その行く手に待つのは破滅の道か。希望の光か。
結局、ジョッシュたちからの報告は、カーラのリユース・P・デバイスの改良型をどうするかという問題になった。
目の色をかえた技術者たちを止めることは、ジャミトフたちにもできず、報告会の場は会議室に移された。
「正直なところ」
カーラは目をギラつかせたペズンの研究員たちを目の前にして、さすがに少し引いている。
「この研究は、非人道的なものです。
研究の基礎的なデータはともかく、詳細はわたしの頭の中にしかありません。
もっと、被験者への負担が軽くなってから報告すると、アーガマの連中には言ってあります。」
「なるほど。では、エゥーゴやジオンのやつらがこの技術を使おうと思っても使えないわけだ!!」
バスクは上機嫌だ。
「この技術は我々だけがもつ。今後、連邦やジオンを相手に正面切って戦うような場面が訪れても、この新技術は十分なアドバンテージになってくれるだろうな。」
そして、ジャミトフを振り返った。
「さっそく、何人かにそのデバイスの処置を行いましょう。」
「いえ、ですのでこれは外科手術が必要なものです。そう簡単には……」
「かまわん!」
バスクは即座に答えた。
「これによって戦力の増強ができるのなら、多少のリスクは容認される!」
そこで意地悪そうに、唇を歪めた。
「そうだ。ジョッシュ少尉、ゴッド大尉。
きみたちは、クラバのやつらに雪辱をはたしたくはないのか?
この被験者にびったりだと思うが……」
ジョッシュは顔を青ざめながらも一歩前に出た。
それが。
ニューディサイズの。
提督の勝利に繋がるのなら。
「やめたまえ。」
エイノーは静かに言った。
「なにを! 提督の部下はこんな程度のことにもしり込みするほど、意気地がないということですかな?」
「外科的な措置というからには、そこからの回復期間が必要だろ。リハビリや訓練も含めてどのくらい日数はかかる?」
カーラはほっとため息をついた。
「組織が癒着し、傷が塞がるまでは二週間。そこから、実際に腕や足を動かすリハビリに二週間。モビルスーツとの接続調整はそれからです……」
「わかるか、バスク少佐。
目前に敵を抱えてるところに、第一線のパイロットをひと月も入院させている余裕はない。」
「……」
「意気地がないと他人を罵るならば、まずおまえが手術をうけたらどうだ、バスク。
指揮をとるだけなら、ベッドの上からでもできるだろう。」
「い、いや……」
言い淀んだバスクにジャミトフが助け舟を出した。
「まあ、提督。バスクにはパイロットの経験がないのだ。おまけに目を負傷している。
いくら志が高くとも、パイロットの経験の無いものにでは、せっかくのデバイスも効果が薄いだろう。」
「なら、まず、わしが受けよう。」
エイノーが、言った。
「わしはもともとパイロット上がりだ。モビルスーツを操縦したことはさすがにないが戦闘機の経験ならある。」
ジャミトフは感心したように頷いた。
「なるほど。その意気はさすがにエイノー閣下。」
「からかってくれるな、ジャミトフ閣下。
どうだ? 安全性の確認からばわしのような年齢でも手術は可能か?」
「……可能です。ですが、実際のところ症例はまだわたしひとりしかないのです。」
カーラは両手をあげた。
「この手は日常生活にも支障がないレベルで、動きますが手術となるとサポートできる別の人間が必要です。」
「ここの衛生兵では手が足りぬという訳か?」
「……はい。実際にわたしにデバイスを移植した執刀医を招きたいと思います。」
「ふむ? その人物をペズンに招くことは可能なのか?」
「もともと狂気と天才が白衣をまとっただけの人物ですので……ジャミトフ閣下もご存知の人物です。」
「誰だね、そいつは?」
「ムラサメ博士です。」
その名は。
この時代にとってあまりにも不吉なものだった。
自然発生的なニュータイプを人工的に作ることは出来ないか。
もともとは軍の肝いりで始まった研究所は、出来た時から暴走を宿命づけられていたと言ってもよい。
“赤い彗星”に。
“灰色の幽霊”に。
対抗するための強化人間とその強化人間のためのモビルスーツを作り出すのだ。
連邦軍の敗戦後も資金はどこからともなく、湧いて出て、ムラサメ研究所に流れ込んだ。
そこが、あまりにも非道な人体実験を繰り返しているという黒い噂がたってもそれは止まらなかった。
同様な研究を行っていたオーガスタ、あるいはジオンのフラナガンスクールによるニュータイプ研究もけっして誉められたものではないが、ムラサメ研究所は心理的な動機づけに重きを置いたのだ。
恐怖心を、あるいは人を殺すことに対する人間が本来もっているはずの忌諱感。それを取り除くことにいち早く成功したのである。
そうして、誕生した強化人間ゼロ・ムラサメは、知力、体力においても、そして倫理的縛りの欠如という点からも大成功を納めることとなった。
