物語の本筋はむしろ、むこうの方です。
でも仮想戦記のなかの登場人物たちが、作中で、ほんとの歴史を体験するっていうのは、お約束なんですよ、たぶんね。
セイラは、全身にじっとりと汗をかいている。
万の軍が戦う『戦場』のプレッシャーそのものが、彼女をじわじわと蝕んでいた。
「これは……ただのシミュレーション。ただの仮想空間。」
自分で言い聞かせるように呟いた。
「これは現実ではない。本当に起こってることでも……かつて、起こっていたことでもない。」
は、はやい!
モビルアーマーが、傍らを駆け抜けた。
早い分、小回りは効かないのだろうが、そのスピードにセイラは翻弄されている。
モビルアーマー、ビグロ。
おそらくパイロットはAIではなく、ジオンの元軍人が乗っているのだろう。おそらくはエース級の。
ガクン!
モーションコクピットに振動が走り、機体のコントロールが効かなくなる。
これは……
一瞬、間を置いてから、セイラは自分になにが起きたのかを理解した。
ビグロのクローアームに引っ掛けられたのだ。
そのまま引きずられる。
セイラは、軽キャノン改の各部をチェックした。損傷はほとんど……ない。
だが、もしこんな攻撃を現実に受けたのだとしたら。
衝撃で、パイロットは負傷、もしくは失神していただろう。
軽キャノン改は放り出された。
くるくると軽キャノン改が回転する。
セイラはわざと姿勢制御を行わなかった。
こちらが、気を失っている―――そう、思わせたかったのだ。
案の定、ビグロは艦首にあるビーム砲を使うために旋回にはいった。
うまい―――
回転した状態から、ビームの射線軸とビグロが一直線になる瞬間。
ビームガンを放つ。
さすがに狙いはそれた。
ビームはわずかに、ビグロのバーニヤの一部を破壊しただけだった。
だがそれで充分だった。
バーニヤの一部を破損したビグロは、制御を失いキリモミ状態に陥ったのだ。
2度目は外さない。
セイラの一撃が、ビグロを撃墜した。
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「大佐殿! お先に!」
モニターのトクワンが敬礼。
その直後に、モニターがブラックアウトした。
思わず答礼を返そうとして、クワトロ・バジーナは、自分を制した。
―――これはシミュレーターのなかの仮想戦だ。
トクワンは戦死した訳では無い。
奇襲に近いタイミングで仕掛けた彼の隊ではあったが、マチュたちニュータイプチームの応援や、周りからのモビルスーツ隊も駆けつけ、じりじりと体勢を立て直されつつある。
「終わったら、打ち上げをやるぞ!
わたしの奢りだ。」
目の前の仮想現実に引き込まれないために、クワトロはそんなことを叫んだ。
「落とされたやつには、一芸を披露してもらうからな。恥をかきたくなければ、もうひと頑張りしてみせろ!」
まあ……
クワトロは、思った。
連邦の『戦鎚』がアルテイシアであることは、まだ知られていないはずだ。
もし、分かってしまったときに、仮想シミュレーターの中とはいえ、元首を撃墜してしまった元ジオン軍パイロットがどれだけ気まずいか考えると、これでよかったのかもしれない。
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「しつこい!」
「どっちが! わたしは、手料理は好きな人にしかふるまわない!」
「1回、頼んだだけだろう!」
エグザベとニャアンも、傍から聞いたら頭がいたくなるような舌戦を繰り返している。
ニャアンがフラナガンスクールにいた間に、なにがあったのか……いや会話を聞く限りなんにもなかったのだろうが。
マチュにため息をつかせるとは、なかなか! エグザベとニャアンもやる!!
エグザベは、高速機動を繰り返しながら、射出した有線ビーム砲を撃ちまくる。
ニャアンのガンダムには、ジフレドと違ってサイコミュは搭載されていない。
いまはマグネットコーティングに不慣れなニャアンが、ガンダムを制御し切れずに変な動きになっていることでかえって、直撃を免れているが……。
はやくそっちの応援に行きたいのに!
