ジオン公国の元首アルテイシアの姿がここにあった。
ペズンに援助と補給を行う月面都市に、若きジオンの指導者は単身、エアーズ市の市長カイザー・パインフィールドとの会談に挑む。
どうすれば――。
エアーズ市防衛管制室には、混乱だけがある。
「モビルスーツ用のエアロックを開けな。」
さっきの凶暴そうな男の声だ。
「もたもたするなよ。おまえらはジオン公国の元首に刃向かうつもりか?」
月面都市は、自治権をもっている。
グラナダのように、ジオンそのものが直接行政権をもっている都市は少ない。
なかでも、やや連邦に対して心を寄せているフォン・ブラウンやエアーズ、逆にジオンやコロニー側へのシンパが多いところなど、温度差はいろいろあるのだが。
それでも現在の宇宙での支配者が、ジオンであることは間違いない。
エアーズの「自治権」を与えたのもジオンである。
「まあ、立場もわかるぜ。上層部の許可もなしに市長との面談を約束する権限なんか、管制官にはないだろうからな。
ジオン公国とエアーズ政府の板挟みってわけだ。
同情するぜえ?」
なんなのだ、こいつは!
単純に考えれば、アルテイシア・ソム・ダイクンの護衛なのだろうが、いやに馴れ馴れし過ぎる。
「そんなおまえらに出来ること。そいつは時間を稼ぐことだ。」
「な、なにを言っている?」
「具体的に言うと、宙港のモビルスーツ用のエアロックを開けな。これはとりあえず、アルテイシア様の意向にも反していないし、エアーズ市民の安全も確保できる。」
「そ、それでどうなる?」
「俺にエアーズの外壁をぶっ壊されなくてすむ。
もちろん、モビルスーツが入れるくらいの穴を開けたからって、エアーズが壊滅するとも思わねえが、お互いいらない手間は省けるじゃないか?」
約15分後。
エアーズ市の中央政庁の地下広場に、異形のモビルスーツが4機、立ち並んだ。
ここは基地施設を転用しており、宇宙港からリニア・モーターのコンテナ式台車を使えば数分で、モビルスーツごと中に入る事が可能だった。
払い下げで、保安部隊の主力となっているザク。
軽キャノン。
あるいは、ゲルググといったポピュラーな機体ではない。
一機はガンダムの派生系と思われるツインアイを装備した機体だ。
巨大な翼のようなバックパックユニットを背負っている。
ほかの三機はさらに異様だった。
尖った頭部がせり出し、背中には翼がある。
一応、両手両足を備えた人型……モビル「スーツ」の範疇におさまるが、そのフォルムは地球の海中に生息しているエイを思い起こさせる。
ガンダムタイプのコクピットから降りてきた女性を、エアーズ市長カイザー・パインフィールド自身が出迎えた。
「就任式でお目にかかって以来です。」
実質的に国家に匹敵する大都市の指導者である。
「お連れの方たちもご一緒に。こんな時ではありますが、ご一緒に。
精一杯のおもてなしをさせていただきます。」
アルテイシア・ソム・ダイクンは毒が溜るような笑いを浮かべた。
「彼らはコクピット内で待機いたします。」
わたしになにかあれば……までは言わなくてもパインフィールドは理解した。
――沈黙。
「ことは急を要します。もし、一般職員にも聞かれてよい話ならばここで。
そうでないなら話のできる場所にご案内ください。」
「いえ……もし、ニューディサイズのことをおっしゃっているのなら、閣下のご心配は杞憂です。あれは行き過ぎた連邦内の過激派を一掃し、スペースノイドとアースノイドが手を取り合えるよう連邦を刷新するために立ち上がった者たちです。」
「そのニューディサイズが、すでにティターンズに乗っ取られている、としたら?」
「……」
パインフィールドは沈黙した。
ニューディサイズへ賛同の意を示して、義勇兵としてペズンに走った者。
それは、彼らが決起宣言を行ってから、短い間に300名を超えていたのだ。
たしかに、エイノーの名声は高い。
だからと言って、一応は反乱軍であるニューデイサイズにこれほどの人員が流れ込むことがあるのだろうか。
月面都市への支援物資のひとつとして、モビルスーツが要求された。
もともとペズンは、ジオンのモビルスーツ工廠だった。
多くは技術者で、テストパイロットとして元リビングデット師団や連邦軍くずれを雇いいれていた程度だ。
だからパイロットはエイノー提督がトロイホースで連れてきたものたちに限られる。
操縦者がいないモビルスーツを補充してどうなるのだろう。
だが、300名の義勇兵たちが、もともとモビルスーツの操縦技術のあるティターンズ兵だったとしたら……。
「エイノー提督は少なくとも好んで戦火を起こす方ではない。あくまでもその目的は、ティターンズとエゥーゴ。地球至上主義と宇宙移民に迎合するふたつ勢力に連邦が引き裂かれるのを止めるための止むを得ない非常手段だった。」
「たしかに、エゥーゴはいま、そのリーダーを拘束され動きがとれない状況にあるわ。」
金髪をさらりと揺らして、ジオンの元首は続けた。
「でもティターンズは?
