ビルをぶっ壊してまわるとかの展開はないです。
ネオ香港大学正門から少し離れた通りに、そのカフェはあった。
ここらはいわゆる「学生街」である。
キャンパスそのものは、移転したが、もともと歴史のある名門校であるネオ香港大学は、その周りの学生向けの店もふくめて、そっくり移転してきたようなものだった。
時刻は、昼下がり。
学生らしい若者と、ノート端末を広げた研究者風の客が、適度なざわめきを作っている。
ララァは、窓際の席に腰を下ろし、店内をゆっくり見渡した。
「……ここ、落ち着くわね」
「大学の外周にある店は、こういう客層になります」
向かいでカンチャナが微笑む。
その隣では、ヴァーニが無言で周囲を観察していた。
三人のテーブルには、まだ何も置かれていない。
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いったんは学校に通うことに同意したララァであったが、マチュからの連絡でまた不安になったのだ。
どうも、クランバトルの選手は、大学ではやたら凄まれたり、尊敬されたり、恐れられたりするものらしい。
そんな目にあうのはゴメンだったから、ララァはカンチャナにそのことを打ち明けた。
「そうですね。」
ある意味、世間知らずな女主人の言葉に、カンチャナは首を傾げたが
「なら一度、雰囲気を見に行ってみますか?」
と尋ねた。
「勝手にキャンパスにはいってもよいものなのかしら。」
「はいるだけなら大丈夫でしょうけど、わからないもの同士がウロウロしていても仕方ありません。」
カンチャナはデバイスを取り上げた。
「せっかくなんで“奇術師”さんに案内をお願いしてみましょう。」
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“奇術師”との待ち合わせ時刻まで、あと二分。
ララァが、小さく首を傾げる。
「本当に……来るのかしら」
「来ますよ」
カンチャナの声は、やけに確信に満ちていた。
「もともと“奇術師”さんは、謎の架空戦記作家“フロド”のファンで、わたしがネオ香港に居るってきいたら。せひ会いたいって言ってくれてたんですから。」
ララァは、その言葉に少しだけ興味を示した。
「でも、名前も顔を知らないのでしょう?」
「ええ、まあ……」
カンチャナは意味深に言葉を濁す。
「顔はまあ、ついてればいいです。価値があるのは、その頭の中身ですよ。」
それ以上は語らない。
互いに本名も素性も知らない――
それが、この関係の前提だった。
やがて、店のドアベルが軽く鳴った。
からん。
ヴァーニの視線が、わずかに入口へ滑る。
入ってきたのは、二十代半ばの青年だった。
この人は違うかな?
と、ララァは思った。
なんというか。
あまりにも平和そうな顔をしている。黒髪と黒い目は東洋系であるが、なんというか、平々凡々な印象だ。かろうじて「ハンサム」の部類にはおさまるだろうが。
十代の半ばにみえる少年を連れている。
こちらは、まるで青年を護衛するかのように、注意深く店内を見回していた。
“ニュータイプ……”
ララァは精神的に身を縮めた。
同じニュータイプ同士は、近くにいるのなんなく互いを感じ取れるものだが、あえてそうされないようにガードを固めたのだ。
彼女はそんなこともできる。
青年は店内を一巡り見渡し――
そして、まっすぐこちらのテーブルへ歩いてきた。
「失礼」
穏やかな声。視線はララァを見ていた。
「こちらで待ち合わせをしている“フロド”さん、で合っていますか?」
一拍。
カンチャナが、ゆっくりと顔を上げる。
「……ええっと、わたしが“フロド”です。」
まだ十代前半の少女の言葉に、青年が固まった。
「こ、これは失礼。」
ぎこちなく、そう詫びた青年を見て、ララァは微笑んだ。
