ソード・ワールド2.5 リプレイ 『煌日の姫と冴月の王子』 作:弧埜新月
襲撃者
ハイゼン公領はサンクネック王国の北東に位置する辺境の領地だ。
公領と呼ばれてはいるが、その実態は小領地である。山岳国家のサンクネック王国の中でも特に山が多いため住民は少なく、大した産業もない。東部には更に峻険な山々が連なり、北は隣国ではなく切り取られたような断崖絶壁からアビス海へと続いている。
つまり王国にとっては産業面でも防衛面でも重要ではない領地であった。そんな地が公領とされているのには理由がある。それが、クルムオンが身を寄せていたキルヒア神殿の存在だった。
このキルヒア神殿はサンクネック家がまだ一地方領主だった頃からこの地に存在している古い神殿である。サンクネック家とは蜜月の関係にあり、幾度も子弟を修道士として受け入れてきた。
そんな重要な神殿の存在する領地──このキルヒア神殿は神殿独自の土地の領有が認められているため、正しくは隣接する領地だが──だからこそ、代々王族がハイゼン公爵としてこのなんの旨味もない土地に封ぜられてきたのである。そして、今代のハイゼン公爵がシャイレーゼなのであった。
そんなハイゼン公領へ向かう街道を、今一台の荷馬車がトコトコと進んでいた。それは幌付きの小さな四輪馬車で、二頭の馬が牽引している。どちらも立派な馬だ。馬車は荷馬車のようだが、荷物は長距離の移動を見据えた旅の荷物が数人分積んである位でそれなりに空きスペースがある。
馬車の御者台には冒険者らしい旅装の上に革鎧を纏った少年が座っているが、彼は手綱を握っていなかった。手綱を取っているのは黒駒の隣を歩く少女で、同じく冒険者らしい装束にこちらは金属鎧を着て、背中には半身になれば上半身を隠せそうな楯と、
「あああ……トロンベ……こんなもの付けられて、可愛いそうに……」
少女はトロンベと呼んだ馬の胸に付けられた胸曳き*1を疎ましげに見詰めながらそう嘆いた。その声に反応して、御者台の少年が心底辟易した声を上げる。
「姉さん……いい加減にしてくださいよ。もう何度目ですか」
「だって……この子があんまりにも不憫で不憫で……」
「その嘆きを三日間延々と聞かされ続ける方が余程不憫ですよ。姉さんの馬の顔を見てください。最早うんざりを通り越して仏になってるじゃないですか」
「これは無心になることでこの不当な扱いに耐えてるの! ああ、なんて健気なの……」
言いながら少女がひし、と黒駒の首に抱き付く。トロンベは視線を一瞬そちらへやると、すぐに前へ戻して僅かに鼻を鳴らした。隣を歩く栗毛が同僚へ同情するような目を送っている。
少年は処置なし、とばかりに溜め息を吐くと、反対側を歩くもう一人の同行者に声を掛ける。
「ホリィもなんとか言ってくださいよ」
「その、私からはなんとも言いづらいと言いますか……」
頬を掻きながら、ホリィと呼ばれた少女は苦笑いを浮かべた。
彼女も革鎧を着て、背中には大型のクロスボウを背負っている。その右耳には、拳大の蒼い宝石が埋め込まれた特徴的な耳当てが付いていた。よく見ると内部に精緻な回路のような紋様が浮いているそれは、マギスフィアと呼ばれるものである。魔動機術と呼ばれる技術を扱うための魔道具だった。
彼女の控えめな姿勢に、だが少年は首を振った。
「思ったことは遠慮せず、何でも言ってください。僕達は仲間なんですから」
「そうよ。クルム……じゃなかった、クルスの言う通り、じゃんじゃん言いなさい」
少年ばかりでなく、言われる方になるであろう少女も顔を上げてそんなことを言う。しかしホリィは苦笑を深めるばかりであった。
「遠慮をしている訳では……その、確かに文句は山のようにあるんですけど……」
「あるの!?」
「私がシャルさんの馬を荷馬車に繋いだ手前、言うのが憚られまして……」
「そうよ! トロンベが荷馬の真似事しないと行けなくなったのはホリィの所為!」
