さて、サイサリス強奪は最終局面です。
シーマは視野の片隅で、ソドンから二機のモビルスーツが発進するのを見た。
どちらも新型だ。
1機はキシリア親衛隊用に作られた ギャン。
ブースターを兼ねた巨大な槍をもったその姿はまさに地球人類が細かな領土のやり取りで血を流していた古代の騎士を思い起こさせる。
一説には、ギレン総帥が気に入り、量産したモビルアーマービグ・ザムを屠るために開発されたモビルスーツだという。
急加速により、Iフィールドの内側まで接近し攻撃を仕掛けるに相応しい仕様になっている、というのだ。
もう1機は、さらに特徴的な外見をしていた。
試作機らしい白を基調にしたモビルスーツだ。
「なんだ? あれは。ガンダムの新型なのか?」
キシリア派が中心となって、ガンダムタイプに特殊なサイコミュを搭載した新機体を開発していたという噂はあった。
あれが、それなのか。
その新型ガンダムを先頭に、二機のモビルスーツはドムたちの所に降りてくる。
チャンスだ!!
シーマは嘲笑した。
戦いは終わったのだと、みなが思っている。
意識はギャンと新型ガンダムに向いている。
「よそ見は」
シーマはビームサーベルを抜いた。
さっきシーマの愛機にペイント弾を叩きつけたドムに向かって。
「禁物だよっ!!」
ドムは油断しきっていた。
いや油断以前の非常識だ。ここはまだ戦場である。
ドムのパイロットはコックピットを全開に身を乗り出して、ソドンのモビルスーツを眺めていた。
白いパイロットスーツの少女だ。まだ十代の半ばなのだろう。
ヘルメットは被っていない。
ゲルググの光学スコープはその愛らしい顔立ちやなかなかの曲線を描く胸のラインまでくっきりと捉えている。
彼女は――笑っていた。
まるでしばらく会えなかった親友と再会でもしたかのような満面の笑み。
ギャンかガンダムのパイロットがそうなのだろう。
だがその感動の再会を涙のお別れに変えてやる!
シーマのゲルググがダッシュした。
反応したのは――ドムのもう1機と、ギャンだけだ。
だが1歩遅い!
肝心のシーマの狙いであるドムとその親友の乗ったガンダムは、完全に呆けている。
繰り返す。ここはまだ戦場だ。
それなのに、ガンダムまでがドムの前に着地すると自分のコクピットを開いたのだ。ドムの少女が身を乗り出した。
まとめて両断しようと、ビームサーベルを振り上げた時。
ガンダムのコクピットが見えた。
え?
だれもいない?
オートパイロット、という概念はある。
学習型コンピューターで実際に戦場でのエースパイロットたちの行動パターンを学習させることで基礎行動力を底上げする、という研究も始まっている。
だが、いまのガンダムの動きはオートパイロットによるものではなかった。
ドムのパイロットの少女が、ガンダムのコクピットに飛び移る。
させるかよ!
振り下ろしたシーマのゲルググの渾身の一撃がガンダムのビームサーベルに弾かれた。
少女が操縦したのか?
いやまるで。
ガンダムが自分の意思で動いたかのような動作だった。
現実に少女がコクピットに座り、操縦桿に手をかけるまえにシーマは切りつけていた――そのはずなのだ。
「ジャマすんなあっ!!」
はい?
じゃまってなんのこと?
シーマのゲルググのメインモニターが消えた。
相手が抜きはなったビームサーベルは変形し、斧のような刃を形成。それでゲルググの頭部を粉砕したのだ。
「クソっ…があ!!」
シーマを助けようと接近したサイサリスの振るうビームサーベルを受け止めながらガンダムは、瞬時にその背後に回った。
ブースターの加速はサイサリスが上のはずだ。
たが、こいつは完全に死角から。
頭部を狙ってくる!!
「なんだ、こいつは!」
ガトーは叫んだ。
機動性がいいとか。加速性能がどうとか。
そんなものではない。このガンダムは
「生きている。」
「姉御!! リリー・マルレーンです。」
ガトーのサイサリスの腕がシーマのゲルググMの腕を掴んだ。
そのまま上空を飛翔するザンジバルにむけてジャンプする。シーマが持ち込んだ新鋭機ゲルググはいずれも損傷。
完全な敗北だった。
いや。
シーマは首を振る。部下は誰一人失っていない。そしてサイサリスの回収には成功している。
作戦そのものは成功だ。
あのガンダムと小娘には。
いずれきっちりケリをつけてやる。
ゲルググとサイサリスを収容したザンジバルはさらに加速する。停止状態のソドンでは追いつけない。
大気圏内脱出用にブースターは空港に廃棄してしまったから、あらためて調達せねばならないが、地球への進駐軍でギレン派閥よりのところはいくらでもあった。
ソドンは加速して、ザンジバルを追いかけるのはともかくとして、主砲による攻撃を行うことは出来た。
だが相手は友軍だ。
それをいきなり撃沈してしまうまでの決断は、熟練のラシットにも出来なかった。
判断を仰ぐように、彼女はブリッジのシャリア・ブルを見た。
独立戦争の英雄は頷いた。
「あの黒い塗装のザンジバルはリリー・マルレーン?
