ソード・ワールド2.5 リプレイ 『煌日の姫と冴月の王子』   作:弧埜新月

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各シナリオは一話に纏めようと思ってたんですが、長くなって来たので前後編に分けることにしました。
……後半は既に10,000超えてるのでもしかしたらしれっと上中下に分けるかも知れません


村と神殿(前)

 蛮族の死骸の始末を、街道を巡視する役目を負う衛兵──詰所でのんびりとボードゲームに興じていたためシャイレーゼが身分を出してブチ切れたのだがそれは割愛する──に任せた三人は、山の合間を縫うように通された街道を抜け、トリスク川とそこに掛かる橋を視界に収めるところまで来ていた。

 

「この橋を見ると、帰って来たという感じがしますね」

 

 変わらず御者台に座ったクルムオンがそう言って頬を緩める。

 トリスク川は幅が4m程、深さは深い所で大人の膝上位と、さして大きくはない川なのだが、そこに築かれた橋はこの辺りでは珍しい石造りのちゃんとした物だ。馬車の往来を考えるとこれくらいしっかりした物でないとダメなのだろう。

 この橋を渡ってそこから伸びる道を進めばキルヒア神殿に、渡らず川沿いに伸びる街道を進めばトリスク村に辿り着く。

 ちなみに、川のあちら側は神殿領、こちら側はハイゼン公領となっていて、神殿領は大きく湾曲する川に半分囲まれるようにして存在している。川は二つの領地を隔てる境界の役割を果たしているのだった。

 

「お二人とも、先にどちらへ向かいますか?」

 

 馬車の横を歩くホリィがそう問えば、ここまでずっと馬車に乗らずにトロンベの手綱を引いていたシャイレーゼがそうねぇ、と少し思案するように空を見上げ、すぐ後ろを振り返った。

 

「クルスはどう思う?」

「……まず村に向かいましょう」

「あら、意外」

 

 少し奥歯に物が挟まったような顔で返してくる弟に、シャイレーゼは軽く目を見張ってみせた。

 

「てっきり神殿って言うと思ってたのに」

「そう思うならなんで訊いたんですか……」

「ある意味、ここからが私達の第一歩みたいなもんでしょ? 確認は大事かと思って」

 

 実際、私が思ってた答えと違ったし、とシャイレーゼ。普段は思ったことはすぐ実行に移すような人柄だが、こういう重要だと思うことについては多少の慎重さを見せれるのが彼女だった。逆に重要でないと判断した場合はしばしば軽挙妄動に陥りやすいのが玉に瑕であるが。金貨曲げたし。

 

「で? なんか神殿には行きたく無さそうなのは何で?」

「それはまぁ……仕方ないとはいえ、巡礼を中断している訳ですし。ちょっと顔を出しづらいといいますか」

「巡礼?」

 

 なにそれ、とばかりに眉根を寄せるシャイレーゼ。事情を察したクルムオンは溜め息を吐いた。

 

「修行の一環として、各地の神殿を回ってたんです。もう三ヶ月になりますか。出立時には姉さんにも一報が行った筈ですよ」

 

 預かっている王族を外に出すのだ。神殿が王国側に連絡を入れるのは当然だし、それが窓口であるハイゼン公の下に届けられるのは当たり前の話である。だが当のハイゼン公は頭を抱えていた。

 

「さんかげつまえ……ぜんぜんきおくがない……」

「まぁ、兄上からの遣いは迷わず僕の所に来ましたから……大方、中身を見もせずにそのまま部下に渡しでもしたんでしょう」

 

 そして中身を読んだその部下は王宮へ報告を上げたのだろう。シャイレーゼに何も言わないのは彼女の人柄をよく分かっていると言うべきか、忠誠心が足りないと見るべきか。

 或いは彼女の元へ届けられずに止められている可能性もあったが、

 

「うぐぐ……帰ったらガツンと言ってやらないと」

「ガツンと言う前にまず自分の怠慢を自覚してくださいよ……」

 

 そんな世迷言を言うあたり、本当に読まずに部下に丸投げしているだけのようであった。クルムオンは溜め息を吐く。

 

「では、行き先は村、と言うことで?」

「いいんじゃないかしら。必要であれば後から神殿に行っても良いわけだし」

 

 ホリィの確認に気を取り直して頷いたシャイレーゼは、トロンベの手綱を引いて馬車の行き先を村の方へ向けたのだった。

 

   ◇◆◇             ◇◆◇

 

 蛇行しながら少しずつ街道から遠ざかる川を右手側に置いて街道を暫く歩くと、右手前方、街道から少し離れた所に青々と茂った葡萄畑が広がっているのが見えた。それも、この位置から全貌が把握出来ない位の広さがある。それを見て、シャイレーゼが眉を(ひそ)めた。

