つ、使えない。
「ニャアン、月面は大丈夫か?」
クラバ開始!
の合図と同時に相手は仕掛けてこなかった。
距離を取りながら、ゆっくりとホバー走行で円を描くように移動する。
漆黒の宇宙に浮かぶのは、かつての宇宙要塞ソロモン。
大きく欠けたその姿は、月の引力と引き合い、その周りを回っている。
いわば衛星の衛星である。
計算によれば、100年後には、月面への落下が懸念されると言うが。
いまを生きるアムロたちにはあまり関係がない。
アムロはガンダムをゾックの傍らに置いている。
集中して狙いやすくなってしまうのに加え、鈍重なゾックの動きに合わせているので、不利なことこの上ないが、遮蔽物のないクレーターの中では、ゾックそのものが格好の的になってしまう。
「重力が邪魔。」
抑揚のないニャアンの返答は、彼女がいま「生き残る」ことに全リソースを傾けていることに他ならない。
そしてそれは悪いことでは無いのだ。
「宇宙空間用の改修がかえって重荷になってしまう。『クローアーム』を切り離します、天パ。」
ニャアンのゾックの改修はアムロも立ち会っている。
メガ粒子砲を備え、本体からケーブル付きで射出することでオールレンジ攻撃を可能にする―――というフレコミであったが、クローアームと本体を繋ぐものはただのケーブルでしかない。
かつてシャリア・ブルが操ったキケロガの有線ビーム砲のような自在な動きを期待することはできない。
これが宇宙空間ならば、射出角度や本体の動きで多少なりともコントロール出来たのだろうが、ここは月面。地上の六分の一とはいえ、下にひっばられる力は存在する。
つまり射出したクローアームは、その到達点に留まり、たんなる置物になってしまうのだ。
ならば少しでも本体の重量を軽くする意味でも巨大なクローアームを切り離す―――というのはアリな手段だった。
アムロが一歩、ゾックから離れると。
クローアームが射出された。
両手を広げた状態で射出化されたクローアームは、そのケーブルの長さギリギリまで跳んで。
落ちた。
「……」
「……」
「…ケーブルの切り離しは?」
「出来ないみたいです、天パ。」
「じゃあ、巻き戻すんだ!
これじゃ、かえって機動性を悪くしてるだけだぞ!?」
「いっぱいまで出してしまったので巻き戻しも出来ないみたい。」
アムロは心の中で、ゾックの改修に立ち会った自分の愚かさを罵った。
有線式のビット……インコムについては、デラーズ紛争で出撃したシャリア・ブルのゲルググでワイヤーが絡まるという大失態を起こしていた。
その改良のつもりで、ニャアンのゾックのアームクローは別々の方向に射出し、ワイヤーの長さと本体の動きで制御をする想定になっていた。
アームクローそのものには、射角をかえられる程度の制御バーニヤしかついていない。
つまり、月の重力下では自ら移動することはできないのだ。
ワイヤーはいっぱいまで伸びている。
つまり、ただでさえ、機動性の悪いところに、ニャアンのゾックは重りを二個ぶら下げた状態にあるのだ。
さすがのアムロも狼狽えていたのかもしれない。
ゾックの本体に組み込まれたメガ粒子砲が、続けざまに放たれた。
威力は十分だが、射角は手持ちのライフルのように自在にはいかない。
ゼク・アインとアクト・ザクは、軽々とそれをかわして側面に回り込む。
どちらも濃いブルーに塗装されていた。
アクト・ザクは、独立戦争末期には試作型がロールアウトしていたはずの機体だが、ザクに採用されていた外部への動力パイプの露出はほとんどなく、すっきりした印象だった。
構えたビームライフルがこちらを向く。
と、同時に反対側から回り込んだゼク・アインもまたビームライフルの銃口をこちらに向けていた。
「チイッ!」
アムロは呻いた。
かわすことはできるが、ゾックはどうする?
咄嗟にアムロが思ったのは降参だった。
ニャアンは戦争難民だったという。
謎めいたところのある少女ではあるが、クラバで死ぬなんてまともな死に方ではない。
ごろん。
ニャアンはゾックを倒した。
ホバー走行が主体のゾックにとってはそれも容易いわざではなかったであろうが、ニャアンはやってのけたのだ。
アムロはジャンプ。
いままで、ガンダムとゾックがいた空間をビームが駆け抜ける。
しかし。
「機体を横倒しにしてどうするんだ! ニャアン!」
ゾックの足は単なるホバー用のバーニヤであり、腕の大半を占めるクローアームは射出したまま、帰ってこない。
これでは起き上がることもままならないはずだ。
「天パ! 太めのほうをまかせます。」
太めのほう……ゼク・アインはザクに比べるとたしかにずんぐりしていた。それは装甲強化とそれによって増大した重量による機動性の低下に対処するためのバーニヤの増強に他ならない。
任せられた!
と、素直に言えないアムロである。
ニャアンのゾックは倒れたままだ。
その状態でもメガ粒子砲は打てるのだろうが、上方にだけだ。
それ以外のところから、ビームの一撃でけりがつく。
ずり。
アムロは目を見開いた。
ずりずりずりずり。
寝そべったまま、ゾックは動き出した。
モビルスーツではない。
深海にひそむ甲殻類のような奇怪な動きだった。
地を這う速度はかなりのものだった。
ジグザグにくねりながらのその動作に、アクト・ザクのビームは、二度三度、地を穿つ。
視界の隅で稲妻が走ったような気がして、アムロはとっさにガンダムを移動させた。
たったいままでガンダムのいた空間を、ビームが走り抜ける。
「アムロ・レイ!
おまえの相手はこの俺だ!!」
厳密には「飛んで」いるわけではないが、六分の一の月の重力下ならば、ジャンプしたあと、飛翔に近い制動をとることができる。
ビームライフルを発射しながら迫るゼク・アイン。
こちらもニャアンを真似たわけではないだろうが、地表ギリギリを滑空している。
そのゼク・アインにむけてアムロはビームを放った。
これ以上、下には移動できない。
下方にむけて回避行動をとれば、地面に激突してしまう。
それを計算しての射撃だったが。
ゼク・アインはさらに下へ回避した。
地面に激突するかわりに、手をついてそのまま体を回転させて、勢いを殺す。
まるで「受け身」でもとったかのように滑らかな動作だった。
起きがりながら、ジャンプ、そのままバーニヤをふかして舞い上がり、あっという間にアムロの上空をとった。
ビームの一撃をかろうじて、アムロはかわした。
「つ、つよいぞ、こいつ!」
【ゾックの拳流派紹介】
跳刃地背拳(ちょうとうちはいけん)
大地と言う強固なガードを背負い前面の敵に集中することが出来るのが強みであるが、一旦跳躍してしまうと、その高さ故に背面は無防備となってしまうという弱点がある。