応接室の電話が鳴った。
エアーズ市のカイザー・パンフィールド市長は、嫌そうに受話器のボタンを押す。
モニターに売った男は、防空管制室の制服を身につけていた。
「市長……緊急事態です。所属不明、モビルスーツ六機。
アナハイム工場区画から、こちらへ直進中です。」
管制士の声は震えていた。
「モビルスーツ、だと?」
カイザー・パインフィールド市長は拳を握りしめた。
「識別コードは?」
「ありません。機影は……ハイザックのものと思われます。発進した場所はおそらく……アナハイムの工場です。今回、ニューディサイズに納品するはずの機体と思われます。」
アルテイシアとガルマ・エッシェンバッハは視線をかわした。
エアーズ市の関係者ではない彼らのいるところでしてよい会話ではない。
それだけ、管制室が慌てている、ということだ。
「いや、そんな……工場から直接シャトルでペズンに移送の予定だったはずだが」
「モビルスーツ隊から入電。繋ぎます。」
モニターに映ったのはおそらくハイザックのコクピットだ。
ヘルメットのためパイロットの顔はわからない。
「月面都市エアーズへ告ぐ」
冷たい、押し殺した声。
「こちら、ニューディサイズ臨時指揮権限下部隊だ。
貴市に滞在中の人物――
アルテイシア・ダイクンの身柄を、拘束し、ただちに引き渡せ。」
「な……」
市長は、思わずアルテイシアの方を見た。
「抵抗が確認された場合、目標は“拘束”から“排除”へ移行する。」
言い切りだった。
「繰り返す。
アルテイシア・ダイクンを引き渡せ」
室内が、凍りついた。
「そんな……」
市長の声は、かすれていた。
「ここは自治都市だ。
貴官らの指示に――」
「たんなる指示ではない。」
通信の声が、遮る。
「連邦への反逆者の処分だ。
アルテイシアを庇えばエアーズも反逆に加担したと見なす。」
アルテイシアは、静かに目を閉じた。
(……ここまで愚か、か)
彼女が口を開くより先に、市長が叫ぶ。
「待て! 待ってくれ。
いま、協議の最中だ!」
「協議の余地はない」
無慈悲な返答。
「……十分、猶予を与える。その後、我らはエアーズ市に突入。反逆者ジオンの元首の排除にかかる。」
一方的に通信が切れた。
沈黙。
誰も、言葉を発せなかった。
「……アルテイシア殿」
市長が、絞り出すように言う。
「わたしは……このような暴挙を許すつもりはない。だが、エアーズは治安維持のためにザクを数機もっているだけで、とても貴女を守り切れるものでは――」
「分かっています」
アルテイシアは、はっきりと言った。
「あなたが迷うのはもちろんのこと。エアーズの秩序と安寧を最優先してください。」
そして、椅子から立ち上がる。
「だからこそ、
ここで戦火を招くわけにはいかない」
「ま、まさか――」
市長が立ち上がる。
自ら投稿し、捕虜になってくれると――
「わたしが“レイダー”で出ます。」
「ば、馬鹿な。相手は新鋭機のハイザックです。数も向こうのほうが多い。」
「それは必ずしも問題ではありません。」
穏やかだが、強い声。
「わたし個人に向けられた刃は、わたしが払います。」
いや。
市長は混乱した。
言っている意味はわかるが。
なんで、覇権国家の元首が自分で出撃するのだ?
地下格納庫。
レイダーの前に、アルテイシアが立つ。
「本当に出るのかよ、ソム。」
ヤザン・ゲーブルが、ハンムラビのコクピットから顔を出す。
「相手はハイザック六機だぜ?」
「少し物足りないかもね、ヤザン。」
アルテイシアは、ヘルメットを手にした。
「市街戦になると、どう戦っても市民に被害が出るわ。
こちらから、出撃します。」
ヤザンが、獣のように笑う。
「いいねえ……“女王陛下”の護衛か。」
「わたしは、女王ではないし、公王制も廃止する予定よ。デラーズやらペズンやら……“俗物”どものせいで、改革は遅遅として進まないけれど。」
「勝手に死ぬんじゃねえぞ。」
「それは、あなた次第です。」
謎のクラバパイロット、ソム・エドワウはコクピットに座るとヘルメットを被った。
ハンムラビの手がレイダーに触れた。
「ソム・エドワウ。ひとつ提案なんだが。」
「なによ、あらたまって。」
「戦いが終わったら、結婚しねえか?」
「なあにを言ってるの、ヤザン。」
ソム・エドワウは笑った。
「あなたは戦うことを永遠にやめないんでしょう?」
出撃。
レイダーとハンムラビ三機。
月面都市エアーズの宙港からモビルスーツが発進する。
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市長は、その光景を見つめていた。
ガルマ・エッシェンバッハは、薄く笑ってチャンネルを切り替えた。
場面は、同じく。
対峙するニューディサイズとアルテイシアたちのモビルスーツ。
だが、画角は違う。
エアーズ市の外から。
おそらくはドローンによる中継だ。
画面に幾つもの数字が表示されていく。それが刻刻と変わっていく。
「おそらくこのチャンネルで見るのが、一番鑑賞しやすいです。」
「な、なんです、この番組は!」
「クランバトルのライブ配信ですよ。少し賭けてみますか?」
ガルマの笑みにほんの少し残忍なものが混じった。
「いや、失礼。市長はとっくに賭けていらっしゃいましたね。
エアーズ市の市民の生命と財産を。」
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「なんだ、きさまらは!」
ハイザックのパイロットが喚く。
「エアーズの保安隊か? それともアルテイシアの護衛か?
