ソード・ワールド2.5 リプレイ 『煌日の姫と冴月の王子』 作:弧埜新月
近頃咳が止まらなくて微熱と頭痛と倦怠感があって中々しんどい……
「さて、ここからどうしましょうか」
村に神殿との交渉結果を伝え、村長に配下へ宛てた指示書と証文を渡し、王都へ届けるよう言い含めたシャイレーゼは、慌ただしく動く村人達を眺めながらそう二人に話を振った。
神殿長からはもう畑の全域に手を入れて良いとお墨付きを貰っている。そう村長に伝えたところ、荒れた畑を立て直すのは早い方がいいと人を集め始めたのだ。
領主から税制周りの話を聞いた彼等の顔は明るく未来への展望とやる気に満ちていたが、その領主の相手を完全に放り出して作業するのは如何なものだろうか。
そんなことを少しだけシャイレーゼは思ったが、本当に少しだけですぐどうでも良くなったので、今の内に今後のことを相談しようと思った次第だった。
話を受けたクルムオンが顎に手を添える。
「このままこの地を去るには、二つ程すっきりしないところがありますね」
「すっきりしないところ?」
「ええ。一つは襲撃してきた蛮族と、彼等に指示を出していた男です」
「ああ……あれね」
クルムオンの言葉に、シャイレーゼはハイゼン公領に入る直前に襲ってきた連中のことを思い出す。
「結局、目的がはっきりしないのよね。私達を狙ってきたにしてはあの後何にも無さすぎたし」
視界の開けるトリスク川の側に出るまでずっと襲撃を警戒していたのだが、結局三人が再び襲われることは無かった。王族の暗殺を謀ったにしてはあまりに手緩すぎる。もしあれだけで十分仕留められると考えていたのだとしても、暗殺狙いならもう少し何かあってもいい筈だった。
「あれから僕も考えてみたんですが……そもそも蛮族を従えて襲撃に利用するのって、あまり現実的なプランではないんですよね」
「そうなの? 確かにそういうケースってあまり聞かないけど……」
「まず、手駒に出来る蛮族を探すのが難しいんですよ」
王国内で蛮族を見かけるのは実はそう珍しいことではない。
少数で国境を越えてくる蛮族を全て防ぐのは不可能だからだ。単純に手が足りない。国境全てを監視出来るだけの兵の余裕など小国であるサンクネックにはないのだ。国境の大半が山岳であるから尚更である。
そんな侵入してくる蛮族の目的は何か。答えは人族を襲う為である。
喰うのが目的なのか掠奪が目的なのか、或いは繁殖の為なのか──勿論全部の場合も往々にしてある──はその蛮族に寄るが、基本的に蛮族にとって人族とは獲物だ。
しかも、こういう風に侵入してくる蛮族は大抵ゴブリンやボルグといった下級の蛮族である。彼等は愚かで好戦的且つ、即物的だ。
そんな彼等を人族が雇おうとした場合、彼等はどう考えるだろうか?
答えはこうである。
──せや、コイツ殺せば持ち物全部と肉が手に入るんじゃね? ストレス発散も出来るしな! 殺そ!
「そんな訳ですから、雇える蛮族がそもそもいないんですよね」
「あー……確かにアイツら、話通じないしね」
蛮族と対峙した時のことを思い出してか、シャイレーゼはしみじみと頷いた。蛮族とは顔を合わせた瞬間即殺し合いになる。彼等にも汎用蛮族語*1や妖魔語*2といった言語があるのは知っている──勿論シャイレーゼは理解できない──が、出会い頭に刃を振り回してくる連中と話が出来るとは到底思えなかった。
「でもそうだとすると……考えられるのは?」
「……蛮族勢力と繋がりのある、それなりに力を持った組織、または貴族ですか。それぐらいしか分かりません」
クルムオンは悩ましげに首を振った。
先程彼は雇える蛮族がいないと言ったが、完全に方法がない訳ではない。上位蛮族と交渉してその配下を借り受ける方法である。彼等は下位蛮族程愚かではない──どころか人族より高い知能を持つ者もいる──ので、条件次第でそういった契約を結ぶことも可能だった。
勿論、人族と敵対する彼等との交渉には裏社会的なコネクションが必要だが、そんなものは金次第でどうにでもなる。
逆に言うとかなりの資金力が必要とされる訳だが。
クルムオンが組織や貴族と判断したのはその資金力の話だけではない。二人が王都を出てから襲撃を受けるまでの時間の短さもそうだ。
シャイレーゼが王都を出立したことは、王城でのホリィの発言を思い出すと門衛などを中心にそれなりの人物に露見している可能性があったが、流石にそこから計画を立て始めるのでは時間が無さすぎる。