これは―――よい人だ。
「あなたが“フロド”のお世話になっている“奇術師”さんですね?」
青年――奇術師は、小さく頷いた。
「そう名乗っています。本名はちゃんとありますし、怪しいものでありませんが、“フロド”からは、後日なにかで迷惑がかかるといけないので、ハンドルネームでのやり取りにしようと。」
「確かに、ね。」
ララァは自分のニュータイプとしての能力を把握している。そして、もうひとつ。クランバトルの選手であること。
マチュたちはそれでさんざんな目にあったようなのだ。
「わたしのかわいい妹“フロド”をいつもありがとう。“奇術師”さん。 彼女はこのところよくあなたの話をしています。」
「そ、それは」
女性慣れしていないのであろう。“奇術師”は目に見えて狼狽し、連れの少年に脇腹に肘鉄をくらっていた。
「しっかりしてください!」
「い、いや。
そ、それで、今回ネオ香港大学への入学を希望されているのが」
「わたしの敬愛するお姉さま“薔薇姫”です。
それからこっちショートカットがわたしの妹分で“ビルボ”です。」
「よろしく、ビルボ。わたしは……ああ、なにも言わなくては話がしにくいな。
元連邦軍人で、いまはネオ香港大学の史学科の学生で“奇術師”だ。こっちは、わたしの……そうだな、弟みたいなもんだ。名前は“レトリィバア”。」
「提督!」
弟と言われたのが嬉しかったのか、“レトリィバア”少年は一瞬目を潤ませて、“奇術師”そう呼んだ。
「提督は勘弁してくれ。なんでそんな風に呼ぶ癖がついたのかな。
わたしの除隊時の階級は大尉だよ。そんなに偉いものじゃない。
まあ、多少の貯金はあったし、親戚の援助も、あったんであらためて、大学に入り直して、好きな歴史を学んでいる。」
「そりゃあ、ていと……“奇術師”が自分がティアンム提督の立場なら、ソロモン落としなんて馬鹿げた作戦はたてないって言ったからですよ!」
“レトリィバア”少年は抗議した。
「そんなこと言っかな……」
「言いましたよ! もし、グラナダにソロモンが落ちてたら、それは同時に南極条約を連邦が反故にしたことになるから、報復として質量弾による地上攻撃に歯止めが効かなくなる。ルナツー陥落で、連邦軍は宇宙戦力をほぼ、枯渇させてしまうのでもうそれを止める手段はなく、地球環境そのものもが破壊されて人が住めなくなるまで攻撃は続くって。」
「その話は面白そうね。」
カンチャナは手を挙げて、カフェの店員を呼んだ。
「なら、“奇術師”ならば、あそこからどうやって、形勢を逆転できたの?」
「成功の確率は100ではないが。」
“奇術師”は考え込んだ。
「もし、わたしなら……核パルスエンジンを取り付けたソロモンをア・バオア・クーに向けただろう。
艦隊戦力は、まだ連邦軍が上回っていたし、増産ラインにはいった軽キャノンも戦力に追加できる。」
「要塞対要塞……」
カンチャナはつぶやいた。
「そうだよ。厚い岩盤に守られ、駐留艦隊戦力と多数のモビルスーツを備えた小惑星そのもので、ジオンの最終防衛ラインを突破するんだ。」
「でもジオンには、赤い彗星がいます。
灰色の幽霊も。彼らに勝てますか?」
「個人の武勇では戦略をひっくり返すことはできないよ、“薔薇姫”。」
冷静に“奇術師”は言った。
「それに艦隊対艦隊。モビルスーツ対モビルスーツの戦いに注意を集めるのも、作戦のうちだ。」
“奇術師”はタブレットを取り出した。
「ソロモンをア・バオア・クーへの衝突軌道に載せた後、駐留艦隊は脱出。以降は、ソロモンの核パルスエンジンのみを守る。」
「ア・バオア・クーにソロモンを激突させるっていうの……!」
「そうだ。小惑星を改造した要塞は、岩盤の厚さから極めて頑丈で攻略しにくい。