「荷馬の真似事をさせてでもご自分の馬を連れて行くと決めたのは姉さんですからね?」
柳眉を逆立ててホリィを罵倒し始めた姉を溜め息混じりに諌める弟。
言うまでもなく、彼女達はサンクネック王家の双子とお目付役の侍女である。シャルとクルスは二人の偽名であった。お忍びの旅だと言うのに、まさかシャイレーゼとクルムオンのまま動く訳にもいくまい。
その割に双子の装備がかなり上等なものだったり、まだ駆け出しから毛が生えたような雰囲気だというのに二頭立ての馬車を持っていたりと不自然な所は様々あるのだが、三人共その点はあまり気にしていなかった。
元より一処に留まるつもりのない旅だ。怪しまれても相手に確証を与える前に逃げればいいし、逆に留まるとなれば、それは問題解決に動いた時。双子の身分が必要になることも多い筈だった。
その為、旅支度には身分の秘匿よりも利便性に重点を置いてホリィは準備をしていたのである。態々荷馬車を引く馬に軍馬を揃えたのも、火急の際には荷馬車を捨て、馬で駆けることを考えてのことだ。いざという時にはホリィがクルムオンを後ろに乗せて馬を走らせるつもりだった。
「まぁ、姉さんのことは捨て置くとして」
「捨て置かないで!?」
「後どれくらいで到着しそうですか? もう大分いいところまで来たと思うんですが」
「無視!? 弟の癖に生意気すぎない?」
「はい。今日中にはハイゼン領に入れますよ。トリスク村には、そうですね。明日の昼過ぎ頃でしょうか」
「ホリィまで! 流石に不敬よ!?」
会話に何とか割り込もうと喚くシャイレーゼに、ホリィが一点の曇りも見えない綺麗な笑顔を向ける。
「不敬とは? 私とシャルさんは『対等』、な仲間ですよ?」
「ぐっ……」
言い返されたシャイレーゼがたじろぐ。可愛い系ながら作り物めいた整い方をしているホリィのこうした笑顔には中々の圧があった。味方の居なくなったシャイレーゼは目を反らすと所在なさげにトロンベの鬣を撫でる。
この数日で、双子とホリィの仲も大分縮まったようだった。少なくともこんな口を普通に利ける程度には。そうなれたのはホリィの明るく人懐っこい人柄もそうだが、最初にシャイレーゼが見せた歩み寄りの姿勢と、その後の茶番のお陰だろう。あれがあったからこそ、ホリィも本来の身分差を気にせずにずけずけと双子に──やらかす頻度の関係で主にシャイレーゼに──ものを言うことができるようになったのだ。
なお、トリスク村とは同名の川の側にある寒村の名だ。パッとしないハイゼン領内の中でもなおこれといった特徴のない村であるが、この村の対岸に件のキルヒア神殿がある。故に三人はここを最初の目的地にしていた。
歩きながら、シャイレーゼはまだ不満があるのか口を尖らせる。
「そもそも、どうして私じゃなくてホリィに訊いたのよ」
「それは勿論、彼女の方が地理に明るいからですよ。地形の読みも旅程の把握も正確ですし」
ホリィが立てた旅行計画とそれを現実に落とし込む手腕は素晴らしいもので、この数日間の旅は彼女がクルムオンからの信頼を勝ち取るのに十分なものだった。そのクルムオンの言葉に、ホリィは謙遜するようにはにかむだけだったが。
同じくホリィの能力には大いに助けられている自覚のあるシャイレーゼではあったが、それでも湧き上がる不満は抑えきれないのか、不貞腐れたように頬を膨らませる。
「それはそうだけどぉ……私の領地なのに……」
「まだ領地に着いてはないですよ。それに、そう言った発言は控えた方がいいんじゃないですか?」
「少し位いいじゃない。どうせこんな道誰も通りやしないわよ、全く。街道だっていうのに道は石だらけだし……トロンベが
「この街道でしたら
腹いせとばかりに視界に入った小石を蹴っ飛ばすシャイレーゼだったが、にこやかに即答したホリィの言葉に撃沈する。この数日、こうしてくだらないことをシャイレーゼが言い出しては、クルムオンとホリィに言い負かされるというのが日常の一コマになっていた。