「やるな!“狂犬”!」
「ガトーさん!」
アナベル・ガトーの乗るのはドムだ。
ビームバズーカを備えた後期型ではあるが、たぶんガンダムのほうが性能はうえ。
でも押されている。
ビームバズーカは連射速度では、マチュのガンダムが持っているビームライフルのほうに大分、分がある。
武器そのものの大きさによる取り回しのワルさもある。だが要所要所での間のとり方がうまい。
これが独立戦争を戦い抜いたパイロットなのかあ。
技量よりも経験値よりも。
マチュはガトーのもつ「意志」に押されている。
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クワトロのジオングにも、果敢に連邦のモビルスーツ隊が迫る。
ジオングのビームが薙ぎ払うが、その進撃は止まらない。
「大佐は艦隊を。」
ジオング直衛のザクが前に出る。
たしかパイロットはバーニィといった。
先頭をきって接近するのは、軽キャノン改だ。
さきほどのケリィのザクのような反則級の強化でもない限り、ザクにとっては天敵に近い。
スピードで勝り、防御力で勝り、射撃はビームガン、接近戦ではビームサーベル。
すべての点でザクを上回っている。
バーニィは、クラッカーを取り出した。
なにを?
クワトロは訝しんだ。
それはいわゆる、手榴弾である。
地上戦において、ザクを一種の歩兵として見立てた場合、放物線を描くその軌道が有効な場面があるということで採用された兵器だが。
宇宙空間で手投げの武器がどの程度、有効だというのだろうか。
バーニィは2個のクラッカーを独自に投じた。
案の定、両方共に外れた。
外れた2個のクラッカーの間をすり抜けるようにして、軽キャノン改が突進する。
その首元にキラリと、なにかが光った。
通り過ぎたクラッカーが引き戻される。
鋼糸?
2個のクラッカーは、視認できないほどの糸で繋がっていたのだ。それは、突っ込んできた軽キャノン改に絡みつき。
吸い寄せられるように2個のクラッカーが爆発した。
ダメージを負った軽キャノン改が、体勢を立て直そうとしたときには、すでにバーニィのヒートホークがそのメインカメラを立ち割っている。
続く軽キャノンに、ケリィのザクが襲い掛かる。
発射されたビームキャノンを掻い潜るように、接近し、左手のクローを叩き込んだ。
「ここらが潮時、か。」
クワトロは呟いた。
アムロを引き離し、機先を制し、有利に戦いをすすめてきたが、それでもなお、数の暴力に飲み込まれつつある。
だが「潮時」は撤退……を意味しない。
彼の目標はNフィールドからの連邦軍の駆逐だ。
それには。
もう一押しが必要だった。
まとわりつくように、ジオングに機銃を浴びせる軽キャノン改のメインカメラが吹っ飛んだ。
どこから射っているのか、クワトロにも不明だが、ダリルの狙撃であることは間違いない。
クワトロは発光弾を打ち上げた。
セイラは。
マチュは。
ニャアンは。
少し離れたところで、戦闘中のアムロも。
その光を見た。
そしてほぼ全員が同じことを考えた。
ビグ・ザム投入の合図だ。
だが、ビグ・ザムはどこにいる。
その稼働時間の短さから、ビグ・ザムは戦場までの曳航が必要なはずだ。
すでに、ジオンと連邦軍が噛み合うNフィールドには、ビグ・ザムを曳航する艦など存在しない。
この前の襲撃では、隕石に偽装したビグ・ザムを予め、伏せておいたが、今回はそんな余裕はないはずだ。
ビグ・ザムはどこに。
Nフィールドを防衛するジオン艦隊の旗艦。空母ドロスがゆっくりと動き出す。
その周りには、直衛のムサイが三隻。
ドロスに先行して加速する。
艦隊戦ならば、砲撃力に勝る連邦艦隊の独壇場だ。
対抗するように、マゼランとサラミスからなる打撃艦隊が前に出る。
いや。
肉眼でその機影をとらえた連邦軍は、訝しんだ。
あれは本当にムサイなのか?
ドン!