 

「おかしいわね……この辺りに葡萄畑なんてあったかしら」

 

 彼女とて領主の端くれである。神殿からの手紙は部下に丸投げしていても、その土地で何を生業にし、何を育てているか位は流石に把握していた。その記憶によれば、トリスク村は放牧を主産業として羊や山羊を育てていた筈だ。多少の畑はあるかも知れないが、葡萄、それもこの規模の畑があるとは聞いたことが無かった。

 

「……これは隠し畑では!?」

 

 ホリィが険しい顔でシャイレーゼを見返す。彼女もまた難しい顔をしていた。

 サンクネック王国では、一定面積以下──それこそ、個人で消費し切れる家庭菜園レベル──の規模の畑は目溢ししているが、それ以外の畑は基本的に台帳を作って管理し、租税を課している。隠し畑とは文字通りこの税から逃れる為に隠れて作られる畑のことだ。発覚すれば死罪も有り得る重罪である。

 そして目の前の畑はどう考えても基準を超えていた。シャイレーゼの立場としては直ちにトリスク村に赴き、ことの次第を糺さねばならない状況である。しかし彼女の顔に浮かんだのは怒りでは無かった。

 

「……税を逃れなければならないほど、生活が苦しいのかしら?」

 

 それは民の生活を案じる言葉だった。隠し畑が重罪に問われるのは広く知れ渡っている。その禁を犯してまで隠し畑を作らねばならなかった事情があるのではないかと考えたのだ。

 だがそれに異を唱えたのはホリィだった。

 

「それはいい訳にはなりません! 生活が苦しいのであれば、村長はそれを領主に報告するべきです!」

 

 密偵である彼女は、こう言った隠し畑の摘発も任務の一つであった。彼女が取り締まった隠し畑は両手で数え切れない程ある。見方が厳しくなるのも当然だった。

 

「それに、この規模にこの生育状況……代官が知らないということは有り得ません!」

「隠蔽に代官が噛んでるってこと?」

「そうでなければ、姫様のお耳に入らない筈がありません!」

「落ち着いてください、ホリィ」

 

 議論に加わらずに葡萄畑を見つめていたクルムオンが待ったを掛ける。

 

「これが隠し畑と決まった訳ではないでしょう? それに、代官を巻き込むにしてもですよ。隠し畑なんですから、こんな街道から見える位置に堂々と作るでしょうか」

「それは……確かに。こんなあからさまなところに作っているのは、幾らなんでも不自然ですね……」

 

 少し頭を冷やしたホリィは口調をトーンダウンさせる。言われてみれば、確かに過去こんな風に分かりやすいところに作られた隠し畑は例がない。代官が情報を握り潰したとしても、人の口に戸は立てられないからだ。ホリィのような密偵による抜き打ちの監査もある。態々露見し易いところに作る道理は無かった。

 

「……いかがなさいますか、ハイゼン公」

 

 ホリィはそうシャイレーゼに呼び掛ける。冒険者のシャルではなく、王家の姫でもなく、この土地を治める領主としての判断を問う言葉。それに、シャイレーゼは毅然と顔を上げて答えた。

 

「まずは事実をハッキリさせる必要があるわね。思い込みで判断を下すのは危険だわ」

「仰る通りですね」

 

 まさに思い込みで判断をし掛けたホリィは、少し視線を落として公爵の判断を支持した。シャイレーゼは頷きを返すと、同じく賛成する素振りを見せている弟を振り返る。

 

「クルムオン、ちょっと聞いておきたいんだけど」

「何です?」

「ずっと黙って葡萄を見てたじゃない? 何か思うところでもあるのかと思って」

 

 クルムオンは目を見張ると、頬を掻いて少し照れ臭そうに苦笑した。

 

「少し考えごとをしてたんです。確証が持てなかったので……」

 

 でも共有しておいた方がいいか、と独りごちた彼は改めて葡萄畑に目をやった。

 

「実は、神殿でも葡萄を育てているんですよ」

「そうなの?」

 

 神殿が葡萄畑を作ることは珍しいことではない。醸造用として大規模な農場を経営する神殿があることを考えれば、環境の良いトリスク川周辺で神殿が葡萄を育てることは自然であると言えた。

 だが神殿領はハイゼン公の領地ではない。当然租税の為の帳簿も作っていないのでシャイレーゼは知らなかったのだ……最も、神殿が出荷して領内を通る品目の中にワインがあるので彼女が知らないのは単なる不勉強なのだが。

 

