思い込みというのは恐ろしい。
イオもダリルも「ニャアン」を独立戦争を体験したベテランパイロットだと思い込んでいた。
ビット兵器を持ちながらそれをギリギリの瞬間まで奥の手として残した胆力、アムロの「一対一で」という呼びかけに同意していながらその直後に、ダリルを狙撃した狡猾さ。
ゾックを自機として使っているのたから、おそらくは地球降下作戦にも参加しているのだろう。
歴戦の古強者に違いない。
いったいどんなパイロットなのだろう。
それぞれジオンと連邦で従軍していたダリルとイオであるが、それほど事情通というわけではない。
ビットを使ったからにはニュータイプなのだろうが。
ダリルとイオは、その『男』が顎髭をはやしているか、アイパッチをしているかで論争をしてたが、アムロ・レイの影に隠れてるように身を縮めていたのは、長い黒髪のまだ十代らしき少女だった。
「ダリル。騙し討ちのような形になってすまない。」
くせっ毛の青年は、そう言って頭を下げた。
ダリルとは以前、クラバで対戦したときに顔を会わせている。
いまも二十歳そこそこ。独立戦争時代はまだ、10代半ばだったはずだ。
戦争を経験していないクラバの選手は実は珍しい。
つい先日までは非合法の闇試合であったのだから、わざわざクランバトルを始めようなどというものは少なかったのだ。
だがアムロもニャアンもその数少ない例外なのだろう。
それにしても成人しているかどうかさえも微妙なニャアンがクランバトルの選手…しかも試合巧者であり、ビットまで使いこなすとは…。
「一応、反則ではないので大目に見てあげて!」
アムロの隣に並ぶ小柄な少女が、ダリルを見上げながら言った。
小学生…いや、パイロットスーツのうえからでもわかる胸の曲線はローティーンのものではない。
「…きみは?」
「わたしもクラバのパイロット!
名前はアマ…じゃなくてマチュ!」
「イズマコロニーの『狂犬』だ。」
イオが口を挟んだ。
その名前にはダリルも聞き覚えがあった。
ガンダムタイプのモビルスーツを駆って、連戦連勝。
ジオンの公王府に認められてテストパイロットになったという噂をきいていたが。クランバトルに復帰していたのか。
「二人とも怪我は?」
「大丈夫だ。」
イオが答えた。
「だが、手痛くやられた。」
「機体のほうだよね。さすがにそこまでの余裕はないんだ。」
メカニックからの連絡では、ゼク・アインはまだマシらしい。
腕の部分と頭部。損傷はそこに集中していたので、そっくりその部分を取り替えてしまえば修復にはそれほど時間はかからない。
幸いにもサイコデバイスに詳しい技官のカーラも同行していたので、新しいマニュピュレーターとの調整は上手く行きそうだった。
問題はアクト・ザクのほうである。
ニャアンのクローアームからのメガ粒子砲の一撃は、アクト・ザクの半身をかすめ、ただならぬ損傷を与えていたのだ。
左半分をそっくり取り替え…となるとそれは新しく作ったほうがコストも手間もマシ、ということになる。
「ペズンのことはきいたよ。きみたちもつらい立場だとは思うが…」
アムロが尋ねる。
「気にするな。」
イオは肩をすくめた。キザったらしい仕草で、マチュは嫌そうな顔をした。ニャアンのほうは無表情。
「俺たちは、モビルスーツのテストパイロットとして雇われていたに過ぎない。
『提督』は、まあ穏健の保守派だったんだろうが、ティターンズの暴走に我慢の限界がきたんだろう。」
「そうなのか?」
ダリルはすこし驚いたようにイオに言った。
「ティターンズとエゥーゴ。
あの人の演説はどっちも非難していたように聞こえたけど。」
「すこしは『政治』をわかれよ。
エイノーが止めたいのはティターンズだ。だが、それだけだと地球至上主義者から反発をくう。
だからエゥーゴの責任を追求してみせたんだ。」
「だけどおかげで、連邦唯一の宇宙戦力であるアーガマも動けなくなってしまった。」
アムロは腕組みして天井を見上げた。
「すでに月面都市が『ニューディサイズ』に支援を表明している。
当面の物資の補給は、問題ない。
そうなると地球寄りの思想をもっている者はもちろん、反ジオンのスペースノイドからも一定の支持を集めそうだ。」
「だからさあ、天パ。」
マチュがいらいらしたように言った。
「わたしたちがやるんだ。」
「おい、“狂犬”さん。」
イオは呆れて、マチュに呼びかけた。
「あんたも腕利きのパイロットで、クランバトルじゃならしたかもしれないが、“戦場”はまた別物なんだぜ?
戦いは2対2とは限らない。360度、全方向から攻撃はやってくる。
しかもクラバ仕様の実弾だけじゃない。モビルスーツの装甲なんて紙みたいに撃ち抜くビームの雨が降ってくるんだ。」
ふうん。
マチュは顔をしかめた。
「やだね。怖いね。でも必要だったらやる。ましてわたしたちしかいないんならね。」
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「ガットおおおっ!!!」
コウ・ウラキは入院中である。
とはいっても、先日のクランバトルで負傷したとかではなく、かつて投与された強化薬の“抜け具合”を確認するための検査入院である。
状態は悪くなかった。
説明をうけて明日には退院という日程である。
「ガトー、ガトー、ガトーっ!!」
病室でその声は耳に触る。
一応病院なのだから、見舞いにきた体をしていればいいものを。
コウ・ウラキと彼を見舞いに来ていたアナベル・ガトーはそろって氷のような視線を、ニナ・パープルトンに向けた。
「病室だ。静かにしろ。」
ガトーの威圧のこもった声も、上機嫌になった彼女には通じない。
そしてニナがここまで機嫌がよくなる理由となると…。
「デンドロビウムの改良型がロールアウトしたのよおっ!
ペズンの攻略ってもうすぐよね!
ガトーに乗って貰えるように手配するからね! ね! ね?」
「なにを言っている!?」
ペズンに連邦の一勢力が立てこもって“ニューディサイズ”を名乗ったことは、ガトーもニュースで見ている。
だが、彼は正式に軍を除隊して、クランバトルの世界に身を投じたのだ。
戦争に。
まして連邦内部の小競り合いに首を突っ込む気は毛頭なかった。
「ディープストライカーって言うの!
要塞や艦隊に高速接近、一撃離脱戦法に特化した機体よ。オーキスほどのサイズはないから実弾はあんまり積めないけど。
Iフィールドも装備してるから。
ああ、楽しみ!! わたしのガンダムがぁっ!」
いままでの試作ガンダムシリーズとはコードネームの付け方が違うので恐らくは別の開発ルートなのだろう。
強襲、離脱というコンセプトはたしかに、デンドロビウムの流れはくんでいたが。
それを「わたしの」ガンダムと言っちゃっていいのか、この女は。
ああ、こうしちゃいられないわ。
さっそくグラナダへの輸送手続きをとってくるわね。
テストパイロットがガトーなら絶対に許可おりるから!
ニナ・パープルトンは風のように走り去った。
「おまえのやってることが“強襲離脱”だろ…」
コウ・ウラキがぼそりと呟いた。
このあと彼は体中のバイタルが悪化し、入院が一日のびるのだが、それはニナには知ったことではなかった。
ディープストライカーはたしかニューディサイズで計画されたモノですが、この作品中ではアナハイムの開発です。
ペズンの反乱も、アナハイム・エレクトロニクス社にとっては試作モビルスーツの実験場としかみなしていないようてすね。