アンキーは目いっぱいの笑顔で、カミーユを迎えた。
それはそれで、物凄い悪巧みをしてるようにしか見えないのが、アンキーという女の困ったところである。
「久しぶりです、アンキーさん……ジュドーも?」
「ああ。昨日いきなり呼ばれたんだ
まあ、今日は学校も休みだし、ジャンク屋のほうも急な用件は入ってなかったからいいんだけどな。」
カミーユの見た限り、ジュドー・アーシタは服は1着しかもっていないようである。
見覚えのある朱色のジャケットにスキニーな黒のパンツ。
ジオンから渡された褒美は、彼の妹のリィナをグラナダの一流学校に通わせる、というものだ。
その間の学費や生活費の面倒をみるということに、なっていたようだが、それ以外にも、アンキーからクランバトルの報酬としてけっこうな金額が渡っているはずなので、前と違って、服を買う金に苦労する必要はないはずなのだが。
「みんな代わりはないか?」
「あんまりな。あ、イーノは工科系の専門学校に通うことになったぜ。
将来はジオン工科大学にいきたいそうだ。」
「ジュドーはどうするのさ?」
「まだじっくり考えてる訳じゃないけど」
ジュドーは腕組みをした。
「モビルスーツの操縦にも、設計にも興味はある。あとは……これはリィナには内緒なんだが」
声を低くしてシャングリラ生まれの少年は囁いた。
「木星船団に応募してたみたいんだ。」
「え? 何年も帰って来れなくなるよ!?」
「でもな。あそこはいま人が到達できる宇宙の最深淵だろ?
いちど、この目で見ておきたいんだ。」
二人のニュータイプが、旧交を温めあっている間、アンキーは部屋のモニターを調整していた。
「さあ、要件を先に話すよ?」
アンキーはパンと手を叩いて、二人を注目させた。
「いよいよ、クランバトルもジュニア部門をスタートさせようと思ってね。」
「それで呼ばれたのは分かったけど」
カミーユはひとの悪意には敏感である。その彼が断言するのだが、アンキーには別に悪意などはない。
ただ、自分の儲け話が、他人の迷惑になるかどうかを一切考慮しないだけだ。
「フラナガンスクールの来年の卒業者で、進学またはジオン公国軍関連の仕事を希望しないものが、実に3割を超えている。」
「フラナガンスクール……って!ニュータイプの養成機関だろう?」
ジュドーが言った。他人事のように言っているが、キシリアが健在ならば、彼もまたフラナガンスクールに半ば強制的に入学させられていたかもしれない。
ニュータイプの学問的な定義はいろいろあるが、現実問題としてその才能が活きるのはモビルスーツのパイロットだけだ。
つまり、フラナガンスクールの卒業生が、ジオン軍に入隊せず、かといって進学もしないなら―――
「まさか、クランバトルに参加希望だとか?」
ああ。
と、アンキーは鷹揚に頷いた。
「全員ではないが、かなりの人数がそれを希望してると、考えられる。」
カミーユは知り合いのことを思い出した。資金繰りのために進学を諦めて、クランバトルに身を投じた彼がきいたら泣き出しそうになる話であった。
しかし。
サイド6のクランバトル公認。
さらに、ペズンの叛乱軍をクランが制圧したことで、世間の見方は大きく変わりつつある。
リスクは高いが成功すれば、富と栄誉を掴める競技へと!