「でも確かに、姉さんの言う通りこの道には全然旅人がいませんね」
クルムオンが辺りを見渡しながら言う。
そこは林を二つに割るように通された道で、両脇に聳え立つ樹が伸ばす枝葉の為に昼の今であってもやや薄暗い。道幅だけはそれなりにあるが、いかにも林を切り拓いた跡を、物資輸送の為の馬車が繰り返し通って出来た道、という風情である。一応街道なのである程度道は均され、主要な石が取り除かれてはいるものの、先程シャイレーゼが蹴ったように行き届いているとは言い難い様子だった。その現状を普段王都にいるシャイレーゼが知らないのだから、問題にされない位この街道が軽視されているか、この地を治める代官が訴状を握り潰しているのかどちらかなのだろう。
その辺りもこの機会に確認しなくては、とシャイレーゼが内心で考えていると、突然ホリィが立ち止まった。その手は早くも肩から突き出したヘビークロスボウのグリップに掛かっている。
「気を付けて下さい。プロです」
そう言って前方を睨むホリィの視線の先、林の暗がりの奥から一人の男が姿を現した。歴戦の跡の窺えるハードレザーアーマーに、目深に被った兜。その下の顔は覆面に隠れて見えなくなっていた。
正体を隠して危ない橋を渡り続けてきた男であろう。男は明らかに一行へ意識を向けてきていた。シャイレーゼは楯に手を掛けながら前に出、クルムオンも隣に置いていたフリッサを掴むと御者台から飛び降りる。
「スジモンじゃないの」
「……何処でそんな言葉覚えてきたんです?」
「ちょっとね。というか、そう言う言葉が出るってことは……」
「こちらも色々とあるんですよ」
緊張を解す為なのか、双子が軽口を叩き合う。それを置いて、ホリィが誰何の声を上げた。
「何者ですか。そして、何用です?」
しかし男から返答はない。少し離れた所で足を止めた彼は、覆面の下から値踏みするかのような冷たい視線を双子に向けるばかりだ。
「何だかんだと訊かれたら?」
続けてシャイレーゼも声を発するが、やはり男は応えない。
「……姉さん、今の何です?」
「いや、こう言う風に言えばノリで答えてくれないかと思って」
「どんなノリですか」
クルムオンも呆れているが、その手は同じようにフリッサの柄に掛かっている。三人の誰もが、穏便には済むまいと感じていた。
やがて、それを裏付けるように、男はやおらに片腕を挙げる。それを受けて、大柄な影が三つ林の影から飛び出してきた。
「蛮族……!?」
「ボルグ……所謂
シャイレーゼが驚きの声を上げる一方で、クルムオンが冷静にその正体を看破する。
破壊と解放を司り、戦いを求める”戦神”ダルクレムがこの世界にもたらした存在、蛮族。”穢れ”を積極的に取り入れることで異形と超常の力を得た彼等の中でも、この青い肌の上に白い毛を纏うように生やす人型のボルグは特に好戦的で野蛮な種族だ。独自の言葉を操る頭はあるが、短絡的で思考が暴力に寄っている。人肉を喰うこともあり、基本人とは相容れない手合いだった。
しかし、このボルグ達は男に従っているようである。男がじりじりと距離を取ろうとするのと入れ替わるように、蛮族達は長柄の斧を引き摺りながら前に出てきたのだ。この段になって戦闘は最早避けられないだろう。
「私が前に出るから、二人は後ろから支援をお願い!」
三人の中で最も防御力に秀でたシャイレーゼが抜剣しながら前に出る。今にも突っ込んで行きそうな彼女を止めたのはクルムオンだった。
「
言いながら、彼は素早く首から下げた聖印を握る。
「キルヒアよ、守護を!」
口早に唱えられた短い詠唱と共に、三人の身体を一瞬光が包んだ。対象の負傷を軽減する初級の神聖魔法である。
「よし! これで!」
光が収まるや否や、シャイレーゼは距離を詰めようと武器を持ち上げる蛮族達の機先を制すべく一気に踏み込んだ。
──先ずは様子見から!
