アンキーは、彼女なりに安全に気を使ったようだった。
当初は月面で行われるはずの模擬戦は、急遽、軌道上に変更された。
飛行形態ももつスパルタニアンは、何だかんだで誤って地面に激突、というのが一番怖い。
宇宙空間なら、それがないというのは大きい。
未成年でも参加できる健全性の高いクランバトルを目指しているジュニア部門においては、最初から大惨事はぜったいに避けたいのだ。
かくして、ユリアンたちはシャトルで、打ち上げられて、試合開始を待っている。
「ユリアン、気分は大丈夫か?」
カミーユが、ドリンクを放って寄越した。
重力下でそんなことをしてキャッチし損ねたら大変なことになるが、ここでは「落ちる」ということがない。
ユリアンは、コップを受け取ると、礼を言ってからストローに口をつけた。
ストロベリー味だ。
天然果汁が使われているのかは、わからないが、美味かった。
「軌道上には、実習で何度か出たことがあります。」
無理にでも笑顔をつくって、ユリアンは言った。
「馴れてる……って言いきれはしないけど、目が回ったり気分が悪くなったりはしないつもりです。」
「いろいろと細かいルールを突っ込んできたぜ。直前になって!」
ジュドーがぶつくさ言いながら、パネルを操作している。
「まずは、飛行形態で発進。そこで人型に変形してから、戦闘空域に移動。むこうも一緒だ。」
「それは、観客にモビルスーツの『変形』を見せるためじゃないかな?」カミーユが言った。
「スパルタニアンの変形速度じゃあ、敵を捕捉してから変形したんじゃ、間に合わないから、とりあえず変形が出来ますよって、見せるための。」
「……そんなところだな……」
ジュドーは不満そうに言った。
「先頭を頼めるか、カミーユ?」
「わかった。」
「待ってください。」
ユリアンは、空になったコップをダストボックスに叩き込みながら言った。
「先頭は、ぼくが行く。」
カミーユとジュドーは驚いたようにユリアンを見つめた。
「……ユリアン。きみは戦闘……これはまあ、模擬戦、試合だけど、シミュレーターの中でしか経験がないだろう?」
「それはそうだけど……」
「撃たれたときのショック、加速にかかるG、ホンモノの敵が発するプレッシャー。
なにもかもが初めての経験になるはずだ。
とても冷静でいられるとは思えない。」
「だからこそ!なんです。」
ユリアンは慎重に言った。
「ぼくが先陣を切れば、向こうの攻撃はぼくに集中しますよね。」
「そうなるよ。それを回避できるだけの技量は、きみには無理だろう?」
「出来るだけ時間を稼ぎますよ。
ジュドーとカミーユが敵の位置を確定できるくらいには!」
ジュドーが、ふう、と息を吐いた。
「……理屈は通ってる。ちょっとムカつくくらいにな。」
「ジュドー!」
カミーユが振り向く。
美少年の眉間に深いシワが寄っている。
「だが、ダメだ。」
ジュドーは即座に続けた。
「最初から落とされるつもりで出るやつは、なにも出来ずに落とされて終わる。
時間を稼ぐってどうやるつもりだ?ただ前に出ればいいってもんじゃないぞ。」
「わかってます。」
ユリアンは即答した。
「だからぼくはまず、飛行形態のまま、接近します。」
「おい! いま出撃と同時に、モビルスーツ形態に変形するように、指示があったって言っただろう?」
「でもまさかそんなことで、反則負けはありませんよね?」
ユリアンは淡々と言った。
「スパルタニアンの性能はわかってますから……索敵しなくても、むこうの射程に入ったかどうか、ぼくにはわかります。
そこで、モビルスーツ形態への変形を。」
「「なんで!?」」
「変形中のモビルスーツは、隙を見せてるようなものです。武器も使えない。制動もうまくかからない。」
ユリアンは、ほんの少し笑って見せた。
「だから、相手はこちらが変形をはじめたら、もっとも無力で落としやすいタイミングまで、攻撃を保留するはずなんです。
それは有無を言わせず、攻撃してくるよりも遅くなる。」
「……それはそうかもしれないが。何秒か違うだけだろう?」