「僕はあまり葡萄畑には関わらなかったので詳しくはないんですが……神殿の葡萄に似てるな、と思いまして」

「じゃあ、あの葡萄は元々神殿の物ってこと?」

「その確信が持てなかったんですよ。もう少し近づけば分かると思うんですけど」

「なら、行ってみるしかないわね」

 

 言うなりスタスタと歩き出すシャイレーゼ。

 

「行くんですか?」

「当然。村に向かう前に様子を確認しておきたいわ。もう少し分かることもあるでしょうし」

「僕も行きます」

 

 剣を掴んだクルムオンが御者台から降りる。それを見て頬を緩めたシャイレーゼは自分の愛馬を振り返った。

 

「よし、じゃあ番をよろしくね、トロンベ」

「いやいやいや。何を言ってるんです!?」

 

 すかさずホリィがツッコミを入れる。

 

「馬車と馬だけ残していくおつもりですか!? 危険ですよ!?」

「大丈夫よ、トロンベは賢いから」

「そういう問題じゃありませんよ!」

 

 言いながらホリィはクルムオンが降りた御者台に登ると、背中から降ろしたクロスボウを両手で保持した。頬を膨らませてシャイレーゼを睨む。

 

「私がここに残りますから、お二人で行ってきてください!」

「むぅ……トロンベがいれば大丈夫なのに」

「常識的に考えてホリィの方が正しいと思いますよ?」

 

 馬は自分は守れても馬車は守れませんから、と言うクルムオンに、シャイレーゼはむっつりと口を噤んだ。正直馬車に繋がれた状態では馬自身の身すら怪しいと内心彼は思ったが、不機嫌そうにズカズカと足を進めていく姉の姿にそれ以上口に出すことを止めた。

 そのまま無言で草地を抜けて少し幅の広い窪地を横切り、二人は葡萄畑の傍らにまでやってきた。クルムオンが畑の中の様子を窺う。

 葡萄は整然と打ち込まれた背の高い杭の間に張られた縄に蔦を絡ませて垣根を形成していた。高さは凡そ人の肩位までと少し高い。立って移動する者がいれば分かるが、潜もうと思う者がいれば幾らでも身を隠すことが出来そうな塩梅だった。

 

「……付近に人の姿はないみたいですね」

「そうみたいね。まぁ、聞き込みは後でいいでしょう」

 

 そう言いながら、彼女は足を止めることなくずんずんと畑へ分け入って行く。一瞬目を見開いたクルムオンは辺りを見渡してから少し身を屈めるようにしてその後を追った。息を潜めてその背を呼び止める。

 

「ちょっと姉さん、どこまで行くんですか!?」

「とりあえず行けるとこまでだけど?」

「行動が大胆過ぎますって! 見つかったらどうするんですか?」

「大丈夫でしょ。幸い、お忍びの格好だしね。領主だってすぐにはばれないでしょ」

 

 そう言って、シャイレーゼは自身の胸甲を軽く叩く。装飾を極力廃したチェインメイルは心得の無い者が見ればちょっと装備の良い冒険者位に見えるだろう。

 だがクルムオンは、違う、そうじゃないとばかりに首を振る。

 

「そういう問題じゃありませんよ! ここがもし本当に隠し畑だったらどうするんですか? そんなところに余所者が近づこうものなら……!」

「……あー」

 

 まず間違いなく始末に掛かる。漸く危惧が伝わったか、シャイレーゼは足を止めた。

 

「これが隠し畑だったら、馬車をあそこに残してきたのは不味かったかしら」

「不味いですね。ホリィもそれを分かってて残ったんでしょう」

「そういう……それなら最初に言ってくれればいいのに」

「彼女も姉さんがいきなり畑に突っ込んでいくのは想定外だったと思いますよ」

 

 咎めるような目を向けてくるクルムオンの視線を頬を掻きながら躱したシャイレーゼは、再び奥へ向かって歩き出した。

 

「姉さん!?」

「ここまで来たら今更でしょ。それなら急いで必要な情報集めてホリィのところに戻った方がいいわ」

「それは……そうかも知れませんが」

「というか、貴方はここが隠し畑かどうかには懐疑的だと思ってたんだけど?」

「少しでも疑いがあるなら最悪を想定して慎重に動くべきでしょう」

 

 ド正論ではある。まぁそうなんだけど、とシャイレーゼは認めた上で、ただ、と言葉を繋ぐ。

 

「なんとなくだけど、私は違うんじゃないかと思ってるわ」

「違う……ですか?」

 

 ええ、と彼女は頷いて、辺りをぐるりと見渡した。

 

「ここは街道から目立つ場所にあるのもそうだけど……こう、雰囲気が無いのよね。隠そうという気というか、後ろめたさというか」

「まぁ、そうですね。さっきホリィにも言いましたけど、こんな目立つ所に普通隠し畑は作りません。全く見張りがいないのも妙です」

「そういうこと。だから別の事情があるんだろうと思って」

 