いまはデラーズ麾下にいるはずです。
ここで発砲してしまえば、デラーズ・フリートとジオン新政権が、決定的な決裂を招いたでしょう。
よい判断でした。それにしても」
仮面の奥からシャリア・ブルは地上を見下ろす。
「片時も大人しくしていられないのですかな、あのおひとは!」
ジークアクス。
ジークアクス! ジークアクス!
マチュはしばらくぶりにジークアクスに「抱きしめられる」ような感覚を味わっていた。
マチュにはまだそういう経験はない。
シュウジとのキスはあれはキラキラの中だったから。
心と身体にしっかりと生身の感覚として残ってはいるのだがはたしてそれを経験に数えて良いのかはわからない。
あまり人に話せる問題ではないし、例えばニャアンに話しても「それはそういうもんじゃないの?」というふわふわした答えしか返って来なさそうだった。
一方、地上では。
ドムのパイロットは、ヘルメットを被ったままだった。
目の前にはシャリアとエグザべ、それにコモリがいる。
「危ないところを助かった。ジオンのシャリア・ブル中佐とお見受けする。
わたしは元連邦軍クワトロ・バジーナだ。」
そう言って友好的に手を差し伸べた。
シャリアも微笑んで手を差し伸べる。だがその手にはしっかりと拳銃が握られていた。
パンッ!
野外での拳銃の音は意外に乾いていて迫力に欠けるものがある。
クワトロは首を右に傾けていた。
そうしなければ銃弾は、彼の額を撃ち抜いていただろう。
「苦痛を与えるのは忍びないので、ヘッドショットを狙ったのですが、お気に召さなかったようですね。」
シャリアはにこやかに笑いながら、引き金に力を込める。
「腹部のほうが避けにくいかな? ただこちらはたっぷりと苦痛を味わって死ぬことになりますので。」
そのとき。
なにかがシャリアとクワトロの合間に割って入った。
白鳥?
一瞬、シャリアは羽ばたく水鳥の幻影を見た。
それはほんの一瞬のことで、シャリアの銃口の前に立ち塞がったのは、二十歳を超えたほどに見える美女だった。
「大佐を殺させる訳にはいきません!」
唇を震わせながらも彼女はきっぱりと言った。
「ララァ。これはわたしとシャリア・ブルの問題であって」
「ここの大佐は地球人類への粛清などはいたしません!」
まっすぐにシャリア・ブルを見つめて、ララァと呼ばれた少女は言った。
「わたしがそんなことはさせません!」
「…失礼だがあなたは?」
「ララァ・スンと申します。シャリア・ブル閣下。」
なるほど。
なるほど、なるほどと言いながら、シャリアは銃口を下ろした。
「中佐殿」
コモリ少尉が心配そうにその顔を覗き込むんだ。
「シャロンの薔薇のこの世界における現身、とでもいいましょうか。」
コモリは息を飲んだ。
「ここでわたしがこの人を殺してしまうと、また世界が歪むかもしれない。とは言えララァさんを撃ってしまうと今度はこの人が人類粛清をはじめる。」
いやはや、困ったものです。
と、シャリアは頭をかいた。
「ヒゲマンっ!!」
ジークアクスのコクピットからマチュが顔を出した。
「相変わらず仮面ダサいよね?