駆け出しながら、自身の習得する二つの練技を次々と発動する。
【マッスルベアー】と【ビートルスキン】。筋力と防御力を強化する錬技だ。
一歩踏み、一つ息をする毎に強化される己を意識しながら、一気呵成に魔物へ斬り掛かる。
「せぇあああああああッ!」
様子見とは言え、その斬撃は初手から全力だ。裂帛の気勢と共に振り下ろされたバスタードソードが深く中央のボルグを切り裂き、その白い毛皮を真紅に染めた。深手を負ったボルグが傷を押さえながらよろめくのを見て、両脇のボルグが足を止めてシャイレーゼに武器を向ける。その顔に浮かぶのは怯懦、ではない。粘ついた嗤いを浮かべて面白がるような視線を彼女に向けていた。
シャイレーゼがボルグ達を引き受けた一方で、ヘビークロスボウを下ろしたホリィは男を狙おうとしていた。しかし彼は上手くボルグ達を楯にして巧みに射線を切ると、一気に林へ飛び込んで姿を眩ましてしまう。追撃するにはリスクが高すぎると踏んだホリィはすぐに切り替えると、シャイレーゼに向かって叫んだ。
「姫様、援護は入用ですか!? 魔法で強化も攻撃も出来ますし、このまま射撃で牽制も可能です!」
「援護が分厚い!」
頼もしさを感じつつ、シャイレーゼは旅を始めた頃に聞いたホリィの手札を振り返る。
彼女が使えるのは初級の操霊魔法。その中には敵全体を広く攻撃する魔法の他に、攻撃力や防御力を強化するものがあると言っていたように思う。
しかし、目の前のボルグ達はそこまで脅威であるように思えなかった。であれば、味方を強化してもらうよりは、ホリィにも攻撃に加わってもらう方が早く済むように思う。
後は魔法か射撃かだが、
「クルムオン、アイツらの弱点は!?」
「物理攻撃ですね!」
打てば響くように答えが返ってくる。しっかり勉強してたみたいね、と嬉しく思いながらホリィに指示を出した。
「なら、射撃と剣で一気に畳み掛ける! まずは頭数を減らそう!」
「分かりました!」
ホリィは魔法を放つ為に一度自由にしていた右手をクロスボウのグリップに戻すと、素早く持ち上げた。そうしてぽつりと呟く。
「──【ターゲットサイト】」
魔動機文明語で呟かれたキーワードに反応し、右耳のマギスフィアが光を放ち変形する。薄い板状になったマギスフィアは、ホリィの右目の前に展開して照準器となる。
照準の補助を受けた彼女は、傷を負いながらも未だ闘争の意志を緩めないボルグの胸板に狙いを定めた。痛手を負わせるよりは必中を期した照準。選択した太矢は鏃の大きなブロードヘッド・ボルト。堅実にダメージを蓄積させることを意識した選択だった。
この彼女専用に調整されたクロスボウで、幾度となく撃った矢だ。すっ、と目を細め、彼女は気負いなく引き金を引く。
の、だが。
ぼぎッ。
「え゛っ」
愛弩から響く異音。その先からは何も出ず、一拍置いて何が来るかと身構えていたボルグ達が腹を抱えて笑い出す。ホリィの頬が見る間に真っ赤に染まった。
「じゃっ……ジャムりましたーッ!?」*2
「そういう時もある!」
気にしていない風な励ましの言葉に軽く心を抉られつつ、ホリィは急いで折れてしまったボルトを排出する。
その間に、一先ず手が止まったと考えたのかボルグ達が目の前の少女へ向かって次々と武器を振り上げた。
「姫様!」
「姉さんなら大丈夫ですよ」
思わず焦った声を上げるホリィに、クルムオンが落ち着き払った声を掛ける。
「ああ見えて、姉さんは将来を嘱望された近衛騎士ですから」
