『ガンダム』のコクピットはずいぶんと久しぶりのような気がした。
テム・レイの『ガンダム』は、コストパフォーマンスに重きを置いた量産に向けてのモデルであり、別にアムロ用に作られたものではない。
しかし、なんとなくではあるが、この機体に乗ることが、アムロを“安心”させるのである。
実際にアーガマには、最新鋭機ZETAもあるし、特殊な変形機能がいやなら、それこそガンダムの正統進化とも言うべき、ガンダムマークⅡも積まれている。
ヤザン・ゲーブルによれば「癖の少ないいい機体」だそうだから、スペック上、アムロの『ガンダム』を凌ぐマークⅡへの移乗は選択肢のひとつであったが、アムロは彼の『ガンダム』を選んだ。
「注意するんだぞ、アムロ!」
呼びかけてきたのは、メカニックのアストナージだった。
「大したデータはないが……アクト・ザクはスペック上はかつてジオンに強奪された『ガンダム』を上回っているはずだ。
新型……ゼク・アインはいままでクラバへの参加はない。まったくの未知数だ。」
「わかってますよ。」
アムロは答えた。
「それに、リユース・サイコ・デバイスだ。反応速度は3割増しだと思え!
―――ああっ! クソ!
おまけにビーム兵器解禁だと!?
アンキーはなにを考えてるんだ。」
アムロはかつて。
目の前のダリルとイオ・フレミングを相手にクラバを戦ったことがある。
まだ、クラバが非合法の時代。
そのときのアムロのM.A.V. はハヤト・コバヤシだった。
ずいぶんと昔のことのような気がするな。
「ニャアン。ゾック、出ちゃいます。」
相変わらず、緊張感のない声が聞こえる。
海洋生物を思わせる異形のモビルスーツはバーニヤをふかして、モビルスーツ用の発着口に移動をはじめた。
もともとが水陸両用。
しかもコンセプトは水路から敵地に侵入、その後は移動砲台として運用する予定だったらしく、その動きは機敏とはとてもいえない。
装甲は厚いのだが、それはビーム兵器に対して有効なものではなかった。
「アムロ、行きまーす!」
ガンダムは機敏な動作で、ゾックを追い越す。先に発進ハッチに到着し、あとからゆるゆると上がってきたニャアンのゾックに手を貸してやる。
「あ、ども。」
「いえ、どういたしまして。」
緊張感がないのとも違う。
ニャアンというこの戦争難民の少女は、腹をくくってしまうと、己が生き残ることに速やかにすべてのリソースを集中できるのだ。
ビーム兵器を解禁したのは、たぶんこの少女とゾックのためだ。
ゾックは本体内部に多数のメガ粒子砲を搭載した重モビルスーツだ。
クローアームのついた両腕は短く、殴り合いには適さない。
つまりビーム兵器をオミットしてしまうとゾックはほぼほぼすべての攻撃の手段を失うことになる。
今回もクランバトル会場は月面である。
グラナダおよびその施設への安全面を考えて数十キロ離れたクレーターがその会場となる。
移動のために用意された輸送艇にアムロたちは乗り込んだ。
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アーガマの面々は、ホテルのブリーフィングルームに集まって、クラバを鑑賞している。
モビルスーツ隊の指揮官であるブライト中尉や直前まで『ガンダム』とゾックのチェックを行っていたアストナージたちを除けば、士官や主だったパイロットはほぼ全員だった。
グラナダでも最高級のホテルのブリーフィングルームは、会議室のような無味乾燥なところはまるでない。
壁には品の良い絵画が飾られ、サンドウィッチやスコーン、スシなどが盛られたワゴンがそこここにある。
モニター付きのチェアはリクライニングできるし、移動もできるので、ジュドーたちはメインモニターに映し出されるクランバトルよりも、ワゴンに傾注していた。
「いやあ、楽しみだね、ヘンケン艦長。」
アンキーはシャンバンの泡を楽しむように透かし見しながら、アーガマの艦長にそう呼びかけた。
アンキーはもちろんアーガマのクルーではなく、エゥーゴに政治的にも思想的にも賛同しているわけではない。
その彼女がなぜ、ここにいられるのかは、そもそも最高級ホテルのこの一室を借り受けて、アーガマクルーたちを招待したのが、アンキーだったからだ。
吝嗇……とまではいかないにしろ、しめるところはしめるアンキーがけっこうな大盤振る舞いをしているのは、この一戦が彼女にもたらす利益を何よりもはっきり物語っていた。
ヘンケンはうなった。
独立戦争を戦い抜いた軍人ではあるが、それほど「お堅い」わけではない。その彼にしてもクラバのオーナーたちのやり方はどうにも理解出来なかった。
もっとも、今回のクラバにはエゥーゴにとっても、利益はある。
公式な記録が抹消されてしまったリユース・サイコ・デバイスの性能、さらにはペズンがザクの次世代機として開発したゼクの能力を見ることが出来るのだ。
ビーム兵器を解禁しているのだから、通常のクラバより、はるかに実戦的なデータがとれる。
……というより、まるきり実戦だろう。
なぜ、自分のところの選手であるアムロやニャアンにそこまでの危険を犯させるのか?