ならば、同程度の質量のものをぶつけてしまえばいい。」
「迎撃は?」
「衝突軌道にはいった小惑星規模の質量の物体をとめるのは、核パルスエンジンを破壊しても遅い。内部に侵入して核爆弾で内部から破壊するしかない。
まさに歴史において、赤い彗星がソロモンに対して行おうとしたのと同じ方法だよ。
艦隊とモビルスーツ数で優位の連邦軍の守りを突破して、ソロモンに工作をしかけることは不可能に近い。」
「ア・バオア・クーを失ってそれで、どうなります?」
カンチャナが尋ねた。いつもは三白眼の視線がキラキラしている。
「そこで終わり、だね。ジオンがどの程度の戦力をア・バオア・クーから脱出させられるかはわからないが、まだジオンには、サイド3に駐留した戦力もグラナダの戦力もある。
だから、そこで講和、ということになるだろう。
ジオンにはこれまで以上の自治権の拡大、一方では宇宙における連邦はその戦闘力を残したままね。」
「それはまた、次の戦争の火種になることでは?」
ララァは尋ねた。
「たしかに、あります。
おそらくは、あなたの妹さん“フロド”が描いたように、連邦軍内部でのアースノイド至上主義と、それに反発するものとの争いに発展する。
小説の中では、タイタンズとエウゴ。現実ではティターンズとエゥーゴのように。」
黒い瞳が一瞬だけ、ララァに向いた。
「ネオ香港大学で、歴史を学びたいそうですね?」
「……はい。わたしはキチンとした教育を受けていないので、聴講生という形になりますが。」
「まともに学生をするよりも高くなりますよ?」
“レトリィヴァ”が不機嫌そうに言った。
どうも彼の尊敬してやまない“兄”が、初対面の名も知れない異性に惹かれているのが気に入らないのかもしれない。
「お金のほうはまあ、なんとか」
「へぇー? スポンサーでもいるんですか?」
これらかなり不躾な質問で、“奇術師”は軽く少年を睨んだ。
少年は目に見えて意気消沈した。
「……すいません。」
「大丈夫よ。“スポンサー”という言い方は彼が悲しむと思うけど、実際にわたしには、生活の面倒をみてくれているひとがいます。」
「その……」
言いにくそうに、“奇術師”は言った。
「それはなにかの契約に基づくものなのでしょうか?」
「“愛情”と“信頼”というこの世でもっともタチの悪い契約ですね。」
そうですか。
と、どこかほっとしたように、彼は言った。
おそらく“奇術師”もまたレトリィヴァ少年と同じく、ララァに誰かパートナーとしては相応しくない男性に、金銭で無理やり縛られているのではないか、と感じたのだろう。
「……それで、まずその前にネオ香港大学がどんなところか見学したいと。」
「はい。
友人がジオン工科大学に先日、入学したのですが、どうもわたしの思っていた学生生活とは違うような気がして……」
「あそこは、退役軍人や現役の技術者が多く集まっていますから、またすこし特殊ですよ。」
“奇術師”は言った。
「もし良ければ、一日、時間を作っていただけますか? 授業やゼミにも参加できるように用意を整えておきます。」
「そんなに……ご迷惑では?」
「とんでもない!」
“奇術師”は運ばれてきた香り高い紅茶に口をつけた。
「ぼくは、“フロド”の大ファンなんです。
彼女とこうして実際に会える機会を作ってくれた“薔薇姫”にせめてもの恩返しです。」
「“フロド”の作品をそんなに気に入っていただけて嬉しいわ。」
ララァは言った。
「どこが、元連邦軍大尉殿の琴線に触れたのでしょう?」
少し考えて、“奇術師”は言った。
「リアリティ、ですかね。まるでその場にいたか、あるいは実際にいたひとから直接話をきいたようなリアリティがある。」
それが自分の「夢」の話であることは、黙っておこうと、ララァは思った。
うまく「彼」の雰囲気が出せたかなあ……