一士官が現場の暴走を止められなかった……という結論で、ジャミトフは無罪放免。
こともあろうにペズンに逃げ込んだ。
そして現在、実質的な指揮は、ジャミトフとバスク・オムが握りつつある……」
「わかりました。」
パインフィールドは頭を垂れた。
「別室をご用意いたしております。そちらにご移動をお願いいたします。」
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エアーズ政庁、応接室。
アルテイシアはいつも悩んでしまうのである。
自分の執務室はずいぶんと実用性に傾きすぎで、いささか殺風景なのではないか、と。
中世のものと思しき絵画のかかった応接室は、見事な出来栄えだった。
「ようこそ、アルテイシア・ソム・ダイクン陛下。」
カイザー・パインフィールド市長は、笑みはかなり引きつっていたがこれは無理のない話だった。
「まずは……月面都市エアーズへのご来訪を心より歓迎いたします。」
「ありがとうございます、市長」
アルテイシアは静かに一礼した。
直接の護衛はなし。
ただし、彼女になにかあれば地下広場に待機したモビルスーツ隊はただちに攻撃に移るだろう。
「率直に申し上げます」
カイザー・パンフィールドは切り出した。 「我々はたしかにニューディサイズに協力します。
エイノー提督の名声、そして理想――地球連邦の復権、連邦とジオンがバランスよく共存してくれることによる月面の自治拡大。
我々にとっても魅力的です。」
「……そうですか。」
アルテイシアは否定しなかった。
その代わり、問いを置く。
「では市長。
残念ながらそれはエイノー提督の理想でしょう。
ニューディサイズの現在の実権者は、どなたかご存知ですか?」
「エイノー提督でしょう?
あなたがおっしゃった内容にはなんら裏付けがない。」
アルテイシアは、わずかに視線を伏せる。
「わたしは、すでにニューディサイズのモビルスーツ部隊と交戦しています。」
ジオンの元首が、なにを言い出したか分からず、パンフィールドは返答に躊躇した。
「……どういう意味でしょう?
ジオン公国がペズン討伐に……連邦の内紛を止めるために自ら乗り出した……という事でしょうか。」
「いえ。ジオンは連邦からの切なる依頼に基づいて、モビルスーツ輸送艦としてソドンほか数隻を貸しただけです。用途はあくまでもモビルスーツの運搬。むこうから艦を攻撃されない限り、直接戦闘には加わりません。」
「しかし……陛下はいまご自身がニューデイサイズと交戦したと……」
「わたしの“レイダー”で。戦績はゼク・アイン、二機大破。というところでしょうか。
もっとも記録上は、クランバトルのパイロット、ソム・エドワウがやったことになりますが。」
「つ、つまり……」
パンフィールドはあえいだ。
つまり、このうら若き国家元首は自らモビルスーツを駆ってニューデイサイズと交戦した、とそう言っているのだ。
「クランバトルのオーナーが宣伝のために、ペズン討伐に乗り出した……という情報は入っています。」
汗を拭きながら、パンフィールドは続けた。
「背後にはジオンの思惑が絡んでいた、ということでしょうか。」
「それは考えすぎです、市長。
この騒動の発案者は、サイド6のクランオーナー、アンキーです。わたしたちはあくまで彼女に選ばれたクランバトルのトップランカーという立場でしかありません。」
ふっと、アルテイシアは笑う。
「わたしたちは、ニューデイサイズから予告もなく攻撃をすでに二回、受けています。
そのときに捕虜にしたパイロットから、今回の攻撃がジャミトフの発案で行われたこと、実際の戦闘指揮はバスク・オムがとっていたことを知らされています。」
応接室の空気が、冷たく張り詰めた。
「結論として、ニューディサイズは、すでに旧ティターンズ――
ジャミトフ・ハイマンとバスク・オムの影響下にある。
そうわたしたちは断定いたしました。
ティターンズが――彼らの主張するところの是非はいったん置きましょう。でも、実際にティターンズが、行ってきたことは、単なるテロ行為でしかありません。」
「な……」
パンフィールドは思わず声を詰まらせた。
「馬鹿な。