よって、襲撃者は事前に二人が旅に出ることを察知していた可能性が高いが、行き先を決めたのはホリィと合流してからだ。しかも襲撃を受けたのはハイゼン公領以外に行き先のない街道なので、仮に黒幕が確実に襲撃を仕掛けたいと考えていた場合、複数箇所に襲撃者を手配する必要がある。ある、が……そこまでくれば流石に貴族でもない個人では不可能だろう。
「やはり情報が無さすぎます。最悪、こちらを襲ったのは目を向けさせるための囮で、本命は全く別の場所、という可能性すらあります。いえ、寧ろそれが正しい気がしてきました。もし王国の現状を正確に知っているのなら、好機と見て反乱を起こそうとする者がいてもおかしくない」
「それ、ヤバいじゃないの」
「はい、もしそうならかなり不味いです。何せその為に蛮族を引き込むことも厭わない連中ということですから……」
そんなことになれば国は大混乱に陥る。そして、そうなってしまった王国を、間違いなく隣国は放ってはおかない。早晩国は滅ぶことになるだろう。今回のこともそうなることを狙って他国が仕組んだことかも知れなかった。
「どうしよ……兄上に伝えるべきかしら」
恐る恐る聞いてくるシャイレーゼに、クルムオンは少し悩んだ後首を横に振った。
「……やめておきましょう。僕の考えは陰謀論の範疇を出ませんし、もし当たりなら相手にこちらが勘付いたことが多分バレます。兄上を信じましょう。僕達も、そういう可能性もある、程度に考えて、引き続き情報を集める方がいいでしょうね」
「そうね……はぁ、クルムオンにも兄上みたいな力があったら良かったのに」
「……そこで自分に、って言わない辺りが本当に姉さんですよね」
クルムオンと、大人しく二人の話を聞いていたホリィからじっとりとした目が向けられる。シャイレーゼは目を逸らして下手くそな口笛を吹き始めた。
「全く……それで殿下、気になったもう一つとは何でしょうか」
「川の流れのことですね。上流で大雨が降ったとは言っていましたが、それだけでああも流れが変わるものでしょうか?」
「そうね。確かにそれは私も気になってた」
しれっ、と会話に戻ってくるシャイレーゼ。ホリィは彼女に胡乱気な目を向けるも、一切気にした風のない面の皮の厚さに溜め息を吐いてクルムオンへ視線を戻した。
「では、そちらの調査へ向かいますか?」
「そうですね、僕はその方がいいと思います」
ホリィの問い掛けにクルムオンが頷く。特に異論は無いシャイレーゼも同意し、三人はトリスク川上流の調査へ赴くことになった。
◇◆◇ ◇◆◇
「これは……見事に崩れてますね」
川の流れを堰き止めるようにして崩落した崖を見上げながら、クルムオンはそう呟いた。
トリスク川は山間部の谷間を流れる川だ。その山と村や教会のある平野の境は急に盛り上がってちょっとした崖のような地形を作っていた。その崖の、川と隣接した一角が綺麗に崩れている。その真下にその残骸らしき山があり、川はそれを避けるように流れを急に変えていた。
「これが原因で川の流れが変わったのね。大雨の影響かしら」
「どうでしょうか。それにしては少し不自然な気も……」
クルムオンは目を眇めて崩落痕を見る。書籍のみで実体験に乏しい彼は何となく違和感を覚えつつも、それが疑って掛かっていることによる先入観から来るものなのか実際に怪しいところがあるのか判断出来ずにいた。
「とりあえず調べて見ましょうか。何か見つかるかも知れないし」
そう言ったシャイレーゼは崖に取り付くとひょいひょいと登り始めてしまった。
「姫様、危ないですよ!?」
「平気平気。結構掴むところあるし、思ったよりしっかりしてて登りやすいわ」
おたおたするホリィの心配を一笑に付して、シャイレーゼは順調に登って行く。あっさりと崖上に辿り着いた彼女はそのまま崩落現場付近へ向かう。あまり人が来ることはないのか、深い薮になっているそこを剣の鞘で掻き分けて検分した。
探索を始めて一分。それはすぐに見つかった。
「あら?」
鞘が硬い何かに当たる。彼女は無造作にそこへ手を突っ込むと、触れたそれを掴み上げた。
「これは……何かの柄かしら」
その手に握られたのは半ばから折れた一本の棒だった。自然の物ではない。皮が剥がされ、枝を落とした痕があるからだ。
「姉さん、何か見つかりましたか?」
「ええ、ちょっと待って……」
更にごそごそとその場を漁ったシャイレーゼは、鶴嘴やシャベル*3などの残骸を回収することができた。どれも粗末な造りで、ボロボロになるまで酷使されている。彼女はそれを持ち上げると崖下の弟にもよく見えるように振った。
