ソード・ワールド2.5 リプレイ 『煌日の姫と冴月の王子』 作:弧埜新月
小村(前)
トリスク村へコボルド達を預けに向かった三人であったが、意外なことにコボルド達は村人から好意的に受け入れられた。どうやら近隣の町に有名なコボルドの料理人がいたらしく、コボルドは忌むべき蛮族の一種ではなく器用で純朴な隣人として考える下地があったようなのだ。
コボルド達の内二匹は料理が得意──片方は何故かゲテモノ料理専門だったが──ということで試しに料理をやらせてみることになり、残りも身体の小ささと手先の器用さを活かして葡萄の根周りの世話を担当することに決まった。
「貴女様が領民とお認めになった者達です。それを私共にお預けなさると言うのですから、まずは信じる位しませんと」
村長はシャイレーゼが署名した証文に目を通してから小さく笑って言った。
「ご安心くだされ。この村には狩人も、昔冒険者をやっておった者もおります。何か怪しい動きがあればすぐに取り押さえて見せましょう。勿論、捕縛だけで裁きは貴女様のご判断を待ちたいと思いますが」
穏やかな表情でコボルド達──双子に散々脅かされていたからだろう、覚悟していたよりも暖かい村人の対応に目をキラキラさせている──を眺めていた村長。その横顔からは、実際そのような事態は起こらないだろうと考えていることが窺えた。
後は任せて問題無いだろうと考えた三人は、再び旅に出ることにした。
目的地は特に決めていない。近隣の村に向かい、そこで次の村や町の話を訊いてそちらへ向かう。蛮族の目撃情報や被害の程度を調査するのが目的だった。
少なくともハイゼン公領内であれば公領の兵を使って調査することも出来たが、双子は自分の足で調査することに拘り、ホリィもそれを支持した。兄の、国を回り、民草の目線で人々を見ろ、という言葉が二人の頭に強く残っていたのだ。双子は兄の正しさを信じていたし、人伝に得た情報が自分の目で見たそれに比べ、如何に歯抜けで無味乾燥としたものであるかを経験で知っていた。
その選択が間違いで無かったとの思いは、村を訪れる毎に強くなっている。
「……この一月で巡った村落は19、町は3ですが……蛮族のここ最近の目撃情報は16件に登ります」
いつもの指定席に座って揺られながら、羊皮紙を手に情報を整理していたクルムオンが呟いた。
今彼等がいるのはハイゼン公領の端。もうすぐ隣の領地に差し掛かろうか、という所にある山道である。天気は良く、道端に生える木は大して背の高くないものが殆どなため、僅かに汗ばむ程度の日差しが直接彼等に降り注いできていた。
「僕はこの手の事情には疎いんですが……少々多過ぎやしませんか?」
「「多い
トロンベの手綱を引くシャイレーゼと、今日は幌の中で資料の整理を手伝っているホリィが同時に即答した。ですよね、とクルムオンが再び資料に目を落とす。調査中に書き留めたものをホリィが整理して書き直したものであるが、揺れる馬車の中で書かれた筈のそれは非常に綺麗で読みやすい。自分も綺麗に書こうとは常々心掛けているがこれには及ばないだろう。
姉? 姉は良くも悪くも豪快な性格だ。時々羨ましく思う時はある。
「討伐された蛮族の集団が11……何れも国境を越境してきたと思われる小集団で、人間の統率者は確認されず、ですか」
「討伐されていない5件ですが、この内の3件は証言と位置から討伐済みの蛮族と同一の集団と思われます」
「つまり、2件は完全に行方の分からない集団がいるわけですね……」
「それより問題なのは被害者の方よ。あんな酷い話……!」
憤慨するようにシャイレーゼが口を挟む。それを受けて、すぐさまホリィは別の資料を取り上げた。
