ソード・ワールド2.5 リプレイ 『煌日の姫と冴月の王子』   作:弧埜新月

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双子の旅立ち(後)

「どう思う、クルムオン」

 

 王太子の私室を辞したシャイレーゼは、一つ目の角を折れた所で隣を深刻な顔で俯きがちに歩く弟に囁き掛けた。クルムオンは顔を上げ、堅い表情で姉を見返す。

 

「どう思うも何も、やる他ないでしょう。それが王族たる僕達の責務ですから」

 

 そう言ってから、クルムオンは雰囲気を何とか解すように苦笑を浮かべて見せた。

 

「兄上にも、釘を刺されてしまいましたしね」

「それよ」

 

 シャイレーゼは半眼をクルムオンへ向ける。

 

「兄上、絶対私がクルムオンに全部押し付けると思ってるわよ、あれ」

「どうでしょうか」

「いーえ、間違いないわ。言いながら私の顔じっと見てたし」

 

 ──実際、そのつもりだしね。

 

 言いながら、シャイレーゼは内心で少し申し訳なさげに舌を出した。

 自分は王には向いていない。客観的に見てそうだと思う。

 彼女は自他共に認める猪武者だ。思い立ったら即行動。それでこれまで生きてきた。

 その生き方で、正直上手くいったとは言い難い。勿論上手く行ったことも無くはないが、周りを振り回すだけで終わったことや、燃え広げてしまった騒動を皆で必死に火消しして回ったことも沢山ある。

 それでも直接統治しない、代官任せのお飾り領主*1だから何とか務まっていたが、王はとても無理だ。そんなやり方では早晩道を誤って国が滅ぶ。

 国を過たずに導くためには広い知識と深い思慮が要る。それを持っているのはクルムオンの方だ。国の為を考えるならば、王には弟がなるべきなのである。

 そう、兄が言うように決して面倒だからではないのだ。

 

「兄上は、僕の顔も見ていたと思いますけどね」

 

 ──どう考えても僕よりも姉さんの方が王に向いているからな。

 

 どうせ王位を僕に押し付けようとでも考えているんだろうな、と思いながら、一方のクルムオンも考える。

 王に必要なのは決断力と実行力だ。そしてシャイレーゼはその両方を持っている。自分は駄目だ。実行力は兎も角決断力が明確に劣っている。

 何か行動に移す際、どうしても考えてしまうのだ。即断即決が出来ない。平時なら決して悪いことでは無いのだろうが、生憎とこの国は有事に事欠かない。思考力よりも決断力の方が重要だった。

 それに、姉は考えるより先に動きがちなだけで、決して愚かではない。自分が考えない分、分からなければ色んな人に意見を訊いて回ったり、人を頼ったりといったことが出来る人間だし、散々やらかしてきたからか自分に誤りがあれば認め、人の諫言を素直に聞く度量もある。

 思い立ったが吉日とばかりに暴走しがちな所は玉に傷ではあるが……その時は周りが軌道修正してやればいいのだ。

 国とは決して一人で動かすものではないのだから。

 

 ──後はどうやって、クルムオン(姉さん)に後継者を押し付ける(になると認めさせる)か……。

 

 二人がそうやって国の行末を案じながら(どうやって相手を後継者につけるか)考えながら歩いていると、廻り廊下の角に一人の侍女が佇んでいるのが見えた。ルークスが二人に付ける、と言った娘だ。彼女は双子の姿を認めると、その場に片膝をついて顔を伏せた。双子が歩いてくるのを待ち、十分に近づいたのを見計らってようやく顔を上げる。

 

「ホリィでございます」

 

 侍女はそう名乗った。肩口までの黒い髪に、紅い瞳。小柄で双子よりも幾分か幼く見える少女だが、そうではないことを双子は知っている。彼女の下仕え用のやや簡素な侍女服から僅かに覗く首筋は、人の肌とは違い、黒い硬質の樹脂のようになっている。彼女がルーンフォークである証だった。彼女達は生まれた時の外見で一生を過ごす。双子は彼女が何年も前から今の姿で兄の傍に仕えているのを知っていた。

 

「お二人の旅に付き従うよう、ルークス様から仰せつかっております」

 