「しかし、いまさら」
「そうだね。正直こっちも受け入れ体制が難しい。ニュータイプ用の機体だって、確保できない。
ニュータイプの素養のある連中に払い下げのザクもないだろう?」
「へいへい」
ジュドーは急速に興味を失ったようだった。
とりあえず金儲けになればいいかなと、ここに来てはみたのだが、アンキーの話は、直接的に彼をエントリーするものではなさそうなのだ。
「で、俺とカミーユになにをさせたいのさ?」
「ネオ香港で開発された競技用の可変モビルスーツがある。」
モニターには、航空機が映し出された。
「ネオ香港大学とジオン工科大学が共同で開発した訓練用のモビルスーツだ。パイロット候補生を最初から可変機に慣らすための練習機だよ。
最初から練習機として設計されたため型式番号はないな……スパルタニアンと呼ばれている。」
「うん。機体の安定性のためにわざと、ジェネレーター出力は抑えてますね。飛ばしやすそうですが、これで実戦は無理ですよ。」
父親に似たのか(そう言われるのはカミーユには不本意だったろうが)モビルスーツの設計にはくわしいカミーユは、一目でそう断言した。
「そうだな。逆に言えば、クランバトルのジュニア部門にこの機体を採用したらどうだろう、とわたしは思っているんだ。」
「機体をパイロット持ち込みではなくて?」
「ジュニア部門だぞ? 機体を持って参入するパイロットがどのくらいいると思う。逆に機体を統一することで、パイロットの技量そのものが試合を左右するようになる。
ジュニア部門には、もってこいだと思わないか?」
「……そのデモンストレーション試合を、ぼくとジュドーに?」
「さすがにど素人では、可変モビルスーツを飛ばすことすら無理だろう。」
カミーユとジュドーは顔を見合せた。
「M.A.V.戦なのか? 俺たちの相手がいるのか?」
10代半ばの少年が発するには、あまりにも傲岸不遜な言葉だったが、カミーユもジュドーも、ほぼ実戦に近い形の戦闘経験者だ。
「そこも少し変則にしようと思う。」
アンキーは言った。
モニターに、三人の少女の顔が映し出された。
「ムラサメ研究所のアン・ムラサメ、ドゥー・ムラサメそれにエルピー・プルだ。これで3対3の特殊マッチを組んでみようと思う。」
「エル……」
「ゼロ・ムラサメが保護している強化人間だ。どうもジオンの作った強化人間らしい。」
「強化人間?……ニュータイプじゃなくて、か?」
「そこらへんは、ゼロも語りたがらないよ。」
アンキーは、画面を操作した。
新たに表示された少年は、ジュドーもカミーユも見覚えがない。
「誰です、こいつは。」
「おまえたちとチームを組む3人目だ。ネオ香港のパイロット養成機関で、抜群の成績を収めている。
おそらくは“ニュータイプ”だ。」
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「お帰りなさい、“提督”。」
「提督は勘弁してくれ。」
ヤンはかなり疲れているようだった。
“レトリィバァ”だって、大学の授業のあと、パイロット訓練のためのカリキュラムに通っているのだから疲れていないはずはないのだが、そこは若さ、というものかもしれない。
「パーティはいかがでした?
アルテイシアって実物はどんなです?」
ヤンは少し考えてから言った。
「……そうだな。美しいのだろうし、場を持たせるのも上手い。
だが、一国の指導者としての気概が感じられない。
おそらくは、アルテイシアと呼ばれているあの女性はただのお飾りだろう。
実際には、彼女を公王位につけたジオン政府の重鎮たちが、ジオン公国を動かしているのだろう……と、わたしは思うよ。」
「無責任なネットのウワサは、本当に彼女がジオン・ダイクンの娘のアルテイシア・ソム・ダイクンなのか疑問視する声もありますよ。」
ヤンは、わりとネット上の噂話を夾雑物として排除しているようなところがあるが、“レトリィバァ”は、そうでもなかった。
嘘を嘘と見抜くことには長けてはいたが。
「いまの段階では否定の材料も肯定の材料もないな。」
ネットの雑談には否定的なヤンがそう言うのだから、本当に「アルテイシア・ソム・ダイクン」にがっかりしたのだろうと“レトリィバァ”は思った。
「ぎゃくに面白そうなひとはいましたか?」
「……面白い? そんな余裕はないよ。ウォン叔父は面白がってひとを場違いな場所に呼び出してくれて……」
ヤンはボヤいた。
「……そうだな。ゴップ将軍は、あれはあれでなかなかの人物だよ。現役時代はジャブローの参謀本部連中を“モグラ”と読んでいたが、吶喊して全滅してもらうよりはまだマシだったのだな、と改めて感じたよ。
ただ、戦争中ではなく、平時でこそ能力を発揮する軍政家、だという気がしたがね。」
そうだ、と“レトリィバァ”が入れた紅茶のカップを持ち上げながら、ヤンは続けた。
「なんと、我らの“薔薇姫”と会場であったよ。パートナーと一緒だった。
驚いたよ。彼女のバートナーは、クランバトルを主催している新進の実業家のクワトロ・バジーナ氏だ。
叔父が引き合わせてくれてね。
彼と、例のシュミレーターの話してずいぶん盛り上がったんだよ。」
「クワトロ・バジーナと、ア・バオア・クー戦の話で盛り上がった、ですって!?」
“レトリィバァ”はサンドイッチを並べながら、叫んだ。
「そうだよ。なんでもわたしと同じく元連邦軍の大尉らしいね。
いままで、存じ上げなかったのが、勿体ないような戦略眼の持ち主だ。
面白いことに周りからは“大佐”と呼ばれていてね。あの堅物のウォン叔父までが、かれをそう呼ぶんだ……」
「提督……少しはネットの噂とか、都市伝説にも興味を示してください……」
「それはわたしだって、興味が無くはないが、そこらへんの情報は無限すぎてね。人間の時間は有限なんだ。」
「クワトロ・バジーナって、シャア大佐ですよ。」
え?
