱みが感じられなかった。

 

「姉さんが働いているうちに他の話も進めましょう。ホリィ、整理を始める前に幾つか決めねばならないものがあると言いましたよね」

「そう、そういえばそんなのがあったわ! そっちを先に決めないと」

「姉さんは手を動かしててください。それが書き終わらないと僕達も行動が出来ないので」

「ハイ……」

 

 ぴしゃりと言われたシャイレーゼはすごすごと浮かしかけた腰を元に戻す。その背を数秒見詰めたクルムオンは、どうやら完全にいつもの姉に戻ったようだ、と内心で安堵しつつ、話を促すようにホリィへ視線を向け直した。頷いたホリィは一瞬口を噤むも、クルムオンが疑問に思う前に澱みなく答え始める。

 

「……村を襲撃してきた蛮族について、調査が必要かと。現状、件の顧客が関わっているというのは状況証拠未満の推測でしかありません。間に顧客の顧客が存在する可能性は十分考えられます」

「確かに、それはそうですね。逆に直接連中の尻尾を捕まえられる可能性もある」

 

 クルムオンは勘案するように顎に指を当て、視線を上向けた。

 

「しかしそうすると……今の段階では冒険者ギルドに調査を依頼するくらいでしょうか」

 

 不審な動きをする蛮族が出没していると情報を出し、冒険者達に調査と警戒を促すのだ。現状ではそれしかできないとも言う。

 

「遅効性の毒を使って来ることと、その効果についても周知しておきましょう。ハイゼン公領内だけでなく、近隣の……いえ、少なくとも情報だけは国内全ての冒険者ギルドに流しておいた方がいいでしょうね」

 

 規模や目的、活動範囲が絞れるなら、もう少しやりようもあるのですが、とクルムオンは頭を掻いた。

 仮に兵を動かすとした場合、それが完全な空振りに終わることは許されない。動かすにはどんな動員規模であろうと少なからず出費が嵩むし、何より国や王家の威信に傷が付く。

 今の貴族との力関係にはルークスの判断の正確さに拠っている部分が多少なりともあるのだ。確実な情報もないまま闇雲に兵力を動かした挙句何の成果も上げられず失敗に終わるなどといった露骨な失態は犯せなかった。

 対して、こういう虱潰しに何か情報を集めたい時に冒険者ギルドは便利だった。多少の出費(情報料)で広く情報を集められる。流石にその分中身は浅くなってしまうが、気になるものがあればその時こそ調査隊を派遣すればいいだけの話だ。その規模が適切であれば、もし何も見つけられなくても情報は誤りだった、何も不審な点はないと確認出来たとすれば大した失点にもならない。

 

「冒険者ギルドへは、私が詰所を廻る時に合わせて連絡しますか?」

「いえ、その方法だとハイゼン公領内で広まるのは早いでしょうが、そこから他に広がるのには時間が掛かるでしょう。国からの依頼として軍を通じて出す方がいいと思います」

 

 そう言ってから、クルムオンは姉を振り返った。

 

「そういうわけで姉さん、軍へ提出する指示書と、その写しも書いてください」

「え゛っ」

「後で何かあった時に書面があった方がいいでしょう。今の冒険者ギルドに通知させる内容もちゃんと書いておいてくださいね」

「ちょっ……しかも写しまで!?」

「兄上に送って追認して貰うんです。形式上の手続きも大切ですからね」

 

 ホリィが、写しは流石に自分の仕事では……? という目で見てくるのを、クルムオンは視線だけで返事をした。眉尻を下げたホリィは黙ってシャイレーゼの隣に追加の羊皮紙を置く。シャイレーゼは鬼! と喚きながら次の羊皮紙を手に取った。

 インク壺にペン先を浸し、一息置く。

 

「……ギルドへの依頼の件、国からじゃなくて私からにするわ」

「……よろしいので?」

 

 窺うようなホリィの問いに、シャイレーゼは紙へ向かったままええ、と頷く。

 

「漠然と国から、とか軍から、とかって依頼がくるより、ちゃんとした個人(王族)の名前があった方が情報が集まりそうじゃない。有力情報には色を付けてもいいわ」

「確かに、その方が早く、広く情報は集まりそうですが……それ、財務担当の文官が頭を抱えるんじゃないですか?」

 

 自分の名前を出して報酬を上乗せするからには、その支払いは当然名前を出した者になる。シャイレーゼは一瞬固まった後、絞り出すように言った。

 

「……大丈夫。後でちゃんと兄上に申請するから」

「上乗せした分まで出してくれますかね、それ……」

 

 依頼を出す必要性は認めつつ、上乗せは不要と判断するだろう、というのがクルムオンの見立てだ。良くて相場の報酬分を補填というところだが、その集計の手間を考えると全額シャイレーゼの負担に落ち着くのではないだろうか。

 

「……まぁいいでしょう。では次の……ホリィ、どうかしましたか?」

 

 縮こまるようにして背を丸めながら書き物を続けるシャイレーゼの背中をじっと見詰めているのに気付き、クルムオンが首を傾げる。ホリィはすぐに、何でもありません、と首を横に振った。

 

「次の案件ですね。ええと……」

 

 ホリィは再度、今度は気遣わしげにシャイレーゼをちらり、と見てからやや躊躇いがちに口を開く。

 

「あの、殿下。ここでは姫様の邪魔になりますし、場所を移しませんか?」

「え、それは──」

「構わないわよ、別に」

 

 クルムオンが疑問を挟む前に、シャイレーゼが手元に視線を向けたままそう答える。

 

「煩くしているわけでもなし、邪魔になんてならないわ。それに」

 