 再び、ホリィと名乗った少女は頭を垂れた。そしてそのまま言葉を継ぐ。下に向けて話している割には、その声はよく通り聞き取りやすかった。

 

「兄上から話は聞いている。旅の間はお前を頼れと仰せだったが」

 

 クルムオンが貴族然とした堅い声で言葉を返した。は、とホリィは短く返事をして応える。

 

「お任せください。任務の為、旅には慣れておりますし、冒険者としての身分もございます。こう見えて色々と心得がございますので、存分にお使い頂ければと存じます」

 

 ホリィは心得、の部分で軽くスカートを叩いた。細い金属の棒がぶつかり合うような軽い音が鳴る。スカウトツール(錠前を探り、こじ開けるための道具)がそこにあるのだろう。

 

「励めよ」

 

 鷹揚に頷いたクルムオンに、ホリィは一段深く頭を下げる。と、

 

「あー、やめやめ」

 

 そこへ割って入ったのはシャイレーゼだった。

 

「ね、姉さん?」

「これから一緒に旅するのよ? なのに、そんな貴族ばった喋り方しちゃって……堅っ苦しいったらないわ」

 

 半眼のシャイレーゼは仰反る弟の鼻先に指を突き付けて詰る。

 

「第一、冒険者として旅しろってことはお忍びでしょ? 冒険者が旅の仲間にあんな喋り方しないわよ」

「……それは、たしかに」

 

 姉の言葉に理を認めたクルムオンはバツが悪そうに頷いた。よし、と頷きを返し、シャイレーゼはぽかん、とした顔で双子のやり取りを見上げていた少女を振り返る。

 

「そう言うわけだから。よろしくね、ホリィ」

「あ、あの、えっと……」

 

 先程までの出来る従者然とした態度を崩壊させ、彼女は落ち着かない様子で視線を辺りに彷徨わせた。下級貴族の出身ですらない自分に、貴族、それも王族から気さくに話し掛けられるとは思っても見なかったのだろう。ふと目の合ったクルムオンが、諦めて、とばかりに目線を伏せて首を振る。

 

「ほら、いつまでも膝突いてないで立つ」

「は、はい」

 

 シャイレーゼに促されたホリィが立ち上がる。無意識なのだろうが、その素早く音が殆どしない所作を見るに密偵としての優秀さが垣間見えるが、狼狽えているのが丸分かりなその表情の所為で色々と台無しであった。

 

「もっと楽にして、喋り方とかももっと砕けてて良いわ」

「あの、その……はい、分かりました」

「まだ堅いわよ。敬語とか要らないから」

「こ、これは素なので……これで勘弁していただけると……」

 

 ようやく立て直そうとしたところを更に突かれ、ホリィはいっぱいいっぱいのようであった。真紅の瞳に薄らと涙が浮いている。

 今度は見かねたクルムオンが割って入った。

 

「ほら、姉さんもその辺にしておいてあげてください」

「むぅ……まぁ、そうね。これ以上は無理強いし過ぎか」

「そう言うことです」

 

 無事に姉を止めたクルムオンは棒立ち状態の侍女を振り返る。

 

「改めて、よろしくお願いしますね、ホリィ」

「あ、はい。よろしくお願い致します」

「ええ。一緒に姉さんの暴走を何とかしていきましょう」

「ちょっと、それどういう意味よ!?」

「……微力を尽くします!」

「ちょっと!?」

 

 額に青筋を立てるシャイレーゼにクルムオンが堪らず噴き出し、ホリィも釣られたようにくすくすと笑う。一頻り笑って目元に浮いた涙を指で落としたホリィが先導するように廊下の先を示した。

 

「では、参りましょう。もう出立の支度に関しては私の方で手を回してあります。お召し物に関してはそのままとは参りませんので、旅に合ったものに変えていただく必要がございますが……お手伝いはご入用ですか? よろしければ選定から着付けまでお手伝いしますよ!」

 

 明るい声で口早に言って、ホリィは胸の前でぐっと両手を握る。先程のやり取りの所為か、或いは意識を切り替えたのか、彼女の雰囲気からは堅い物がすっかり取れていた。まだ言葉選びには身分差による物が残っていたが、シャイレーゼは特に気にした様子もない。恐らく目的は達したからだろう。

