「俺をガンダムに乗せろよ、ガンダムに。」
金髪を逆立てた男はイライラと怒鳴った。
「無理を言うな。俺たちのペズンはジオン系の研究所なんだぞ?」
痩せぎすの青年が静かに返した。
「ガンダムはシャア大佐がかっぱらって、自分の乗機にしただろうが。
それを元にゲルググが作られている。いってみりゃあ、もうジオン製のモビルスーツみたいなもんだろう?」
「きみのアクト・ザクは、性能面だけならゲルググに匹敵する機体だよ?」
「ザクにはなあ。」
彼らが乗ってきた輸送艦は、無事にグラナダへ入港した。モビルスーツが搭載された貨物室まで空気で満たされている。2人ともパイロットスーツ姿だったがヘルメットは脱いでいた。
「………ジャズが合わねえんだよ。」
「………ジャズをやめればいい。」
ダリルは低い声でそう言った。
「いいポップスを紹介しようか?」
「おまえの聞いてる甘ったるいやつか?
あれを聞いてるだけで、心まで虫歯になりそうな気になるんだ。」
「俺もおまえのジャズを聞いてると体が痒くなるんだけど。」
「そうかい。じゃあ、今回のセッションも失敗かな?」
「相性はたしかによくはない。」
ダリルは素直に言った。
「だが、M.A.V.としては悪くない。
そもそもここはサンダーボルト空域じゃないしな。」
「まあ、それだけはありがたい。おまえのライフルに狙われないだけでもずいぶんマシな関係になったもんだ。」
金髪の伊達男―――イオ・フレミングはアクト・ザクのコクピットから先に降りると、同じくゼク・アインのコクピットでの動作確認を終え、降りようとするダリルにさり気なく手を差し伸べた。
ダリルは軽く笑った。
「大丈夫だ。六分の一の重力下で俺の手も足も問題なく動く。地球の重力下だって、平気だったんだぜ?」
―――サンダーボルト空域。
ソロモン陥落後、ア・バオア・クーを目標として戦力を集中しようとした連邦軍とそうはさせまいとしたジオンの戦いは短くも激しいものだった。
ダリルはそこでザクを駆り、狙撃手として活躍していた。
そしてイオ・フレミングは、ダリルを狩るための特殊部隊の一員だったのである。
それもこれもサイコミュによってコントロールされる、ミノフスキー粒子のもとでは有り得なかった遠隔攻撃兵器…ビットを操る赤いガンダムが、ソロモンを連邦が中継基地として諦めざるをえなくなるまで、叩いて叩いて叩きまくるまでの短い期間でしかなかったのだが。
「クランバトルはいつになるんだ?」
イオ・フレミングが尋ねた。
「そっちはアンキーが動いてる。そう長くは待たないですむだろうが、今日明日ってことはないみたいだ………なにしろ、最近のクラバは、試合の中継や賭け以外にもいろいろと儲かる口があるらしい。」
「まあ、クラバは実質的にモビルスーツや新装備の実戦テスト会場になってるわなあ。」
イオはダークブルーに塗装されたアクト・ザクの装甲にそっと手を触れた。
悪態をついたが、彼もこの機体の有用性はかっているつもりだった。
「………考えても見れば、シャア大佐もいろいろと罪なことをしたもんだ。
あいつがガンダムを強奪したせいで、独立戦争で活躍できたかもしれないこの機体はとうとう日の目を見ることがなかったわけだ。」
「この前みつけたラノベを送ってあげるよ。いわゆる仮想戦記ってやつだ。
シャア大佐がガンダムを盗むんではなくて、ちょうど現場に居合わせた民間人の少年がガンダムに乗り込んで大活躍するって話だ。」
「その手の空想話はおまえのよく聞くラブソングくらい俺には合わない。」
イオはいまいましそうに言った。
「なんで、訓練もうけてないガキが、モビルスーツで大活躍できるんだ?
まあ、動かせた―――までは小説上のご都合主義で見逃すさ。そのあとに活躍なんて出来るわけがない。」
「主人公の名前はね、」
ダリルはイタズラでもしかけるように目を輝かせて言った。
「アムレ・ロイっていうんだ。」
「“白い悪魔”か!」
かつて、クランバトルで落とされたことのある相手の名前をもじった名にイオの表情が歪む。
「それこそ、ご都合主義すぎるだろう?