最初に来るのは正面の振り下ろし。シャイレーゼは剣で殴り付けるようにそれをいなす。切先が浅く左肩を斬ったが、鎧と練技、そして防護魔法のおかげで大した怪我にはなっていない。すぐさま右のボルグに体当たりするように接近し、斧の柄を右肩で受ける。衝撃はあるが、刃を受けるよりは万倍マシだ。最後のボルグの一撃を楯で受けると、シャイレーゼは先程ぶつかったボルグに蹴りを入れて距離を取る。
包囲を脱すると、全く思い通りに行かなかったボルグ達が悪態を吐きながら体勢を整えようとしていた。小さく息を吐き──そして一気に姿勢を前に傾ける。
「──でりゃあぁぁぁぁぁ!!!」
一閃。飛び込むのと同時に下から逆袈裟に斬り上げた一撃は、見事に手負いのボルグの背骨までもを断ち切った。何が何だか分からない顔をしたまま、辛うじて背中の皮一枚で繋がっていた上半身が湿った音を立てて後ろに落ちる。
「凄い……」
「煌日の二つ名は神殿にいる僕の耳にも入る程です。これ位は出来る人なんですよ」
普段があんなだから中々信じがたいんですけど。苦笑しながら、クルムオンはフリッサを鞘から引き抜いた。
「さて、姉さんばかりに活躍させるわけにはいきませんね」
どこかのんびりとした口調でそう言うと、彼は口調とは裏腹な鋭い踏み込みを見せた。瞬時にボルグ達との距離を詰めるが、彼等はシャイレーゼに意識を取られてしまっている。クルムオンは薄く笑うと、弓でも引き絞るように剣を持つ手を大きく引き、
「グワッ!? グォオオオオ!?」
寸でで気付いたボルグが身を捻り、クルムオンの突きを躱す。しかし彼は冷静で、周到だった。躱されたと判ずるや否や突きの姿勢から真横に剣を振り払い、ボルグの胸を裂く。
「おっと、浅かったか。中々姉さんみたいにはいかないな」
血を流して踏鞴を踏むボルグにやや不満そうな目を向けながらクルムオンは飛び離れた。言うほど刻んだ傷は浅くない筈だが、彼からすると十分な戦果ではなかったらしい。
「クルムオン!?」
一方で目を剥いたのはシャイレーゼだ。
「前衛は任せてって!」
「僕も前に出ても問題ありませんよ」
姉に涼しい顔で言い返すクルムオン。彼とて伊達に剣を佩いているつもりはないのだ。神官戦士としてそれなりの修練を積んでいる。
だが彼女は納得いかないのか、弟の方に退きながらじとりと横目で彼を睨んだ。
「馬には乗れないのに?」
「馬は関係ありませんね──ほら、来ますよ!」
クルムオンが警告の声を上げると同時に横に跳ぶ。シャイレーゼはすぐさま反対方向へ跳んだ。直後に双子それぞれを狙って振り下ろされた二振りの斧が地面を叩く。
そこへ、汚名返上とばかりにヘビークロスボウを構えたホリィが仕掛けた。
「今度こそ……!」
弾丸は先程と同じくブロードヘッド・ボルト。再び照準器を起動した彼女は勢い込んでトリガーを絞り込む。
──ばみょんっ。
妙な音を立てて発射された矢は、前に飛びこそしたものの途中で変な風に軌道が歪んだ。当然、ボルグは至極あっさりとそれを躱す。ホリィは戦闘中だというのに頭を抱えた。
「どうしてこうなるんですか!?」
「……こういうこともある!」
励ましの言葉の前に置かれた一拍が心に刺さる。
「これじゃあ汚名返上どころか汚名万来ですよぅ……」
涙目で次のブロードヘッド・ボルトを背中の矢筒から抜いて装填する。
が、二度あることは三度あると言うもので。
ぼぎんっ!
「……絶対このブロードヘッド・ボルト不良品ですね!?」
引き金を絞った所でまた内部で折れ曲がった*3矢に喚き散らすホリィ。戦闘中でなければ矢筒ごと地面に叩き付けていそうな勢いだ。ついにシャイレーゼの慰めの言葉も無くなった。
──直接戦闘は得意じゃないのかしら。魔法の援護に切り替えさせるべき?