 

「目立たない物がいいですが、拘れるところは拘りたいですね! お二人とも、とても凛々しくいらっしゃいますから──」

「そういえば、ホリィ」

 

 ウキウキ顔で双子の旅装を考え始めたホリィを、シャイレーゼは呼んだ。

 

「はい?」

「貴女が採点係も兼任ってことでいいのかしら」

「──」

 

 首を傾げたシャイレーゼの言葉に、侍女はぴしりっ! と音が聞こえる程分かりやすくフリーズした。が、すぐに再起動して取り繕うような笑みを見せる。

 

「そそっそ、そそそんなことは、ななないです、よ?」

「いや引き攣り過ぎでしょ」

 

 あまりの挙動不審っぷりに、シャイレーゼは即ツッコミを入れた。ホリィは冷や汗を流しながら視線を左右に動かすが、クルムオンも姉と似たような顔(呆れた半眼)をしているのに気付いて観念したのか悄然と肩を落とした。

 

「……はい。確かにルークス様からは、お二人それぞれの言葉と行いをしっかりと留めるように仰せつかっています」

「そう。だったら──」

「それと!」

 

 口を開き掛けたシャイレーゼの言葉を、ホリィが強い語調で遮る。

 

「もし、姫様から殿下へ直接継承権を譲るような発言があった場合は、姫様へ継承権を渡すようにと仰せでした!」

「バレてッ!?」

 

 一瞬仰反ったシャイレーゼだが、すぐに思い直してホリィを問い詰める。

 

「いやおかしくない!? ホリィに継承者を決める権限なんてないでしょ!」

 

 それを決められるのは兄か、今も床に伏せている父王だけの筈だ。

 しかし、ホリィは涼しい顔でしれっ、と言い返す。

 

「そうですね。ですので、正しくはそのような発言があれば、必ず報告しろ、とのご命令でしたが……」

 

 ホリィは一瞬言葉を切り、双子の顔を交互に見た。

 

「この件が、最終判断に影響を与えるのは間違いないことかと存じます」

「ぐぬぬ……」

「流石兄上、読んでますね……」

 

 歯軋りするシャイレーゼと苦笑するクルムオン。一方のホリィは表情を引き締めた。

 

「これは、臣民の一人として、無礼を承知の上申し上げるのですが」

 

 ホリィの言葉に、双子もまた背筋を伸ばす。

 

「私は、お二人には期待を掛けさせていただいております。まだ浅い付き合いなれど、シャイレーゼ様、クルムオン様、お二方とも王にふさわしきお方であると、私めは確信しております」

「……本当に無礼なことを言うわね」

 

 肩を竦めながら、シャイレーゼは目線で続きを促した。クルムオンも腕を組んで静観の構えを見せている。ホリィは黙って一度頭を下げ、言葉を紡いでいく。

 

「お二方のどちらが王になられても、素晴らしき王になられましょう。だからこそ、お二方には此度の旅、真剣に向き合っていただきたく存じます。この国を巡り、何が最良であるかをよくよく熟考なされた上で、最適な決断していただきたい」

 

 王族である双子を正面から真っ直ぐ見つめ、彼女は言い募った。二人も無言のまま彼女を見返していたが、ややして小さく息を吐いたのはシャイレーゼだった。

 

「王族相手によくもまぁそんな上からの物言いが出来たものね。割と真っ当な貴族でも首を落としかねないわよ」

「覚悟の上です」

 

 ホリィは毅然とした顔で即答する。シャイレーゼはもう一度溜め息を落とした。

 

「クルムオンはどうする? 彼女の首を斬る?」

「いいえ? こんな風に真正面から物怖じせずに諫言ができる従者は貴重でしょう。流石、兄上が重用するだけはあると感心しましたよ」

 

 同じ意見でしょう? とばかりに楽しそうな目を向けてくる片割れの返事に、そうよね、とシャイレーゼは呟き、ホリィに視線を戻す。

 

「分かったわ。とりあえずクルムオンにいきなり継承権を押し付けるのはやめて、ちゃんと旅をする。それでいい?」

「はい。ありがとうございます」

 

