少女は。
空を見あげていた。
まだ、小さな点にしか見えないが、たしかなに感じる。
ソドンを。
ジークアクスを。
VIP席を飛び越え、走り出す。
あの日のように。
いつものように。
「ジークアクス!!」
轟音とともに、空から降ってきた鉄の巨人が、スタジアムに降り立った。
最前列からジャンプした少女を差し伸べた手で受け止め、そっと自らのコクピットに納めた。
「ジークアクスだ!!」
「“狂犬”マチュだ。」
「乱入! 乱入か!! 乱入なのか!?」
再びヒートアップするスタジアム。
ジークアクスは、手を挙げて、ビタリとククルス・ドアンのザクを指さす。
「ドアンさん! わたしが相手だ」
なんでそうなるっ!!
アムロは頭を抱えた。
ハヤトの戦いぶりには、驚いた。
たしかに、柔術をはじめとする武道に通じているのは知っていたが。
それをモビルスーツの戦いに活かすとは。
胸が熱くなるものは感じる。
だが、その胸の高鳴りを「乱入」というパフォーマンススで発揮するのは、アムロの理解を超えている。
「いい子よね、マチュさんは。」
ララァは肘掛にもたれるようにして、笑った。
「アムロ。彼女をつかまえてあげられる?」
なぜ、ぼくが!
アムロは、困ったように、美しい彼女を見返した。
「あのままだと、彼女はシュウジ・イトウのようになるわ。この世界にあの子を繋ぎ止めていられるのはたぶん、あなただけよ。」
「よく、わからないな。
シュウジ・イトウの名前は、マチュから聞いた。シャロンの薔薇を破壊しようとして……マチュとニャアンが止めた……そう聞いている。
けど、いったい何者なんだ? シュウジ・イトウは。」
「シュウちゃんは、わたしに似てた。」
ニャアンがぽつりと言った。
「どこにも居場所がないひとだった。」
「なにかのために刻を渡り、世界をまたぐ。
ついには、自分がなにをなんのためにしているのか分からなくなる。
恐らくは死ぬこともできない存在……」
そんなものには。
アムロは微かに寒気を感じた。
そんなものにはなりたくない。
ククルス・ドアンは、苦笑とともに乱入者を見つめた。
自分は勝ったのか?
クラバのルールではそうだ。
だが、相手は負けを認めず、ダメージは明らかに彼のほうが大きい。
ドアンのザクの片手は欠損し、脚の関節も動かない。
中の人間ほうはというと。
全身打撲。骨はたぶん折れてはいないが、ヒビくらいはいってるだろう。
家族にはすまないが、入院は免れない。
そして―――新手、か。
ククルス・ドアンは、一度ジークアクスの戦いぶりを見たことがある。
ガンダムタイプの。しかもサイコミュを搭載したニュータイプ用のガンダムタイプときいている。
その戦法は、射撃よりも近接の戦闘が優れていたように思うが、それはあるいはパイロットの好みなのか。
「狂犬」と呼ばれるクランバトラーであることはあとで知った。
ドアンの苦笑いは深いものになる。
……なるほど、たしかに狂犬だ。
「やめろ、マチュ!!
ドアンさんは傷ついている!」
アムロは叫んだ。
ジークアクスに搭乗してしまったマチュに、その言葉が届くのか。
「大丈夫、天パ!」
ジークアクスの瞳が輝く。
言葉は、届いた!!
「……軽く遊んでやるだけだから!」
内容は伝わっていないっ!!
「ふざけるなっ!」
軽キャノンが、ザクとジークアクスの間にわって入った。
「たかがメインカメラ」ではない。センサー類の集中している頭部を凹まされて、スムースに軽Cキャノンを操れるのは、ハヤトのパイロットとしての技量は間違いなく、たいしたものだ。
「なぜ、出てくる!?」
ジークアクスがシールドで、軽キャノンを押しのけようとした。
ハヤトはその動きに逆らわず、腕をとる。
「今度はサブミッション!!」
カンチャナが叫んだ。
「まずいぞ、ジークアクスの腕関節が破壊され……」
言いかけたアムロに応えるように。
ジークアクスがバーニヤをふかした。
二本足で立ち、歩くという不安定さ。
それと地球の重力を利用したのが投げ技だ。
人間同士なら、「投げ」と「極め」が同時に決まっただろう。だが、モビルスーツは人型をしていても人間ではない。
バーニヤによるダッシュに引きずられるように、体勢を崩したのは、ハヤトの軽キャノンのほうだった。
彼の体術の技前(それは若くして達人クラスに達していたが)をもってしても、技をかけようとした相手が、バーニヤをふかしてダッシュする、などという状況は想定外だったのだ。
引きずられて、転倒し、転がった軽キャノンはそれでも立ち上がろうともがく。
――そのとき。
スタジアム上空の空気が、わずかに歪んだ。
轟音はない。
閃光もない。
だが。
「……来る」
アムロが、低く呟いた。
次の瞬間。
雲を割るように、一機の機影が降下してくる。
黒に近い重色の機体。
凶悪にすら見えるシルエット。
戦場の熱狂とは無縁の、冷えきった存在感。
「……」
みなが、息を呑んだ。
スタジアムの喧騒が、奇妙なほど静まっていく。
それは威圧ではない。
殺気でもない。
――統制だ。
空から降りてきたその機体は、争いそのものを否定する位置に、静かに着地した。
ドン――
重い着地音が、一拍遅れて響く。
レイダーは、動かない。
武器も構えない。
ただ、そこに立つ。
それだけで。
ジークアクスの前進がとまった。
「……っ」
コクピットの中で、マチュはにいっと笑った。
「姫さん、か。」
静寂の中。
通信回線が、全機に強制割り込みした。
『――そこまでです』
柔らかな女の声。
だが、その一言で。
スタジアムの空気が、完全に凍りついた。
『クランバトルは終了しました。
これ以上の戦闘行動は一切は認められません。』
一呼吸おいて、なぞの女性パイロットは続けた。
『本戦闘は、ここで終了とします』
有無を言わせない宣告。
ドアンは、ゆっくりと息を吐いた。
「……助けられた、かな?」
レイダーのツインアイが、ジークアクスを睨んだ。
「マチュ。熱くなりすぎです。」
「乱入だめって言っても」
ブツブツとマチュは言った。
「自分も乱入してるじゃん……」
「なにか?」
「いえ! なんでも!」
また、スタジアムはざわめきはじめた。
同時に、配信を視聴していた者たちも。
「あれ……って。」
「ああ、ペズンのクラバて見たぞ。レイダーだ。
近接戦闘が得意の可変機で、たしかパイロットは……」
「ア……」
「ソム・エドワウ! そうソム・エドワウだよな!」
「だって、それってジオンの……」
「黙れ! わかっててもその名を言ったら、ハンマーが潰しに来るぞ!!」
緊張感という意味では、今回のクラバの主催者と、ソム・エドワウの会見シーンのほうが上回るかもしれません……