彼らは地球圏で失脚したはずだ。
連邦政府も黙ってはいない……」
「残念ですが、先の大戦の結果、地球連邦は宇宙における拠点はもちろん、戦闘艦をあげることさえ出来なくなりました。
なにかしたくても手段がない。
一方でジオンも」
アルテイシアは静かに言った。
「イオマグヌッソ事変を経て、その戦力を大きく損なっています。
ニューディサイズがいくら目障りでも積極的に手は出しにくい。」
「しかし、」
「エイノーは自制のきく人物だとわたしは考えます。
ティターンズを解散させ、それと同時にエゥーゴも力をそぐ。その時点で罪を被って、ニューディサイズを解散させるか、それともあなたが期待したように月を中心とした第三勢力となるかは。そのときの情勢で判断するでしょう。
ただ、問題はもはや、ニューディサイズがエイノーではなく、ジャミトフの配下にある事です。
彼ならやります。」
「な、なにを……」
「失礼ですが、月面都市でニューデイサイズに物資を流しているところは、他にもあるでしょう?
アナハイムのモビルスーツ製造工場をもつ都市は?
戦艦を建造できるドッグを持つ都市は?」
「も、妄想です。」
パンフィールドは首を振った。
「戦艦の建造には、時間がかかる。
そんなことになれば、それこそジオン公国が動くでしょう。」
「そのときには、旧型機を含めて300機のモビルスーツが用意されています。
ジオンは正面からの対決を避けるでしょうね。
そして、連邦からの義勇兵は、さらに追加される。
そんなことはしない、させない。
……そうおっしゃってもムダです。月面各都市もそのときにはニューディサイズの支配下に置かれるわけですから。」
「し、しかし!エイノー閣下は……」
「ですから、もはやニューデイサイズの指揮は、ジャミトフに乗っ取られている……と言っているのです。
そこまでの戦力を備えてしまえば、コロニーに対しては核攻撃を。連邦に対しては質量弾の投下をもって、すきなだけ要求を突きつけてくるでしょう。
当然、ジオンは動くでしょうが、コロニーのいくつかが破壊され、小惑星は地球に落下し、大量殺戮と地球環境の激変が待っている。」
「……」
パンフィールドは言葉を失った。
可能性のひとつに過ぎない。
そもそもニューディサイズが、ジャミトフに乗っ取られた、という証拠ものも目の前の女の言葉以外になにもない。
そもそもこいつは本当にアルテイシア・ソム・ダイクンなのか?
なんで、ジオンの元首がクランバトルのパイロットをやっていて自ら、モビルスーツを駆って戦場に出ているのだ?
「……もし、あなたの言う通りなら」
パンフィールドは、かすれた声で言った。
「我々は……」
「戦争、いえ、大量虐殺に加担することになります、」
アルテイシアは逃げなかった。
「そして、その争いは――
月面も、地上も、コロニーも区別なく焼きます。」
カイザーは立ち上がり、窓に歩み寄った。
それは「窓」に見せかけたスクリーンで。
そこには地球が映し出されていた。
エアーズ市からは見ることの出来ない地球が。
「……時間を、ください」
彼は振り返らずに言った。
「すぐに答えは出せない」
「それで構いません。」
アルテイシアは、深く頭を下げた。
「ですが、次の物資の搬入は停止してください。月面都市経由でペズンへ渡ろうとする人員にも制限を。」
カイザーの肩が、わずかに震えた。
「そ、それではあなたの申し出を実質的に受け入れたことになります。」
重苦しい沈黙が、応接室を満たしていた。
カイザー・パインフィールド市長は、肘掛椅子に深く腰を沈め、両手を組んだまま動かない。
アルテイシアの言葉は、確実に彼の内部を揺さぶっていた。
「……あなたの話が、事実だとしても」
市長はようやく口を開いた。
「我々はすでに、ニューディサイズに協力を約束している。
ここで態度を翻せば、報復は避けられない。」
「それでも」 アルテイシアは静かに言う。 「協力を続ければ、いずれ都市そのものが戦場になります」
市長は目を伏せた。
「……ど、どうすれば……」
そのとき。
コンコン、と控えめなノック音。
「今は重要な会談中だ。」
苛立ちを隠さずに言いかけて――市長は言葉を止めた。