「襲撃を受けたのは商隊が3隊、乗合馬車が4台、旅人が2組、冒険者が2組、巡回中の衛兵が1組です。内、重傷以上の人的被害が出たものは6件。死者が3名、連れ去られた者が2名、逃亡中に
ホリィが被害状況を読み上げる。淡々と読み上げているようだが、その表情は暗い。聴き取りの際に聞いた被害者の嘆きの声を思い出したのだろう。特に、幼い姉妹と
傷だらけだった彼は精神の崩壊した妻を支えながら、娘を穢し、壊し尽くした蛮族への憎しみ、蛮族の跋扈を許す領主への怨み、人手が足りない、準備が整わないと一向に探索へ向かわなかった冒険者達への怒りを罵詈雑言と共に吐き出し続けたのである。籠手を握り潰さんばかりに握り締め、無言で話を受け止め続けるシャイレーゼの心境は如何程だったことだろう。
「他、状況的に見て蛮族に襲われて全滅したと見られる商隊が1隊、冒険者が2組ありました。全滅した旅人は把握出来ておりません」
以上になります、とホリィが犠牲者の報告を締め括った。ギッ、とシャイレーゼが奥歯を噛み締める音がする。一方のクルムオンは嘆息して言った。
「村そのものへの襲撃が無いのが幸いですね。ホリィ──」
「何が幸いなのよッ!」
ダンッ! と地面を蹴り付けて振り向いたシャイレーゼが激発した。馬車を曳いていた栗毛の馬が驚いて小さく嘶き、トロンベが小さく息を吐いて足を止める。
「22人も死んでるのよ!? 救助された子だって、話し掛けても何も反応してくれない位ボロボロにされてた! アンタは何も思わないワケ!?」
「思ってますよ」
クルムオンは羊皮紙を置き、姉の碧い焔を宿したような瞳を真っ直ぐに見返した。その目に同種の火を見たシャイレーゼが口を閉ざす。
「悼ましいですし、悔しいです。思わない訳がないじゃないですか。犠牲になったのは僕達の民だ。彼等は僕達が至らないばかりに傷付き、脅かされている。許せることではありません。確かに、これまでの僕は国政に携われない立場でしたが、だからといってこれを仕方ないと思える程、僕は王族を捨てていない」
一息に言い切ったクルムオンは、そこで一つ大きく深呼吸した。そして、だからこそ、と言葉を続ける。
「僕は、この怒りと嘆きを鎮めねばなりません。成る程、怒りは人を前に押し進めるための強い力となるでしょう。嘆きは失われた者を悼み、同じ過去を繰り返さぬための標となるでしょう。ですが、僕が担うべきはそれではない。僕は冷静冷徹に物事を見極め、進むべき方向を定める頭脳であるべきだ」
その為には、何を擲っても拳を振り上げんとする怒りも、後ろを向くばかりで先を見れない嘆きも抱くべきではないのだ、と彼は言う。シャイレーゼは今にも歯軋りせんばかりの顔で弟を見つめ返した。
「……私が間違っているって言うの?」
「いいえ?」
何処か苦しげに言ったシャイレーゼに、クルムオンは小さく笑って首を振った。
「冷静に考えるのに怒りは不要と言いましたが、元凶を取り除く為の原動力としては有用です。ただ、舵取りが必要なだけで。姉さんが怒ると言うなら、僕は一歩引いて道を示すだけのこと。夜道を照らす月のようにね」
「……格好つけちゃって、もう」
「先日の姉さん程ではないと思いますよ? 結局あれで剣先が少し欠けてしまって、次の町の鍛冶屋でしこたま怒られてたじゃないですか」
「あのことは蒸し返さないでくれない!?」
シャイレーゼは顔を真っ赤にして怒鳴り返すが全く覇気がなかった。流石にその所為で二日程足止めを喰らったことは反省しているらしい。
お陰でその間、蛮族に対する調査は全く進まず、辛うじてコボルドの作るラム肉とフェンネルのポリッジは絶品である、ということが分かったくらいであった。
「……その」
シャイレーゼが己の髪の先を弄びつつ、僅かに視線を横に逸らす。
「何です?」