 彼女は上体だけで振り返ると、書き上げたばかりの委任状を手にしてひらひらと振る。

 

「私が責任者になるんだから、話の中身は聞いとくべきでしょ。ここでやんなさい」

「……姉さん?」

 

 眉を(ひそ)めたクルムオンが呼び掛けるも、シャイレーゼはさっさと姿勢を戻してペンを手に取ってしまった。有無を言わさぬその背中に常ならぬ物を改めて感じ、彼は思わずホリィの表情を窺う。その兆候なりを感じ取っていたのだろう、眉尻を落として同じ背中を見詰めていた彼女は、クルムオンの視線に気付くと目を伏せ、それから諦めたように口を開いた。

 

「……例の、短剣の件です」

「──あぁ、あれね」

 

 先に反応したのはクルムオンではなかった。

 すくりと立ち上がったシャイレーゼ。彼女はすらりと剣を引き抜いた。

 

「忘れてたわ。さっさと叩き折りましょう」

「ちょっ……待ってくださいって!」

 

 真顔で短剣を預かるホリィへ向き直る彼女の前に割って入り、クルムオンが慌てて止める。同時に理解した。

 姉はただ、いつも通りに振る舞って見せていただけだったのだと。

 

「あれだけの呪具です。迂闊に壊したらどうなるか分からないってさっきも説明したじゃないですか」

 

 クルムオンの言に、シャイレーゼは眉を(しか)めて目線を逸らした。その説明を忘れたわけではないのだろう。

 それだけ、その存在が赦し難いのだ。

 その短剣、というのはゲナンサスがブルシャに与えたスケルトンを作り操るための呪具そのもののことだ。

 薄い黒曜石の刃に、鮮血のような細く紅い線が葉脈状に走るという、如何にも不気味な見た目をした短剣だが、真に悍ましいのはその見た目ではない。それを用いたスケルトンの生み出し方の方だ。

 まず、犠牲者の心臓をこの短剣で刺す。この時の犠牲者は時間が経っていなければ既に死んでいても構わないが、少なくとも首が無かったり、頭蓋骨に穴が空いていたりしては駄目だったらしい──何故、そんなことを知っているのかについては知りたいとも思わなかったが。

 その後、遺体から血と内臓を抜き去り、掘った穴の底に寝かせてから、内臓と土を混ぜて血で練った物を被せておくのだという。そうすると、1月程でブルシャ(心臓を刺した者)の命令に従うスケルトンが這い出してくるのだとか。

 この命令権は短剣があれば好きに移動できるそうで、ブルシャは自身の護衛や労働力の他に『顧客』に何体か売り払ったらしい。基本的に生者を生きたまま『加工』することはなかったらしいが、その総数をブルシャは覚えていないと平然と宣わった。興味も無かったのだろうが、それは自然と数を忘れる程度にはこの短剣が人の血を啜ってきたことを示している。

 シャイレーゼでなくても、即刻この世から消し去りたいと願うのは当然であった。

 だが、

 

「僕達で下手に手を出して、呪いでも受けようものなら堪ったものではありません。対処は専門家に任せるべきですよ」

 

 魔術の素養のない者が縁もゆかりもない他人の命(どうでもいいもの)を代償に、従順な手駒を得られる呪具である。しかも、得られるアンデッドはブルシャの話を聞く限り現代の操霊術師が作る物よりも遥かに長く稼動し、より高度な命令を実行できるようだ。そんな短剣がありきたりな呪具の筈がない。

 古代の操霊術師の遺産か、はたまた邪神による奇跡か。いずれにせよ、迂闊なことは避けるべきだった。

 

「僕達は件の幻獣を追わねばならないんですよね? であれば、不要なリスクを負うべきではありませんよ」

 

 その言葉が止めになったか、シャイレーゼは纏めて苦虫を噛み潰したような顔をして溜め息を吐き、抜き身のままだった剣を仕舞う。

 

「分かった、分かったわよ……言う通りにするわ」

 

 渋々と肩を竦めて引き下がるシャイレーゼ。若干気怠げに見えるが、大体普段通りに見える。

 

「その件は2人に任せるからいいようにしておいて」

 

 だが、そんな筈はないのだ。

 

「それで? 他の案件は?」

 

 彼女がより深い激情を向ける先は、他にある。

 

「残る案件は……」

 

 水を向けられたホリィは一度目を伏せると、小さく息を吐くと覚悟を決めたように面を上げる。

 

「……あの男の、処分について、です」

 

 ──シャイレーゼは、色の抜けた瞳でホリィの顔を見下ろしていた。




一応、リプレイ小説とは銘打っていますので、実際のプレイヤーの選択には忠実に従って書いています。
ですがそうなると、その時はノリで通したけど後々読み返してみると、いやそうはならんやろ……となることがあるわけでして。
というわけで、そのそうはならんやろポイントその1。
「軍に短剣の処分やらギルドの対応などを任せる」
いやこれ、シナリオに書いてある選択肢そのままなんですが……そうはならんやろ。何で最寄りの街に駐屯してる王国軍おんねん。
なんならプレイしてる最中プレイヤー相手に愚痴ってました。
舞台であるサンクネック王国は諸侯の力が強い小国です。そういう場合、諸侯は独自に兵力を持っている筈で、普通王国軍を受け入れようとはしないと思います。王国軍はいるとは思いますが、諸侯の兵力とは完全に別の組織でしょうね。
そういう訳で、考えすぎかも知れませんが、少なくとも私は納得できませんでした。
実際どうなんでしょう。史実でそういうケースあるんでしょうかね……その方面の学はないのでさっぱり分かりませんが。
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