 綺麗に一礼し、ホリィはほぅ、と胸を撫で下ろした。

 

「あら、緊張くらいはしてたのかしら」

 

 揶揄うようにシャイレーゼが言えば、小柄な従者はそりゃそうですよ、と返す。

 

「覚悟はしましたが、死にたい訳ではありませんから。ですが、そんな狭量な方達ではないと信じていましたよ」

「ふぅん。随分持ち上げるじゃない。そんなに人を見る目に自信があるのかしら」

「そういう訳ではありませんが……大丈夫です。今はお二人とも帯剣されていませんから!」

 

 確かに、人払いをされたため、未だに衛兵に預けた武器は返却されていない。全くの丸腰である。だが、

 

「ほーん」

 

 ぐっ、と両手を握ってそんなことを宣ったホリィに、表情を殺したシャイレーゼはごきり、と指を鳴らした。その音に、びくり、とホリィは細い肩を震わせる。

 

「ひ、姫様?」

「王国近衛騎士たる私から、剣が手元にない位で一介の密偵如きが逃げられるとでも? 舐められたものだわ」

 

 固く握りしめた両拳を下ろし、ふー……、と深く息を吐く彼女の姿に、ホリィは顔いっぱいに冷や汗を浮かべた。それが、王国の騎士達が好んで使う錬気*2だと気付いたからだ。どうやら余計なことを言ったらしいと悟ったホリィは脱兎の如く逃げ出す。

 

「お、お助けー!」

「逃がすかぁ! 【マッスルベアー】*3ッ!」

 

 錬気を発動したシャイレーゼが猛然とその背を追い掛ける。その鬼気迫る様は見ている者に全身から真っ赤な熊のようなオーラを噴き出す姿を幻視させるかのようであった。

 

「……誰かに見つかる前に収まると良いんですが」

 

 唐突に始まった茶番に微苦笑を溢しながら、クルムオンは二人の後をゆっくりと追いかけたのだった。

 

   ◇◆◇             ◇◆◇

 

「……気を取り直しまして、先ずはお召し物ですね!」

 

 ヤケクソ気味なテンションで、ホリィはそう双子に笑い掛けた。その頭には大きなタンコブが出来ていたが、下手人はといえばそんなの目に入らないとばかりの澄まし顔をしている。先程のオーラは鳴りを潜めており、怒りは鎮まったようだった。

 

「お二人とも、動きやすく、市井に紛れても違和感のない服はございますか?」

「僕はありませんね……そもそも普段はハイデン公領の神殿にいますから」

 

 王城に用意されている私室には最低限必要なものしかないのだろう。クルムオンは肩を竦めた。一方、ふふん、と得意気に鼻を鳴らしたのはシャイレーゼである。

 

「私は持ってるわよ。紋章とかの入ってない剣と鎧と盾一式。それに馬具なんかもね」

「……何でそんなもの持ってるんです?」

「ほら、突然馬に乗って身分気にせず駆け出したくなる時ってあるじゃない?」

「ありませんよ。僕、馬には乗れませんし」

「乗れないの!? この引き篭もり気質め!」

「僕はそこまで引き篭もりという訳では……第一、馬に乗れるかどうかとは関係ないですよね、それ」

 

 本を読んでばかりで多少出不精な自覚はあるのだろう、一瞬口籠ったクルムオンだったが、すぐにじとりと言い返した。シャイレーゼは応酬しようと口を開こうとしたが、そこへ笑顔のホリィが割って入る。

 

「話が進みませんのでその辺で」

 

 にこやかながらも有無を言わせぬ圧のある語調でホリィは言った。不服そうな表情のシャイレーゼに対し、クルムオンは少しほっとしたような笑みを浮かべる。

 

「すみません。旅装の話でしたね」

「はい。殿下の方は、こちらで幾つかご用意させていただいたものがあるので、そちらをご確認ください。姫様はそうですね、王都から離れるのですから、武具類はあれで問題ないかと」

「そう……ん? ちょっと待ってホリィ。それどういう意味?」

 

 ホリィの言葉に、幾つか引っ掛かりを覚えたシャイレーゼは眉根を寄せた。ホリィは困ったような笑みを浮かべて答える。

 