一瞬逡巡しながら、シャイレーゼは手負の蛮族に向かって剣を振る。だがその迷いが剣線に出たか、ボルグはその攻撃を身体を捻って躱した。そのまま斧を高く振り上げる。
「姉さん!」
咄嗟にクルムオンがそのボルグに剣を突き込む。だが瞬間、ボルグの顔に陰惨な笑みが浮かんだ。斧を振り被った体勢から一歩後ろに下がる。そのまま斧を振るつもりだったならば出来ない動き。クルムオンは誘い込まれたのだった。
そして誘い込んだならば当然、その隙を突く。
「ウオオオオォォォッ!」
「このっ……!」
反射的にバックラーを翳すも、これは正面から攻撃を受け止めるようなものではない。斧のようなものなら尚更だ。そのまま当たり負けして弾かれ、斧頭が彼の肩に突き刺さる。
「くぁ……ッ!」
「クルムオン!? くっ……」
弟を気遣おうとするシャイレーゼだったが、もう片方のボルグが斬り掛かってきてそちらへの対応を迫られる。錬技による呼吸の維持が限界になりつつあった彼女は大きく下がって体勢を立て直すことを選んだ。よろめくように下がったクルムオンの隣に並んで剣を構える。
彼は指先から血の滴る左腕をだらりと下げていたが、守護魔法のおかげか防具で刃を止めることが出来たようで断たれるような事態にはなっていなかった。その戦意は未だ失われておらず動く右腕でフリッサを構えている。
「クルムオン様、手当てを!」
「大丈夫です!」
ヘビークロスボウから手を離して右手を向けてくるホリィを、クルムオンは鋭い声で押し止めた。
「この程度はまだかすり傷です! ホリィは攻撃に集中してください!」
「……分かりました。お気を付けて!」
張りのある声にその声に納得し、ホリィは腕を引っ込める。代わりに声を掛けるのはシャイレーゼだった。怪我を負わせたことで気を良くしたのか、ボルグ達は下卑た笑みを浮かべながらゆっくりと距離を詰めて来ている。完全に舐め腐った態度だったが、今はそれがありがたい。呼吸を整えながら、声を潜めて囁いた。
「ちょっと、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。左腕が使えなくなっただけです」
「ちょっと!?」
「本当に大丈夫ですから」
そう言って苦笑を浮かべるクルムオン。痛みを堪えるような素振りこそあるものの、その横顔は確かに無理をしているようには見えなかった。
「僕は神官戦士ですから。手札も色々あるんですよ」
「……信じるわよ!」
頷きを返すクルムオンを置き、呼吸を整え切ったシャイレーゼは再び前に出る。先程使った二つの錬技に加え、動体視力を上げる【キャッツアイ】も発動し、全力で斬り掛かった。
「はぁああああああッ!」
剣を向けられた手負いのボルグは余裕綽々でその袈裟斬りを斧の柄で受け止めようとした。先程仲間が背骨ごと断たれたのをもう忘れたのか。錬技によって強化されたシャイレーゼの剛剣は、当然のように斧の柄ごとボルグの身体を叩き斬った。血を噴き出し、驚愕の表情を浮かべながら数歩後ろによろめくボルグ。だが柄を斬った分少し威力が足りなかったのか、仕留め切れてはいないようだった。
踏み止まり、反撃でもしようというのか拳を握るボルグに向けて、クルムオンが右手を突き出して声を放つ。
「キルヒアよ!」
鋭い声による短い請願。その声に応えるように生じた光が彼の掌から真っ直ぐ飛び、ボルグの身体を吹き飛ばした。瀕死だったボルグはそのまま仰向けに倒れて動かなくなる。
「今のは……」
「【フォース】の魔法ですよ、姉さん。あと一体です。気を抜かずに行きましょう!」
最後の一体となったボルグに向けてクルムオンは負傷を感じさせない動きで素早く剣を構えた。仲間を次々と倒された蛮族は流石に余裕を無くしたようだったが、未だに戦意の衰えない様子で牙を剥き出しにする。
シャイレーゼも隣に並び、蛮族と睨み合う形になった双子の背後から静かな声が響く。
「ザス・ゼガ・ユ・オラ」
「ヴァリキ・ファイス──エコナーゼ……【ファナティシズム】!」
力ある言葉と共に、彼女の魔法が完成する。目に見えて分かる効果は無かったが、その声が引き金になったのかボルグが雄叫びを上げて突進してきた。
「ウォオオオオオ!」
それに対してシャイレーゼが取った行動は、
「ふんッ!」
左手の楯を投げ付けることだった。
「ウォッ!?」
突然楯を投げつけられ、不意を突かれた蛮族の足が止まる。片手半剣特有の長い柄を両手で握り締め、シャイレーゼは地を蹴った。投げた楯の影を追うようにボルグへ迫る。