のちにクランバトルで名を馳せる“白い悪魔”が偶然ガンダム強奪の場に居合わせるとか………」
「まったくの偶然、ご都合主義でもないんだ。あのときサイド7で連邦のモビルスーツ開発の陣頭指揮にたっていたのはテム・レイ博士でアムロ・レイはその息子だ。つまりアムロはその当時サイド7に住んでいた可能性が高い。」
「………」
イオ・フレミングは不満そうに腕組みをして格納庫の天井を見上げていた。
「で、どうなる?」
「連邦が勝つよ。」
「シャア大佐がガンダムの奪取に失敗したくらいで、か?」
「作中ではシャイ少佐な。それによって、連邦軍のモビルスーツの量産化が大幅に早まるんだ。」
ダリルは言った。
「アムレ自身も最初こそは、ガンダムの性能に頼っていた面はあるけど、戦ううちにその才能を開花させる。ボンバ・ランや漆黒の三流星、トップエースを落としまくりだ。」
「そりゃあ………」
たしかに恐ろしい。いまのアムロ・レイが当時の連邦軍にいたらやっぱりこう呼ばれていただろう。
「白い悪魔」と。
「読んでみるか。
『ぼくが最新鋭モビルスーツに乗ってジオンに無双しちゃった件』でいいのか?」
「なにそれ?」
「タイトルだよ、タイトル。」
「いや、普通に『機動戦士ガンダム』だよ。『行きて帰りし夢物語り』ってサブタイトルはついてるけど。」
「誰なんだ、書いたのは?」
「フロドって名乗ってる。顔も経歴もまったく出してない。まあ、出せっこないよな。つい数年前に数十億を殺しまくった戦場を舞台に実在のキャラクターに当てはめて、仮想戦記を書いたんだ。」
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クチン。
濃い肌色に金髪の少女がくしゃみをした。
黒髪をお団子に結んだ女性が心配そうにそれを見やる。
「大丈夫、カンチャナ?」
彼女達の乗ったシャトルはすでに大気圏を脱出している。
様々な工夫はこらされているものの、このときにはかなりのGがかかる。
女性の発言は、はじめてこの高重力を体験した少女たちの体調を気遣ったものだが、呼ばれた少女は慌てて首を振った。
「大丈夫です、お姉様。
誰かがわたしのウワサをしてたのかも知れません。」
「そりゃ、ありえるかもね。」
カンチャナと同じ年頃の少女が隣のシートから声をかけた。こちらはくるくると巻いた黒髪をショートにしている。
「『機動戦士ガンダム~行きて帰りし夢物語り』は昨日までで400万ダウンロードです。作者がどんなひとか読者は気になるでしょ。」
「作者はお姉様だよ、ヴァーニ」
カンチャナは言い返した。
「わたしは文字にしただけ。」
「正確には」
二人の少女の『お姉様』…ララァ・スンは物憂げにシャトルの天井を見上げた。
「わたしは劇中の登場人物のひとり。
だからやっぱり作者はカンチャナ、あなたよ。」
カンチャナは基本、目付きが悪い。
そんなところも、愛する大佐に似ていて、ララァは彼女を愛おしく思うのだ。
その目つきのまま、カンチャナは照れたように微笑んだ。
「それにしてもなんで、このお話しを小説にしてみたの?」
「それは…」
カンチャナは言い淀んだ。
「………大佐が亡くなるところをお話の中ででも再現したくなかったからです。
お姉様から伺った『物語り』はたくさんありますが、大佐が白いモビルスーツに殺されないですんだのは、ひとつしかありません。」
「その場合、大佐を庇って、代わりにわたしが死んでしまうのだけれども…」
「死んじゃうのは、シャイ大佐の想い人のリリァ・ミンです。お姉様じゃありません。」
「一応少しずつ名前は変えてるものね。」
ララァは面白そうに笑った。
「でも誰が誰かは、誰でも気がつくわ。
シャリ・ブールなんていいところもなくてあっという間に退場させられてしまって、ご本人からクレームがきそう。」
「シャリア・ブルではなくてあくまでもシャリ・ブールで、乗ってる機体もキケロガではなくてブラウ・ブロですから。」
「なら、作中で重要な役どころで登場するリリァ・ミンは誰か?