抵抗するなら排除する。」
「わたしはソム・エドワウ。」
アルテイシアは丁寧に自己紹介した。
「ペズン討伐に集められたクランバトルパイロットよ。」
「……痴れ者どもがっ!」
このハイザック隊のパイロットたちはかなり思想強めである。口調もどことなく、旧ティターンズを思わせるものがあった。
そして、本人たちの思い入れとその実行力は、しばしば反比例する。
ハイザックの脚部にマウントされたミサイルポッドから、計18発のミサイルが放たれた。
バカな。
アルテイシアは呻く。
この位置関係で撃ったミサイルは、エアーズの港湾施設、さらにその後方にある居住施設を直撃してしまう。
レイダーの機銃が。
ハンムラビのビームガンが、飛来するミサイルを撃ち落とす。
それでも一発が、港湾施設の一部を破壊する。
「ヤザン!」
ハイザックの射撃から、エアーズを守るため、ジャンプして位置関係を変えようとするハンムラビに、レイダーが接触した。
「なんだよ、お姫様。俺が恋しくなったのか?」
「あなた、わざと一発うち漏らしたわね?」
「考えすぎだぜ、ソム!」
離れて二人の間を、ハイザックのビームが駆け抜けた。
アルテイシアが撃つ。レイダーの機関砲が、
ミサイルポッドを正確に撃ち抜く。
爆散。ハイザックは両脚部を失い、地に倒れた。
「一機、戦闘不能」
冷静な報告。
クラバルールに則った、完璧な無力化。
「チッ、ここでもクラバかよ!」
ヤザンのハンムラビが、変形しながら突っ込んだ。
「散開しろ! いや接近戦だ!」
ハイザック隊が反応するが、遅い。
ハンムラビの海蛇が伸びる。
「捕まえたぜ!」
絡め取られたハイザックの全身に火花が散った。
動かなくなったその機体を月面へ叩きつける。
「二機目、行動不能。」
アルテイシアは淡々と確認する。
アボリーとロベルトは、たくみな連携で一機のハイザックを追い込んでいた。
アポリーのビームライフルがハイザックの片腕を吹き飛ばし、直後に踊りこんだロベルトがビームサーベルで頭部を両断する。
あっという間に、半数を失ったハイザック隊はろくでもないことを考えた。
ビームライフルの狙いを、ソムたちではなく、エアーズ市の居住区に向けたのである。
市にむかったミサイルをソムたちが、迎撃したことから、ヒントを得たということだろうが、ロクでもない発想としか言いようがない。
「投稿しろ! クラバのモビルスーツ!」
ハイザックのパイロットが叫んだ。
「投稿しなければ、エアーズを撃つ。」
ソムは。
その射軸線上にその身を移動した。
死なせるかよ。
ヤザンはフェンダーライフルを発射。
クラバのルールにはない。
本気の一撃だ。
ハイザックは胴体を撃ち抜かれ、爆散する。
だが、残る二機は。
レイダー目掛けて、ビームライフルを発射。
かわせば、後方のエアーズに直撃する。
レイダーに施された装甲とビームコーティングは一撃なら、通常のビームライフルに耐えるかもしれない。だが二発は無理だ。
しかし。
レイダーのハンマーの鉄球が、ビームを受け止めていた。
ビームはその装甲を溶かし、奥まで抉ったがそれだけだった。
ソムのレイダーがハイザックに襲いかかる。
接近戦。
ハイザックはビームサーベルを使おうとしたが、ライフルとサーベルの切り替えには一瞬の間が生じる。
「滅殺っ!!」
ハンマーは容赦なく、ハイザックの
下半身をぶっ潰した。
続く一撃は、もう一機。かろうじてビームサーベルへの切り替えに成功したハイザック。そのビームを握る腕ごと上半身をつぶしていた。
戦いは終わった。
「エアーズの善良なる市民諸君!」
ヤザンは、腕を高々とあげて勝利を宣言した、
「そして、俺たちにベットした賢明なクランバトルファンの諸君!
おめでとう。きみたちの勝利だ。」
「クラバのルールに反して故意に、エアーズ市を狙ったテロリストは、エアーズに引渡します。」
ソムは、ヘルメットを脱いた。髪がふわりと流れる。
「……連邦の腐敗を一掃するとのスローガンを掲げたペズンの真意はいまご覧になった通りです。
気に入らなければ、味方でも平気で撃つ。それが彼らの正体です。」
カイザー・パインフィールドは、椅子に崩れ落ちている。エアーズがこれほどの危機にさらされたのは初めてだったのだ。
ガルマがその肩を叩いた。
「古来、賢明なる軍師曰く、無能な味方はどんな敵よりも恐ろしいという。
エアーズ市の安全のためには、ニューディサイズとどう付き合えばよいか。
結論はでたようですね。」
ティターンズは味方にいたほうが厄介なのです。