「わたしです。ニューヤーク市
のエッシェンバッハです。」
その名に、アルテイシアの眉がわずかに動いた。
「……お入りください。」
市長は短く言った。
扉が開く。
入ってきたのは、若い穏やかな雰囲気の男だった。
地味なスーツ。派手さはない。
だが、どこか“人の上に立つことを強いられてきた者”の佇まいがある。
「失礼します、カイザー市長。」
男は軽く会釈した。
「話が聞こえてしまってね。少し、口を挟ませてもらいたいのですが。」
「エッシェンバッハ議員……?」
市長は困惑した。
「なぜここに?」
「思惑は三者三様だ。」
どこか遠くを見るような目で、彼はスクリーンの地球を眺めた。
「わたしは、ティターンズとエゥーゴの戦いが、地球連邦を二分した長く続く争いになる事を恐れた。
せっかく復興の途上にあるニューヤークが焼かれるのはごめん蒙りたいからね。
エイノー閣下の目的はティターンズを解散させ、連邦軍と連邦議会をもう少しあるべき姿に戻すことだった。
だが、ティターンズにも一定の支持がある以上、排除の対象としてエゥーゴも非難しない訳にはいかなかった。」
ふうっ。
と、彼はため息をついた。
「そしてアンキーは本気で“戦争”を無くそうと考えている。あまりにも馬鹿げた考えだが、コロニーという人工の環境も、地球そのもののも人類が作り出してしまった兵器にたいしてはあまりにも脆弱なことがザビ家によって明らかになった今ではある意味、現実味を帯びて来たのかもしれない。
そして英明なるアルテイシア姫はその考えに一定の理解を示されているようだ。」
青年は天井をあおいだ。
「だが、わたしの“臆病”も、エイノー閣下の“情熱”も、アンキーの“理想”も、そしてジオンの英明すらも、ジャミトフ・ハイマンの“悪意”が上回った、というわけだ。」
「まだそれは決まった訳ではありません、ガルマ。」
呼びかけられた青年は、笑みを浮かべてアルテイシアへと視線を向けた。
「その名で呼ばれるのはひさしぶりです。アルテイシア。」
「家族からはなんて呼ばれているの?」
「イセリナからは主に“ダーリン”ですかね。」
「つまり、エイノーの反乱はあなたが後ろで糸を引いていた……ということなの?」
「誤解です、アルテイシア。
わたしはエイノー閣下ともアンキーとも面識がある。それぞれとこれからの世界のことを語り合ったこともある。
だが、三人で密談したことはない。
目的も違えば立場も違う。
いま述べたように、わたしもエイノー閣下もアンキーも、ティターンズとエゥーゴの軍事的な衝突は避けたかった。
共通的はそこだけです。」
「……そんな……」
カイザー・パンフィールド市長は立ち上がった。
「わたしは……月面都市は最初から踊らされていただけだというのか。」
「それも違います、市長。」
ガルマ・エッシェンバッハは静かにいった。
「エイノー提督ならおそらくは、あなたの意図通りになったでしょう。
月面都市群を中心とする第三勢力の設立。その
盟主としてエアーズ市がまとめ役になった可能性はかなり高い。
だが、ジャミトフたちがニューデイサイズを乗っ取ったとなると。」
「まだ試合は始まったばかりです。」
アルテイシアはきっぱりと言った。
「わたしたち――クラバチームが、ティターンズを圧倒すればジャミトフの野望は潰えます。」
「わたしは、アンキーとは情報はある程度、共有しているのです。」
ガルマの表情は暗かった。
「彼女が集めたクランバトルのパイロットは18名。たしかにエースに匹敵する実力のあるものも含まれているようですが、それはおそらくティターンズも一緒です。
現在のところで、ゼク・アインは50機。ほかにも数十機のモビルスーツが月面都市経由でニューディサイズに渡っています。」
「正確にはゼク・アインは49機です。1機ソドンで捕獲しましたから。
それに旧式のザクは正直、数が集まってもそれほど脅威になるとは思いません。」
「そこはあまりご存知ないのですね。」
ガルマは眉間に皺を寄せた。
「アナハイムの月面工場から新鋭のハイザックがすでに30機。ニューディサイズに渡っています。」
ハイザックくらいじゃまだ足りんな……