「姫様が時折紋章の無い鎧を付けてお忍びで遠乗りに出られるのは結構有名な話でして」

「えっ、そうなの!?」

「はい。姫様は遠乗りの際、ご自身の馬でお出掛けになられますよね」

「当たり前じゃない。トロンベは最高の相棒よ」

 

 シャイレーゼは堂々胸を張って頷いた。ここで話の読めたクルムオンが痛むように眉間を指で押す。

 

「姫様の馬が素晴らしい一級の軍馬であることは疑う余地もありません」

 

 ただ、とホリィは更に眉尻を下げる。

 

「あのレベルの馬に騎乗が許される姫様位のお年の女性というと、他に該当者が殆どいなくてですね……」

 

 しかも騎士も斯くや、という出立(いでたち)と乗りこなし──実際騎士なのだから当然だが──である。見る者が見れば誰だか判ろうというものだ。

 

「ですからほら、城門の門番達も見咎めることなくお通ししていましたでしょう?」

「確かにいつも近づくと勝手門開けてくれてたけど……あれ、そういうことだったの!?」

「それ以外ないでしょう。普通は誰何されて然るべきですよ」

 

 愕然とする姉に、クルムオンはそう言って溜め息を吐いた。身元不明の武装した騎馬を素通りさせる門衛がどこにいるというのだ。

 

「むしろ、よく問題になりませんでしたね。姉さんの身に万が一何かあったらどうするんです?」

「ご安心を、殿下。姫様が馬具の準備を始めたら専門の部署に一報が入る仕組みが出来ておりますので。遠乗りの間は邪魔にならないよう、陰ながら警護させていただいております」

「成る程、対策済みでしたか」

 

 ホリィの回答にクルムオンは納得する。私のプライベートがっ!? と後ろで崩れ落ちるシャイレーゼはもちろん放置だ。王族にプライベートなどないのである。

 

「そう言えば、言い忘れておりました」

 

 シャイレーゼに追い打ちを掛けるように、はた、と手を合わせてホリィは言う。

 

「此度の旅において、姫様は騎馬が許されておりません」

「なぁあ!?」

 

 がばりとシャイレーゼは身体を起こすと、泡を喰ってホリィに掴み掛かった。その細い肩を掴んでがくがくと揺さ振る。

 

「何で!? トロンベ何で!?」

「此度の旅はお二人のどちらかが時代の国王となるかをお決めになる旅です」

 

 揺さぶられながら、しかし笑顔で一本立てた指を振って全く動じた風もなくホリィは答えた。

 

「基本、お忍びにはなるでしょうが……もし、問題に直面した際には、身分を明かされることがあるかと存じます。ルークス様も、その判断はお二人に任せると仰せでした」

 

 ただ、と、

 

「片方が騎馬、片方が徒歩で行動していれば、如何でしょうか」

「まぁ、馬上の方が主、(かち)が従だと映るでしょうね」

 

 その様を思い描いたクルムオンが答える。ホリィは我が意を得たりとばかりに大きく頷いた。

 

「それは避けよ、とルークス様は仰せでした」

「ぐぬぬぬぬ……でも、まぁ、言いたいことは分かったわ」

 

 漸くホリィを揺さ振る手を止めて、唸りながらもシャイレーゼは引き下がった。ここでどれだけごねようと、兄の決定が覆る筈もない。

 

 ──ホリィの言う通り、私だけ馬に乗ってたら私の方が王に相応しいと思われるかもしれないし……。

 

 それは明らかに、彼女の野望(弟に王位を押し付ける)にとってはマイナスであった。旅中は諦めるしかないと悟り、シャイレーゼは溜め息を吐く。

 そう、ホリィにはああ言われはしたが、彼女の考えは1ミリも変わっていなかった。国の為を考えても弟が王になった方が良いと結論付けているので当然だが。ホリィに免じて真面目に旅をしようとは思っているが、今のところは自分よりも弟の方が相応しいと本気で信じている。

 尤もそれはクルムオンも同じで、2人のやりとりを見ながら騎乗などしなくても姉さんの方が王に相応しいからな、などと考えていたが。

 