ジュドーは、腕組をしてユリアンを睨んだ。
「その数秒があれば、ジュドーとカミーユなら、相手の位置を正確に測定できませんか?」
二人のニュータイプは、天井を仰いだ。
ユリアンをどう使うかは、ジュドーとカミーユにとっても大問題だったのだ。
素質はある。
頭もいい。
人間的にも嫌いになれない相手だ。
たがらと言って「なにか」をしてもらうには、いまのユリアンの技量ではあまりにも足りなかった。
「つまり囮役をやってくれる……っていうのか?」
「はい。今できる最大の貢献がこれだと思いますから。」
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「さあ、さあ、さあ!」
アン・ムラサメは、はしゃいでいる。
モビルスーツの戦闘は彼女にとって楽しい遊びだった。
「どう来る? どうする?」
「カミーユは腕がいいよ。」
かつて、カミーユと模擬戦を戦ったことのあるドゥー・ムラサメが言った。
「ジュドーの戦闘記録もみた。」
エルピー・プルが言った。
「けっこうやる。」
まだ出撃時間が告知されていないのに、三人が三人ともに、スパルタニアンのコクピットを収まっている。
いくらベテランのパイロットでも、モビルスーツのコクピットは快適な場所では無い。
だが、三人の強化人間は、むしモビルスーツのコクピットにこそ、安寧を見出している。
ドゥーなどは、自分自身をモビルスーツの部品の一部だと条件付けされていたから、コクピットに収まってやっと、あるべき姿になれたような気がするのだ。
「ポイントは、ユリアン、だよね。」
ドゥーが言った。
「このスパルタニアンってもともと、ネオ香港のパイロットスクールで使われてた機体らしい。ユリアンはそこのトップ。」
「なるほどね。カミーユたちと組ませるんなら、それなりのエースか、ニュータイプでも連れてこないと釣り合わないって思ってたけど、スパルタニアンのレクチャーのために呼ばれたのか。」
アンは考え込んだ。
「でもチームに入れちゃった以上、なんらかの役割はもたせるよね。」
「トロワは、けっこう褒めてたよね、ユリアンのこと。」
エルピー・プルがレバーの感触を確かめながら言う。
「そう。どんな?」
「まっすぐで正直。」
「性格かーいっ!!」
「あと覚悟も決まってるって。」
あのねえ。
アンは呆れたように言った。
「そうじゃなくって、この試合で彼がどんな役割を担うか、なんだよね。」
「まあでも」
と、ドゥーがつぶやいた。もともと不安定な性格なのだが、このメンツだと自分が「お姉さん」という自覚があるのか、ワガママはなりを潜めている。
「パイロット技術が足りなくて、覚悟決まってるとなると、役割はほぼ決まりだよ―――多分、おとりだと、ボクは思う。」
なるほど。
ありそうだね。
アンとエルピー・プルもうなずいた。
「たぶん先頭で突っ込んできて、ボクたちの攻撃をうけて最初に脱落する。」
「そのかわり、射撃方向から、カミーユとジュドーが、わたしたちの位置を確定するってわけね。」
アンが嫌そうにつぶやく。
「それってけっこうやっかいだよ!」
エルピー・プルが言った。
「このスパルタニアンって、武器はマシンガンだよね。射程ギリギリだと当たりにくいし、一発で撃破判定は難しい。
撃破するまでに、こっちの位置が特定されちゃう。」
「ならこんなのはどう?
囮役を全員で攻撃するのはやめる。
最初からそれぞれが、相手を決めてそいつに攻撃する。
ボクは、カミーユ。」
「じゃ、わたし、ジュドー。」
エルピー・プルが言った。
「残るわたしが、自動的にユリアンってことになるのか。
遊び足りないなあっ! もう!」
アンが不満そうに言った。
「油断しちゃだめだよ。早いとこ、ユリアンを片付けて、ボクかエルピー・プルに合流してくれないと。」
「まかせてよ! 射撃でこっちの位置を特定しようとしてるなら、近接攻撃で一瞬で仕留めてみせるから!」
盛り上がったところで、舞台はネオ香港。
なんか書いてるほうもヤキモキする。