アン・ムラサメ対ユリアン。
フラナガンスクールの次年度卒業生のうち、アナハイムムーンの「新しいクランバトル」への候補生として、手を挙げたのは八名だった。
うん、こんなもんだろう。
N・ロックは、軽く頷いた。
彼のニュータイプ部隊の女の子たちが、彼らに飲み物を配る。
タイプは違えど、美人揃いのニュータイプ部隊の少女たちに飲み物と、とびっきりのスマイルを提供され、フラナガンスクールの卒業予定者たちの表情がようやく、明るくなった。
彼らなりに、悩んだうえでの決断である。
通常ならば、フラナガンスクールの卒業生たちは、そのままジオン公国軍に入隊する。
または、なにかの専門分野を学ぶために、ジオン工科大など別の学校に進学する。
それ以外の道はない。
それを、明文化された規約がないのをいい事に、アナハイムの勧誘に応募してきたのだ。
富と名声と。
正直なところ、フラナガンスクールの卒業生たちの配属は、ほぼ100%パイロットであった。
それはエリートには違いないが、出世とは程遠い。
彼らはあくまで、パイロットでしかなく、出世して精々モビルスーツ部隊の隊長格。
司令官として、あるいな参謀として、はたまた軍政官としての教育はうけていないのだ。
軍においては位が上がらなければ、給与も待遇も上がらない。
これで戦争がなければ、それでも、自分の才能を活かして安定した人生をおくれることになるのだろうが、残念ながらそれも甘い見方だった。
つい最近のイオマグヌッソ事変で、彼らの先輩のうち、キシリア親衛隊に配属されたものたちは、一人を除いて全滅している。
その後も。
デラーズ紛争。
ペズンでのニューディサイズ蜂起。
直接、ジオン公国軍が出ばることはなかったが、この世界は戦いから人類を解放する気はもうとうないようだ。
つまり、軍人の死亡率は引き続き高いものになるだろう。
彼らが集められた部屋はパステルカラーを基調とし、大きなモニターを中心にひな壇が、作られている。
クッションもふんだんにおかれ、ようやくフラナガンスクールからの志願者もくつろぎ始めたところで、N・ロックは言った。
「これから、君たちには、ポメラニアンズの主催するジュニアクランバトルのデモンストレーションを観戦してもらう。」
ひとりが手を挙げて質問した。
「例の練習機をつかってやる擬似クランバトルですか?」
「そうだ。」
「そんなレベルの低い試合をみる必要がありますかね。」
別のひとりがぼそりと言った。
「リミッターが、かかり過ぎた可変機なんて興味はない。」
「メンバーは、ポメラニアンズが厳選しているから、たぶんそんなことはないと思うよ」
N・ロックは、にこにこと笑みを絶やさない。
「きみたちのような正当なニュータイプというわけにはいかないんだが、かなり出来るパイロットをそろえてるはずだ。
なにしろ、アナハイムムーンに先駆けてクランバトルを始めようというのたからね。」
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アン・ムラサメは笑っていた。
なぜって?
楽しいから。
ただそれだけだった。
友だちと遊ぶことが、彼女は大好きだったから。
視界に入った先頭のスパルタニアン。
色は、識別しやすいように、明るいグリーンに塗られている。
(アンたちのスパルタニアンは、ピンクだった)
固いなあ!
アンは彼を好ましいと思った。
たぶん、真面目で才能のあるパイロットなんだろう。
まるっきり。
教科書通りの飛行だ。
たしか、発進と同時に人型に変形するように指示が出ていたはずだが、まだ飛行機形態のままだった。
迷いがある。
(あ、これ。遊べる)
両側にいたドゥーと、エルのスパルタニアンが加速した。
狙いは、後方のカミーユ機とジュドー機。
アンもスロットルを一気に押し込む。
なんで、この機体の反応はこんなにもトロいのだろう。
加速のGがアンの細い体をシートに押し付ける。
大したことはない!
減速は考えない。
回避も考えない。
一直線に。
マシンガンではない。近接攻撃で一瞬でケリをつける。
そのとき。
スパルタニアンが変形に入った。
え?
このタイミングで?
意味がわからない。
瞬時に変形できる最新型の可変機とはわけが違うのだ。
「――っ!」
なにか問題があるわけではない。
変形中のモビルスーツは無力である。
こちらは攻撃し放題だ。
だが―――
アンか予定していた「切りつける」という動作のなかで、狙った場所が変形により、内側にたたまれ、消滅してしまう。
ほんの数秒。
アンはためらった。
その間に、先頭のスパルタニアンは変形を、終えた。
「このおっ!」
振り下ろしたヒート剣は、ユリアンが掲げた盾に阻まれる。
よく防いだ。
だが、アンはもう次の動作も、次の次の動作も想定済みだ。
盾を蹴りあげる。
スパルタニアンの手から盾がふっとぶ。
ユリアンは。
案外、考えていたよりもかなりマシだった。
すでにマシンガンを構えようとしている。
やるやるやる。
ゼンゼン、遅いんだけど。
アンは機体を相手にぶつけた。
同じ素材。同じパワーの機体だが、そこはタイミングがものを言う。
ユリアンのスパルタニアンは、大きくふっとんだ。
そのまま、制御を失ったのか、くるくると回り始める。
姿勢を立て直そうとはしない。
おそらく、いや間違いなくパイロットは気を失っている。
クランバトルの勝利条件は。
頭部の破壊または、相手の戦闘不能。
「まずっ! 喜んでる場合じゃないんだ。ドゥーとエルを助けにいかないと!」
アンは、再びスパルタニアンを加速させる。
「待っててよ! わたしが助けにいくからね。」
ユリアンの視界が、回る。
回転。
回転。
回転。
思わず、姿勢制御用のバーニヤを吹かしたくなる。
だが、我慢だ。
あのパイロットは。
これでユリアンを戦闘不能にさせたと思っている。
気づかれたら終わりだ。
体当たりされたときに、コンソールにぶつけた胸が痛む。息をするたびに、疼くのだ。
モビルスーツの回転は終わらない。
空気抵抗も、ぶつかってとまるものもない宇宙ではずっとこれがつづくのだ。
吐き気がしてきたが、込み上げてきた酸っぱいくて苦いものをユリアンは、飲み込んだ。
無重力下で吐くのは致命的に、不味いのだ。
吐瀉物は、下に落ちず、空気中を漂う。つまり自分のゲロで窒息死することになるので、たぶん死に方としてはずいぶんとイヤな方にはいるのだろう。
ユリアンは、ゆっくりと息をはいた。
いまは待つしかない。
マシンガンは構えている。
だが照準のためにわずかでも腕を動かせば、今度こそ、致命の一撃が飛んでくる。
姿勢制御もダメだ。
ここまでは。
ここまではユリアンは予測していた。
あとはチャンスを待つだけだ。
チャンスの数は、多くて1回。
あるいはゼロ。
たしか彼が初陣で巡洋艦を撃破したときもこんな感じのはず……
たしか、死角にへばりついてひたすらチャンスを待ってたような記憶があります。
死んだふり……はちょっとアレですが、まあ相手はムラサメの強化人間ですし。