「姫様の馬を連れていくこと自体は禁じられていませんので……その、荷馬としてであれば……」

「荷馬……トロンベは軍馬なのにぃ……」

 

 シャイレーゼは愛馬の扱いに酷く落ち込んだ様子を見せた。それでも連れて行かないとは言わないのでそれだけ離れ難いのだろう。

 そのまま暫し落ち込むシャイレーゼをホリィはあれこれと宥めていたが、突如何かに気付いた様子でスッ、と通路の端に寄った。その様子に、双子も弛緩していた表情を引き締める。

 廊下の先から豪奢な裾の長いドレスを着た一人の妙齢の女性が歩いてくるのが見えた。ウェーブの掛かった金の髪を靡かせて上品に歩くその立ち振る舞いには、その生まれと立場から来る自信と自己肯定感、貴族らしいある種の傲慢さが透けて見える。その女性の名はハイデ。国内の有力貴族、ムルシオ侯爵家の息女にして、王太子ルークスの婚約者である。

 堂々と廊下の真ん中を歩いてくるその姿を、ホリィは頭を下げて、双子は緊張した面持ちで待ち受けた。家格からすれば、侯爵令嬢でしかないハイデが王族である双子に道を譲るべきである。しかし、王太子の婚約者という立場が、どちらが譲ってもおかしくはない程度にその差を埋めていた。

 むしろこれまでは王になる筈の兄の婚約者なのだから、と面倒を避けるためにも道を譲ったかも知れなかったが、今は違う。王になるかも知れないのは自分達なのだ。最早譲ることは許されぬ立場と言えた。

 無言の視線が集まる中静々と歩いてきた女は、あと一、二歩でぶつかろうか、という段になってようやく避けた。頭が動いたかどうかという軽い会釈の後、口を開く。

 

「お久しぶりですが、今日は、どのようなご用でしたのかしら? 殿下のお見舞いに?」

 

 凪いだ水面のように静かな声。なんと返すべきか悩んだ双子は、それを表情に出さぬようにしながら答えを避けた。

 

「最近、殿下のお体の様子が心配で。気が気でなくて」

 

 双子の様子に気付いているのかいないのか。ハイデは沈み込むような息を吐いてそう睫毛を伏せた。その憂い顔は、真に想い人を案ずる貞淑な女の顔に見える。

 彼女とルークスの婚約は明らかに政略に基づいたものではあったが、二人の仲睦まじさは有名であった。『光の王太子』に相応しい令嬢だと、神殿暮らしで世事に少し疎い自覚のあるクルムオンの耳にも自然と入る程には国民から厚く支持されてもいる。この辺り一帯がルークスから未だ人払いされたままにも関わらず、この先にいる筈の番兵が彼女を通してしまったことも、彼女の支持者が臣下にも一定数いる証左だろう。

 ある意味彼女はルークスに最も近い立場である。彼の病のことを知っていてもおかしくはない。だが兄は言ったのだ。この話を知るのは侍医と侍従長、そして傍にいる侍女(ホリィ)しかいないと。その他には口外するなと。あの兄が、彼女の名を言い忘れることが果たして有り得るだろうか。

 双子に答え合わせをしたのはホリィだった。

 

「ああ、いえ。殿下は最近特にお疲れなだけのようでございますよ」

 

 そっと顔を上げたホリィが口にしたのはあからさまな誤魔化しだった。

 

「殿下は働き過ぎなのでございます。侍医様も、ほんの一時だけでも政務から離れ、気晴らしをされてはどうか、と苦言を呈されていました」

「お前は……ホリィか」

 

 一介の侍女が主君の婚約者に向けるには明らかに無礼な言葉と態度であったが、ハイデはそれを咎めようとはしなかった。彼女の反応は明らかにホリィを見知った者のそれである。何度か言葉を交わしたこともあるのだろう。彼女に向けたハイデの視線は酷く冷ややかなものだが、二人の身分差を考えればそれは当然のことであり、そこから彼女がホリィに向ける感情を窺うことは出来なかった。

 

「殿下の側付きのお前が、何故ここに?」

「お二人をお送りするよう、ルークス様から命を受けております。その後は、別命で暫く城を離れることになります」

「そうか」

 