視界を遮る斧を反射的にボルグが斧で弾いた時、既に大上段に剣を振り上げたシャイレーゼの姿はすぐ目の前にあった。
「ここで決める!」
「ウァォオオオオッ!?」
防御を捨てて振るわれる乾坤一擲の一撃。だがここで、楯を投げ付けて行き足を止めたことが裏目に出た。前のめりだった体勢が、止まったことで後ろに下がれるようになったのだ。ボルグは勢いに押されるように一歩後ろに下がる。結果としてシャイレーゼの剣はボルグの身体に深い傷を与えたものの、それは致命傷と呼ぶには程遠いものでしかなかった。彼女は舌打ちする。
「浅かったか!」
「姉さん、僕が代わりに!」
フリッサを低く構えたクルムオンがシャイレーゼの横から飛び出す。それを見たボルグの顔にはっきりと焦りが浮かぶが、シャイレーゼが与えた傷とクルムオンの踏み込む速さはボルグに回避を許さなかった。
「グガアァ!」
避け切れないと悟ったボルグは、叩き付けるように前に出したその左腕でクルムオンの剣を受け止めた。剣はボルグの腕を半ばまで切り裂いて止まる。もうその腕は使い物にならないだろうが、ボルグは構わないことにした。今は死ななければなんでもいい。ついでにこの小癪な人間達に一矢報いれればもっといい。
クルムオンの剣を腕に刺したまま、ボルグが彼に向かって斧を振り被る。咄嗟にクルムオンは剣を手放すが、退避が間に合うか微妙な間合いだ。彼は覚悟を決めて、死相の浮かぶボルグの顔を睨んだ。と、
……とんッ。
軽い音を立てて、ボルグの眉間から棒が生えた。いや、棒ではない。後端に矢羽を付けたそれは、クロスボウのボルトだった。頭蓋を貫通されたボルグがぐるりと白目を剥き、ばったりと仰向けに倒れ伏す。
「ふぅ……これで名誉回復は出来ましたかね……?」
クロスボウを下ろしたホリィが安堵の溜め息を吐く。楯を拾い上げながらシャイレーゼは頷いた。
「ええ。見事な射撃だったわ」
「お褒めにあずかり……」
と言いたい所ですが、とホリィはがっくりと肩を落とした。
「全然射撃が当たりませんでした……いつもはこんなんじゃないんです……」
「うーん……初陣だし緊張したんじゃないかしら」
少し考え、シャイレーゼはホリィの肩を叩きながらそう優しい声を掛ける。ホリィは乾いた笑いを返す他無かった。
──言えない。実は従軍経験もありますとは、口が裂けても……!
ホリィが内心冷や汗を流している間に、シャイレーゼの興味は弟の方へ移ったようだった。
「それにしても、クルムオンが前衛で戦えるなんて」
「その言い方は聞き捨てならないですね。姉さんはこの剣がただの飾りだとでも思ってたんですか?」
血振りをしたフリッサを鞘に納め、クルムオンは不服そうな顔をした。その姿は中々堂に入ったもので、シャイレーゼとしてはもう平謝りする他ない。
「そうです殿下、それよりもお怪我の具合は……」
「あぁ、それなら大丈夫ですよ。治療なら
言いながらクルムオンは肩の傷に手を当て、神に奇跡を願った。彼の掌から淡くも暖かな光が漏れ、肩の傷を癒していく。【キュア・ウーンズ】の奇跡だった。シャイレーゼはその様子をしげしげと見つめる。
「これが魔法か……便利なものね」
「普段は余り見る機会がありませんか?」
「ええ……ほら、近衛騎士って小難しいこと考えるより先に殴る人ばかりだから」
「あー……」
姉の顔を見ながら、クルムオンは困ったような納得の表情で頷いた。その顔の意味に気付かないのか、それとも気にしていないのか。シャイレーゼは再びホリィに視線を戻した。
「ホリィのさっきの奴も、魔法よね」
「さっきの奴、というと【ファナティシズム】のことですか?」
「ええそう。あれって結局どんな魔法だったの?」
「あの魔法は、対象の戦意を高揚させるんです。敵に異様に集中できるようになるので攻撃は当てやすくなります」
「……その口振りだと、欠点もありそうね」
「欠点と言いますか……敵への攻撃に意識が集中してしまうので逆に攻撃を避けづらくなりますね」
ホリィの説明に、シャイレーゼは顎を撫でながらあー、と理解の色を示す。
「そうすると、私みたいに防御を固めた戦士にはあんまり関係ないけど」
「僕みたいな軽装の戦士には、デメリットの方が大きいように感じますね」
クルムオンが左肩の調子を確かめながらシャイレーゼの言葉尻を引き取る。もうすっかり肩はよくなったようだった。ホリィは頷く。