「少なくともネットの噂ではそうです。……って言うことは、ジオンの忘れ形見キャスバル・レム・ダイクンそのひとですよ!!」
“レトリィバァ”はこの日、パイロットコースの教官から、月面で行われるクランバトルへの参加を打診されていた。
練習機スパルタニアンを使用するため、リスクはある程度抑えられる。
報酬は……生活費や学費をヤンに頼っているレトリィバァにはかなり魅力的なものだったが、つい話しそびれてしまっていた。
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貧弱すぎる。
と文句をたれたのは、ドゥーだった。
エルピー・プルもアンもそれは感じたよつだったが、まずは一番のお姉さんである自分が口火を切らねば、と判断したらしい。
「パワーが『無いくせに』さらにリミッターがかかりまくってる。全然思うように飛べないよ!」
相変わらず、のびた髪を適当にピンで止めただけの髪型である。
細い体は、男か女か判断に困るような微妙なライン。
顔立ちはかわいらしいが、いまは怒りまくっているので、あまり愛らしくはなかった。
三人の強化人間から、糾弾を受けている女性は、白衣を羽織っていた。
医者や研究者が身につけるような白衣だ。
それ以外を着ているところは、目が覚めたときからこの女性を知っているドゥーやアンにも見たことがない。
「軍事用がなぜ軍事用なのかといえば、性能を追求することで、安定性を犠牲にするからだ。」
白衣の女性……ゼロ・ムラサメは、ドゥーを微笑ましげに見つめている。
ドゥーの抗議は理にかなったものであってそれはドゥー・ムラサメが精神的に安定していることを示していた。
「スパルタニアンは、可変機習熟用の実験機だ。
可変機構も簡略化されているし、なによりも安定性を重視している。
機体の反応という点でもたしかにドゥーには物足りないかもしれないな。」
「あんな体じゃあ、ぼくの『鼓動』に耐えられない……サイコガンダムRは使えないの?」
ドゥーは胸に手を当てた。
ドゥーは、戦闘への忌避感を回避するために自分をモビルスーツの「一部」だと理解するように、条件付けされている。
自分自身はその「心臓」だと理解している。
「アンはどうだ?」
「同じ意見です、センセ。」
赤毛の少女はきっぱりと答えた。
「これじゃ、思いっきり遊べない。」
「わたしは、サイコミュが欲しいなあ。」
エルピー・プルが、座ったまま足をブラブラさせながら言った。
「ほら。前に、見せてもらったモビルスーツに載せられるエネルギーキャップ式のビット? あれとか使ってみたい。」
「おまえたちの意見は、伝えておく。」
ゼロは、三人三様の「在り方」に満足した。
精神的な安定、肉体的な不具合も生じていない。
「だが、今回はデモンストレーションとしての性格が強い。
クランバトル興行のジュニア部門のお披露目だからな。」
「それもわからないなあ。」
ドゥーが不満そうに言った。
「なんで『いまさら』ジュニア部門なんだろ?」
ドゥーはすでに、数回トロワ・ムラサメと組んでクランバトルを戦っていた。
「だから、デモンストレーションだよ。未成年だからといって、けっして低レベルの戦いでないことを宣伝する必要があるんだ。」
「だからと言って、わたしたちを使う意味があるんですか、センセ?」
アンが言った。
もともと快活な少女だが、もともとゼロに対する態度はよくない。
「それはそうたろう?
変形したとたんに前後上下も分からなくなって、失速してしまうレベルのパイロットではデモンストレーションの意味がない。」
「ぼくらとクランバトルができるパイロットがいるかって、事だよ。」
ドゥーが言った。
「瞬殺して終わりじゃあ、見世物としても不味いでしょ?」
「そこらへんはアンキーが、考えているだろう。
わたしとしては、フラナガンスクールからの依頼事項を淡々とこなすだけだ……ムラサメ研究所に、けっこうな寄付金を約束してくれているんで、な。」
ア・バオア・クーの仮想戦
資源を巡ってのクランバトル
クランバトルジュニア部門のデモンストレーション試合
そろそろ風呂敷をたたまないと……