 ハイデはそれきり彼女には興味を失ったようで、視線を双子に戻した。

 

「どうぞ」

 

 一歩足を引き、双子へ通過を促すように腕を廊下の先へ指し示すように伸ばす。

 

「わたくしは、殿下にお目通りをお願いして参ります」

 

 そうして、再度、頭が動いたどうかも分からぬ微かな会釈が行われた。双子は顔を見合わせると、黙ってその前を通り過ぎる。ホリィだけが、彼女に失礼致します、と頭を下げて双子の後を追い掛ける。

 ハイデは、双子が角を曲がり、その姿が見えなくなるまでじっ、とその場に佇んで動かなかった。

 

   ◇◆◇             ◇◆◇

 

「……どうも気に入らないのよね、あの人」

 

 十分ハイデから離れたところで、シャイレーゼがぽつりと言った。クルムオンは首を傾げる。

 

「そうですか?」

「うん……上手くは言えないんだけど。なんとなく反りが合わないというか。クルムオンはそういうの無いの?」

「特には。何か思うことがある程付き合いもありませんし」

 

 育ちや立場を考えればあんなものではないか、と彼は思う。特に好悪の感情はなかった。

 

「ホリィは? あの人が名前を覚える位には付き合いがあるんでしょう?」

「はい、そうですね。私は仕事の無い時はルークス様のお側におりますので」

 

 印象は悪くありませんよ、とホリィは言う。

 

「ハイデ様と直接お話しすることは殆どありませんが、私のような者でも、先程程度のことであれば申し上げてもお怒りにはなられませんから」

 

 先程双子に意見した時程ではないにしろ、侍女の、それも貴族ですらない下仕えから声を掛けるなど十分無礼な行為である。婚約者が重用しているからかも知れないが、それを理解して寛容に振る舞えることをホリィは評価しているようだった。

 

「こんなことを申し上げるのも畏れ多いのですが、ハイデ様は教養、能力共に、ルークス様と釣り合いの取れた方かと存じます」

「そう」

 

 悪く思っているのが自分だけであることに不満があるのか、少し口を尖らせてシャイレーゼは頷いた。ですが、とホリィが続ける。

 

「此度の件、ルークス様はハイデ様にお教えするつもりは無いようでした。それが如何なる判断によるものなのかは、推しはかりかねますが」

「まぁ、そうするでしょうね」

 

 顎に添えた手の親指で喉元を撫でながら、視線を宙に向けていたクルムオンがそう呟く。姉が無言で続きを促した為、彼はそのまま自分の考えを口にした。

 

「このまま何事もなければ、彼女は次の国母となったでしょう」

 

 ルークスはまだ王太子だが、それは最早ただの肩書きに過ぎない。もし、実質的な国王であるルークスとハイデの婚姻が成り、そしてその嫡子が生まれたとなれば、その子には双子を差し置いて、より上位の王位継承権が与えられることは想像に難くない。

 ですが、とクルムオンは首を振る。

 

「今回の件でその未来は無くなる。それを知った時、果たして彼女は易々諾々と受け入れるような女性でしょうか?」

「そんな女には見えないわね」

「受け入れないと思います」

 

 シャイレーゼとホリィは揃って否定した。ハイデは良くも悪くも貴族らしい貴族である。そんな彼女が、みすみす貴族の最高到達点(王族)を逃すのを指を咥えて見ているとはとてもではないが思えなかった。

 でしょうね、と頷いたクルムオンが話を続ける。

 

「であれば、彼女の存在は火種にしかならないでしょう。国を割ることになります。兄上はそれを避けたかったのでしょうね」

「だから、あの女に伝えてなかったと」

 

 納得して頷いた後、シャイレーゼははたと気付いて弟の顔を見た。

 

「それだと、結局クルムオンが次の王に決まったとしても」

「姫様?」

 

 すかさずちくりとホリィが釘を刺す。冷や汗と共に冗談だと弁解したシャイレーゼは、小さく咳払いしてから話を戻す。

 

「私達のどちらかが次の王に決まったとしても、あの女にそのことが知れたら結局面倒なことになるんじゃない?」

「なるでしょうね」

 

 クルムオンは姉に頷いた。

 