 何も考えていなさそうで、彼女なりに考えて行動はしているようだった。根拠は大分ふわっとしていたが。

 

「それでクルムオン、ここの葡萄は神殿の物と同じもの?」

 

 問われてクルムオンははっとして葡萄を観察する。姉の奇行に引き摺られて本来の目的を見失っていた。綱を這う葡萄の葉に顔を近づけ、全体を見、その様を記憶に残る神殿の葡萄と比べた彼は難しい顔をしながら一つ頷く。

 

「恐らく、神殿の葡萄と同じだと思います。ただ、神殿と比べて大分手入れがしっかりしてますね」

「あら、神殿の管理は雑なの?」

「雑と言うか……」

 

 飾らない姉の物言いに、クルムオンは思わず苦笑する。

 

「ここ数年は人手が足りなくて、葡萄畑まで手を回せていないんです。要因は色々あるんですが……今では半ば放置してる状態でして」

「ふぅん……あら」

 

 情報を吟味するように視線を上げたシャイレーゼの足が止まる。そこには葡萄畑を隔てるように流れるトリスク川の姿があった。対岸には同じように葡萄畑が見えるが、神殿が管理しているのだろう、成る程クルムオンの言う通り荒れ放題に見えた。なんならシャイレーゼの想像の五倍は荒れている。

 

「これはまた、何と言うか……凄いわね」

「いや、お恥ずかしい……」

 

 呆れたように呟く姉に、神殿関係者であるクルムオンは身を縮める他ない。そんな弟を他所に、彼女は観察を続けた。畑は双方とも川のぎりぎりのところにまで作られている。

 

「なんか変な感じね……川の両岸に葡萄畑を作ったと言うより、元々一つだった畑を川が分断したみたい」

「川の流れが変わったということでしょうか?」

「そんな簡単に川の流れって変わるものなのかしら……でも、川向こうの葡萄がこちら側まで侵食してきた、というのもおかしな話だし」

 

 言いながら対岸に向けていた視線を徐々に上流の方へ向けていったシャイレーゼの目がある一点で止まった。

 

「橋があるわね」

 

 そこには多分橋……なのだろう太い丸太が三本、並べて川に架けてあった。縛って束ねてあり丈夫そうではあるものの、いかにも間に合わせという印象は拭えない。だが、材木や縄の様子から見て真新しいものには見えなかった。

 

「……これ、明らかに神殿側と繋がってるんだけど」

「みたいですね」

「これ、実は神殿の人間が勝手に川を越えて畑を作ってるんだとしたらそれはそれで問題よね」

「そんな余力神殿にはありませんよ。第一、それなら自分達の側の畑を何とかしますし」

「それもそうね」

 

 橋に近づいたシャイレーゼはそのままひょいひょいと渡って行く。この段になるとクルムオンは何も言わなかった。黙ってその後を着いていく。

 対岸に渡ってみると、葡萄の手入れの差は明らかだった。枝はばらばらに伸び放題で、まだ小さな実も乱雑に生えるに任せている。下を見れば落ちてしまったのだろう実や花の成れの果ても散見され、遠くを見渡せば杭が朽ちて垣根ごと倒壊している列もちらほら見えた。

 

「これは酷い」

「返す言葉もありません……」

「この様子じゃ、今年の収穫も絶望的ね」

 

 側道にでろりと垂れた蔓を摘み上げ、シャイレーゼは溜め息を吐く。一応目の前に持ち上げて矯めつ眇めつしてみたが、彼女の目には多分同じ奴、位にしか分からなかった。弟を振り返れば、彼はその意を汲んで頷きを返す。

 

「こうして見比べれば分かります。これは同じ種だ」

「そう」

 

 クルムオンの言葉を聞いたシャイレーゼは葡萄の蔓を放り捨てると、顎に手を当てて思考を回す。

 

「うちの領地側と神殿側の葡萄は同じ……でも神殿側が広げた線はこの有様を見る限り考え難い……やっぱり川の流れが……?」

「……どうします?」

 

 考えていることが独り言としたらダダ漏れになっている姉の思考にクルムオンは割って入った。隠し畑だろうが無かろうが、余所者が畑に入りこんでいいことはまずないだろう。考えごとに費やす時間はないのだ。

 クルムオンの声を聞いたシャイレーゼは、同じことを思ったのか、そうだったわね、と踵を返した。

 

「これ以上は分からなそうだし……一先ずうちの領地の方に話を聞いてみましょう。神殿側はこの状況を把握していない可能性もあるし」

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