宇宙空間なので本当は音は聞こえない。
だが、レーダーには「ムサイっぽく」写るような偽装を、強制排除した。
紛れもなく。
3機のビグ・ザムは、のこのこと正面に出てきた連邦艦隊に突進した。
「木を隠すには森の中。」
自分を狙う「なにか」を感じたセイラは、反射的に盾をあげた。
長距離狙撃が、その盾を吹き飛ばす。
「大型兵器を隠すには艦隊の中、か。」
ビグ・ザムに対抗するための実弾仕様のモビルスーツ隊は、ジオンの精鋭の急襲で、たいぶその数を減らしている。
そしていまビグ・ザムの全面にいるのは、砲撃戦のつもりで、出てきた連邦艦隊だ。
これは。
全滅もありうる。
セイラは忙しく頭を働かせた。
マチュは。ガトーとやり合っている。
ニャアン。キケロガと交戦中だ。
アムロは。
ララァのモビルアーマーにかかりきりだ。
いずれにしても対峙している敵を放棄して、戦場を放り出すわけにはいかない。
ララァを放置すれば、アウトレンジからのビット攻撃が再開される。
ガトーやエグザベのキケロガに抜かれれば、艦隊に甚大な被害が及ぶ。
ならば、自分が行くしかない。
セイラは、バーニヤをふかした。
「ホワイトベース、聞こえますか?
Nフィールドに侵攻中のビグ・ザムを止めます。増援を。」
AIはどこか聞いたことのあるような声で答えた。
「了解です。
イオ・フレミング。パーフェクトガンダム、発進用意。
……気をつけてね、セイラ。」
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シャリア・ブルは、刻々と状況が変化するモニターを見つめていた。
連邦をア・バオア・クーに引き寄せ、泥沼の消耗戦を仕掛ける。
それが狙いだった。
だが、いま、彼は微妙な異和感を感じている。
「Nフィールドに向かったクワトロ氏から、増援要請が届いています。」
ラシットが淡々と言った。
クワトロ……シャア大佐は、各部隊から精鋭を引っこ抜き、さらにはビグ・ザム隊までも投入している。
Nフィールドの侵攻を止めるならば、充分な戦力のはずだった。
“いざと言う時の退路の確保を”
クワトロはそう言っていた。
ひとつの理屈ではあるが、シャリア・ブルの作戦構想とは異なる部分もある。
いずれにしても、連邦のニュータイプ部隊、ホワイトベース隊をフリーにさせておくわけにはいかない。
なので、シャリア・ブルは、クワトロの要求を受け入れ、クワトロもまたそれに応える戦果をあげつつある。
だが―――そこにまた増援!?
まるで、Nフィールドを押し返すだけではなく、そこの連邦軍を駆逐せんばかりの勢いではないか。
退路を確保するならば、たしかに必要なことだが。
クワトロは、なにか退路が必要な事態を予測していたのか。
わからない。
シミュレーションの設定上、ここはジオンの最終防衛ラインとなっている。
ここを落とされれば、ゲームは敗北する。
「S、W、Eフィールドは予定通り後退中です。Nフィールドだけ、こちらが突出している。バランスが悪いですね。」
ラシットが続けた。
「ビグ・ザムの攻撃が終了した段階で、撤退に移りましょう。これだけの損害を与えておけば、追撃も難しいはず。
ビグ・ザムも無傷で、回収できます。」
「各フィールドの連邦軍は?」
「追撃……は、いったん中止。隊列の組み直しとモビルスーツへの補給を優先しているようです。」
妙だな。
ア・バオア・クーでの消耗戦が狙いなのは、もうヤン・リーも気がついているはずだ。
ならば、後退するこちらに合わせて、追撃、少しでも戦力をけずるべきだろう。
なにか。
シャリア・ブルはモニターに戦域全体を映し出し、それを食い入るように眺めた。
なにか。
なにかを見落としている。
いったいなにを見落としているのだ?
もとより、連邦軍の有利は分かりきっている。
数倍の戦闘艦、性能も優れた数倍のモビルスーツ、補給基地としてソロモンを引っ張ってきたことで、ジオンにとっての地の利もなくなっている。
……あ。
シャリア・ブルは、笑った。
笑いながら、力なく、椅子に座り込んだ。
「な、なるほど……」
ラシットは驚いたように、その様子を眺めた。
「全軍をNフィールドに集結。」
「そ、そんなことをすれば! 連邦軍の追撃を受けて戦線が崩壊します!」
「大丈夫だよ。彼らは追ってこない……だって……危ないからね。」
なおもシャリア・ブルは笑い続ける。
その額に汗がにじんだ。
「なるほど、なるほど!! これがミラクル・ヤンか!」
戦闘シーンは適当なBGMをかけてお楽しみください。
作者はBEYOND THE TIMEを聴きながら書きました。