「その辺りの対策も考えていかないと。流石に、今後兄上との婚姻が成るとは思えませんが……兄上が身罷られた後に、彼女が赤子を連れてくるだけで厄介なことになるでしょうね」

 

 例え庶子だとしても、『ルークスの子』の影響力は計り知れないとクルムオンは言う。その手の話が大嫌いなシャイレーゼは露骨に顔を(しか)めた。

 

「防ぐためには?」

 

 不機嫌を隠さず鋭く問うシャイレーゼに、クルムオンは今は何とも、と首を振った。

 

「僕の話は仮定の話でしかありませんから。対策は旅の中で考えないといけないでしょうけど」

 

 弟の答えに、シャイレーゼは小さくむくれた。かと言って妙案がある訳ではなくそのまま黙っているしかないのだが。そんな折、手を挙げたのはホリィだった。

 

「方策ならございますよ」

「本当!?」

 

 意気込んで振り返るシャイレーゼ。クルムオンも興味深そうにホリィの言葉に耳を傾けようとしているのが分かる。ホリィは得意気に薄い胸を張った。

 

「民衆の支持を得れば良いのですよ。ハイデ様が、策を弄しても無駄だと思える程に」

「それは……まぁ、そうなんでしょうけど」

 

 詰まるところ真剣に旅へ向き合え、と言いたいのだろう。国を巡り、国や民が抱える問題を解決し、支持を得る。ある意味正攻法と言える。

 

「問題を見つけたら、その解決のために積極的に介入するべし、ということですか」

「仰る通りでございます」

「確かに、旅中では何かしらの工作もしようがありませんし。それが一番かも知れませんね」

 

 クルムオンの言葉に、ホリィがはい! と元気良く肯いた。腹案のないシャイレーゼも仕方なさそうな仕草で乱暴に髪に手を入れた。

 

「分かったわ。目的地は決まっているの?」

「北東のハイゼンはいかがでしょうか」

 

 ハイゼンは双子にとって馴染みの深い土地だった。ハイゼン公シャイレーゼの領地であるし、クルムオンが身を寄せていたキルヒア神殿もこの地にある。言わばホームグラウンドのようなものだった。

 

「なるほど。最初の目的地として、王の資質を見てもらうには悪くないわね」

「僕も同意です」

 

 双子が頷いたので、ホリィもでは、その様に、と頭を下げ、先を指し示し急かす。まだまだ必要な準備は沢山あるのだ。

 

 

 こうして、煌日(きらめび)の姫シャイレーゼと、冴月(さえづき)の王子クルムオンの、王位継承権を巡る(相手に押し付ける)旅が始まったのだった。

 

*1
王族であり騎士でもあるシャイレーゼはハイゼン公爵として領地を貰っている

*2
エンハンサー技能で習得出来る。特殊な呼吸法により一時的に身体能力を強化する。まるで鬼⚪︎の刃である

*3
攻撃力を上げる錬気。別名熊の呼吸




PC紹介
○PC3 【王太子の密偵】ホリィ・トゥエーデ
種族:ルーンフォーク
スカウト:4、シューター:3、コンジャラー:2、マギテック:1、レンジャー:1
サンクネック王国の王太子ルークスに仕えるルーンフォークの密偵の少女。普段は従者として王太子の傍に控え、身の回りの世話をしていることが多いが、一度命が下れば様々な諜報活動に従事する。手先が器用且つ多芸で、優秀なスカウトでありメイドである。

ホリィちゃんのコンセプトは純サポーターです。この物語の主人公はあくまで姫と王子ですから……見せ場を(グラップラー4スカウト4)奪いそうなの(エンハンサー1アルケミスト1)とかは自重することにしました。プロテクション、ファナティシズム、アースヒールで援護しつつ、牽制射撃による高命中のヘビークロスボウHS(ホリィスペシャル)で削るスタイルですね。

元々シナリオにいたおっさん(お助けNPC)は犠牲になったんや……だって一緒に旅するならおっさんよりも可愛いメイドさんの方が嬉しいからね! 仕方ないね!
なお、現在あのおっさんが後々裏切るとかシナリオ上重要な役割を果たしたりとかしないか作者は戦々恐々としております。
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