シャイとアムレの両方に心惹かれる最強のニュータイプ少女。ビットを装備したモビルアーマーを操る。この現実世界で誰がリリァなのか、読者としては気になるかもね。」
「それはわたしのオリキャラです!」
カンチャナはきっぱりと言った。
「出版社にもそう言ってますし、公式の発表でもそうなっています!」
“シャトルはこれより、サイド6へと向かいます。”
シャトル内部にアナウンスが流れた。
“安全な航海をお約束するアナハイムナビゲート。お飲み物、軽食は手元のパネルからお申し付けください。
また人気のクランバトルも含めた最新のコンテンツもお楽しみいただけます。
では宇宙の旅をお楽しみください。
クリアエーテル。”
「あなたのガンダムの物語は、ジオンの敗戦で終わるのだけれど」
ララァの黒瞳が、妖しく輝いた。
「それで宇宙は今よりもよくなるのかしらね。」
「わたしの構想の中だけの話ですけど、残念ながら、戦いはつづきます。」
カンチャナはすらすらと答えた。ありそうな話だがすでに続編の打診もされているかもしれない。
「勝利に乗じてスペースノイドへの弾圧を強める地球連邦政府。反発するスペースノイド、
終戦から7年後。ついに連邦軍そのものがふたつに別れて抗争をはじめます。」
「カンチャナ! 味方の軍同士が相討ちするなんてよほどのことよ?」
「………いまのエゥーゴとティターンズのようにですね。」
カンチャナは真っ直ぐにララァを見返した。
「ジオンの一部将兵は敗戦とともにアクシズに逃れていたのですが、ここで戦力を蓄え、エゥーゴとティターンズの抗争に割って入ります。」
「なかなかに絶望的だけど。大佐はどうしてるの?」
「偽名をつかってエゥーゴに潜り込みます。エゥーゴのほうがよりスペースノイドにとってよい未来を選択してくれると信じるから。」
「まあまあ、いい展開じゃない。
………まあ、わたしがそこに立ち会えないのは嫌だけど。大佐は少なくともアムロ・レイに落とされなくってすむのね?」
「アムレ・ロイとシャイ大佐ですけどね。
………残念ですが、一度はニュータイプの可能性に光を見出した大佐も戦いの中で失われていく命の重さに絶望し、ついに自らネオ・ジオンを名乗り、地球に対する粛清に乗り出します。」
「アムレ………いえ、アムロはそんなことはさせないと思うわ。」
「そうですね。アムレはシャイを撃破し、落下するアクシズを食い止めようとします。」
「えっと………モビルスーツで? 小惑星を?
いくらなんでもマンガ的な展開すぎないかしら?」
「………ゼクノヴァがあります。」
独立戦争末期。
ソロモンをグラナダに落とそうとした連邦軍であった。ジオンはこれを破壊しようと試みたが失敗。なにもかもが絶望と思われたそのとき―――。
「ちゃんと考えてるわけね。
でもね、カンチャナ。アムロと大佐は、会えばきっと互いを認め合うわ。
優れたニュータイプ………それが自分より勝っていたとしても大佐はそれを認めるわ。彼が友人でいる限り、大佐はけっして絶望なんてしないと思う。」
「残念ですが。」
カンチャナはここで視線を逸らした。
「大佐にとって、アムレは愛するリリァ・ミンの心を奪いかけ、彼女を殺した張本人です。けっして心から相入れることはありません!!」
カンチャナの視線の先には、青く光る地球があった。
………ぜんぶ、燃えてしまえばいい。
微かなつぶやきは、ララァとヴァーニ以外には聞き取れなかった。
「なるほど!」
ララァはカンチャナの発するどす黒いオーラを跳ね除けるように明るく言った。
「なるほど、なるほど!
わたしが死んでもいけないわけね!
わかった。わたしはそういう未来を。
わたしも大佐もアムロもいる未来を必ず掴み取るわ。」
全人口に対して400万ダウンロードは、大ヒットというほどではないのですが、まあ、この手の話の好きな方には読まれているようです。
「閑話休題」的なお話でしたのでカンチャナがのちのちラスボスになるような展開はありません。