そして――あまりにも「正しい」。
誰かを守るために、誰かを傷つける。
世界を救うために、心を踏みにじる。
それでも
、彼女は止まらない。
これは英雄譚ではない。
これは赦しの物語ですらない。
ただ――
「この世界を、存在させるため」の。
たったひとつの選択の物語。
白いクロスの上に、地球産の野菜を使った前菜が並んでいる。
薄くスライスされた紫色の根菜。
透明なドレッシングには、柑橘に似た香りのオイルが浮いている。
小さな皿には、低温で火を通した白身魚。
表面に散らされた岩塩が、星の砂のように光っていた。
メインの皿には、香草を巻き込んで焼いた肉。
ナイフを入れると、淡い赤の肉汁がゆっくりと滲み出す。
「どうしたの? 食べないの?」
フォウは、スープ皿の前でスプーンを持ったまま止まっている。
カンチャナとヴァーニは、きちんと姿勢を正して座っているが、料理よりもララァを見ていた。
ララァは、グラスに注がれた淡い琥珀色の飲み物を口に含む。
「……ようやく終わったね。」
「はい、お姉さま」
カンチャナが答える。睨むような三白眼だが、それはいつものことである。
その声は、従者としてのそれ。
だが、ほんの少しだけ――年下の妹の響きも混ざる。
フォウが、呟くように言った。
「……お姉さま」
ララァは視線を向ける。
「なあに、フォウ」
フォウは、少し迷ってから言う。
「……わたしってお役に立てたでしょうか?」
「もちろん役に立ったに決まってるわ!」
ヴァーニが明るく言った。
「もともと、お姉さまが戦闘がてんでダメなのはわかってたんだから!」
「そんなに、ダメだった、かしら。」
さすがにララァの微笑みがひきつった。
「ちなみに射撃と近接戦はどちらがお得意ですか?」
「……どっちも苦手だけど。」
「そうでしょうね。見てるだけでわかります。」
カンチャナは、フォウのクラスに飲み物を注いだ。
「……と言うわけで、お姉さまを守ってくれてありがとう。」
この幼いけれど頑固なメイドたちに、自分がうけいれられたのだ―――そうフォウが気がつくのには数秒間があった。
しばらく、4人は食事に集中した。
戦闘中の戦艦での食事というのは、栄養価はともかく、手っ取り早く食べられるものばかりだったし、お姉さまがそんな状態にあるのを知っていて、贅沢な食事をしようとは思わないカンチャナとヴァーニである。
ナイフを持つカンチャナの指が、わずかに止まる。
ヴァーニはパンをちぎる手を止めない。
だが、耳は完全にこちらに向いている。
「ところで、お姉さま。“大佐”とはお話ができたのですが?」
「ええ、少しだけだけど。」
ララァは微笑んだ。
「今ごろは、別の会場でクランのメンバーと楽しんでるわ。
士官学校時代の旧友も来てるみたい。」
「……大丈夫なのですか?」
カンチャナは探るように、敬愛する女性を見つめた。
「大丈夫よ、もちろん!」
「あまり、大丈夫ではないですよ。」
その場に居合わせたヴァーニが口を挟む。
「お姉さまは、10分ばかりの会話の中に、アムロの名前を7回出しました。」
ララァは、肉料理を口に運んだ。
肉汁と香草が口のなかではじける。
「8回よ。直接に名前は出してないけど、アムロの操縦技術の高さを褒めてるわ。」
「さすがに“館”のナンバーワン!」
カンチャナは皮肉まじりにそう言った。
自分の皿から肉料理を切り取って、ララァの皿に移す。
「もちろん、それをきいた“大佐”がどう思うかも計算済みですよね?」
「あの人にとって、アムロは久しぶりにできた友人よ。それに嫉妬するなんて、プライドの高いあの人が見せるものですか。」
「そこまで、わかっているのですね。」
カンチャナは、肉料理をもう一切れ、ララァの皿に置いた。
「似たようなことは、“館”でもありました。」
「お髭の中将さんと、てっぺんの薄い准将さまね。」
楽しい思い出話をするように、ララァは声を低くして静かに笑った。
「たしか、准将さまが、“館”通いに、基地の経費を流用したのを、中将さんが告発して、准将さまが中将さんを撃ったのだわ。
弾ははずれたけれど、ふたりとも更迭されたはずよ。」
「……名前も覚えていないのですね……」
「恋人さんの名前を呼ぶのは、その人が恋人さんである間だけよ。」
さすが、です。
カンチャナはため息をついた。
「同じような結末を迎えるかもしれませんよ。」
「どうかしら。大佐もアムロもあいつらよりは、だいぶ人間的にマシなような気がするけど。」
「お姉さまの手練手管にかかれば、一緒です。」
カンチャナは、もう一度ため息をついた。
「アムロにはまたお会いになるのでしょう?」
「彼は、アーガマへ泊まり込みよ。」
イタズラをするようにララァは、カンチャナに言った。
「そうだ……大佐が、戻ってきて、わたしに会いたいと言ったら、わたしは外出した、と伝えてくれる?」
「お姉さま!!」
「もちろん、外出なんてしないわ。ホテルに戻って休むだけよ。でもわたしがどこかに出かけていて、カンチャナもウァーニもどこに行ったか知らないことにしてちょうだい。」
「なにが、したいのです?
いささか、いえ、だいぶ悪趣味に思えますが。
それとも本当に」
カンチャナの視線が探るようにララァを、射抜く。
「お二人とも愛してるのですか?」
ララァは、答えずにカンチャナが寄越した肉を2切れ纏めて口に入れた。
「……うん」
ララァは首を傾げる。
「少し食べにくいわね。」
沈黙。
カンチャナが、ナイフとフォークを静かに皿の端へ置いた。
「……お姉さま」
声音が変わる。
年下の従者でも、
妹でもない。
――止める側の声だった。
ララァは視線だけ向ける。
「なあに、カンチャナ」
「……あまり、火遊びが過ぎますと」
ヴァーニが、ほんの一瞬だけ視線を上げる。
フォウは意味が分からず、二人を見る。
カンチャナは続ける。
「大佐もアムロも、“割り切れる”人ではありません。」
「わたしは、アムロに言ったことがあるの。」
ララァは口を拭った。妙にエロティックに見える仕草だった。
「“あなたが来るのが遅すぎたのよ”って。
もちろん、“夢”中のお話。
その結果わたしは、彼のビームサーベルに貫かれたの。比喩的な意味ではなくってね。
バイザーが破裂し、身体が消滅する間にわたしは見えたの。
今度は遅すぎない。
この刻を……待ってた。」
カンチャナは視線を逸らさない。
まだ幼い少女は。娼館で生き延びた者特有の、人の欲と破綻を見抜く目をしている。
「……お姉さまが、あの方たちを試しているのは分かります。」
「いいえ、カンチャナ。あなたは誤解している。」
「でも」
ほんの少しだけ、声が柔らぐ。
「試しているのは、世界と可能性よ。」
ララァの目的と具体的になにをどうするかは、続きをお楽しみに。
タイトルほかちょっぴり「ウテナ」風味でお届けします。