彼女は(強化まえの記憶を失っていたにも関わらず)強化人間の開発そのものに関心をもち、アン、ドゥー、トロワ、フォウの強化人間たちを次々と誕生された。
このときには、すでに、ゼロに逆らえる職員はいなくなっていた。
本来のムラサメ研究所は、東方の島国にあり、その場所である村雨町という町名をとってムラサメ研究所と名付けられたに過ぎない。
だが、次々と強化人間を作り上げ、彼らを乗せるためのモビルスーツまで開発してのけたゼロという人物を、密かに交渉にあたったアナハイムの工作員やティターンズは、ムラサメ博士そのひとだと勘違いした。
実際に、強化人間たちは出来た順番に名前を番号で振られ、姓としてムラサメを与えられたため、けっしてこれは不自然なことではなかったのだ。
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「バスクか! どのツラを下げて連絡してきたのかな?」
モニターのむこうはプールサイドだった。
さすがにそこでもいつもの白衣は着ていない。
白い肌をわずかに覆うのは、トリコロールカラーのビキニ。
ベンチで寝転びながら、カラフルな飲み物をグネグネと曲線を描くストローですする。
「……ずいぶん、優雅な身分だな」
バスクの低い声が、会議室の空気をさらに重くした。
モニターの向こうでは、陽光が水面に反射している。
プールサイド。
ゼロ・ムラサメは白衣を脱ぎ捨て、トリコロールカラーのビキニ姿でデッキチェアに身を預けていた。
手には、色とりどりの果実を浮かべたグラス。
曲線を描くストローで、ゆっくりとそれを吸い上げている。
「クラバの連中にすこし協力してやってたのよ。それも一段落したわ。」
ゼロは肩越しに振り返り、くすりと笑った。
「そう。アンキーのクランに貸し出してたフォウとトロワを回収してきたところなの。
あなたの粗雑な作戦のおかげで重傷をおったドゥーもこちらに戻ったし!
アンキーのおかげで研究資金も潤沢だわ。」
「戯言を……」
「戯言じゃないわ」
ゼロはサングラスを外した。
その視線は鋭く、計測するようにバスクを射抜く。
「あなたが連絡してきた理由は、もうわかっている」
一拍置いて、はっきりと言う。
「クランの連中が思ったよりしぶといので、わたしのチカラを借りたいんでしょう?」
「カーラ・ミッチャム。」
バスクは唸るように言った。
「彼女のリユース・P・デバイスの改良型。
それの人体移植手術を手伝って欲しいのだ。」
「あら、カーラはそっちに行ってるのね。」
バスクは答えない。
沈黙が肯定だった。
「ふふ……」
ゼロは満足そうに微笑んだ。
「焦っているのね。
ペズンも、ニューディサイズも、思ったより切羽詰まっている」
「条件があるなら言え。」
苛立ちを隠しきれない声で、バスクは遮った。
「そのデバイスの手術を引き受ける代わりに、何を要求する?」
「話が早くて助かるわ」
ゼロはグラスを置き、ゆっくりと立ち上がった。
水着姿のまま、モニターに近づく。
「まず前提として」
声の調子が、研究者のそれに変わる。
「執刀はわたし。
設備、補助スタッフ、術後管理――すべてわたしの指示に従ってもらう。
中途半端な模倣で、この系統のデバイスに触れれば、被験体は壊れる」
「……わかった」
「そして、本題」
ゼロは一瞬だけ、楽しげな表情を消した。
「そちらにいるアン・ムラサメを返しなさい」
その名が出た瞬間、会議室の空気が凍りつく。
「なに……?」
バスクの声が、わずかに裏返った。
「彼女は、あなたたちの“資産”でしょう?」
ゼロは平然と言い放つ。
「強化人間。
戦闘用の刷り込み。
使い潰すための存在」
だが、その目には、別の光が宿っていた。
「でもね、アンは――
わたしの“作品”なの」
「ふざけるな!」
バスクが怒鳴る。
「貴様の都合で、貴重な戦力を――」
「戦力?」
ゼロは首を傾げた。
「あなた、本当にそう思っている?
あの子を“戦力”として、まだ制御できていると?」
言葉が、刃のように突き刺さる。
「……」
沈黙。
背後で、ジャミトフが小さく息を吐いた。
「条件としては、妥当かもしれんな」
静かな声だった。
「カーラの手術が成功すれば、我々は新たな選択肢を得る。
アン・ムラサメ一人と引き換えに、だ。」
「そういう事なら大丈夫よ。」
ゼロ・ムラサメは艶然と微笑んだ。
「わたし、失敗しないので。」
アムロガンダムの強化装置に「ドラグーンシルエット」をつけようとか、クワトロさんの百式を鏡面装甲にしてビームが跳ね返せるようにしようかとか、ディープストライカー構想をされにすすめて、要塞ごと敵を輪切りにできるミーティアとかいう強化パーツはどうだろうかとか、いろいろ考えています。