「アンキー。こんどのクラバにはうちのフォウを使ってもらうぞ。」
白衣の胸がはだけ、豊満な谷間がかなりのところまで、覗いている。
ムラサメ博士……悪名高いムラサメ研究所の被験体第1号は自分のグラスにワインを乱暴に注ぎながら言った。
ソムリエがみたら悲鳴をあげそうな注ぎかたである。
「自前でモビルスーツを用意してくれ、博士。」
アンキーは返した。
“コイツらはもともと知り合いなのか?”
ヘンケンはぼんやりと思った。
“つまりアレか。悪いやつ同士はたいてい知り合い。”
「それなら大丈夫。サイコガンダムRの修理は完了している。特別宙港の工場から連絡があった。いつでも出られるぞ。」
「それは待って! ゼロ。」
フォウが口を挟む。
「まだ、お姉さまからの連絡がないの。わたしがひとりで勝手にクラバに出たらきっとお怒りになると思う。」
「うむ。わたしたちもアーガマと行動をともにさせてもらうから、いずれ連絡があるだろう。」
ゼロ・ムラサメは、フォウを舐めるように見た。
「……安定しているようだ。やはり“お姉さま”の存在は悪くなかったな。」
両チームを載せた輸送艦は、クラバ会場となるクレーターに到着した。
いよいよ戦いがはじまる!
ヘンケンは思い切って、疑問を口にした。
「アンキー社長。ペズンからの依頼もあったとはいえ、ビーム兵器の使用を解禁した意味をききたいのだが。
参加者の死亡率はビームライフル、ビームサーベルの使用で格段に跳ね上がるだろう。
アムロは人気選手だ。もしものことがあったら大損をするのはアンキー、あなた自身のような気がするのだが。」
アンキーは、笑った。
好意的な笑顔であったがそれすら邪悪に見えてしまうのがこの女性だ。
「まあ、非合法時代は武装の制限はいまよりもずっと少なかったんだよ。
アムロにそのときのカンを取り戻してもらいたいと思ってね。」
「それはどういう……」
そのとき、ブリーフィングルームの扉が開いた。
ダリルたちとともにペズンから来た女性技官だった。たしかカーラとかいった。
たぶんにマッドサイエンティスト傾向の強いゼロ・ムラサメに比べてもよっぽどまともな研究者らしかった。
顔色は悪い。
おどおどとブリーフィングルームに入ってくると、一同をぐるりと見回した。
「あのねー、ペズンでねー、わるいひとたちがねー」
コホンと咳払い。
「申し訳ないです。ペズンの技術士官カーラ・ミッチャムです。どうも過度にショックをうけると幼児退行してしまうクセがありまして……」
「そりゃ、クセが凄すぎるな!」
ヤザン・ゲーブルが突っ込んだ。
「どこでそんなクセが」
「わかりません。気がついたらそうなっていました。
それよりも」
キリリとした表情になって、カーラは続けた。
「ペズンが連邦軍過激派に占拠されました。新型モビルスーツ受領のために訪れた……」
「ティターンズか!!」
「い、いえ。
ブライアン・エイノー提督を中心に『ニューディサイズ』を名乗っています。
ティターンズや……エゥーゴといった連邦内部の危険分子を一掃し、シビリアンコントロールのもとあるべき連邦軍を取り戻すのだ……と主張しております。」
「エイノー提督が!?」
アレキサンドリアの艦長ガディ・キンゼーはショックを受けたようだった。
ヘンケンがその肩を叩く。
「エイノー閣下はジャミトフやバスクたちとは違います。なにかお考えがあるのでしょう。」
連絡はペズンからの直接連絡だった。
まだこの情報は連邦にもジオンにも伝わってはいない。
「まだ、ギリギリ大気圏突入前だな。」
ヘンケンはチラリと時計を見た。
「クワトロ大尉に連絡を。
クランバトルは中止だ、アンキー殿。
アーガマの出航準備を急がせろ。」
「ザンネン。」
アンキーは笑って、部屋の正面のメインモニターを指さした。
『クランバトル! クランバトル開始です。
謎に包まれたペズン工廠から、新型機を引っさげて、“リビングデット”ダリルが登場だあ!
迎え撃つは、クラバの英雄“白い悪魔”アムロ・レイ!
オッズはいまのところ、アムロ有利だがいったいどうなってしまうんだあっ!!』
「―――はじまっちゃったよ。」
実に楽しげにアンキーは言った。
すいません。バトルは次回以降に。
うまく書けなかったので、反則ですが後書きで補足。
なぜアンキーが、ビーム使用可のクラバ開催したのかというと、それはアムロにビームありの戦闘のカンを取り戻して欲しかったからであり、つまりアンキーは、ペズンでのニューディサイズ蜂起の情報を前もって知っていた……??