「そうですね。私のような後衛には基本メリットしかないんですけど……他には、すばしっこい敵に掛けて動きを単調にさせるような使い方もできますね」
敵に掛ける場合は抵抗されてしまう*4こともありますが、と難しい顔をするホリィ。本職の魔導士ではない彼女の魔力では中々相手の精神抵抗を抜いて効果を発揮させることは難しいのだろう。だがシャイレーゼはあまり気にした風もなく頷いた。
「成程ね。魔法を交えた戦い方……これまではあまり考えてこなかったけど、色々な戦術が考えられそうね」
「そうですね。僕の方もまだ幾らか使える魔法がありますから、色々と出来ると思いますよ」
「ふむふむ。これは次の目的地に着くまでに色々詰めておいた方が良さそうね!」
そうシャイレーゼは意欲を見せる。戦闘のことになると目が輝き出すあたり、彼女は本質的に武人なのだろう。
クルムオンも深々と頷きを返している。
「僕も同意しますよ。戦いの趨勢を決めるのは事前の準備が殆どと言いますから」
「仰る通りですね。これを機にじっくりと話をするのが良いかと」
「ええ、みっちりとやりましょう。この話をしている間は姉さんもトロンベトロンベ言わなくなるでしょうし」
「ああ、成程! それは名案ですね!」
「ちょっと、どういう意味!?」
肩を竦める弟と手を打つ従者にシャイレーゼは抗議の声を上げたが、どちらも取り合おうとしなかった。そのまま無視してそれよりも、とクルムオンは話を転換する。
「こんな所で蛮族の襲撃を受けることになるとは」
「そうですね……あの男が何者かは分かりませんが、何者かの差し金であることは間違いないでしょう。それも、お二人を良く思わないような」
「そうね……」
真面目な話題に移ったことでシャイレーゼも不満を引っ込めて思案する。
「一応確認だけど、私達が旅に出たのって公になっていないわよね?」
「その筈です。ルークス様はあのことをまだお伏せになっていますから」
「そうよね。だと言うのに、こんなに早くも狙われるとは」
「しかも、これは突発的なものでは有り得ません。周到に用意されたものですよ」
双子は眉間にしわを寄せると、同じ顔をして考え込んだ。おずおずとホリィが声を掛ける。
「あの……ルークス様は、お二人に隔意などお持ちではありませんよ」
「あぁ、兄上を疑っているわけではないのよ」
ただ、どーにもキナ臭いのよね、とシャイレーゼは唸った。
「兄上のこと知ってるの、貴女の他には侍医と侍従長だけって言ってたわよね」
「はい」
「口の堅い者ばかりですね。人柄を考えても、そこから漏れるとは考えにくい……」
「そう思います。ただ、ルークス様のご様子から何かしらが起きていると勘づく者がいる可能性は否定しきれません」
そう言って、ホリィはしょんぼりと項垂れた。
「申し訳ありません……あの男を足止めできていれば」
「あれはしょうがないわよ。気を落とすことはないわ」
「僕もそう思います。あの男は蛮族達を楯にして上手く逃げていました。外道ですが、ホリィのいう通りプロなのでしょう」
なんにせよ、とクルムオンは首を振る。
「情報がない以上、これ以上考えても無駄ですね。この蛮族達も、何も情報になるようなものは持ってないでしょうし」
「むぅ……受け身になっちゃうのは気に入らないけど、しょうがないか」
シャイレーゼは溜め息を吐くと、苛立たし気に頭を掻く。
「出発早々問題を抱えることになるなんて……前途多難だわ」
「あの、姫様。実はもう一つ問題がありまして……」
「まだあるの!?」
言いづらそうに付け足そうとするホリィに、うんざりとした様子でシャイレーゼは振り返る。そんな彼女の様子に恐縮しながら、ホリィは路上を示した。
「蛮族達の死骸をどうにかしませんと……このまま放置するわけには……」
「……前途多難だわ、本当に」
シャイレーゼは心底憂鬱げに天を仰ぐ。良く晴れていた筈の空は、覆い被さるように生い茂る枝葉の所為でかなり薄暗く感じられたのだった。
今回買ったブロードヘッド・ボルトは本当に不良品だと思うんですよ。
3回命中振って、(1,1)(1,2)(1,1)とかおかしすぎませんかね?
最後の一発は態々矢を普通の矢に変えましたもの。途端に出目は(4,6)になりましたし。
個人的な話、ルーンフォークシューターはホリィちゃんで実は3人目なんですが、大分ポンコツになりやすい気がしています。少なくともホリィちゃんは2番目にポンコツですね。