「道具を見つけたわ。これ、自然に崩れたものじゃないわね」
「こちらも見つけましたよ」
崩落した土砂の周辺を探っていたホリィが顔を上げてクルムオンを呼んだ。近寄ってみれば、川縁の少し湿った地面を彼女は指差している。そこには微かに溝を埋め戻したような痕跡が残っていた。
「既に撤去されていますが、これは恐らく簡易的な堤の跡です。崖を崩して川を堰き止めた後、ある程度水を貯めてから堤を切ったと思われます」
「ではやはり、何者かが意図的に川の流れを変えたということですか」
「間違いないかと。それから殿下、こちらをご覧ください」
少々鈍臭い見た目に反して身軽な動きで土砂の上を渡ったホリィは、崖下である物を拾い上げた。
「それは……頭蓋骨ですか?」
それは正しく頭蓋骨であった。明らかに人の物ではない。鼻が前に突き出していて犬歯の目立つそれはどちらかと言えば犬の頭骨のように見えたが、それにしては後頭部の形状がおかしい。人のように丸くなっており、頸椎と繋がる部分が頭骨の真下にある。まるで二足歩行する犬のようだった。
「これはコボルドですね」
「恐らくはそうだと思います」
その特徴からそう推察したクルムオンの意見をホリィは支持する。
コボルドは正しく二足歩行する犬のような姿をした蛮族だ。小柄で非力な代わりに──ゴブリンやボルグなどの下層の蛮族に比べれば、だが──賢く、多芸で手先が器用な種族としてよく知られている。
「ここに二体分の骨があります。土砂に半ば埋もれているので、恐らく作業中に崩落に巻き込まれたのではないでしょうか」
「となると、この崩落は蛮族の仕業である可能性が高そうですね……」
クルムオンはホリィの話を聞いてそう判断した。何故なら、コボルドは他の蛮族から死んでも困らない奴隷としてこういう危険な作業を強制されることが多いからである。
蛮族社会では力が全てだ。その中で、多少賢く器用だから何になるというのか? 圧倒的弱者であるコボルドは、蛮族社会において徹底的に虐げられ、使い潰され、場合によっては暇つぶしに殺されることすらある最底辺の存在だった。その扱いは人族の街の飯屋でつぶらな瞳をきらきらと輝かせながら働くコボルドが散見される程度には悪い。
「もしかしてあの襲撃犯とも関係があるのでしょうか?」
「これだけでは何とも。他に何かありませんでしたか?」
「彼等が崩落時に持っていたと思われる道具以外はまだ何も……ですが、状況から見て少なくとも壊した堤を片付けた者がいる筈です。足跡などが残っているかも……」
「それが辿れれば、という訳ですか。分かりました。ホリィはそのまま足跡を探してください」
土砂の上を通ってホリィの側へ移動しながらそう指示を出すクルムオン。ホリィは首を傾げた。
「殿下?」
「ホリィと姉さんが足跡を探す間に骨を回収しておこうと思って。このままにはできませんから」
どれだけ貧弱だろうとコボルドは蛮族だ。その死体には僅かなりとも"穢れ"が含まれる。そうした"穢れ"を持つ死体はアンデッド化しやすいのだ。コボルド程度ではアンデッド化しても大した脅威にはならないかも知れないが、だからと言って放置していい理由にはならない。
「そんな、殿下にそのようなことはさせられません。それは私が」
「ホリィ」
クルムオンは言い募ろうとした従者の口を笑顔で封じた。
「僕は貴女と違って足跡探しではあまり力になれません。であれば、ホリィが探索する間に僕が骨を拾う方が余程効率的です。それに、今の僕は王族ではなく冒険者ですから」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せるクルムオンに、反論を見つけられなかったホリィは眉尻を落として頭蓋骨を差し出した。満足げに頷いた彼はそれを受け取ると、小さく溜め息を吐く。
「本当は僕が穢れを浄化出来れば良かったんですけど。これは一旦神殿に処置を頼むしかないでしょうね。姉さんもそれで良いですか?」
「ほっぽっとく訳にも行かないし、しょうがないかしらね。足跡を見付けたら、回収した骨を持って神殿に向かう感じ?」
崖上からそんな返事が返ってくる。クルムオンは頷いた。
「ええ、その方向でいきましょう」
彼の言葉を合図に、各々が自分の仕事に手を付ける。そこからホリィが大柄な足跡を見付けるまでそう時間は掛からなかった。
以前書いた話との整合性を取るのが中々大変です。
これが後先考えずにログに書き足した弊害……でも足さないと色々と足りないしなぁ……シャイレーゼが奇行繰り返すただの変人になってしまう