まだつけてるの?」
「そうです! わたしはあなた方に用事があってきたのです。ついでながら仮面についてはわたしもまったく同じことを感じております。仮面のダサさを指摘されて傷つくのはわたしではありません!」
シャリアも叫び返した。
「つまりはサイサリスがデラーズ・フリートの手に渡ってしまった…とそういうことです、か。」
「だが、しばらくは何も出来んはずだ。」
クワトロは少し離れた場所を指さした。
サイサリスがクワトロのドムと戦う際に分離したバズーカがそこには置き去りにされていた。
「サイサリスは本体以外にもあのバズーカと弾頭も特注品だ。作るのには時間がかかる。」
そう。
クワトロが自らバズーカを捨て、サーベルでの勝負に持ち込んだのはこれが狙いだった。
そうすれば武人気質のガトーもサーベルで戦うだろう。そしてその際には動きのジャマになるバズーカを外すだろうことは予測できた。
「大佐! お怪我は…」
ララァが、心配そうに顔を覗き込んだ。
「大丈夫だ。当たらなければどうということはない。」
ララァが乗ってきたのは、偵察用のヘリだった。もともとはドローンの類であるが
一応人も載せられる。
ドムやゼフィランサス、サイサリスのバズーカなどはソドンに積み込まれた。
「いったんトリントンへ戻りましょう。これからマチュくんとニャアンくんにはあらためてお願いしたいこともありますし、サイサリスをデラーズに渡したことについても少し事情を伺わなければなりません。」
シャリアがブリッジでみなにそう話す間に、マチュはニャアンを連れてそこから抜け出した。
見咎めたコモリにマチュは気軽に話しかける。
「三十分くらいかかるよね?
わたしの部屋ってまだある?」
コモリはため息をついてマチュを案内した。
場所はマチュだけでもわかるのだろうが、施錠してある。
「ああ。やっぱりここ落ち着くよねえ。」
そういうマチュにコモリとニャアンは変な顔をした。
「…ここって独房…」
「いや、慣れると結構悪くないんだよ!
ヒゲマンにコーチ受けてたときは、ほとんどここで過ごしてたんだ。
着替えととかはコモリンがぜんぶめんどうみてくれててさあ。」
「…それじゃごゆっくり…鍵はどうするの?」
「一応、掛けといてよ。トリントンについたらまた迎えにきて!」
物凄くワガママなことを言いながら、マチュはごろりと横になった。
「あの…コモリン少尉」
ニャアンがいった。
「わたしってみんなと一緒にブリッジにいてもよいですか?」
戻ったクワトロを基地のものたちは歓迎してくれた。
なにしろあの“ソロモンの悪夢”と戦って生還しただけでもたいしたものだ。
それにサイサリスの重要なパーツであるバズーカとその弾頭は回収している。
「いやよく生き延びたもんだよ、大佐。」
「たいしたものだよ、大佐。」
「海兵隊のゲルググともやりあったんだって? 演習用の装備でよくぞ。」
そう言いつつも、実際には核弾頭付きのサイサリスをデラーズ・フリートに横流ししようとした。
そういう一派もこの中にはいるのだ。
おそらくはジャミトフ・ハイマンのティターンズの息のかかったものか。ゼフィランサスを受け取るフリをしてサイサリスを持ち去る。
もともとジオンの基地であるトリントンで、国家の英雄であるガトーならば可能であろう。
だがわざわざ実弾まで装備して準備をしておくのは協力者がいないとできないのだ。
追跡させたドムには演習用のペイント弾しかもたせずに。
クワトロは愛想良く笑いを振りまきながら思った。
“アルテイシアの新政権の当面の課題は、デラーズをどうするか、だな。
最大の戦力を握るのはマ・クベだが、彼はどちらかの勝ちが確定するまでは動くまい。ならばしばらくはクラバに現れたアムロ・レイの『ガンダム』を追いかけられるか。”
「大佐。」
顔見知りになった連邦出身のテストパイロット、コウが話しかけてきた。
「無事でよかった。ニナもゼフィランサスの戦闘データがとれたって喜んでる。
それはともかく、どうも腑に落ちないことが……」
「待ってくれないか、コウ・ウラキ少尉。」
クワトロはさっきから気になっていることを尋ねてみることにした。
「なぜ!みんなわたしのことを大佐と呼ぶのだ?
わたしは元大尉であって、連隊指揮官のようなお偉方とは違うのだが」
「あ、いや、あだ名みたいなものです。気にさわったらすみません。」
「……あだ名?」
「ええ、クワトロ大尉はどうももっとその、偉そうに見えるし、一緒に連れてるララァさんがあなたを『大佐』と呼ぶのでみんなつられて……」
ララァっっ!!!
クワトロさんが「大佐」と呼ばれるようになったのは裏設定があります。トリントンの誰かがカバスの舘のトップだったララァのことを知っていたのですね。
でもって、あそこは高級将校用のそういうトコでしたので、そこの女を口説きおとして連れ回してるクワトロのことを揶揄する意味で「大佐」と呼んだわけで。
さて、次回は舞台をかえます。クラバで無双するガンダムモドキですが、アムロのM.A.Vがクラバを引退したいと言ってきます。どうも付き合ってた女の子と結婚するために固い職業につきたいそうで。困ったアムロですが偶然、モビルスーツのジュニア大会に出ていた少年とめぐりあいます。(たぶん女みたいな名前だとか、軽口を叩いてぶん殴られます)