「私が、もうちょっと冷静だったら……クルムオンも、もっとちゃんと、怒ることができたのかしら……?」
しおらしく、上目遣いに御者台に座る弟を見上げたシャイレーゼ。クルムオンは、そんな珍しい姉の姿に──
「ぷっ……あはははははははっ!」
こちらも珍しく、音を立てて噴き出した。
「なっ……ちょっと、クルムオン!?」
「いやぁ、その、すみません。あまりにも似合わないものですから、つい」
「ちょっとそれ酷くない!?」
腹を捩って笑うクルムオンに、ガーッと青筋を立てて怒鳴るシャイレーゼ。
こう、煌めくような感情溢れるままに振る舞う方が、姉はらしいと、そう思う。
「お気遣いは有難いんですが……率直に言わせて貰うと、姉さんって申し訳ないんですが全然参謀役向いてないんですよね。深く考えないで全部直感で決めちゃうから」
「なっ……そっ、そんなことなないもん!」
「なないもんって。そんな自覚有りまくりな顔しながら怒ったって説得力皆無ですよ」
吃りながら目をあせくせと彷徨わせつつ喚くシャイレーゼに、目尻に浮かぶ涙を拭いつつ指摘してやる。
「まぁ、僕もどうしたって激情に身を浸しきるようなことは出来ないでしょうから……適材適所と言ったところですか」
「それ、暗に私のこと感情任せの猪って言ってない?」
「それは言い得て妙ですね。姉さんには例え話の才能がありますよ」
ぶっちーん。そんな幻聴を聞いた気がしたクルムオンは、そっと横に置いておいた羊皮紙をそっと後ろのホリィに回す。
「これは……ちょっと姉への口の利き方を教育し直す必要がありそうね?」
「ははは、嫌だなぁ。僕達は双子じゃないですか。どっちが上かなんて微差ですよ、微差」
「微差だろうが何だろうが、姉は姉!」
「おっと、これは煽り過ぎたかな」
叫びながら
「後は任せましたよ、ホリィ」
「へ? えっ、えぇぇぇぇぇええええッ!!??」
途中で
御者台へ一息に跳び乗って来たシャイレーゼに腰を抜かしたホリィは、あわあわとその般若のような顔を見上げた。
「ホリィ……」
「ひゃ、ひゃい……」
「そこを退きなさい」
「えっと……」
ホリィはちらりと後ろを振り返る。馬車の後端で手を合わせたクルムオンが半笑いながら申し訳無さそうに片目を瞑っていた。
恐る恐る、ホリィは視線を元に戻す。
「あの……腰が抜けてしまいまして」
「気の所為」
口の端を震わせながら述べたホリィの言い訳を、シャイレーゼはバッサリと斬った。あうあうと次の言葉に窮するホリィに、いっそ優しく聞こえる声音で語り掛ける。
「ホリィ……貴女、どっちの味方かしら?」
「ええっと……」
ホリィは視線を左右に揺らした後、シャイレーゼを見上げてへらりと微笑った。
「今回は殿下でしょうかね?」
「天誅ッ!」
頭にタンコブを作ったホリィをころりと横に転がし、シャイレーゼは一歩前に出る。あちゃあ……とばかりに額に手を当てていたクルムオンは、じりじりと後ろに退がりながら手を前に出して姉を宥めに掛かった。
「落ち着きましょう……暴力では何も解決しませんよ」
「問答無用!」
「うわわッ!?」
床板を踏み抜かんばかりに──しかし踏み抜きはしない絶妙の力加減で──床を蹴ったシャイレーゼの突進を、クルムオンは咄嗟に荷台から飛び降りて躱す。勢い余って荷台を飛び出したシャイレーゼは空中で上手く身を捻ると数m先で地面を削りながら着地。即逃げに走ったクルムオンに向かって拳を振り上げた。
「待ちなさい!」
「待てませんって! 話をしましょう! 話せば分かる!」
「分からん! 姉の裁きを受けよ!」
こうして突如として始まった双子の追いかけっこは、数分後にいい加減鬱陶しくなったトロンベが主人を蹴り倒すまで続くのだった。
シナリオタイトルが小村なのに、村に辿り着いていないっていうね